EC化を阻む「チャネル」「組織」「人」の壁、ディノス・セシールは課題をどう解決するのか
ECへのシフトを加速させる老舗カタログ通販のディノス・セシール。ネット通販の推進を担当するCECO(Chief e-Commerce Officer)を新設し、“ECのスペシャリスト”を外部から登用した。年商1000億円を超える老舗通販企業にとっては“超”異例の人事。カタログ・テレビを主体とした通販企業はどう生まれ変わるのか? 人事などを担当する吉田美佐雄取締役に話を聞いてみた。
ECにシフトできないカタログ通販の課題
ECサイトは当初、コールセンター費用や、カタログの印刷費・発送費などのコストセーブ的な視点で捉えられていた。その後、カタログやテレビ媒体の売り場を補うなど、どちらにしろ“補完的”な役割に終始してきたと言え、ビジネスモデルの変化が激しい激動の時代の中、EC化に遅れをとってしまったという認識がある。
主にマーチャンダイジング部門など、ディノス・セシール(ディノス時代含め)で現場も経験した吉田取締役の目には、EC化の遅れの原因がこう映る。
ディノス・セシールの事業をけん引するのは、カタログ通販・テレビ通販という2大メディア。カタログは“面積”、テレビは“時間”という、限られた“枠”のなかで規模を拡大してきたものの、消費多様化の波が従来のビジネスモデルを揺るがしている。
- 従来型のカタログやテレビだけではなく、通販チャネルニーズの多様化
- 従来からのチラシやDMなどだけでは、今や販促手法としては不十分
- カタログの印刷費や発送費といったコストの増加が収益に影響
- メルマガなど低コストで消費者にプッシュできるWebツールが増加して、競争が激化
ただ、こうした外部環境の変化に黙って指をくわえていたわけではない。経営陣はもちろん、現場レベルでも危機感を募らせていた。
Webシフトができれば、一般的にコスト削減が進み利益が残るという理屈は頭では理解していたものの、単にネットに商品を掲載しただけでは、カタログ通販やテレビ通販ほど売り上げ規模をとることはできなかった。そうした経験を踏まえ、“ネットはカタログやテレビの補完ではなく、独立したメディアとして戦略を展開する必要がある”ということになるのだが、当社はカタログやテレビ中心でずっと事業を継続してきたので、意識と行動の転換が簡単ではなく、本格的に着手できなかった。
チャネルごとにネット専門の人材を置き、カタログ通販とテレビ通販という媒体ごとにEC化を進める構想もあったが、なかなか結果にはつながらなかった。
極端な例をあげれば、100億円規模のテレビ通販事業では、1回の放映で億単位を売り上げることもあるが、Webではそのような売り上げは見込みにくい。結局、ある程度の売り上げ規模を得ることができるメディアにリソースを割く……こうした状況が続いた。
業務フローの問題もあった。カタログやテレビでは数か月前から企画を進めるのがディノス・セシールでは一般的。この業務フローが慣習化されていたため、PDCAをスピーディーに回して成果を上げていく、Web独自のスピード感とはかけ離れてしまう状況にあった。
これらを踏まえ、ECを独立した販売チャネルとして展開するには、まずは人材の獲得が急務と決断。「根気よくWeb人材の教育をするのには時間がかかり、それができた頃には競合はさらに先を行ってしまう。短期間に事業を回していく仕組みが必要だと感じた」(吉田取締役)。
そこでディノス・セシールが採った策が、“ECのスペシャリスト”を採用することだった。
補完ではなく構造を変える人材採用
ディノス・セシールはWebを疎かにしていたわけではない。Web人材については現場での必要性に応じ、単発的に採用を実施してきた。ただ、「そういった意味では、会社として将来の成長軸としてのWebの姿を描いた上での人材計画を立て切れていなかった」。吉田取締役はこう振り返る。
今回、年商100億円規模のマガシークのマーケティング責任者を経て、製菓材料などの通販を手がけるタイセイのEC(cotta/コッタ)運営子会社・TUKURU(ツクル)の代表取締役社長などを歴任した石川森生氏を招聘(しょうへい)。そして、
- 元マガシークのUI/UX責任者
- キノトロープでバリバリ活躍していたスタッフ
- EC-CUBE系制作会社の元副社長
- ファッション誌「VOGUE JAPAN WEB」の立ち上げメンバー
といった、石川氏がこれまでECに携わってきた中で気心の知れた“チーム石川”を一気に採用した。
今までチームごと受け入れるといった発想はなかった。ただ、EC化を推進するためには、構造をガラリと変える必要がある。売り場(ECサイト)の作り方、さらに事業構造を変えていくことで、消費者の具体的なニーズに即したマーケティングを、部門横断的にWebでやっていくことができるようになる。
吉田取締役がまず期待しているのが、「大規模なECサイトを運営するよりも、エッジの効いた専門サイトなどを立ち上げていき、1つひとつは規模が小さくてもその数を増やすことでEC全体を大きくする」という戦略。
ディノス・セシールでは現在、「ディノス」「セシール」の主に2サイトを運営している。これらに加え、今後は専門分野ごとにECサイトを立ち上げ、特化型サイトを複数運営していく方針を掲げる。
こうした事業戦略を採るのには、次のようなことを早期に実現するため。
特化型ECサイトを複数運営していく理由
- カタログ、テレビではできなかったスピードへの対応
- アイデアと知恵をスピーディーに実現してニーズに応える
- ハード情報(商品詳細など)に加えて、「使ってどうだったか?」など“コト情報”といった情報の付加価値が求められるようになっていることへの対応
- Webを駆使して顧客との関係性を強化する(モノを売るだけではなく、ディノス・セシールに対する親近感を持ってもらうための仕掛け作り)
吉田取締役はこう言う。
人のぬくもりが伝わる販売方法は、EC専業の方が長けている。どうやったらECサイトを見てもらえるのか、どうすればお客さまとの関係性を強化できるのか――EC専業の人はそれを理解している。カタログやテレビの頭だと、“売りたい”という気持ちがどうしても先に出てきてしまう。
外部スタッフの登用で広がるECへの理解
石川氏の参画後、「現場は刺激を受けて、盛り上がっている」(吉田取締役)という。それはなぜか?
これまでのWebはカタログやテレビの「受注ツール」といった位置付けであった。あるチャネルでの予算達成のために、ECサイトで追加の突貫的な企画特集を行う、といったことがカタログ・テレビの受注ツール以外で活用されていたが、どちらも“補完的”だ。
だが、“チーム石川”はあくまで中心はカタログやテレビであるという認識のもと、各チャネルの担当者がマーチャンダイジングした商品を活用しながら、Webというアプローチ方法で新しい需要を発掘する方針を採る。
つまり、ECを担当する部署ではあるものの、“チーム石川”はカタログ部門やテレビ部門を横断的に動き、全体最適に導く役割を担う。
石川氏は「自分たちのチームは商品がない。だから他部署から拝借するというイメージ。カタログやテレビの部門の人たちが開発・開拓した商品を、Webならではの切り口でアプローチしていく」と説明する。
こうした取り組みに関し、「社内からの反応もよく、当社のECが大きく変わっていくのでは…といった期待も感じられる」(吉田取締役)。そして吉田取締役はこうも付け加える。「これまでとは各チャネルの捉え方が変わるかもしれない。商品によってそれぞれ使い分けたり組み合わせたりもできるようになるので、新たなビジネス展開も期待できる」。
外部からの人材によってディノス・セシールに吹いた新たな風。吉田氏は異例とも言える“チームごとの採用”のメリットをこう説明する。
通販ビジネスの半分はネット・スマホに移行してきている。そのために、技術進歩などを含めて、ユーザーがより使いやすく、楽しいと思えるチャネル作りは、これからもずっと取り組むべきゴールの無い課題だと思う。それを含め、今回のチームでさまざまな新しいことに挑戦していくというのはとても重要であるし、おもしろいことだ。当社のような、カタログやテレビといったチャネルが主軸であり、社内で役割が細分化されたさまざまな組織が存在する企業は、EC化に本腰を入れるために“抜本的に何かを変える”ことも必要なのだと思う。
ディノス・セシールは外部スタッフの招聘(しょうへい)を起爆剤として、ECサイトを“抜本的に変える”ことをめざし、EC化への体制を飛躍的に推進させようとチャレンジする。
吉田取締役はこう言う。
当社が期待するEC人材のイメージとしては、今の当社の商品やそれ以外でも、ある分野に特化したユニークな売り場作りができ、さらにそこがお客さまとの関係性を深める場ともなるような“店”として展開できる人がいいと思っている。理想を言えばさまざまな分野に長けた、いわば“オールマイティー”な人がいい。そして何より当社は小売業なので、“商売人”としての感覚を持っている人であって欲しい。ECの人材は今後も積極的に採用していきたい。
【関連リンク】
ディノス・セシールの採用サイト