「無理のない高LTV」をめざす。 老舗企業の富澤商店が仕掛ける“日本人の特性にあった次世代ソーシャルコマース”とは?
富澤商店はデジタルシフトとデジタルコミュニケーションの変化に対応し、Cookieの終焉、LTV向上、SNSでの体験価値向上などさまざまなマーケティング課題に挑戦している。ソーシャルメディアによる人と人の「興味・関心」のつながりから、LTVの高い潜在・顕在顧客を獲得する取り組みを、スマイルエックス代表・大西理氏の進行のもと、富澤商店 マーケティング部の岩井一紘氏と、ソーシャル・メディア・マーケティング支援を手がけるAIQ(アイキュー) 代表取締役社長の渡辺求氏が語る。※記事の内容、肩書きは2022年11月の講演時点のものです
創業103年の富澤商店と特許AI技術のAIQが業務提携
日本最大級の製菓・製パン材料、器具専門店である富澤商店は、1919年に東京都町田市で乾物屋としてスタートした。今では全体のSKUが約9000、特にお菓子やパン作りの材料がメインで、小麦粉だけでも約350種類もの商材を取り扱っているなど、他店にはない品ぞろえを誇っている。コロナ禍の「おうち需要」の拡大を背景にECの売り上げが急伸。成長領域として「ECを今後どう伸ばしていくかが課題」(岩井氏)。
一方、業務提携を締結したAIQは、AIによるコンテンツとユーザーを最適化するソーシャルメディアマーケティングの支援を行っている。得てして担当者のセンスに頼りがちになるマーケティングだが、AIQは独自の特許AI技術を活用し、データドリブンで「再現性」を持たせることを強みとしている。共同事業では3つの特許AI技術を活用し、コミュニティ・コマース・プラットフォーム「Moribus Community & Commerce」を提供している。
業務提携の狙いとは?
ECの強化にあたり、まずSNS領域から取り掛かった。
富澤商店はもともと100年企業としてブランドの潜在的認知度と信頼度が高く、一度利用されるとロングテールで簡単に離れない顧客が多い。特にSNSのフォロワーは“料理を作る楽しさによる共感”でつながっており、富澤商店に対するロイヤリティは高い。
自社SNSを強化した結果、フォロワー数は約1年で大幅に増加。UGC数や言及数の推移からも同社の事業とSNS領域との親和性の高さを確認できた。
こうした特長を生かし、新規顧客との出会いや既存顧客との接点を強化、ECの購買につなげるべくソーシャルコマース事業に着目。ソーシャルメディアマーケティング支援サービスを提供するAIQとの業務提携に至った。
現状のソーシャルコマースの問題点
近年日本でも注目されているソーシャルコマース(あるいはライブコマース)だが、大西氏は「いろいろな企業がチャレンジしているものの、なかなかうまくいっていないのが実態」と話す。
その背景には、モノを売ることが前面に出てしまっており、広告色のない生の声が尊重される日本人の国民性には合わないという点がある。
共同事業ではこの点を踏まえ、日本人の特性に合った新しい購買体験をめざした。
富澤商店が提供する新しい購買体験
富澤商店のカスタマージャーニーは下の図の通り。左から「買う」「作る」「SNSへ投稿する」それを見た人が「自分事として行動」し購買につながる。
共同事業ではこの流れのさらなる活性化を狙うが、同時に重視したのは「必要なものを自然に買える状態を作ること」だ。
お客さまに「要らないものを買ってしまった」と思われた瞬間、次は買われなくなってしまう。そうではなく、何かに悩みやあるいは課題を持っている方が「富澤商店」で課題解決をして、そのまますんなりと買い物ができれば、長くお客さまに利用いただける「無理のない高LTV」が実現できると考えた。(岩井氏)
そのためには商品の価値がきちんと顧客に伝わり、理解してもらえることが必要。その点、たとえば「こういうお菓子を作るのにどの小麦粉がいいか? という問いに、350種類もある小麦粉の知識をもとに明確に答えられる、『小麦粉のことならなんでも聞いてくれ』というスタッフが当社にはいる」(岩井氏)といい、こうしたスタッフの存在は大きな強みとして活用できる。
知識豊富なスタッフが実店舗と同じように双方向コミュニケーション(接客)を通じて顧客の買い物課題を解決し、顧客の好きな時にスムーズに買い物ができる環境を構築する。この新しい購買体験により高LTV顧客を獲得し、販売へとつなげる基盤確立をめざした。
次世代ソーシャルコマース共同事業への取り組み
新しい購買体験を実現する次世代ソーシャルコマース共同事業の全体像は次の通り。
SNSから「販売につなげる」
「Moribus Community & Commerce」にはSNSでつながっている人たちのデータが蓄積され、顧客同士のコミュニケーション、スタッフの投稿や双方向のコミュニケーション(接客行為)による買い物課題の解決などを通し、顧客の目線を「興味・関心」から「実際に買いたい(欲しい)」につなげていく。さらにEC機能を同じ場に置き、好きな時に「すぐ買える」シームレスな購買を可能とした。
注意すべき点は「このコミュニティに価値観や嗜好が異なる人が入ると、コミュニケーションが活性化しなくなる」(渡辺氏)こと。そのためソーシャルデータを分析し、富澤商店のコミュニティに親和性の高い顧客候補、潜在顧客をソーシャルメディアから洗い出してコミュニティにつなげることが重要になる。
さらに購入者については、いつ、どういうコミュニケーションの結果、購入に至ったのかをトレースできる。「ECの顧客基盤とソーシャルアカウントは意外と連動していないので、これができるのは我々にとっても悲願」(渡辺氏)。
富澤商店のSNSの影響力の強化
公式アカウントに加えて、富澤商店の強みである知識豊富な「スタッフ」や、同社の熱心なファンである「アンバサダー」のアカウントの発信力を強化し、それらのアカウントを通じて潜在顧客を発掘、「Moribus Community & Commerce」につなげる。
AIQの技術の活用
この事業を構築するにあたり、AIQが保有する3つの特許AI技術が使われている。
特許AI技術「プロファイリングAI」
「Moribus Community & Commerce」で使われている特許AI技術「プロファイリングAI」は、属性や最近の投稿、どのような人とつながっているかなど、そのアカウントが発信した画像やテキストなどのさまざまな情報を複合的に解析し、富澤商店に親和性の高い顧客、顧客候補を洗い出す技術である。
また、アカウントを時系列で追いかけることでライフスタイルやライフステージの変化がわかる。たとえば子供が生まれるとお菓子を作る機会が増える傾向にあるので、富澤商店のユーザー像に近づいてくる。そのタイミングを逃さないように、手前から接点を持つことで意図せず富澤商店のユーザーになる人も捕捉することができる。
SNS上のコミュニケーションで“欲しい”は醸成でき、購入に至るのか
「Moribus Community & Commerce」のPoC(Proof of Concept:概念実証)は、お菓子やパン作りが好きな富澤商店のアンバサダーである「ファミリー」と、同社のスタッフの計40名が参加し、1か月間実施した。
PoCで検証したかった項目は次の2点だ。
- SNS上のコミュニケーションで“欲しいが醸成”されるか?
- 欲しい気持ちを持ったまま“購入”に至るか?
「PoCに際して障壁になるのでは?」と想定していたことは、結果として見受けられなかった。その理由として「参加者がアンバサダーとスタッフというそもそもの関係性や、さらにAIによってコミュニティに親和性の高い組み合わせが成されていたためではないか」と渡辺氏は語る。
また、コミュニティの投稿数、トーク数、スタンプ数のログデータからコミュニケーションの活性化が見受けられ、アンケート結果を見ても好評価が得られたと考えている。
PoCを通して得られた考察は次の通り。
- 最初に誰を巻き込むか、コミュニティへの参加者の選定が非常に重要。それにはセンス、感性ではなく、データ分析の結果に応じてソーシャルメディアから顧客候補を見つけてくることが必要
- 欲しい気持ちを醸成するには、コミュニケーションの頻度だけでなく、スタッフがどういうタイミングで、どういう言葉をかけたか、という点が重要
ソーシャルコマースを強化していく上でのポイント
改めて「接客」の重要性が認識された。一般的なレコメンド機能ではまだ人が持つ知識や経験値は補完できない。また、人が持っている膨大な知識はコミュニケーションのなかでこそ、より的確に活用されるものである。
その意味で接客を担うスタッフの育成は重要課題である。たとえば、接客行為は店舗スタッフであれば問題なく行えると考えたが、「ソーシャル上で接客するのは意外と難しい」という声があがった。
また、SNSの特性上、時間を問わない業務となるため会社として労務環境や、出てきた数字をどう評価につなげるか、といった整備が必要となる。
こうした課題に対するポイントは次の3点だ。
- デジタルでの接客に慣れているスタッフ(主に20代、30代といった若手)と、商品知識が豊富な経験値の高いスタッフとの共存を図っていくこと
- 成功事例を積み重ねることで活躍人材を可視化すること
- 社内だけでなく、アンバサダーなど社外人材の活躍を図っていくこと
老舗企業の「ヒト」×AI企業の「技術」のハイブリッド
ちまたで言われるソーシャルコマースは、イコール「ライブコマース」的なイメージがあり、インフルエンサーの力で集客しその場で欲しいと思ったものを瞬時に買わせる、というような流れがあるが、この売り方は日本人の特性には合わないのではないか?
対して富澤商店のめざす「無理のない高LTVを実現する」というコンセプトは一線を画す。AI技術により買い物の導線を変え、知識豊富なスタッフと顧客の双方向コミュニケーションを通して「納得ずく」で買ってもらう次世代ソーシャルコマース。老舗企業の「ヒト」と最先端AI企業の「技術」のハイブリッドによって生み出される新しい購買体験に今後も注目だ。