アジア新興国市場での成功の鍵① 経営の現地化を通じて 機動力を高めるとともに規律を維持する
経営者のためのチェックポイント
- どの意思決定について本社の関与を必要とし、またどの点については現地での意思決定が可能ですか?
- 市場の変化を強みとして生かすに十分なほど、迅速な意思決定を行うことができますか?
- 市場に対応し、事業を保護するために適切なガバナンスの仕組みを導入していますか?
- 急成長を遂げている新興国市場について俯瞰し、リスクと機会のバランスを管理しているのは誰ですか?
多くの多国籍企業にとってグローバル本部と地域の間で適切なバランスを取ることは永遠の課題です。EYのレポート「変革を起こすか 強いられるか(原題:Disrupt or be disrupted)」の中で示された調査によれば、グローバルな管理と現地主義の間で、適切なバランスを築けていると考える企業は、全体のわずか16%に留まっています。中央集権的な傾向が強すぎると、地域やグローバル本部の経営陣は現地の消費者や顧客から遠く離れてしまい、現地とのつながりが失われてしまいます。一方で、現地主義を重視しすぎた場合には、重複が生じ、収益性が損なわれ、非効率が蔓延することを許してしまいます。
アジア新興国の変化のスピードや熾烈な競争は、企業が現地での機動的な意思決定を優先する必要があることを意味しています。現地のライバル企業は、しばしばオーナー経営で迅速な意思決定を下すことが可能です。キリンホールディングスの三宅占二氏(代表取締役社長)は、「意思決定のスピードは非常に重要です。特に、ベトナムやインドネシアのように、急成長の段階にあり依然として先行者利益を得る機会がある市場では、迅速な意思決定を重視しています」と述べています。
重要な意思決定に関して現地の経営陣に権限を委譲することが必要ですが、しかしこれには注意深く枠組みを設定する必要があります。EYのKristina Rogersは、次のようにみています。「ここ2、3年、現地とグローバル本部との間の役割分担は、振り子のように一方から他方へと揺れ動き、企業は自社の置かれた状況、文化、目的に基づいたアプローチを選択してきました。確かに適切なバランスを取るためにはその内容に応じた対応が必要です。しかし、アジア市場の持つ多様性を考えれば、ある程度現地で意思決定を行うことが重要である点に疑いの余地はありません」
このやり方は企業をより現地の消費者に近づけると同時に、現地市場の状況とグローバルの企業全体の戦略とが矛盾しない意思決定を可能にします。この見方は私たちの調査によっても裏付けられています。例えば今回の調査対象のうち調達先の決定権を現地経営陣に委譲している割合は、「ハイ・パフォーマー」では63%を占めているのに対して、それ以外の企業では21%に留まっています(図4参照)。
日本の食品メーカーである味の素は現地の説明責任(アカウンタビリティ)を特に強調しています。同社の黑崎正義氏(食品事業本部海外食品部長)は、次のように説明しています。「当社ではガバナンスはしっかりと本社の管理下に置いていますが、現地への権限委譲の拡大を継続して進めています。当社では、事業の中核は現地であると考えており、できる限り現地に決定権を委譲しています。本社の役割は、部分最適とならないように全社の視点からチェックすることと、すべての従業員がしっかりと同じ方向を向くようにすることと考えており、現地の事業展開を支援するという役割に徹しています。そしてグローバルに方向性をリードしていきます」
Mondelez Chinaでは、「グローカル」と称する現地主義とグローバル主義を組み合わせたアプローチを採用しています。また、Swee Leng Ng氏(GroupCFO GroupM China and former CFO of Kraft Foods, China)は次のようなエピソードを紹介してくれました。「4年前、プロダクトポートフォリオの見直しを開始し、9つの強力なブランドに集中する戦略をとるという決定に至りました。戦略の変更は会社に極めて重大な転換点をもたらしました。これらの9つのパワーブランドは、全てグローバルのブランドを活用したものです。この決定は地域レベルで行ったものですが、包装、特色、販売モデル、ビジネスモデル、地域の流通センターなどの決定は全て現地に任せました」
特に合弁企業の場合には速やかな意思決定が重要な課題になるとEYConsumer Products Assurance の Mike Sillsは指摘しています。合弁企業では双方がそれぞれの本社の承認を得て合意に至る必要があります。このことは、迅速な意思決定を行い煩雑な事務手続きを最小化するためには、ガバナンスの枠組みを構築することの重要性を示しています。
現地経営陣に決定権を委譲することは、特に中央集権的な企業では容易ではありません。従業員による意思決定を促し、効果を上げていると回答したのは、ハイ・パフォーマーにおいても20%に過ぎず、それ以外の企業では11%という割合でした(図5参照)。「通常、権限委譲は現地のビジネスの実情に合った意思決定を可能にします。とはいうものの、グローバル企業においては、現地主義がもたらす多様性を受け入れることは常に容易なわけではありません」とHarvard Business SchoolのTarun KhannaProfessorは説明しています。
現地主義は管理が行き届かない場合には無駄が生じます。より具体的には、現地経営陣に戦略を遂行する権利を与えるということは、企業全体でみれば不要な重複が生ずるおそれがあるということになります。というのも、世界各地で戦略を実行する文脈は少しずつ異なりますが、基本的な活動というのは共通するものが多いためです。また現地主義は、グループ企業理念に沿ったものでなければ、企業ブランドの価値を蝕むことにもなってしまいます。
アサヒグループはバリューチェーンのすべてにおいて、現地による意思決定を導入していますが、その役割と責任については注意深く規定しています。アサヒグループホールディングスの代表取締役社長兼COO、泉谷直木氏は次のように述べています。「会社全体にわたる企業理念、品質管理、人事および財務案件に関しては、本社が重要な役割を担い、グローバルスタンダードを定めています。私は毎年翌年の計画段階で、各地域の責任者と我々の目的について徹底的に議論します。しかし、ひとたびその年の目標について合意すれば、原則として、各地域の責任者に自律的な意思決定を行ってもらいます」
Diageoでは明確な枠内で現地に決定権限を委譲
ディアジオも重要な意思決定権限を現地経営者に委譲するという決定を下していますが、これには明確な枠を設けています。GlobalStrategy DirectorのAnna Manz氏は、「当社では、意思決定に対する説明責任と機動力をできるだけ市場レベルで付与することが重要と考えています。しかしそれらは、我々のブランド価値やグローバルでの企業イメージに沿ったものであるべきです」と述べています
現地の説明責任は必ずしも現地だけでの遂行を意味するわけではありません。Manz氏が説明しているように、それぞれの市場の統括責任者は、標準化・集中化されたグローバルの経営資源を最大限に活用するよう求められています。「本社のサポートにより、ベトナムの統括責任者が新しい経理と業務管理のチームを雇うために自らの時間をすべて費やす、などということを避けることができます。現地経営陣は標準化されたプロセスの恩恵を享受する機会を与えられ、パフォーマンスを上げるために真に必要な業務に集中することができるようになります」とManz氏は述べています。
中国における適切な事業モデルの選択
Xiaoping Zhang Advisory Strategy and Operations Practice Leader, Greater China, EY
グローバル本社と現地のバランスを取り適切に調整するためには、4つのポイントが決定的な鍵を握っています。第一に、企業が適切なプロセスを導入する必要があるという点です。このプロセスはグローバルスタンダードに準拠させなくてはなりませんが、同時にある程度の柔軟性を保つことによって現地市場に適応することを可能にします。
第二に、企業は適切な動機づけを行う必要があります。KPI(KeyPerformance Indicators=主要業績評価指標)は現地経営陣が事業を展開するのを助けますが、同時に彼らがグローバルなネットワークに属していることを考慮する必要があります。たとえば現地管理職のボーナスの一部はその地域における業績に基づきますが、一部はグローバルな業績も加味して決定するべきです。
第三に、企業は地理的要因にどう対応するのかという観点からガバナンスの方法に注意を払う必要があります。現地経営陣にどこまで裁量を認めるのか、その地域ごとに手法を変えるのか、が問題です。一つの大きなテーマとして現地CEO、例えば中国事業のトップに対して、グローバル本部の役員としての責任の一端を担ってもらうのか、あるいは彼らに独立した事業として展開を認めるのかといった問題があります。ガバナンスのやり方を定め、最適化させる必要があります。
最後に、パフォーマンスの高いチームを築くという課題があります。企業は文化的な背景を含めて新興国市場について考え、どうやってチームを作り上げるかを明確にする必要があります。企業が拡大し、それぞれの市場に定着していくにあたっては指導力が重要になります。
▶この記事は、新日本有限責任監査法人の記事を転載しているものです。
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