取扱商品はできるだけ狭く、そして深く。「ナロー&ディープ」作戦のススメ
基本戦略の立案
ネット通販の成長段階とそれぞれの課題をふまえ、本章の冒頭で紹介したような失敗パターンを避けるために必要なポイントを、ここでは3つだけあげておきたい。
第一に、基本戦略をきちんと立てることである。「当たり前」と思われるかもしれないが、意外にこれができていない。そもそも、何のためにネット通販をやるのか、何を目標とするのか、そのためにどのようなステップをたどるのかを明確にする必要がある。
メーカーが自社製品をダイレクトに販売するためにネット通販に参入するのであれば、売上目標を立て、それを達成するために必要な注文数、その注文を獲得するために必要なサイト訪問者数(ユニークユーザー)、訪問者のうち注文する割合(コンバージョン率)、平均購入単価などを設定する。
その数値目標を実現するため、どの媒体を使い、どのようなプロモーションを、どの程度行うのか、またそれには予算をどれくらい投入するのか、検討する必要もある。
リアル店舗を持つ流通業であれば、リアル店舗とは別の新規顧客を開拓するのか、それともリアル店舗との相乗効果を狙うのかによって、具体的なプロモーションやサービスの組み立てが違ってくる。リアル店舗にある商品をとりあえずネットで販売する、というだけではだめだ。
戦略の立案はきちんと行う必要があるが、時間をかけすぎると逆に成功からは遠ざかってしまう。大枠で計画を固めたら、実際に試験的に実施しながら修正していくほうがいい。ネット通販市場は動きが速いため、計画を実行に移したときはすでに市場が変わってしまっている危険性があるからだ。
大きな魚群が現れたのですごい仕掛けをつくって海に行ったら、もう別のところに行ってしまった、ということにならないようにしたい。
ナロー&ディープ作戦
第二に、ネット通販に参入した初期段階では、取扱い商品はできるだけジャンルを絞り、深掘りしたほうがいい。いわゆる「ナロー&ディープ」作戦だ。
幅広くいろいろな商品を扱おうとしても、しょせんアマゾンを筆頭とする大手サイトに正面から太刀打ちすることはできない。
規模の大小を問わず、「ナロー&ディープ」からスタートするというのが、ネット通販の基本戦略である。商品ジャンルをできるだけ絞り、各業務のレベルを揃えて固定ファンをつくる。そこから商品を少しずつ広げていくのだ。
たとえば、ホームセンターの場合、店にあるもの全部、ネットに載せて売ろうとしたら、物流が破たんするのは火を見るより明らかだ。ネット通販には、重量があってリピート購入が多いものや、嵩張って顧客自身では運びにくいロングテール品などが向いている。ドッグフードの大容量品、脚立など長くて車に載らない道具などだ。ドッグフードは犬を飼い始めた当初、店でどの商品がいいか聞いたり試してみたりするが、一度決まったら定期的に購入する。いちいち買いに行くのは手間だからネット通販向きなのだ。
さらに、ペット専用のサイトをつくり、ショップでドッグフードを買った人にメールで定期購入を勧めたり、ペットに関わるコミュニケーションの場を用意すれば、効率のよい販促ツールになる。
これはスクロールがネット通販で経験してきたことである。スクロールは現在、ファッションから下着、カーテン、ベッドまで多くの商品をネット通販で扱っているが、商品ジャンルを広げていく過程で行ったのは、ひとつひとつジャンル別のサイトを立ち上げることだった。下着は下着、生活雑貨は生活雑貨、アパレルはアパレルというように、別々のドメインを立てることで売り上げが伸びたのである。
なぜなら、サイトを訪れる顧客の動線が、それぞれのジャンルによって違うからだ。生活雑貨は目的買いで来る人が多い。だから、トップ画面上での商品カテゴリーの案内が重要になる。多くの人はホームセンターに行けば店内の看板を見て、目的の商品があるコーナーへ直行する。店の中をぶらぶら見て回る人は少ないのと同じだ。サイトの設計も、キッチン、トイレタリー、ファブリックなどカテゴリー別にすぐ目的の商品にたどり着けるようにするべきだ。
下着の場合、女性客はサイズから入るケースが多い。写真などを見て気に入ったものの、サイズを確認したら自分に合うサイズがないとなると、そこですぐサイト自体から離れてしまう。したがって、サイズからの動線が重要になる。
アパレルはトップス、ボトムスといった服種もあるが、女性向けで特に重要なのがテイストである。カジュアル、エレガント、フェミニンなどテイストによって商品を探すケースが多いので、トップ画面でテイストを分けた入口を用意するほうがよい。
このように商品の種類やジャンルによって、それぞれサイトの作り方が違ってくる。それを安易にひとつのサイトの中に並べると、商品が探しづらく、使いにくいサイトになってしまうので注意が必要だ。
経営数値の重要性の認識
第三に、経営数値を把握することである。「創業期」や「育成期」を過ぎたネットショップでも、これがきちんとできていないケースが多い。
個人商店ではもともとこのタイプが多いが、大企業が立ち上げたネット通販事業でも、売上高や利益率などはわかっていてもそれをどのように判断し、経営に反映させるかという意識が希薄だったりする。
特に問題なのは、売上高しか注目していないケースだ。売上高はもちろん重要だが、コストとのバランスをチェックしていないと、売上高は伸びているのに営業利益がほとんど出ていなかったり、場合によっては赤字になっていたりする。
ネット通販に詳しい税務の専門家がまとめた収支モデルでは、商品の原価率が50%、そこから物流費15%、決済費用5%、モール課金5%を差し引いて、限界利益(売上高から変動費を差し引いたもの)が25%となる。この25%から人件費10%、販促費5%、その他経費(事務所代など)を差し引き、営業利益5%を確保するのが基本である。
もっとも重要なのは、販促費である。売上高を伸ばすためには一定の販促は不可欠だが、だからといってんどんどん使えばいいということではない。仮想モールの様々なキャンペーンやプロモーションに参加しているうち、費用が嵩むケースには注意が必要である。
販促費を売上高に対するパーセンテージでとらえるショップが多く、売上さえ伸びれば、販促費などのコストも自然に吸収できると思い込んでいるのかもしれない。しかし、経営管理が甘いまま売上が伸びていくと、コストばかり膨らんで収益を圧迫し、時には破綻に至ることもある。
販促費は限界利益の20%に抑えるのが大原則だ。もちろん、扱う商品やビジネスモデルによって数値は多少変わってくるが、「販促費は限界利益の20%以内」を守れば、売上が伸びているのに倒産、といった事態は避けられるはずである。
そのほか、モール出店企業に多いのが、商品は売れているけれど正確な営業利益を把握していないというケースだ。
売上はモール運営者からくる注文金額、原価は平均原価法で○○%、という月次決算をすることが多いが、実際の売上は受注から品切れ・返品を引かなければ正確な金額にはならない。さらにモールの販促費の請求は2ヵ月後に来るので、売れて儲かったと思っていたのが2ヵ月後には結局、赤字だったというケースも発生している。
成長期の間にしっかりと正確な損益を月次で把握できるしくみ化が重要となる。
第1章のまとめ
- ネット通販市場は急速に伸びているが、物流への取り組みにより、勝ち組と負け組の二極化も顕著になっている。
- メーカー系、メディア系、流通系などでそれぞれに特定の失敗パターンがみられる。
- ネット通販事業には一定の成長段階があり、各ステージの課題をクリアしていくことが健全な成長につながる。
- 基本戦略の立案、ナロー&ディープ戦略、経営数値の把握は特に重要である。
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