経験者ゼロの“鳥オタク”が始めたテーマパーク発のネット通販。「掛川花鳥園」のECビジネス挑戦記
新型コロナウイルスの影響により、1か月以上の休園を余儀なくされた鳥と花のテーマパーク「掛川花鳥園」。園内販売の商品を通販で販売したことをきっかけに、ECサイトを本格的にスタートしました。商品開発にはファンだけでなく飼育員の「ほしい」という要望を積極的に取り入れ、ユニークなオリジナル商品を数多く取りそろえています。
ECサイトの運営や商品開発秘話を「掛川花鳥園」の北條龍哉氏(運営管理部課長・学芸員 バード統括兼広報担当)に聞きました。
鳥たちがすぐそこに! 子どももマニアも楽しめる鳥のテーマパーク
――「掛川花鳥園」について教えて下さい。
北條龍哉(以下、北條氏):「掛川花鳥園」は静岡県にある花と鳥の専門施設、テーマパークです。2020年9月で開園17周年を迎えました。
動物たちがいる施設内にお客さまが入る、という少し変わった展示形態をしています。一般的な動物園のように動物が檻の中にいるところもありますが、基本的には鳥たちが放し飼いになっているエリアに入っていただきます。また、バードショーなどのイベントや、鳥を腕に乗せる体験なども行っています。
――放し飼いという珍しい展示形態ですが、事故の危険性などはないのでしょうか?
北條氏:私たちの展示形態ですと、飼育員が鳥の世話をしているところにお客さまが入ってきますので、基本的には展示エリア内に飼育員がいる状態なんです。「鳥につつかれた」というケースがないとは言えないのですが、事故やトラブルを防ぐ・回避できるスタイルになっています。鳥の糞だけは避けられませんが(笑)。
17年間この形態で営業していると、お客さま達にも認知が広がり、むしろそれを織り込み済みで来園していただく方が大半を占めています。
――飼育員の方が気を配れる状態になっているんですね。
北條氏:そうですね。鳥の専門施設として営業しているので、トラブルに対する対応だけでなく、「この鳥はどういった鳥なの?」といった質問をお受けすることもあります。お客さまと会話するなかで、飼っている鳥の飼育相談を受けることもあり、飼育員とお客さまの距離が比較的近いのも特徴です。
ファンの「応援したい気持ち」がEC開始を後押し
――ECサイトを開設したきっかけや経緯を教えて下さい。
北條氏:大きなきっかけは新型コロナウイルスだったのですが、コロナ禍以前から「園内売店の商品を通販で販売してほしい」という声があり、個別に対応をしていました。なので、大々的に通販はしていなかったんです。
緊急事態宣言で2020年4月中旬から5月末まで休園。鳥たちの世話があるので飼育員は出勤していたのですが、園内販売などは完全に閉めていました。休園から2週間ほど経ったとき、園内販売の担当者から「賞味期限が近づいてきて、営業再開時に販売できない商品が多くある」と相談を受けました。
賞味期限のある商品は最初、近隣の学童保育、市を通じた寄付を行っていたのですが、だんだん追いつかなくなってきて……。廃棄も返品もできず困っていたときに「通販で売ってみたらどうか」という案が出たのが始まりですね。
ゴールデンウィーク中にお菓子と園内販売で扱っていた小さなぬいぐるみなどをセットにした商品を300個くらい販売しました。お菓子2種類と小物を合わせて6~7点入ったセットで大体4000円~5000円くらいの商品です。有難いことに大きな反響をいただき、1日で完売しました。
すぐに完売した理由は、お客さまが「掛川花鳥園を応援したい」という気持ちを持って下さっていたことだと思います。当時、休園によって経営が厳しくなり、クラウドファンディングや寄付を募っている動物園が多数あり、SNSやニュースなどでも取り上げられていました。
そんななか、「掛川花鳥園」はそういった取り組みを行っていなかったので、「掛川花鳥園は大丈夫なのか?」という気持ちがお客さまの中にあったようで……。商品を販売すると知り、「寄付などの代わりに商品を買って応援しよう」と購入して下さったお客さまが多くいらっしゃいました。
すぐ完売してしまったので、第2弾、第3弾と販売しました。販売数や販売スピードは少しずつ下がってきていましたが、今後いつまで休園が続くかわからない状況のなか、私たちが提供する商品を応援の気持ち込みでお客さまが購入して下さるのなら、正式に通販にチャレンジしようとなったんです。「なんとかして収入を得ないと厳しい」という経営面の課題もありました。
――公式にECサイトをスタートする前に通販があり、ステップアップする形で始めたんですね。
北條氏:通販なんて格好良いものではなかったですけどね(笑)。告知は公式サイトやYouTube、Facebookで行っただけで、注文の受付もメールかFAXのみ。梱包や発送作業もすべてマンパワーでこなしていました。非常に大変でしたね。
その経験もあり「きちんとしたシステムを使わないと駄目だ」となり、いろいろと調べてショッピングカートASPを導入しました。
ECサイト運営はスタッフ全員が別の業務と兼任
――ECサイトの運営体制を教えて下さい。
北條氏:メインは4人です。私がWeb関係の作業や告知、広告などを行っています。園内販売の責任者がECサイトの責任者を兼任し、注文処理や梱包などをするスタッフが2人です。
――運営に携わっているスタッフの皆さんは、以前から「掛川花鳥園」で働いている方でしょうか?
北條氏:そうです。元々、私が飼育管理部門の統括と広報を兼任していまして。Facebookの管理などを行っていた流れで、一緒にECサイト運営を行うことになりました。販売の責任者は園内販売の経験がありますが、ほかの作業を行うスタッフは飲食部門のスタッフ。ECサイト運営の経験者が1人もいない状態でスタートしました。
――慣れない作業で苦労したことも多いのではないでしょうか?
北條氏:どのような商品を販売したら良いか、商品展開はどうするかなどわからないことだらけでした。そのうち開き直って「とりあえず何でも良いから商品を出してみよう」となり、面白そうな商品をとにかく出し続けていたら数が増えて盛り上がってきた、という流れです。そのため、経営戦略や商品展開などを緻密に行ってきたわけではないんです。
“鳥オタク”のスタッフやファンの声を商品開発に生かす
――ECサイトで販売している商品はユニークなものが多いですが、どのような特徴がありますか?
北條氏:鳥と花の専門施設なので、何らかの形で鳥と花が絡む商品にしています。 オリジナル商品が多いのは、「掛川花鳥園」で飼育している鳥の既製品がメーカーにほとんどないからからです。たとえばメジャーなペンギンやフクロウなどのぬいぐるみはメーカーが制作した既製品があるのですが、それ以外はほとんどない。
動物園系のぬいぐるみは動物園が主導となってメーカーに依頼して制作することが多いのですが、「掛川花鳥園」のような鳥専門だと、お客さまに人気がある鳥の商品はほとんどオリジナルで作らざるを得ない。そういった事情がありますね。
――取り扱っている商品はECサイトだけで販売しているのでしょうか?
北條氏:最近はEC限定の商品もありますが、基本的には園内販売でも取り扱っています。
アイディアを出しやすい環境が社員のモチベーションアップにつながる
――商品開発にファンや飼育員の声を取り入れていると聞いています。このような取り組みはいつから始めたのでしょうか?
北條氏:施策としてきっちり行っていたわけではなく、飼育員とお客さまとの距離が比較的近く、お客さまの意見を聞きやすい環境だったことが要因の1つとしてありますね。お客さまからの「こういう商品はないの?」という声に対して、「面白そうなので作りましょうか」「できあがったらぜひ買って下さいね」という会話をすることもありました。
公式サイトの問い合わせフォームやYouTubeのコメントに商品への要望が寄せられることもあります。そういったご意見を商品開発の参考にしています。
それから、「掛川花鳥園」の飼育員は私も含めてみんな鳥オタクなんですよ。そのため、日常生活で使う物を購入するときに、価格が同じで鳥のデザインがワンポイントでも入っている物とそうでない物なら、鳥のデザインを選びます。
自分たちがプライベートで使う物で「こういう商品があったら良いな」という意見や「こういう商品を作って欲しい」という要望から商品を作っていますね。
商品のロット数や価格なども考慮しますが、商品のアイディアは自由に出し合っています。商品を作るときはオリジナルで制作することが多いこともあり、商品提案のハードルが比較的低いですね。
――ファンだけでなく、多くの社員の皆さんの意見が取り入れられるのは珍しいですね。
北條氏:ECサイトだけで企業経営が成り立っているわけではありません。そのため、ECサイト一本で運営している企業と比べると、新しいことにチャレンジするハードル、もし上手くいかなくても次にその経験を生かすハードルが低いことが要因としてあります。
また、商品の最終承認を行う総務部長がいるのですが、その人が「赤字にならなければ良いよ。やってみて」と言ってくれる環境なんです。少し変わった商品や売れるか微妙なラインの商品を出しやすい環境ではありますね。
――開発担当の方は専任で行っているのでしょうか?
北條氏:全員飼育員と兼任で行っています。開発スタッフは「自由な発想でやってください」というスタンスです。
「掛川花鳥園」で飼育している鳥の要素が少しでも入っていれば、「掛川花鳥園の商品です」と販売できるので、固定商品というのがあまりないんです。
たとえばお菓子屋さんだったらお菓子関連、アパレルだったら衣料品や小物となってしまうと思うのですが、「掛川花鳥園」は商品の幅が広く取れて、制約が少ないんです。「出したい」と思って現実的に可能であれば色々な商品を出していますね。
――制約が少なくハードルが低いと、皆さんのモチベーションアップにもつながりそうですね。
北條氏:開発スタッフのモチベーションはとても高いです。「あれもこれも」と夢ばかり膨らんで「どこに注文したら商品にできるの?」という内容も結構あります。アイディアはたくさんありますね。
――商品に対してファンや飼育員の方からどのような意見がありますか?
北條氏:飼育員からは「たくさん売れて良かった」という声が多いです。「次どうするか」と開発が楽しいサイクルに入っていますね。
お客さまの反応だと、常連のお客さまの中には購入した商品を身につけて来園して下さる方もいますね。そういうのを見れると励みになりますし、「こういう使い方があるんだな」と知る機会にもなります。
EC利用者と来園者に傾向の違いあり
――ECサイト利用者の傾向はありますか?
北條氏:約9割が女性です。年齢層は20~50代くらいの方が多い。扱っている商品が可愛らしいデザインが多いので、女性が多いのかもしれません。
――「掛川花鳥園」の来園者と傾向に違いはありますか?
北條氏:若干違いますね。来園するお客さまだと男性4:女性6くらいでやや女性の方が多い傾向があります。
――コロナウイルスの影響で、来園客数にどのくらいの影響がありましたか?
北條氏:ひどかったですね。日によっては、その日の入園者数よりスタッフの方が多いこともありました。
常々痛感したのが、私たちのような観光業は、多くの人々が生きていくなかでの優先度が下がってしまうということ。こうした事態に備えて、いろいろな工夫を行っていく必要があると痛感しました。
――ECサイト利用から来園につなげる施策は行っていますか?
北條氏:計画中です。たとえばECで購入した商品を来園時に入り口で提示したら特典やサービスを受けられるような内容を考えています。
SNSはメリットとリスクを検討して運用
――ECサイト運営において大変なことは何でしょうか?
北條氏:SNSはブログとYouTube、Facebookしか運用していないので、新商品を作っても告知手段が限られてしまう点はありますね。Instagramは2021年3月24日から開始したばかりです。
――SNSの投稿や運用はどなたが担当されているのでしょうか?
北條氏:動画の制作や編集は飼育員が分担して行っていますが、投稿はほぼ私が行っています。
――この3つのSNSを選んだ理由は何でしょうか?
北條氏:「掛川花鳥園」が開園した17年ほど前というのは、ブログがそれなりの地位を得ていたこともあり、最初にスタートしました。
YouTubeはブログ内に動画を貼り付ける際、一度YouTubeにアップロードしていたので、そこから利用を開始しました。
Facebookは2009年から運用しています。当時、「SNSといえばFacebook」という状況だったため、ブログに代わる積極的な発信ツールとして活用していくことになりました。Twitterだと1回に発信できる情報が少なかったため、Facebookを選びました。現在Twitterを運用していないのは……人手の問題です(笑)。
スタッフの気さくさがファン作りに自然とつながる
――ブログでは読者の方とコメント欄でコミュニケーションを取っていましたが、ファン作りで意識していることはありますか?
北條氏:特別意識していることはありません。飼育員は名札を付けて作業をしているので、「あのブログ記事を書いた○○さんですよね」と園内で声をかけやすい環境はあると思います。私たちが考えている当たり前の接客やお客さまとのコミュニケーションが自然と反映した、という感じです。
飼育員がそばにいてお客さまが鳥を腕に乗せる体験を行っている際、状況が許す限り「こんな写真が撮りたい」というご要望に対して「では、このように鳥の位置を変えてみましょうか」などのやり取りを可能な範囲で行っています。そういった気さくさがお客さまに伝わっているのかもしれません。
――飼育員の皆さんがとてもサービス精神旺盛だな、と感じたのですが、そういった点は意識しているんでしょうか?
北條氏:「丁寧な接客をしましょう」ということは伝えていますが、どこまでやるかは飼育員に任せています。労働時間の兼ね合いもあり、やり過ぎは良くないとは伝えていますが。
ただ、お客さまから見たら「こんなにサービスしてくれた」ということは印象に残りやすいのだと思います。スタッフのファンになって下さる方もいるので。
――SNSへの投稿内容のテーマなどはありますか?
北條氏:特にありません。使ってはいけない表現や言葉、見た人が不快になるような内容ではないことに気を付けて「自由にやって下さい」と伝えています。「掛川花鳥園」のSNSは自由さが個性にもつながっていますので。
写真に一言そえた内容を半年に1回投稿するようだと寂しいので、そういったことは避けるように伝えています。
――今後のECサイトの展望について教えて下さい。
北條氏:「掛川花鳥園」という施設ありきでECサイトを運営していますので、ECサイトは本業ではないことを前提に、来園して下さった方や来園できない方へのサポート、フォローをメインとした使い方になると思います。ECサイトを使った感想や商品へのご意見をいただけると、とても励みになります。
また、スタッフが楽しい、商品開発を通じてモチベーションアップにつながっているので、スタッフが大きな成果を生み出せる場としての在り方も良いと考えています。
北米では、小売(リテール)と娯楽(エンターテイメント)を合わせた「リテールテイメント」が進んでいます。日本ではユニクロが、売り場と公園が融合した新型店舗「UNIQLO PARK」を、ギャップジャパンが店内にカフェエリアを併設した店舗をオープンしています。
娯楽の1つである「動物園」+「EC」の取り組みは「リテールテイメント」の1つと言えます。「掛川花鳥園」の取り組みや社内外に与える効果は、「リテールテイメント」の参考になるのではないでしょうか。