オムニチャネル時代に伸びている世界のメーカー・小売業者、2つの共通点
メーカーの変化
テクノロジーや消費者の変化を受けて、メーカーもその役割を再発見すべき時期に来ています。今後、企業の付加価値は、「モノ作り」から「コト作り」へと変化し、「サービス・ドミナント・ロジック」と呼ばれる、製品以外のサービスや購入プロセス、ユーザー体験など、経験価値を重視したマーケティングが主流となっていくことが予想されます。これまで卸や小売業に頼っていた「顧客との接点」に関して、メーカー自身が主導権を持つ時代への準備が必要となっているのです。
いち早く時代の変化を捉え、すでに新たな時代への対応を始めている企業もあります。例えばP&Gは、EC事業者と連携して駅の中で“Virtual store”を展開しており、チェコやカナダで成功を収めています。日本においても、Amazon.comと共同でEC専用製品の開発を行うといった事例が出てきています。製品の開発や改善点に関する消費者からのアイデアを生かした「ユーザーイノベーション」については、すでに数多くの企業で取り組まれています。
小売業の変化
消費者がその力をますます強め、同時にメーカーが消費者との接点を増やしていく中、小売業は非常に大きな転換点に直面しています。EC市場の拡大とともに小売業の役割自体が変化していくことが予想され、その変化への対応は企業の存続に関わる最重要課題となっています。今や、オムニチャネル戦略の選択は必須であり、必要性を議論する時代は過ぎ去ったのです。
小売業のトレンド1:店舗は「体験・経験の場」「ラストワンマイル拠点」へ
小売店舗を「買い物の場」ではなく「体験・経験の場」へと再定義する動きは、世界で進んでいます。2014年の全米小売業協会年始会合における経営者スピーチで、Caruso Affiliatedの創業者でありCEOのRick Caruso氏は「人間が本来持っている他人との関わりを求める心に小売業は立ち返るべき」「お客様は店舗でコミュニティへの帰属意識を感じ、素晴らしい体験をすることを期待する」と言っています。「体験・経験の場」としての小売店舗は、新たな役割ということではなく、小売業の「本質への回帰」であるとされているのです。
日本においても、この「本質への回帰」が進みつつあります。例えばコンビニエンスストアは、日用品や惣菜などのテコ入れによる「買い物の場としての便利さ」の強化により、それまでの30代の男性中心から主婦層へと顧客層の拡大に成功してきましたが、最近では、高齢者向けの「交流の場」として活況を呈してきています。「体験・経験」の場としての質を高めるため、IT を活用した取組みも広がっています。例えばWalmartでは、“VirtualMirror”の導入によって化粧品の疑似メークアップ体験ができるほか、Macy’s では、iBeacon(近距離無線通信機能)を用いたマイクロロケーションでのマーケティングを導入しており、従来よりも適切なタイミングで適切な対象に商品推奨やクーポン送付を行い、店舗での体験をより充実させています。
小売企業が自社のオンラインサイトを成功させている事例も出てきています。Marks &Spencer では、2012年に1億ポンド(約126億円)を投資して自社のオンラインプラットフォーム「M&S.com」を構築しました。CIOのDarrellStein氏は「アウトソーシングでは規模の経済は得られない」として、自社サイトを重視する方針を示しています。オンラインと店舗販売の併用が進んでおり、M&S.comの発注量の54% 超が店舗での発注または受取となっています(出所:Marks&Spencer)。
EC市場の発展とともに、「いつでもどこでも」受け取れるという点が重要な価値となってきています。イギリスの高級スーパーのWaitroseでは、店舗併設駐車場内に冷凍・冷蔵品対応の「受渡しボックス(Collection Lockers)」を設置するなどしてEC対応を強化した結果、2012年のオンライン売上高は対前年比で49%の増加を記録しました。業界の成長率が19%だったことを考えれば、非常に大きな効果を生んだと言えます(出所:Waitrose)。
こうした動きが意味するのは、小売店舗の「買い物の場」から「ラストワンマイル拠点」への役割シフトであり、品ぞろえの独自性を発揮できない小売業は淘汰されていく時代へと変わりつつあります。売場面積の広さを強みとしていた従来型店舗は存続の危機に直面し、また、EC化対応に遅れ、商品やサービスに特色のないローカルチェーンの淘汰もさらに進むことが予想されます。
一方で、独自性を持つ小売業にとっては、ますます機会が拡大しているということでもあります。例えば品ぞろえの少ない地域小売店であっても、地域独自性のある商品を強みとしつつ、NB(ナショナルブランド)商品や低回転商品は、全国に配送ネットワークをもつEC事業者と提携して在庫負担や物流投資体力を保管してもらうといったことも可能となるでしょう。また、三越伊勢丹では、ソーシャルコマースサイトのFancyへ出店することで、独自性を生かした海外顧客の獲得へと動いています。
小売業のトレンド2:小売業は物販企業から「情報発信型企業」へ
情報の分析・発信力は、小売業にとってすでに重要な要素になっていますが、今後はますますその重要性が高まることが予想されます。小売業の役割が「体験・経験の場」へと変化していく中、小売業は顧客への価値提供のために、デジタル・モバイル技術を駆使した商品・サービスの「情報提供企業」へと変容を遂げていくと考えられます。
欧米の小売業は、消費者行動の分析技術を外部から吸収し、顧客関係の再構築のためのイノベーションへの取組みをすでに始めています。例えばWalmartLabでは、ソーシャル・モバイル・コマース戦略を推進するためスタートアップ企業の買収を通じて優秀な技術者の獲得に動いています。例えば、ウェブ最適化技術のTorbit、データ予測分析ツールのInkiru、クラウドコンピューティングのOneOps、アプリケーション開発のTasty Labs、などです。
また、Targetでは、ソーシャルウェブサイトのPinterest とオンライン販売サイトのデータを統合し、レビューに頻出する製品の絞込みを行っています。フランスのスーパー、Auchanでも、米国のオンラインソーシャルネットワークのQuirkyと提携し、新製品開発のクラウドソーシングを開始しました。
これらの取組みに共通しているのは、顧客心理の洞察(カスタマーインサイト)の分析技術を強化し、対顧客関係(カスタマーエンゲージメント)を再構築することを目指している点です。各社とも、急速に発展するテクノロジーを活用するため、積極的にスタートアップ企業との連携を強化しています。
EC市場が拡大する中、小売業はどのようにEC専業と競争し、また共存していけばよいのでしょうか。まず何よりも、差別化された価値提供を行うことが重要です。これには、これまでに述べたような実店舗での経験価値の提供に加え、品質信頼性の担保なども重要な価値となるでしょう。
日本企業も生体認証技術などを強みとしており、こうした分野において日本の小売業は世界に先行できる可能性を秘めていると言えます。また、EC専業と協業することで、双方にとってメリットを生み出すことができる点としては、物流の委託・受託が考えられます。Amazon.comが巨額の物流投資を進めていることはすでに触れましたが、物流に関してはそのような充実したインフラを構築しているEC専業に委託すれば、自らは商品や価値提供の面での差別化に注力することが可能となります。
さらに、商品開発面での協業も重要な要素です。これにはメーカーも関わりますが、購買経験情報の分析を生かした商品開発やユーザーイノベーションを、三位一体となって推進し、顧客への価値提供を強化していくことは、重要な差別化要因となると考えられます。
なお、小売業の情報産業化に伴い、米国ではTarget を含む小売業7社が2013年のクリスマスセール時期に不正ソフトウェアによるサイバーセキュリティ攻撃を受け、Target ではその影響により2013年第4四半期の売上高が対前年比5.3%(約1,170億円)減少しました(出所:Financial Times)。情報セキュリティ体制の強化は、今や世界の小売・消費財企業にとって最優先の課題の一つとなっています。
▶この記事は、新日本有限責任監査法人の記事を転載しているものです。
オリジナルの記事(PDF)はこちらから閲覧できます。