望月 智之 2020/8/17 8:00

ショッピング体験の発展で、人々は「買い物」をしなくなる―。

こんなことを言ったら、すぐさま「ありえない」と返されるかもしれない。人々の生活の中で、買い物は欠かせない経済活動の1つ。買い物なしでは、生活に必要な衣服や食材、電化製品も手に入らない。企業だって商売が成り立たない。そもそも「ショッピング体験をしているのに買い物がなくなるとはどういうことだ」と矛盾を感じる人だっているだろう。

しかし、間違いなくその時代は訪れる。それも遠い未来ではなく、近い未来に

 

日本でネットショッピングを利用する世帯が1割を超えたのは2005年のこと。私はその翌年の2006年からネットショッピング、つまりEC(Eコマース=電子商取引)のマーケティングの仕事に携わっている。その間、アパレル・食品・インテリア・化粧品・通信機器・玩具・自動車など、50以上の業種に関わってきた。売上数億円の中小企業から数兆円の大企業まで、会社の規模もさまざまだ。

消費者の心理やニーズの理解に努めてきた私が今ひしひしと感じているのは、この数年の消費者の消費行動・購買行動が劇的に変化しているということだ。

私もアメリカや中国といったデジタル先進国にたびたび足を運んでいるが、そこではもはや消費者にとって買い物は「面倒くさいもの」という扱いになっていて、必要なはずだったプロセスを次々に省略しているのだ。

たとえば、実店舗に行くのは時間がもったいないから行きたくない。ネットで予約できないような店には最初から行かない。レジに並ぶのが面倒くさいから少しでも空いている店に行く。商品が届くのを待ちたくないから、多少高くてもすぐに商品が届くECサイトを選ぶ。こういった感覚が向こうでは当たり前になっている。

 

そのため、小売店や飲食店は、「顧客が面倒に感じることをより少なくする」といった経営方針にシフトしており、実際にそれで大きく売上を伸ばしている

日本にも参入している企業としては、注文した商品をすぐに届けてくれるAmazonや、レストランの料理を家まで持ってきてくれるUber Eats(ウーバーイーツ)、レンタルビデオ店に行かなくても映画やドラマが見られるNetflix(ネットフリックス)などが代表例だ。

彼らは「面倒くさい」を解消しながら、日本でも市場の主導権を握ろうとしているのだ。

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アメリカや中国では、個人の活躍も目覚ましい。ネット上で熱狂的なファンを持つ個人発のブランドが、今ものすごい勢いで誕生していっている。その中には、リリース前にもかかわらず予約購入者が100万人以上いるブランドや、YouTubeを使ってたった20分で数億円の売上をあげるようなブランドさえある。

ただ、個人の独壇場かというと、そういうわけではない。大企業はインターネットへの本格参入には出遅れていたが、いまや大手メーカーも本気でネットに参入する時代だ。

Eコマースサイトの歴史を振り返ると、1994年にAmazonが、96年にYahoo! 、97年に楽天、98年にGoogle、99年にアリババが誕生しているが、Eコマースサイトの四半世紀の歴史の中で、メーカーも小売店を通さずに自分たちで直接販売できる手段を手に入れたのである。中間業者を挟まない分、われわれ消費者は欲しいものをより安く買えるようにもなっているのだ。

 

皆さんのまわりでも、劇的な変化の一端は感じられることだろう。

これまでスーパーやデパート、専門店で買い物をしていた人が、ネットショッピングを利用するようになった。ネット決済や電子マネーなど、現金払い以外の決済方法で支払うようになった。CDやDVDを買わず、レンタルショップにも行かず、定額制の配信サービスを利用するようになった。

車を持たない代わりにカーシェアサービスを利用するようになった。ネットオークションやフリーマーケットアプリで中古品を売買するようになった。商品の実物を見ずにネットの口コミを参考にして購入するようになった。

そこに追い討ちをかけるように、新型コロナウイルス感染症の影響で、若者もシニアも「混んだ店には行きたくない」「ネット通販で十分」と考えての“巣ごもり消費”が大きく増えた。つまり、10年前とは明らかに買い物の仕方が変わっているのだ。

ここ数年、百貨店・スーパー・専門店といった小売業界が試練に直面しているのも、これらが対応しきれないスピードで変化が起こっているからだといえる。

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これからの10年は、この変化がさらに加速する。AI(人工知能)の飛躍的な進歩、5G(第5世代移動体通信システム)のサービス開始といった技術革新は絶えず続いていく。社会的にも大きな変化がある。コロナ対策の長期化に加え、子どものころからSNSに慣れ親しんできた“SNSネイティブ”世代が成人し、購買力を持つようになるのだ。

こうした変化が進展していくことで、人々は間違いなく「買い物をしなくなる」。

もちろん、お金を支払って何かを買うことがなくなるわけではない。なくなるのは、これまでの買い物におけるさまざまなプロセスだ。店に行くことや、現金を用意すること、商品の現物を見ること、さらには商品を自分で選ぶことも含まれる。これまで当たり前だったプロセスが次々に省略され、そのうち「買い物をしている」という感覚さえなくなっていくのだ。

 

その過程で私たちを待っているのが、本書で詳しく述べる「デジタルシェルフ」である。

デジタルシェルフとは、ショッピングサイトの商品一覧のように、物理的な棚がデジタル上に置き換わっていくことも意味するが、本書および私の会社(株式会社いつも.)が考える定義では、これをより広い意味で捉えている。ここでいうデジタルシェルフとは、

 

世の中の電子化が進む中で、日常の身の回りにある、ありとあらゆるものがシェルフ(商品棚)になること

を意味する。

今あなたが持っているパソコンやスマートフォンは、消費者とデジタルシェルフとを直接つなぐものであるが、将来的にはウェアラブル端末など、別の何かがそれに替わるかもしれない。

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ただ、ここで重要なのは、ハード面の変化ではない。

たとえば、SNSでフォローしている人が持っているものと同じものをその場で注文する。映画やドラマを観ながら、登場人物が着ている服を注文する。気に入った主題歌をスマートフォンにダウンロードする。冷蔵庫の常備品が切れるタイミングで勝手に商品が送られてくる。スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスが体調の変化を感知して、栄養のある食材を届けてくれる。

消費者の自覚のあるなしにかかわらず、日常のあらゆるシーンに、買い物が組み込まれていく。デジタルシェルフは、人々の暮らし自体を大きく変えていく、時代の変化そのものでもあるのだ。

そこでのキーワードは「購入体験」だ。

商品があふれている時代において、商品が優れていること以上に大事なのは購入体験である。2020年代前半には、私たちのショッピング体験が、今までとは明らかに違うものになるだろう。

本書は次のような章構成で、これからデジタルシェルフがもたらすであろう私たちの買い物や生活の変化について、できるだけ精緻に描き出したいと考えている。

 第1章 ショッピング体験の進化で、人々は「買い物」をしなくなる
 第2章 ショッピングはどう発展してきたのか
 第3章 リーディングカンパニーたちが目指すもの
 第4章 さらなる進化、「デジタルシェルフ」へ
 第5章 「人々が『買い物』をしなくなる未来」の先にあるもの

第1章では、先ほども述べたショッピング体験の進化をさらに掘り起こし、どのようなことが変わるのか、皆さんにも具体的にイメージしていただこう。第2章以降は、これまでの「買い物」がどう発展してきたのか、今、何が起こっているのか、そして次に何が起こるのかについて述べていく。

私は普段、事業者向けに話す機会が多いが、本書では「消費者の目線」を中心に据えて、わかりやすく話をしていこうと思う。買い物の変化を知ることは、生活に役立つことも多く、その中での楽しみも増えるからだ。

新しい時代が到来したときに何が起こるのかを知り、備えておけば、それを知らないよりも生活を便利に、充実させることができるだろう。

「少し先の未来」の生活を想像しながらお読みいただければ幸いである。

2020年6月 望月 智之

この記事は『2025年、人は「買い物」をしなくなる 次の10年を変えるデジタルシェルフの衝撃』(望月智之 著/クロスメディア・パブリッシング 刊)の一部を特別に公開しているものです。

2025年、人は「買い物」をしなくなる

2025年、人は「買い物」をしなくなる
次の10年を変えるデジタルシェルフの衝撃

望月智之 著
クロスメディア・パブリッシング 刊
価格 1,480円+税

デジタル先進国である米国、中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集している筆者が、近い未来の消費行動や求められるECのあり方を予測する。

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