メーカー系、メディア系、流通系ネット通販でよくある失敗例
ネット通販には、「フルフィルメント」という言葉がある。文字通りに訳せば「実施」「遂行」ということである。
商品を企画して仕入れ、サイトやカタログを用意し、各種プロモーションを仕掛けて消費者を購入へと誘導する。これら一連の業務が「マーケティング」である。 「フルフィルメント」はそれに対し、消費者が商品購入を決断した後、ネットやコールセンターでの受注、決済、そして出荷と配送によって商品を顧客の手元に届けるまでの各種業務を指す。 「マーケティング」は直接、顧客に働きかけ、売上に結びつくために注目度が高い。各ショップとも創意工夫をこらし、またさまざまな手法や関連サービスが開発、提供されている。
一方、「フルフィルメント」は裏方の業務であり、表から見えにくく、ともすればコスト削減の対象としてしかとらえられてこなかった。そのため「フルフィルメント」の軽視、あるいは「マーケティング」と「フルフィルメント」のアンバランスによる失敗やトラブルが後をたたない。
代表的な失敗パターンをいくつかあげてみよう。
メーカー系でありがちな失敗
第一にメーカー系、それもかなり規模の大きな企業が陥りがちな失敗パターンである。
経営トップから「最近eコマースというのが伸びているらしいからうちもやろう」ということで指示がでる。
指示を受けた担当部署では、とりあえず社内でネットに強い社員を見つけてきて、「ネット通販用のサイトをつくってくれ」ということになる。
こういう場合、その社員は確かにITには強いだろうが、小売業に詳しいわけではない。とりあえず見た目がカッコいいサイトをつくって商品を並べてみるのだが、あまり売上が伸びない。少ない注文を、高い賃料のオフィスで、高い人件費の社員がコツコツ出荷したりしている。
経営トップはさらに外でいろいろな話を聞いてきて、「フェイスブックというのがすごいらしい」「楽天に出店するといいらしい」などとまた指示が出る。こうした指示に場当たり的に対応しているうち、サイトは分かりにくく、プロモーションは一貫性がなく、物流は高コストのまま袋小路に入ってしまう。
事業は赤字のままだが、とにかくネット通販に力を入れるという方針だけは変わらず、「何をやっているんだ」「売上を1年で2倍にしろ」といった指示がさらに出る。
ある大手企業では、現在の売上10億円のネット通販事業を3年後に100億円規模にするという経営計画が策定され、担当者は途方に暮れている。
こうしたケースは、ネット通販事業に取り組む戦略がそもそも曖昧であり、「マーケティング」が行き当たりばったりであるのはもちろん、「フルフィルメント」に関してはどこの配送キャリアを使うかくらいの問題意識しかなく、本格的な検討さえなされていない。うまくいかないのも当然だろう。
メディア系でありがちな失敗
近年、ネット通販への新規参入組で目立つのがメディア系である。
たとえば、雑誌の定期購読者が5万人いるので、その定期読者向けの通販を始めるといったケースである。ガソリンスタンドで割引会員になると通販のDMやカタログが送られてくるのも、同じパターンだ。
ある企業は、月刊会員誌で毎号8ページにわたり通販商品を載せ、売上がようやく年間1億円に達した。そこで、「早く黒字化したい」「商品ジャンルを増やしてみようか」と担当者は考えている。
しかし、こうしたケースはうまくいかない確率が高い。なぜなら、商品を売りたい顧客はいるが、何を売りたいのかがあいまいだからだ。メディア系企業は、プロモーション用の媒体は持っているが、自社ならではの商品がない。「こういう商品を売りたい」「品揃えはこうしたい」という考えが担当者にも経営陣にも希薄だ。
いきおい、商品の企画はベンダーに丸投げとなり、事業計画は甘いままだ。商品の仕入れにしても、どのルートが一番安くなるかといったことさえ調べていない。
原価率は高くなり、売値の70%というケースもある。それをいくら自社媒体とはいえ、ページを割いて掲載しているのだから、赤字にならないほうがおかしい。
このパターンは「フルフィルメント」のもっと手前、「マーケティング」の段階から問題がある。
流通系でありがちな失敗
スーパー、アパレル、百貨店などリアル店舗系の流通企業も2005年頃から本格的にネット通販に取り組み始めた。
ただ、メーカー系と同じように、経営層の指示でITに詳しそうな社員を集めて始めるケースが多い。
しかも、流通系はリアル店舗がすでにあるので、ネット通販も簡単に始められると考えがちな点が落とし穴になる。確かに「マーケティング」についてはリアル店舗と共通する部分がありそれなりに対応できるが、問題は「フルフィルメント」だ。
あるホームセンターでは、ネット販売を始めてすぐ行き詰ってしまった。ネットで注文があると、店舗のスタッフが手の空いたとき、店頭に並んでいる商品をピッキングしているからである。店頭でのピッキングは、広い店内をまわってカゴに入れていくので作業効率が悪い。来店客に混じってやっているので、来店客にとっても奇異な感じがする。
もっと問題なのは、注文時に在庫システムで確認したらあったはずの商品が、店頭に行ってみると来店客がすでに買って欠品していることだ。
注文の一部が揃わない仕掛り状態の段ボール箱が事務所の壁際にずらりと並び、次の入荷を待っているうち1週間くらいたつこともある。当然、注文客からは問い合わせやクレームの電話が増える。担当者はそうした電話の対応に追われ、売上を伸ばすどころではなくなるのだ。
このパターンは、ネット通販を始めるにあたり、物流の重要性を深く考えていなかったところに原因がある。リアル店舗の物流とネット通販の物流は別物である。安易に一緒に行うと、採算に乗らないだけでなく、ショップのイメージを悪くしてしまう。言い方は悪いが、無駄なことをやって評判を落とすのだ。
別の衣料系専門店チェーンでも次のような失敗があった。そのチェーンでは、ネット通販部門を立ち上げ、スーツのネット販売を行っている。ネットで注文があったらリアル店舗の在庫状況を確認し、在庫がある店からネット通販部門の倉庫へ取り寄せる。そこからズボンの裾上げなどサイズ直しのため協力工場へ送り、戻ってきてから発送するのである。
これでは顧客が注文してから商品が手元に届くまで8日から10日かかる。いつ商品が到着するのか分からないので、顧客からはしょっちゅう問い合わせが入る。その都度、商品がいまどこにあり、どのような状態か確認して返答しているのだから大変だ。
たとえば、物流倉庫に店舗から商品が届いているか問い合わせ、来ていないようなら店舗に連絡し、商品をまだ物流倉庫へ発送していないようなら再度、依頼する。そもそも店舗にとって、ネット通販での売上はネット通販部門の成績にしかならないので、作業が後回しになりやすい。
ネット通販部門の担当者のうち、本来力を入れるべきマーケティング業務に携わっているのは全体の4分の1に過ぎない。残りはこうした顧客からの問い合わせやクレームへの対応にあたっているのである。
多くの小売業はリアル店舗での売り上げが頭打ちになり、新たにネット通販に乗り出しているわけだが、「フルフィルメント」を安易に考えていると問い合わせやクレームに追われてしまう。ネット通販を2〜3年やっているがうまくいかない、という場合に多いパターンである。
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