9人月分の働きをするアスクルのAIチャットボット「マナミさん」「アオイくん」運用の裏側
アスクルでは2人(?)のAIチャットボットが活躍している。個人向け通販「LOHACO(ロハコ)」のマナミさんと、中小事業所向け通販の「ASKUL(アスクル)」、中堅〜大企業向け一括購買サービス「SOLOEL ARENA(ソロエルアリーナ)」で働くアオイくんだ。マナミさんが誕生して5年、アオイくんが誕生してから3年。アスクルでは試行錯誤を重ね、顧客に愛されるAIチャットボットを育て、顧客対応に役立ててきた。
お客様が自己解決できるツールとして誕生
マナミさんがいるのは「LOHACO」のサポートページ、アオイくんと会えるのは「ASKUL」のヘルプページだ。
マナミさんとアオイくんの歴史
2014年 | 9月 | マナミさん PC版リリース |
2016年 | 5月 | マナミさん スマホ版リリース |
9月 | アオイくん SOLOEL ARENAでリリース | |
11月 | マナミさん LINE版リリース | |
2017年 | 2月 | マナミさんのAIエンジンをWatsonに切り替え |
4月 | アオイくん ASKULでリリース | |
11月 | マナミさんLINEスタンプ(第1弾)リリース | |
12月 | アオイくんのAIエンジンをWatsonに切り替え | |
2018年 | 3月 | マナミさんのLINE版AIエンジンをWatsonに切り替え |
5月 | マナミさんLINEスタンプ(第2弾)リリース | |
2019年 | 4月 | アオイくん 注文データ連携機能リリース |
マナミさんが誕生した2014年頃、LOHACOでは問い合わせをメールでしか受け付けていなかった。売上の上昇と共に問い合わせ件数も増え、サポート部門はメールをさばききれない状況になりつつあった。電話対応を始めなければならないのは間違いないものの、「お客様が自己解決できるツールは何かないだろうか?」という話し合いの中で、浮上したのがチャットボットだった。
弊社の新卒社員の声を聞くと、「わからないことがあってもなるべく電話はかけたくない。自分で解決したい」という声が多かった。自己解決の選択肢を増やすと言うことも導入の経緯です。
こう語るのはアスクル カスタマーサービス&エンゲージメント カスタマーエンゲージメント コネクトデスク マネージャーの横田香菜子氏。
リリース時はロゴだった!?
もともとLOHACOには「よくある質問」のコンテンツがあったので、それを元に会話を設計し、LOHACOのお問合せチームは3か月という短期間でマナミさんを誕生させた。しかし、まだマナミさんのキャラクターは存在していなかった。キャラクターを設定するとなると社内の確認や承認に時間がかかるため、まずはLOHACOのロゴマークで登場させたのだ。ところが、なかなか話しかけてもらえない。
「キャラクターがいないから話しかけてもらえないのでは?」そう考えて、サイト内を探したところ「マイ定番」のコーナーにお団子頭のキャラクターを発見。
チャットボットにこのキャラクターを使用したところ、セッション数が増加した。ちなみに「マナミさん」というのは立ち上げ時の担当社員の名前。キャラクターに自分の名前が付いたことで思い入れが強くなり、人格形成に力が入ったとか。
一方、アオイくんの名前の由来は、アスクル内でB2B事業のイメージカラーが青だったこと。また、企業の購買担当に女性が多いことから、親しみやすいさわやかな男性にしたそうだ。
メンテナンスは4人体制で
システムはりらいあデジタルの「Virtual Agent(バーチャルエージェント)」を使用している。「Virtual Agent」は回答を出す仕組みの一部にAIが使われているが、回答を考えるのはあくまでも人間。社内のアオイくん担当が1名、マナミさん担当が1名、りらいあデジタル側にもアオイくん担当が1名、マナミさん担当が1名おり、合計4名で毎月定例会を行い、課題の洗い出しやディスカッションをしている。
課題は毎月50件ほど上がる。回答文の修正や「こういう入力には、こう回答するようにしてほしい」という依頼を行う。入力語句のゆらぎについては、ひたすら同義語登録を行う。
とにかく地道なメンテナンスの繰り返しです。メンテナンスをしないと精度が上がっていかないんです。入力された文字列からお客様が何を求めているのかを探ってメンテナンスしています。(横田氏)
細かなキャラクター設定の理由
マナミさんとアオイくんには、細かいキャラクター設定がある。例えばアオイくんは「明るく社交的。野心家で努力を惜しまない。ネクタイの結び目を触るのがクセ。特技はアイススケート」。マナミさんは「趣味は雑貨屋さんやカフェ巡り、ネットショッピング。働くママさんで5のつく日が大好き※」。※5のつく日にはLOHACOでポイント優待がある
こうした設定は普段表面には出ないが、お客様との雑談の際に使われる。マナミさんもアオイくんもPRではなくサポートの領域に置いているので、雑談はそれほど多くはないが、それでも一定数のお客様は雑談も楽しんでいる。
例えば「あいうえお」と話しかけられると、マナミさんは「らりるれろはこ!」と回答するが、続けて「LOHACOについてのご質問はございますか?」と表示する。「あくまで業務はサポート領域です」と、さりげなく伝える工夫だ。また、回答速度をあえて少し遅く設定すると人間っぽさが少し出る……というようなことも、メンテナンスを繰り返す中で発見した。
雑談を楽しんでくださるお客様が意外といらっしゃるんです。マナミさんやアオイくんとの会話の中で、我々が気付かなかったような設定上の矛盾を見つけて、Twitterでつぶやいてくださることもあるんです。(横田氏)
9人月分の働きをするマナミさん
LOHACOは配達時間帯を夜間に指定する顧客が多く、そのせいかマナミさんのセッション数の約4割は深夜や早朝といった問い合せ窓口の対応時間外。「 窓口が閉まった後でマナミさんがお客様をフォローしてくれている。そういったところも導入効果として感じていること」(横田氏)。
マナミさんは、人間に換算すると9人月の働きをしている。アスクルとしてはコストカットのために導入しているのではなく、あくまで、人でないと対応できないことに人が集中できるようにするのに役立っているという。
人の対応が必要な問合せはサービスデスクへ、サイトで解決できそうな手続き関連はチャットボットに問い合わせる傾向がある。
LINEマナミさんの誕生
2016年、マナミさんがLINEでもデビューした。きっかけは「Yes率の壁」。会話の最後に「問題は解決しましたか?」というアンケートを表示し、「はい」と答えた割合を「Yes率」と呼んでいる。Yes率を上げるためにメンテナンスを繰り返してきたが、なかなか上がらなくなってきたのだ。
チャットボットで解決できなかったお客様に電話していただくのではなく、同じ画面上で解決できる仕組みはないかと探していました。すると、LINEさんも当時同じようなことを考え始めており、お話をいただいて即決しました。(横田氏)
LINEマナミさんの強みは有人対応に切り替わること。「問題は解決しましたか?」に対して「いいえ」をタップすると「お役に立てなかったようで申し訳ございません。先輩オペレーターに変わってもよろしいでしょうか」と伝える。その際に「はい」をタップすると、有人チャットに切り替わり、サービスデスクで働くコミュニケーターが対応を引き継ぐ。
スタンプを使うべきか否か
LINEといえばスタンプ。スタンプを導入するかどうかは社内でも議論になったが、「ここは振り切って使ってみよう」ということで、思い切って使ってみたところ、電話やメールでは表情が伝わらないが、その弱点をスタンプが補ってくれていると実感する結果になった。おわびしなければならない場面でも、返信に笑顔のスタンプを送ってもらえるようになった。
フランクなやり取りができるのはLINEならでは。現場のコミュニケーターも「メール対応は苦手だけどLINEなら得意で楽しいです」という声がある。サービスデスク側で新たなスキルを発見できたこともメリットの1つ。(横田氏)
せっかくなのでLOHACOオリジナルのマナミさんスタンプも第1弾、第2と作った。
アオイくんで個別対応が可能に
2019年4月、アオイくんに新たな機能が加わった。これまではどのユーザーが話しかけても一律の回答しかできなかったが、会話の中でお客様の注文情報を参照できるようになった。これにより個別対応が可能になった。
例えば領収書の再発行の場合、これまでは「クレジットカードなら●●、月極め払いなら●●、その他の場合は●●」というように長い文言を返していたが、これからは注文履歴から参照するのでこのステップが不要になる。注文のキャンセルであれば、そのお客様の注文履歴から「これですか?」と回答できる。
これにより、Yes率が約8割まで向上すると見込んでいる。マナミさんについても同様の機能をリリース予定だ。
マナミさんとアオイくんの今後
アオイくんは注文完了画面にもアニメーションで登場している。アニメーションをクリックすると、アオイくんからのコメントがランダムに5パターンほど表示されるようになっている。ここで表示される内容は、サービスデスクで働くコミュニケーターから募集し、季節ごとに変更している。
お客様に親しみを持っていただきたいというだけでなく、サービスデスクで働くみなさんにもアオイくんに親しんでもらいたいと思って取り組んでいます。(横田氏)
このランダムなひと言のコーナーはTwitterでの反応も良い。
AIというと革命的なツールのように感じるかもしれませんが、裏側でやっていることは本当に地道で手探りですし、毎日考えながら向き合っています。そこのイメージさえ合っていれば導入すると便利なツールであることは間違いありません。
あと、担当者としては非常に楽しい部分がありまして、キャラクターの設定を考えながら雑談を作成してみたり、それに対するお客様の反応がまたモチベーションになったりします。(横田氏)
課題は認知度向上だ。マナミさんやアオイくんをもっと使ってもらうように、法人向けのカタログにアオイくんを登場させたり、メルマガに「アオイくんのひと言」コーナーを設けたりしている。
また、Yes率を上げるべくメンテナンスを繰り返しているが、100%は難しい。今後はアオイくんにも有人対応を拡大してYes率を上げたい。また、政府の外国人労働者受け入れ拡大策に備え、まずは、メール、チャット、チャットボットの英語対応を目指す。
この記事はJADMA(日本通信販売協会)主催のセミナーを記事にしたものです。