創業100年超の老舗しょうゆ・みそメーカー「ホシサン」が挑むネット通販
ネットの台頭、消費の多様化などで新たな販路開拓や商品開発に乗り出すメーカー企業は少なくない。創業100年を超える熊本県の老舗しょうゆメーカー「ホシサン」もその1社。メーカーによる消費者への直接販売、いわゆるネットを活用したメーカー直販に活路を見出している。
楽天市場に出店 → 休眠状態 → しょうゆのECで一発奮起
製造した製品を熊本県内の小売店へ販売するのがメイン事業。ただ、商品を製造し一般小売へ販売する流通形態による流通量は、少子高齢化やライフスタイルの変化などによって思うように伸びない時代に突入していた。
そこでホシサンが全国に販路を広げようと始めたのがネット通販。2006年2月のことだった。
だが、メーカーとして本業の傍らで行う直販事業にリソースを割くことが難しく、開店した「楽天市場」店は8年ほど休眠状態が続いていた。てこ入れを図ったのが2014年に入社した榎田圭佑氏(総務部係長 通販課室長)だった。
以前はIT系企業に勤務していた榎田氏が、入社後に早速取りかかったのが自社の分析だ。まず自社製品の流通について。「熊本県内がメイン流通で、九州全体で見るとその他地域の流通量はそれほど多くはない。いきなり全国を商圏にする通販・ECで自社製品をすべて売ろうとしても難しい」。榎田氏はどうしたのか?
「楽天市場」店は当時、休眠状態ながらもまったく売れていないわけではなかった。最も動いていたのが「火の国ポン酢」。熊本県内のデコポン果汁を使用した製品だが、収穫時期によって味の変化、在庫変動といった「季節要因を受けてしまう」(同)。そのため、通販・ECの定番商品として訴求していくのは難しいと判断した。
「通年で訴求でき、かつ自社の特徴を生かし、消費者がとっつきやすい製品は何だろうか?」。出した答えは、メーカーとして100年以上も醸造しているしょうゆだった。
榎田氏の決断を後押ししたのが「九州しょうゆ」というキーワード。関東を中心とした人はなじみが薄いが、九州のしょうゆは甘口ベース。「九州しょうゆベースのポテトチップスもあるので、多くの人に受け入れられるのではないかと思った」(同)
ちなみに、九州しょうゆを使ったポテトチップスはカルビーが主に西日本で販売。「くっそうまい」といった声がネット上には広がっている。
「甘口しょうゆを通販・ECで売り出していこうと考えたのは、地域性をクリアするため。甘口しょうゆは、万人受けする味ではないかと思った。ホシサンのしょうゆは、あっさりしていて癖がないのが特徴でもあったので」(榎田氏)
主力製品として「甘口しょうゆ」を打ち出し、通販・ECに本腰を入れてから3年がたった。これがあたった。現在では「九州しょうゆ 熊本」といったキーワード検索で上位表示されるホシサン。検索流入などを含めて、「楽天市場」店は「こんなに伸びるとは思っていなかった」と榎田さんは言う(数字は非公表)。
ブームも追い風になった。熊本県の公式キャラクター「くまモン」だ。くまモンのシールを付けた商品パッケージも作った。ECサイトでもくまモンのシールを付けた商品パッケージ掲載し、「熊本県産、地場の甘口しょうゆ」を訴えた。こうした取り組みがホシサンの通販・ECを軌道に乗せた。
一般流通とは異なる層を通販・ECで獲得したホシサンの戦略と商品企画
創業から100年以上、一貫してしょうゆ・みその製造を手がけてきたホシサン。時代の経過とともに、核家族化など日本人のライフスタイルが大きく変化。共働き世代も増えるなど、食を取り巻く環境がガラリと変わった。
ホシサンはこうした時流の変化には機敏に対応している。「調味料など一手間かければすぐに料理ができあがるモノがほしい」。こうした消費者からの声が増えたため、しょうゆやみそをベースに、ポン酢やソース、調味料といったラインナップを広げていった。
商品開発の基本スタイルは「お客さまの声を製品に反映していくこと」。ホシサンのモットーをこう語る久吉貴博氏(品質管理室係長)は勤続19年。現場を取りまとめる製造責任者だ。
久吉氏の製品作りにかける職人魂は目を見張るものがある。たとえば品質管理。ホシサンのしょうゆやみそは「麹菌」を使用しているため、久吉氏は納豆菌を含んだ食べ物をほぼ口にしない(休日の前の晩だけは納豆を食しているという)。なぜなら、「納豆菌を含んだものが製造過程の製品に入ってしまうと、麹菌よりも納豆菌が早く成長してしまうため」(久吉氏)。
納豆菌を含んでしまうと味に大きな影響を及ぼし、100年以上も続く味を壊してしまう可能性がある。「みそやしょうゆは家庭の味。ホシサンの商材を使った家庭の味がある。それを変えてしまってはいけない」と久吉氏は語る。
こんな職人気質の久吉氏の目に、ホシサンの通販・ECの事業は「まだまだ赤ちゃん。だけど今後、大きく成長する可能性が大きい。だから手助けをしないといけない」と映っている。
よちよち歩きを始めた通販・EC事業を積極的にサポート。発送業務が多忙なときは、製造チームも積極的に配送業務を手助けするという。製販一体体制は組織としての基本体制という。
通販・ECに本腰を入れ、継続してきた製造現場のサポートが次の段階に入ったのは2016年。この年末に通販・ECを中心に販売する商品を開発した。製品化にこぎ着けるまで1年の時間を要した。
その製品が「極みだし」。九州産のマグロ節と焼きあご、かつお節、鰯煮干し、ムロアジ、しいたけを使用し、北海道産の真昆布を使って味を調えた。特徴は無添加で製造していることと、九州産のマグロ節を使っていること。
*一部記事に誤りがあり、7/28に修正いたしました。
「マグロ節を使うと上品な味になるのですが、きれいにまとめあげるのが難しい。最近のだしは「だし」自体がスープになってしまっている。料理の味を引き立てる「だし」本来の役割を持った製品に仕上げた自負があります」(久吉氏)
無添加にこだわったのは子どもを持つ家庭をメインターゲットとするため。熊本県を中心とした一般流通は比較的年齢が高い消費者が購入しているが、ネット通販はそれよりも若い30代女性。既存購入者層をターゲットにした商品設計にこだわった。
みそやしょうゆメーカーがなぜ「だし」を作ったのか? それには通販・ECで製品を売るための明確な狙いがあった。それが相乗効果だ。“味を引き立てる”ことにこだわった「だし」を売りにしているため、「おいしい料理を作りたい」という購入者がホシサンのみそを買い回りするケースが増えた。
顧客単価の向上、新規顧客の増加などで、ホシサンの通販・ECビジネスは右肩上がりを続けているという。
「通販・EC専用の商品を開発したのも、基本はみそをおいしく食べてもらいたいから。これがホシサンの軸となっています。だから、だしを発売してから、みその売れ行きが伸びているんだと思います。通販・ECのターゲット層としているのが30代の主婦ということもあり、みそ・しょうゆを中心とした“簡単・便利”という切り口で商品をどんどん企画していきたい。こうした取り組みを通じて、食育の観点からみそやしょうゆといった食品の伝統を伝えていきたい」
久吉氏と榎田氏はこうインタビューを締めくくった。