瀧川 正実 2020/7/15 9:00

「ナノ・ユニバース」「東京スタイル」などを傘下に持つTSIホールディングスグループのEC専門会社TSI ECストラテジーの社長を務めていた柏木又浩氏。次の活躍の場に選んだトランスコスモスでは、常務執行役員 リテールコマース総括責任者として、小売業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援していく。インタビュー後編では、新型コロナウイルスの影響を踏まえた、「EC業界・アパレル業界の現状とこれから」、「注目していること」について聞いた(前編はこちら)。

旧態依然の企業はこの危機は乗り越えられない

――現在のEC業界、アパレル業界をどう見ていますか。

2020年はアパレル単体で見ると、多くの企業でさまざまな手法による在庫換金を余儀なくされるでしょう。コロナ禍の2020年について、日本企業はそこまで危機感を持っているのかわかりませんが、グローバルブランドは、新型コロナウイルスとの共存によりブランドの在り方、プライシング、生産サイクルなど事業本質の大変革が始まったと考えています。

そして、このような状況にさらに拍車をかけるのがサステナビリティ(持続可能性)への取り組みです。新型コロナウイルス感染症拡大によるパンデミックと同時に、世界で起きている自然災害への課題解決としても加速していくと思います。

生活に必要な商品やサービスを、デジタルデバイスやネットワークを通じて顧客とつないでいくことは増え続けるでしょう。そこで、社会や世界に本当に必要なブランド、商品、サービスは何なのか? 存在すべきブランド、商品、サービスの価値とは何なのか? を理解しながら事業イノベーションをしていくべきです。企業は、「ニューノーマル(新しい当たり前)」とは何を意味するのか?と、問い続けながらこの危機を乗り切っていくことが求められます

TSI ECストラテジー元社長 現在はトランスコスモス常務取締役の柏木又浩氏
柏木又浩氏。2014年に設立されたTSIグループのEC事業、デジタルマーケティング、オムニチャネルを統括するTSI ECストラテジーの代表取締役社長に就任したのは2014年。2014年2月期におけるグループEC売上高は134億3200万円。退任時の2020年2月期におけるEC売上高は、前期比6.4%増の363億3700万円と、TSIグループのEC売上拡大の功労者の1人

柏木が注目する3つのリテールテック「体験型店舗」「オンライン接客」「Instagram」

柏木氏がTSI ECストラテジー社長時代から、常にアンテナを張っていたのが海外のリテールテック情報。日本の一歩・二歩も先を行く先端リテールテック情報から、TSIグループのECビジネスに役立つテクノロジーを導入してきた。

2014年にはECプラットフォームにクラウド型ECプラットフォームの代表だった現セールスフォースの「Commerce Cloud」(旧デマンドウェア)を導入。2015年には日本のアパレル企業としては初めて店舗分析プラットフォームなどのリテールネクスト社(本社は米国カリフォルニア州)が提供する店舗IoTプラットフォーム、2020年には店内の販売員がEC顧客にリアルタイムで接客するオンライン接客ソリューション「HERO」などを導入した。

店内情報をメーカーとリアルタイムで共有する新しい小売店「b8ta」の日本進出(8月1日に新宿マルイ本館1階、有楽町電気ビル1階に2店舗を開設)、TSI時代の経験、新型コロナウイルスの影響を踏まえ、柏木氏が語った注目する“リテールテック”とは。

店舗の「ビッグデータ化」「IoT化」「デジタル化」

米国では、D2Cブランドの商品などを展示・販売するショールーミング形式の新しい小売店が台頭しています。その代表格である「b8ta(ベータ)」、「Neighborhood Goods(ネイバーフッド・グッズ)」、「Showfields(ショーフィールズ)」には共通点があります。

その3店は、来店顧客が店内でどのような体験・行動をしたのかを設置したカメラを通じて収集して分析、出展するD2Cブランドのマーケティング活動に生かしていること。このRaaS(Retail as a Service、サービスプラットフォームとしての小売)のビジネスモデルをテクノロジー観点で支えているのが、リテールネクスト社(本社は米国カリフォルニア州)が提供する店舗IoTプラットフォームなんです。

▼b8ta(ベータ)とは
2015年に体験型の小売店を米国サンフランシスコ近郊のパロアルトでオープン。実店舗への出品を手軽にし、消費者にイノベーティブな製品を発見、体験、購入できる場を提供するのがミッション。RaaS(Retail As A Service)のパイオニアと呼ばれる。たとえば、店舗運営に必要な従業員の手配、トレーニング、シフト管理、在庫管理、物流サポート、POSは全て付帯サービスとして、サブスクリプションモデルを採用した月額の出品料金を徴収する。店内で来店者がどのような体験をしたかを設置したカメラを通じて収集し、ソフトウェアで行動分析している(詳しくはこちら)。日本市場に2020年8月、初店舗を都内に開設する。

「b8ta」のイメージ動画(音声は設定→字幕→自動翻訳で日本語を選ぶと、日本語訳が表示されます)

▼Neighborhood Goods(ネイバーフッド・グッズ)とは
ネット通販主体のD2Cブランドを集めたショールーミングストアを展開し、自社のことを「新しいタイプの百貨店」と呼ぶ。現在、米国で3店舗を展開。専用アプリを通じて展示するD2Cブランドなどの情報を得たり、商品を購入することもできる。レストランを併設した店舗もある。店内で来店者がどのような体験・行動をしたのかを設置したカメラを通じて収集し、行動分析。D2Cブランドのマーケティング活動に生かしている。

「Neighborhood Goods」のイメージ動画

▼Showfields(ショーフィールズ)とは
ネット通販主体の新興D2Cブランドの商品を紹介・販売するニューヨーク発のストア。「世界一面白いお店」を自称し注目を集めている。数か月単位でブランドにスペースの短期貸しを実施。店舗設計・デザイン、在庫管理のほか、店舗オペレーション費(各ブランドの商品やサービス知識を習得した「Showfields」スタッフが接客・販売代行)が出展料に含まれる。店内で来店者がどのような体験・行動をしたのかを設置したカメラを通じて収集し、行動分析。D2Cブランドのマーケティング活動に生かす(詳しくはこちら)。

「Showfields」のイメージ動画

TSIグループもリテールネクストのプラットフォームを導入していましたが、想定よりも店舗のインストア分析、DX化のドライブをかけることができませんでした。最大の理由はショップスタッフのUX(ユーザー体験)において日々の課題認識に可視化できなかったこと、そしてPDCAを回すためのコーチングができなかったことです。単にプラットフォームを導入すれば、店舗のデジタル化が実現できるわけではありませんでした

ただ、新型コロナウイルス感染症の影響で、店舗とお客さまのソーシャルディスタンシングによる距離感、店舗の存在意義が変わるため、店舗のDX化は間違いなく進むでしょう。商業施設やデベロッパー、百貨店など、1つの施設全体でプラットフォーム化を進め、オフラインストアのビッグデータ化を実現できる時代になると確信しています。

「b8ta」「Neighborhood Goods」「Showfields」は店舗のIoT化を実現し、お客さまの行動を計測して分析。それぞれのスタイルで可視化した消費行動をビジネスモデルに生かしています。私は米国で注目されているこうした商業施設や店舗の「ビッグデータ化」「IoT化」「DX化」はwithコロナ時代に必要とされる絶対的な戦略だと思っています

「RetailNext」のイメージ動画(音声は設定→字幕→自動翻訳で日本語を選ぶと、日本語訳が表示されます)。リテールテック(小売×Tech)企業として2007年に創業。店舗分析ソリューションベンダーで、日本を含む世界85か国以上で事業を展開している。「RetailNextプラットフォーム」は、大手メーカーのアナログカメラやIPカメラなどを利用し、小売店舗に関わる多様で膨大なデータを収集。リアルタイムでの混雑状況の把握、入店率、入店数、購買率、シフト、スタッフ配置、エリア滞留時間、動線、年齢、性別などのデータを可視化する

オンライン接客は当たり前になる

新型コロナウイルス感染症の拡大で、ECサイトでもオンライン接客を行う企業が増えてきましたね。まさにwithコロナでドライブがかかったという印象です。

以前から、実店舗を中心に事業を営んでいた小売企業はみんな、ECサイトにおけるオンライン接客について考えてきたんです。ショップスタッフの接客力をどう活用すればEC売上をさらに伸ばせるのか? オフラインでできることを何で、オンラインでできないんだろう? と、実現する方法を長年、模索してきたのです。

私がこれまで見てきた中で最も優秀なオンライン接客ソリューションが「HERO」。米国のHero Towers Limited社が開発・提供し、TSIグループも導入しました。テキストメッセージ、チャット、ビデオを使ってリアル店舗とECサイトのスタッフが消費者とコミュニケーションをとることができるオンライン接客ツールで、今後、爆発的に需要が高まる可能性のあるソリューションだと感じています。

「HERO」のイメージ動画(音声は設定→字幕→自動翻訳で日本語を選ぶと、日本語訳が表示されます)

「HERO」はなぜ凄いのか? 個々のショップスタッフがどれだけのお客さまから支持されているのか、自身の接客がどれだけのEC売上になっているのか、それらを全部可視化できること。ゲームのように自分の勝ち得たEC売上が可視化されるので、ショップスタッフの成功体験になり、モチベーションアップになるのです。

実店舗には本当に接客が上手なスタッフがたくさんいらっしゃいます。ネット上ではそうした優秀なスタッフの販売ノウハウが生かされていない。私もTSIグループに在籍していた時、痛感していました。ショップスタッフがオンラインをサポートするという意味ではオンライン接客がベストな選択肢。

ショップスタッフは今までリアルで接客の楽しさを見出せていませんでしたが、オンライン接客ツールを活用すれば、「オンラインでも接客の力を発揮できるんだ!」となります。腹落ちした瞬間、確実にオンライン接客のEC売上は伸びるでしょう。それは買う側(お客さま)にとっても楽しい体験になりますから。

進むソーシャルコマース

D2Cブランドやファッションなどでは、Instagram(インスタグラム)のEC活用が重要視されるようになっています。このInstagramのショッピング活用で注目するツールが「Dash Hudson」(ダッシュハドソン)という画像AI分析ソリューションです。

Instagramにおいて世界に1億8千万人のフォロワーを持つスーパーセレブ・カイリージェンナーのプロデュースする「KYLIE COSMETICS」(カイリーコスメティクス)、そして、インフルエンサーマーケティングで上場したといっても過言ではない人気米国ファッションモールREVOLVE(リボルブ)など、名だたる企業やブランドがソーシャル時代の画像分析プラットフォームとしてダッシュハドソンを利用しています。

投稿されたソーシャルメディア上の画像を、どのような要素や構図の画像が、コンバージョン、エンゲージメントが高いのかなどをAIが解析。その上で、プラットフォーム上に撮影した画像をアップすると、解析に基づいて、エンゲージメントやコンバージョンが高くなると予測した画像を選び出し、ソーシャル上での投稿を最適化するプラットフォームになっています。

「Dash Hudson」のイメージ動画(音声は設定→字幕→自動翻訳で日本語を選ぶと、日本語訳が表示されます)

SNSの浸透と伴にインフルエンサーマーケティングが浸透、ソーシャルコマースの時代に突入しました。これまでも画像、映像、テキストがオンライン上でのビジネスで重要でしたが、今後はさらに重要視されます。画像のECマーケティング活用としては、プラットフォームとしては「Dash Hudson」が、一番出来が素晴らしいと思っています。

◇◇◇

2014年、柏木氏はトランスコスモスへ転職。今度は、事業者側からベンダー側へと、小売事業者・EC事業者にサービス提案などを行う立場になった。

次の時代に向けた変革を求める小売企業に必要なソリューションを提案し、一緒に創造する側になれないだろうか。確実に世界が変化するこの時期だからこそ日本のリテールビジネスの在り方を根本的に変えるサポートがしたい。BOPIS(Buy Online Pick-up In Storeの略称で、店舗受け取りサービスのこと)、OMOなど今までの日本なら10年かかっていたことが3年で実現できるかもしれない。(柏木氏)

こうした思いを抱いての転職。柏木氏は自身の経験、そしてコロナ禍の小売事業者のDXを促進するために、「コマースビジネス、エンゲージメント、売り上げを最大化するためのNo.1サポーターになりたい」と今後の抱負を語り、インタビューを締めた。

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