瀧川 正実 2020/7/8 8:00

「ナノ・ユニバース」「東京スタイル」などを傘下に持つTSIホールディングスグループのEC専門会社TSI ECストラテジーの社長を務めていた柏木又浩氏が2月に退任。TSIグループでファッション小売のEC化・デジタル化を推進してきた柏木氏が次の活躍の場に選んだのがトランスコスモスだった。肩書きは「常務執行役員 リテールコマース総括責任者」。事業者側からベンダー側への転身。転職間もない柏木氏へのインタビューを2回にわたって紹介する。1回目は転職理由とベンダー側への転身などについて。

社長就任でTSIのEC売上は2.5倍、ファッションEC屈指の規模に

まず、柏木氏がどのような人物なのかおさらいを。

柏木氏は2012年末にTSIホールディングスへ入社。2014年に設立したTSIグループのEC事業、デジタルマーケティング、オムニチャネルを統括するTSI ECストラテジーの代表取締役社長に就任したのは2014年のこと。その2年後、TSIホールディングスの執行役員を兼任、2020年2月末にTSI ECストラテジー代表取締役社長、TSIホールディングス執行役員を退任した。

TSIホールディングスの2020年2月期におけるEC売上高は、前期比6.4%増の363億3700万円。連結売上高に占めるECの割合(EC化率)は21.4%で、前の期と比べて0.7ポイント増。EC売上全体に占める自社ECサイト売上の比率は2019年2月末時点で31.5%に達した。

TSIホールディングスのEC売上について
TSIホールディングスのEC売上について(画像はTSIホールディングスの2020年2月期決算説明会資料から編集部がキャプチャ)

柏木氏がTSI ECストラテジーの社長に就いた2014年内の決算期(2014年2月期)におけるグループEC売上高は134億3200万円。売上規模は就任時と比べて約2.5倍に拡大した。EC化率は7.2%から、2020年2月期までに13.5ポイント増加している。

TSI ECストラテジー社長就任時から注力してきたのが自社ECサイト。オムニチャネルの一歩先を行くユニファイドコマース(パーソナライズした情報や買い物体験を通じて、ブランド全体の買い物体験を向上させる概念)時代を見据え、モバイルファースト戦略を推進してきた。

2019年2月期にはモバイル経由の売り上げがEC売上全体の8割を構成モバイルアプリ経由はその3割を占めた。モバイルを軸とした買い物体験の提供で、「シングルチャネルの年間平均購入金額は2万5000円前後。店舗とECの併用顧客の年間平均購入単価は10万円を超えた」と言う。

こうした戦略作り、旗振り役、意思決定者としての情報収集は欠かさない。特にアンテナを張っていたのが海外のリテールテック情報。2014年にはECプラットフォームにクラウド型ECプラットフォームの代表だった現セールスフォースの「Commerce Cloud」(旧デマンドウェア)を導入。2015年には日本のアパレル企業としては初めて店舗分析プラットフォームなどのリテールネクスト社(本社は米国カリフォルニア州)が提供する店舗IoTプラットフォーム、2019年には店内の販売員がEC顧客にリアルタイムで接客するオンライン接客ツール「HERO」など、先端ツールにいち早く目をつけ導入を決断してきた

TSI ECストラテジー元社長 現在はトランスコスモス常務取締役の柏木又浩氏
柏木又浩氏

自社EC化率30%とZOZOのZHD入りで「ファーストステージ・コンプリート」

──TSIグループのEC売上が伸びたポイントは?

私がTSIホールディングスに入社したのは、東京スタイルとサンエー・インターナショナルの統合(2社の共同株式移転で持ち株会社の「TSIホールディングス」を設立したのが2011年)した翌年の2012年。同じカテゴリで複数ブランドを展開するマルチブランドカンパニーとして扱うブランドが一気に増えた時期でした。

TSIホールディングスに東京スタイルとサンエー・インターナショナルの2社がぶらさがる体制から2014年に、持ち株会社の下にほぼすべての事業会社が直下の子会社となる体制に変更した
TSIホールディングスに東京スタイルとサンエー・インターナショナルの2社がぶらさがる体制から2014年に、持ち株会社の下にほぼすべての事業会社が直下の子会社となる体制に変更した(画像は2014年2月期決算説明会資料から編集部がキャプチャ)

当時のアパレルECはモールでの販売が主流。1つのサイト・ページに複数のブランドが並べられ、販売されているのが当たり前の状況でした。競合他社を含めたモールのような販売方法で、お客さまを包括的にカバーできればよいのですが、TSIグループのブランドにおいてはそれが適していなかった。TSIグループが志向する事業ドメインを含めて、ブランド最適化を図ることができる直営EC(自社EC)=ブランドごとの自社ECサイトの強化にかじを切りました。それが、現在では競合他社との違いになったと思っています。

2013年4月に策定した中期経営計画で記載されたTSIの事業ドメインについて
2013年4月に策定した中期経営計画で記載されたTSIの事業ドメインについて(画像は編集部が中期経営計画からキャプチャ)

2014年に「SELECSONIC」をリプレイスしたTSIグループのECモール「MIX.Tokyo(ミックスドットトウキョウ)」は当初、ブランドごとのECサイトに売り上げが移行できるまでの自社ECモールで、ブランドのECサイトへソリューションを実装する前に有効か否かをテストするマーケテイングプラットフォームの役割を担っていました

次のステップとして、顧客接点を1つのチャネルに絞るべきと考えたのが2015年のモバイルファースト戦略です。当時はまだ、販売チャネルとしてガラケーも残っていた時代ですね。顧客接点はモバイルアプリに集約しました。TSIホールディングスグループがメインに利用しているアプリ開発プラットフォーム「Yappli」は、創業初期から導入しています。早期にモバイルファースト化を推進したことで、2019年2月期にはモバイル経由の売り上げはEC売上全体の8割を占めています

──まだまだECビジネスは伸びると言われています。なぜこのタイミングでの退職だったのでしょうか。

ファーストステージを「コンプリートした」と、自分の中で感じたからです。ファーストステージというのは、自社EC比率が30%を超えたこと、そして、ZOZOがZホールディングスに入ったことですね。自社ECとサードパーティーモールの大きなステージの変化が起きたと実感しました。

転職理由は「リテールのDXを変えるサポートをするため」

──IT・コールセンター大手のトランスコスモスへ4月に転職しました。なぜ事業者側からベンダー側に?

退職をした2020年2月末時点では、小売事業者側でデジタルの仕事をしようと思っていました。その考えが大きく変わったのが、新型コロナウイルスの影響。2月末から3月末までの間で、自分自身の考え方が大きく変わりました

2020年2月までは、デジタル化が進む消費市場で少しずつ日本のリテールテックが変わるのだろうと考えていました。そんな時に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生。1つの業界で何かが変化するだけではなく、世界的に消費、生活習慣がガラリと変わるのを確信しました。そんな中、自分自身は何をすべきなのか、とても悩みました。

これから大きく変わっていくのであろう日本のリテール業界において、「次の時代に必要なモノを提案し、一緒に創造する側になれないだろうか」「確実に世界が変化するこの時期だからこそ日本のリテールビジネスの在り方を根本的に変えるサポートがしたい」「BOPIS(Buy Online Pick-up In Storeの略称で、店舗受け取りサービスのこと)、OMOなど今までの日本なら10年かかっていたことが3年で実現できるかもしれない」――。こうした考えが生まれてきたのです。そんな折、ニュートラルなポジションでリテールビジネスを再考し、提案できる環境を用意してくれたのがトランスコスモスでした。

──肩書きは「常務執行役員 リテールコマース総括責任者」。ミッションを教えてください。

リテールコマースという部門名称にしたのは私の提案です。私は、EC事業をオンライン単独で考える時代=ファーストステージは終わったと考えていますオンラインとオフラインを統合する「OMO」、パーソナライゼーションを前提としたオンラインや店舗での顧客体験「ユニファイドコマース」に向かっていく今後のコマース戦略とどう向き合うのかを、小売事業者やEC事業者は考えなければなりません。事業会社での経験を踏まえ、変化する顧客体験を積極的に考え、リテールのコマース&マーケティングの課題を解決する最適なソリューションを提案する――。これを私が管掌するリテールコマース部門のミッションにしています。

元TSI、現在はトランスコスモスの柏木又浩氏
インタビューは「ZOOM」を活用したオンライン取材

──トランスコスモスへ転職後、7/10に初めて公の場に登場します。ワコール執行役員の下山廣さん、元オンワードホールディングス常務執行役員の村田昭彦さん、吉野家CMOの田中安人氏、元ココカラファインの郡司昇氏という豪華メンバーでのトークセッションに、モデレーターとして登壇しますね。

はい。テーマは、リテール業界に求められる「今」と「未来」です。新型コロナウイルス感染症が拡大する以前、オンラインとオフラインがどう変わるか、どんな相関関係があって戦略をどう立てていけばいいのか、というような議論は相当行われてきました。

今回、店舗ICT化のプロフェッショナルである元ココカラファイン マーケティング責任者の郡司昇氏をオーガナイザー&レギュラーパネリストに迎え、第1回目はアパレルのデジタル戦略に精通している村田昭彦さん、外食店舗の未来をリードする吉野家CMOの田中安人さん、3Dスマート&トライで次世代の店舗カウンセリングを提唱するワコール下山廣さんといった特別ゲストとともに、withコロナ、アフターコロナで生き残っていくためのDX、EC戦略などを議論できればと考えております

柏木氏初登場のオンラインセミナー(オピニオンリーダー徹底討論リテール業界に求められる「今」と「未来」)はこちらから(画像は編集部が一部加工)
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2回目のインタビューは7月15日に掲載予定です。テーマは「小売企業のDX、注目しているトレンドや最新ツール」について。

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