中川 昌俊 2015/3/24 10:00

「楽天市場」などネットショッピングモールを中心に激しさが増す価格競争。先行してECを展開している事業者や大手企業との真っ向勝負は難しく、結果的にネットショップの運営が破綻してしまったケースは少なくない。そのため、中小のEC事業者は価格競争に陥らないための“ブランディング戦略”を進めようとするネットショップが増えている。今回はブランド戦略を徹底し、モールを中心に成長している「伊藤久右衛門」のWEB営業部・足立容子マネージャーと、「アンジェ」の洞本昌明会長がネットショップのブランディングについて語った。

現役の有名ネットショップの運営者達が講師となり、ネットショップ運営者向けに通信講座を実施しているEコマース戦略研究所の代表パートナー3人が、それぞれ話を聞きたいネットショップ運営者に会い、現在のEC市場などについて対談する企画「あの人から聞きたい~大橋、加藤、洞本のEC対談~」の第3回。

顧客レビューを見て商品開発のアイデアを得る

――洞本さんと伊藤久右衛門さんとの接点は?

洞本お互い楽天がまだ小さかった頃に出店し、楽天主催の勉強会などで一緒になることがよくありました。また、私は当時、京都で仕事をしていたので、交流する機会も多かった。「一度、伊藤久右衛門のサイトを見てほしい」と言われ、サイトのブランディング戦略などを見たこともあります。実は、それが私の人生初めてのコンサルティング。それ以降、ブランディングコンサルティングを始めましたので、伊藤久右衛門さんとの出会いは私にとっても大きな契機でした

足立当社にとっても、洞本さんにご来社いただいたことは、飛躍の大きなきっかけになりました。当社では2000年からEC事業を始めていましたが、2003年頃で月商が1000万円を超えるか超えないかという状況でした。その頃、洞本さんから「せっかくいい伝統があるのだから、ブランドとして売っていくべきではないか」というアドバイスをいただいたのです。

洞本もともと実店舗は180年の歴史があり、そこに今の「伊藤久右衛門」のもとになる下地はありました。私はそれをECでも表現できないかとアドバイスしただけです。

――伊藤久右衛門では、伝統的な“和”のイメージを重視しつつ、新しいヒット商品を次々と生み出していますね。

足立商品開発部では、お客さまのレビューを見ることが日課です。そこから、お客さまのニーズを調べるようにしています。それはデザインや味だけではなく、商品の温度帯、贈答用などの利用用途、価格など幅広い範囲でレビューを参考にしています。それをもとに1つの仮説を立て、経営会議でさらにブラッシュアップしていく流れで商品化を進めるようにしています。そうすることで、普段はなかなか考えられないような突飛な商品も出てくるようになっています。たとえば、「宇治抹茶カレー」というヒット商品では、普通ならカレーに抹茶を混ぜようとは考えません。ただ、「インパクトのある商品をプレゼントしたい」というお客さまや、海外のユーザーのニーズを捉えるという目的で、この商品を開発することになりました。

洞本メーカーであるからこそできることですね。「アンジェ」の場合、基本メーカーから提案された商品に「アンジェらしさ」を追加して製品化してもらうケースが多く、一から作り上げることはありません。メーカーもある程度、「アンジェのコンセプトに合うもの」を提案してきますし、そういった意味では、思い切った商品を作ることは難しい。

足立ただ、ECにおいては、「他のサイトでは買えない」ということはすごい強みになります。EC企業は商品開発において、他でも考えられるようなものを開発するよりも、思い切った商品開発をした方がいいのではないかと思っています。

洞本伊藤久右衛門では、毎シーズン新しい商品を発表していますが、商品アイデアに詰まったりすることはないのですか。

足立あまりないですね。当社の場合、バレンタインデーや母の日などのイベントがシーズンごとにあるため、それに向かって、1年かけて「こんな商品がいいのではないか」と考えている人が多くいます。そのアイデアを応用すると、イベント商品ではなく季節商品になったりするので、新しい商品が次々と生まれています。

人気の「宇治抹茶カレー」

季節感を演出するため、1年前からページデザインも用意する

――ページデザインについて聞かせてください。「伊藤久右衛門」も「アンジェ」も確固たるブランドイメージを築き、それに沿ったページ作りをしています。一方で、イメージがあるからこそ、デザイン面で制限される部分はないのでしょうか。

足立和を重視したサイトデザインにしているため、季節感にはかなり気を配っています。たとえば、3月では桜をサイトなどで使うことが多いのですが、実際にそうしたサイトを用意するのは1月や2月です。その時期にはもちろん桜は咲いていませんので、1年前に撮っておいた素材を使う必要があります。とはいえ、商品イメージやページデザインが固まっていなければ、写真は用意できません。そのため、商品作りからページデザインまでを1年前から用意することに苦労しています。

洞本「アンジェ」の場合、アパレルを取り扱っているので、季節感には苦労していますね。外でロケをして写真を撮っても、葉の色や太陽の色が違うなどの問題があります。アパレルは流行があるので1年眠らせておくわけにはいかないので、写真は加工することで、対応しています。ただ、「アンジェ」でも母の日に気合を入れて売っているため、1年前から商品や写真を用意し、ページを作るようにしています。

足立「アンジェ」の母の日のページは、当社でもかなり参考にしています。ちなみに、「アンジェ」では、以前は数点に絞って販売していましたが、最近では母の日向けの商品を増やしています。なぜですか?

洞本注文が増え過ぎ、在庫が足りなくなるようになったことが一番の理由です。商品を増やすことで、注文を分散、在庫切れが起きないようにしています。また、お客さんにとっても、多くの選択肢があった方がいいと思いますので、商品数を増やすようにしてきました。ただ、いままでと同じクオリティの商品ページをすべての商品で用意しなければならないので、ページ制作の担当者はとても大変だと話していますね。

足立当社も現在、母の日向けの商品を増やしていこうかなと思っているところです。お客さまにとっても価格や種類を選べた方がいいと思います。

――ファッションブランドなどが、モールに出店しない理由として、表現したいことがモール上では実現できないということをよく聞きます。実際、モールに出店していて、表現しにくいと感じたことはありますか。

足立自社サイトでもモール店でもターゲットとなるお客さまは同じだと思っていますし、特にデザインなども変えていません。逆に、どういったことができないのかがわかりません。

洞本ファッション用品を扱っているので、ファッションブランドの言い分は理解できないわけではないです。ただ、最近ではモールも巨大化していて、どこに出店していようが、消費者から見て“おかしい”と思われることはなくなってきているように思います。機能的な面でも、たとえばスマホページ作りなどはむしろモールの方が優れた表現ができるような状況になってきています。そのため、いまだにモールは“自社のブランドが汚される”と考えているような会社はむしろ、時代にマッチしていなくなっているように思います。

――アマゾンは単一ページのデザインになっており、出店者にとっては自社のブランディングを訴えにくい存在でもあります。アマゾンに関してはどう考えていますか。

足立最近、アマゾンでの販売を始めました。確かに単一ページデザインになっていますが、アマゾンは画像をたくさん使えるようにするなど改善を進めていて、そのなかで表現できることも多くなっています。その範囲内でいかに手を尽くせるかということを考えなければならないと思っています。

洞本確かに単一フォーマットになっているアマゾンでは、自社の表現したいこと実現できず、ブランドを訴求しにくいという側面はあります。ただ、ブランド力があるということは、消費者からすでに信頼を得ているということでもあり、信頼しているからこそ、簡単に手軽に買いたいというニーズが消費者にあることは確かです。そのため、ブランド力のある商品の方が、アマゾンでは売りやすいという傾向もあります。それぞれの売り場が、顧客のどのようなニーズに対応するかを見極め、需要があり応えるべきであれば出店するべき。逆にニーズがなかったり、対応すべき需要でなければ、出店しないというだけのこと。

――逆にこんなモールには出店しないという基準はありますか。

洞本「アンジェ」や「伊藤久右衛門」では、安売りを前面に打ち出しているようなモールには絶対に出店しないだろうと思います。もちろん、安売りモールだから出店したいという企業は数多くありますし、消費者ニーズもあると思います。ただ、ブランドイメージとかけ離れてしまうため、いくら売れていても出店しないと思います。

伊藤久右衛門 足立容子 マネージャー
伊藤久右衛門

自社の強みや会社の意義を突き詰めて話し合う時間が重要

――これから、ブランド力をつけていきたいと考えているEC事業者も多い。どういったことから始めるべきでしょうか。

足立まずは、お客さまが自分の会社に何を求めているのかを突き詰めていくことから始めるべきだと思います。例えば、お客さまが商品を購入した時に、「そのお客さまが自分の会社の商品でなければならなかった理由は何なんだろう」ということを会社全員で話し合い、「自分の会社はこういったところで求められている」といったことを推理していくことが大事です。また、その推理した結果を、お客さまに伝えるにはどういったことをすればいいか、ということを話し合うことも重要です。そういう意味では、まずは話し合う時間を1~2日間、しっかり設けることから始めてみてはどうでしょうか

最近では「ブランディングコンサルティング」を打ち出すコンサルティング会社も多くなっています。もし、そうした会社を利用しても、まずは社内で徹底的に話し合い、その後にコンサルティング会社に入ってもらった方がスムーズに話が進むでしょう。

洞本関連会社のディヴォートソリューション(旧セレクチュアーソリューション)でも、まさに「ブランディングコンサル」をサービスを提供しています。まず会社のトップとその事業の幹部から聞き取りを行い、意見を抽出することから始めています。当社が誘導するというよりも、そもそも会社として何が大切か、何を思って日々業務を行っているか、何をお客さまに伝えたいかという点で、コンセンサスを絞り出していく作業になります。こうした意見の集約は、話し合う文化が会社のなかにあれば、難しいことではありません。ただ、その文化がない会社には、なかなか始めることは難しいというのが実情です。だからこそ、外部の会社がお手伝いする必要があるのです。一度、文化として根付くと、とても強い会社になることができます。

足立コマースの場合、いろいろな成功事例があり、そうした話を聞くと、自社でも取り入れることができるのでは、と考えることがよくあります。もちろん、それは重要なのですが、あまりに他社の成功事例を取り入れてしまうと、いろいろな面で矛盾や問題が起きてしまうケースがあります。会社としてのコアコンセプトが定まっていると、会社が「やるべきこと」「やらなくていいこと」が明確化されていきます。

――自社のブランドの立ち位置を設定するために、現在、やっていることはありますか。

洞本当社の場合、「コンセプトシート」を作り、「アンジェ」のお客さまに提供する商品コンセプト(ペルソナ)を共有する会議を行っています。また、ペルソナも1年に1度見直すようにしていて、それは世の中の動き、さまざまな物の価格をもとに設定するようにしています。1年や2年だとそれほど大きな変化はありませんが、10年もたつとペルソナも大きく変わってくるので、毎年見直すようにしています。

足立それは面白いですね。当社の場合、日本茶のアドバイザー試験や会社の成り立ちなどの試験を社内で行っています。ブランドを作っていくためにも、いままで築いてきたブランドを知ってもらうことが重要だと考え実施しています。順位なども張り出されるため、みんな1週間前には猛勉強していますね。

洞本御社の場合、歴史があるので、そうした試験を行うことで歴史を受け継いでいくことは重要ですね。当社でも試験は行っていますが、歴史ではなく、優れたお客さま対応を記したテキストをもとにした試験を行っています。

セレクチュアー 洞本昌明会長
アンジェ

ブランドのある商品は海外でも売れるというのは「幻想」

――EC事業者共通の認識として、海外展開は将来的には必須であるとされています。海外展開についてはどう考えていますか。

足立抹茶の商品なので、海外の人にとっても分かりやすく、人気商材ではあるのですが、正直まだ海外向けにEC展開するのは難しいのではないかと思っています。まだ知名度が低く、日本のお土産としてはいいのですが、日常のお土産として選ばれるかといえば、まだまだです。まずは、空港店舗や百貨店の日本商品物産展などに参加することで、抹茶の知名度を高めていこうと思っています。

洞本海外に進出することは、一時のネット通販のように、「ネット通販を始めれば売れる」という幻想と同じように、「海外に進出すれば売れる」というのは幻想です。本気でやれる人だけが成功できる。本気でやるのであれば、現地に法人を作り、そこで在庫を持たなければいけないので、そこまでやれるかが重要になってくるでしょう。

足立以前、台湾の物産展に出店したのですが、お菓子に1000円を支払う人は一握りしかいないため、当社の商品をそのまま販売していくことは難しい。もし海外ECを行うのであれば、現地にローカライズする必要がある。一方、現在のブランドといかに整合性を付けていくかが難しいなと感じています。

――EC企業は、今後ブランド力をつけていく必要はあるのでしょうか。

洞本自社の立ち位置をはっきりさせるために、ブランドを確立させることは重要です。ただ、イメージ戦略とわかりやすさは相反する面があります。いい恰好をし過ぎると、詳細が伝わらない部分がある。ブランディングレベルを無理に高めていくことは避けた方がいいと考えています。たとえば、フェラーリやフェラガモといったラグジュアリーブランドは、ブランドロゴを出すだけで、広告が成立する。ただ、それでは商品は売れません。EC企業の場合、ある程度のブランド力は必要ですが、無理に高め過ぎるのもよくないと思っています。

――伊藤久右衛門の将来像についてどう考えていますか。

足立「お茶の新しい価値を世の中に発信し、日本の京都を代表する企業になる」という企業理念があります。伊藤久右衛門は地元のお客さまに支えられてきた会社です。これからもお客さまに喜んでいただけるよう努力し、お茶という文化を伝えるため、常に新しい可能性を探っていきたいと考えています。

「日本の京都を代表する企業」というのはとても大きな目標ですが、従業員一丸となってこの目標を達成できれば最高ですね。

対談後の記念撮影

このコーナーで紹介した対談の動画が見られる通信講座「Eコマース通信講座」。

動画以外にもセミナーや勉強会も開催している。

詳しくは http://www.ecsi.jp/course/

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