藤田遥 2021/2/15 9:00

石川県西部にある「山中」「山代」「片山津」「粟津」4つの温泉からなる「加賀温泉郷」。2015年に北陸新幹線が金沢まで開通したことで、全国的に人気が高まりました。しかし、新型コロナウイルスの影響により観光客が激減。「誘客ができない期間に何ができるか」と考え、加賀温泉郷の物産品を扱うECサイト「かいねや加賀」をオープンしました。運営する合同会社加賀温泉の萬谷浩幸氏に、サイト運営や地域振興への取り組みなどについて話を聞きました。

「来なくても買える」ECサイトの必要性を実感

ーー2020年7月に加賀温泉郷の物産品を扱うECサイト「かいねや加賀」をオープンしました。開設の経緯を教えて下さい。

萬谷浩幸氏(以下、萬谷氏):旅館や観光プロモーションは誘客が前提となっていましたが、新型コロナウイルスの影響で、お客さまに加賀温泉郷まで来ていただくことができなくなってしまいました。その期間、「加賀温泉郷に来なくても商品が買える」「加賀温泉郷のお店にお金が回る」ために何ができるかと模索。「加賀温泉郷を売るネットショップが必要だ」と考え、ECサイトを立ち上げました

ーーECサイトの運営についてお聞きしたいのですが、何人でどのような分担で行っているのでしょうか?

萬谷氏:実際に運営に関わっている人数は3~4人です。私が全体の統括やマネジメントを行っており、注文処理などのオペレーションと営業・販促が各1人ずつ。ECサイトを立ち上げるにあたり、企画やサイトのデザインなどを外部に委託しています。

ーー少人数での運営ですね。

萬谷氏:自社の製品を売るというより、地元の商品を集めて、手数料をいただいて販売するビジネスモデルです。利益率が低いので、それで儲ける・利益を伸ばすのではなく、行き場を失った多くのお店にお金が回るようなお手伝いをしたいと思っています。そのために、できるだけ管理コストをかけず、参画している地域のお店にメリットがあるような形にしたいなと考えました。

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合同会社加賀温泉 代表の萬谷浩幸氏(画像は合同会社加賀温泉 提供)

支援目的で始めた未来に泊まれる「みらい宿泊券」

ーー扱う商品を選ぶ基準などはありますか?

萬谷氏:「かいねや加賀」というサイトの知名度が地元ではまだあまり高くないので、私たちから地域の有力なお店などに声をかけています。主旨を説明し、理解していただけたら商品を登録しています。現段階では私たちから声をかけることが多いのですが、最近少しずつ反響があり、お店から「登録してほしい」という声をいただいています。

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「かいねや加賀」で販売している加賀温泉郷の商品(画像は「かいねや加賀」サイトからキャプチャ)

ーー商品の中には、「みらい宿泊券」「みらい飲食券」といったユニークなものもありますが、この施策を始めたきっかけは何でしょうか?

萬谷氏:もともと私が旅館を経営しており、まちづくりの会社として合同会社加賀温泉を立ち上げました。今、お客さまに足を運んでもらえない状況の中で、未来に宿泊してもらう、お金を使ってもらう仕組み、支援していただけるような仕組みがないかと考え、「みらい宿泊券」を始めました。

宿泊券は私が考えたわけではありません。全国でこうした取り組みは行われていますが、それを参考にして「みらい宿泊券」をECサイトの商品の1つとして取り扱おうと。宿泊券だけでなく地域の飲食店で使える「みらい飲食券」も販売しています。「かいねや加賀」は宿泊券と飲食券、お取り寄せ商品の3つの柱で始めようと考えたんです。

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「かいねや加賀」で販売している「みらい宿泊券」。宿泊施設の宿泊料を前払いで購入することで、コロナの影響を受けた宿泊施設の支援につなげている(画像は「かいねや加賀」サイトからキャプチャ)

ーー利用頻度や購入率はどのくらいでしょうか?

萬谷氏:ECサイトを立ち上げたのが2020年7月ごろ、休業期間の4~6月を過ぎて少しずつお客さまが戻り始めた時期というのもあり、ポツポツとですがコンスタントに売れていますね。宿泊券を利用できる旅館のリピーターの方、ファンの方、両親への贈答用に購入される方もいます。

ーー贈答用は素敵ですね! なかなか泊まりに行けなくても宿泊券があることで、「行ってみよう」というきっかけになりそうです。

萬谷氏:そうですね。両親や家族を招待しようとすると、自分たちで要望をまとめて旅館に希望を伝えて振り込みもして……と、意外と手間がかかります。けれど、権利というか宿泊券を渡すことで、もらった人自身で予約や細かいことを決めてもらいつつも、プレゼントにできる。そういったメリットが消費者の方にもっと伝えられれば、もっと売れるんじゃないかと考えています。

ネックになっているのは、「2万円でこの宿泊プランが使えます」とセットになっているものは「GoToトラベル」や自治体のキャンペーンとは併用できない点です。現在は「GoToトラベル」が停止しているため、販売が伸びてきています(2021年2月1日時点)。

電子クーポンにするなどいろいろな考えはあると思いますが、割引を前面に押し出すより、旅館やお店を支援するためだったり、贈答用として使っていただく方向で長く続けたい。コロナが収まった後も、1つの販売ツールとして継続していきたいですね。

コロナ禍で地元需要が増加

ーー「GoToトラベル」のお話がありましたが、コロナ前後で売り上げにどのような変化がありましたか?

萬谷氏:旅館については、4~6月はほとんど売り上げがない状態でした。6月後半から営業を再開して、10月以降はほぼ前年に近いくらいの売り上げに戻ってきたんじゃないかと。しかし、感染拡大が再び起こっているため、2021年2月以降の予約がほとんど入っていない状態ですので、年間でみると、前年の半分も行かないと思います。

ーー10月以降の動きは「GoToトラベル」の影響が大きかった。

萬谷氏:効果は大きいですね。今回、地元の方に何度も利用していただくことが多かったです。昔は、地元の方が町内会や野球大会など何かイベントがあると旅館を利用していたんですが、今はすごく多様化していて。居酒屋もあるしスーパー銭湯もあるので、旅館で懇親会を開く機会が減っているんです。

しかし、「家族旅行や遠くに行けない」「娯楽ができない」状況の中、「GoTo」キャンペーンがあることで、娯楽としての旅館が見直されました。館内でゆっくりする、温泉に入ったり料理を食べたりするなど、「泊まること」自体が目的になっています。ビジネスホテルなどよりも旅館がすごく好まれている傾向が強いと感じていますね。

アイドル起用で「聖地巡礼」するファンが増加

PRポスター&ファンのSNS発信がきっかけ

ーー扱っている商品の中に「モーニング娘。’21」の加賀楓さんのキーホルダーがありました。アイドルの方のグッズは目を引きますが、どのような経緯で販売することになったのでしょうか?

萬谷氏:加賀楓さんには2018年から加賀温泉郷観光大使を務めていただいており、2020年は加賀市の観光大使としても起用しています。その枠組みでECサイトのイメージキャラクターになっていただきました。

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「かいねや加賀」のイメージキャラクターを務める「モーニング娘。’21」の加賀楓さん(画像は「かいねや加賀」サイトからキャプチャ)

今まで、多くの加賀さんファンの方に加賀温泉郷に足を運んでいただいていましたが、コロナの影響で来られなくなってしまうことも多くて。そういった方々にもっと地域にお金を使っていただける場所を作る、という目的もあり、「かいねや加賀」のオリジナルグッズ製作に力を入れています。

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「かいねや加賀」で販売していた加賀楓さんのフィギュアスタンドキーホルダー(画像は合同会社加賀温泉 提供)

ーー「かいねや加賀」では商品の販売だけでなく、加賀さんのインタビューなども掲載しています。加賀さんを起用したきっかけは何でしょうか?

萬谷氏:加賀温泉郷は、2011年から「レディー・カガ」など、加賀温泉郷の女性を起用した観光キャンペーンを行っていました。首都圏のJRに年に1回、「加賀四湯博」のポスターを掲載しているのですが、ある年「あなたの風邪はどこから?」という風邪薬の広告をモチーフにした「あなたの加賀はどこから?」というポスターを掲載しました。加賀の一般女性を起用して、「加賀に来て下さい」というPRで、そこに「レディー・カガ」と記載したんです。

そのポスターを見た「モーニング娘。」のファンの方が、「このポスターを加賀楓さんでやってほしい」とツイッター上ですごく盛り上がって。ちょうどそのころ、加賀さんが「モーニング娘。’16」の正式メンバーに加入した時期だったこともあり。その盛り上がりを見ていたとある方の紹介で事務所の方とつながりが生まれました。なので、ファンの方の盛り上がりから生まれた企画ですね。

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「レディー・カガ」は加賀温泉郷の情報発信やおもてなしの向上を目的として立ち上げたプロジェクト(画像は「レディー・カガ」YouTubeからキャプチャ)

ーーファンの方が加賀さんと加賀温泉郷の「加賀」をかけたところに着目したんですね。

萬谷氏:加賀さんは「かえでぃー」というあだ名で呼ばれていて。そこから「モーニング娘。」のプロデューサーであるつんく♂さんが「エディーカガ」と呼んでいることを、ファンの方が「レディー・カガ」と結びつけたところもありますね。

ーーファンの盛り上がりから大きな企画につながっているのは凄いですね。

萬谷氏私たちからどんどん仕掛けていったというより、ファンの方の思いをなぞる、叶えるというか。それが今回いろいろつながった要因じゃないかと感じています。

「行きたいけど行けない」人たちも利用できる仕組み作り

ーーファンの方が実際に加賀温泉郷を訪れたりすることで、地域での消費は増えたのでしょうか?

萬谷氏:ツイッターなどを見ると、「聖地巡礼」ではないですが、多くのファンの方が加賀温泉郷に来てくれていることを実感します。来てくれるだけではなく、「地元でお金を使おう」という意識がファンの方はとても強くて、ありがたいです

最初は加賀温泉郷のPRのためにやっていたので、具体的な施策などを用意していなかったんです。しかし、実際に訪れたファンの方が何店舗かのカフェで行っている「加賀パフェ」を食べていたり……。そういった様子を見て「ファンの方に気持ち良くお金を使っていただけるような仕組みを作りたい」とずっと考えていました。

コロナで加賀温泉郷に来られないファンの方たちに「ネットショップを利用して、加賀温泉郷の物を買ってもらおう」と考えました。

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加賀市のおもてなし喫茶メニューとして開発された、地産地消の5層になったパフェ(画像は「加賀パフェ」サイトからキャプチャ)

ーーファンの方がツイッターなどで発信することで、加賀温泉郷の輪のような物が広がっているのでしょうか。

萬谷氏:キャンペーンなどは広告やポスターを製作・掲載して終わってしまうことが多いのですが、実際にファンの方が訪れて、その様子を見た地元の方たちも「それを目当てに来る人がいるんだな」ということを実感できる。1つのムーブメントというか、良い循環・仕組みになっていると思います。

ツイッターなどを見ると、「行きたいけど行けない」という方がたくさんいます。そういう方たちに向けても、ネットショップはいろいろな物を販売できる良い仕組みだと思っています。

温泉×音楽フェスで地域活性化

ーーアイドルといえば、アイドルやDJ、バンドなどが温泉旅館内でライブを行う音楽フェス「加賀温泉郷フェス」を開催しています。こちらの詳細を教えて下さい。

萬谷氏:発祥は加賀温泉郷PRの「レディー・カガ」からで、地元加賀の女性が訪れた人をおもてなしする「レディー・カガフェス」というのをやりたくて。ただ、名称の関係などで実施は難しいこともあり、「じゃあ加賀温泉郷フェスにしましょう」となり、2012年からスタートしました。

最初は温泉近くの湖の湖畔で行っていたのですが、騒音問題などがありまして……。それと、「温泉郷フェス」とうたいながらも、「普通の野外フェスと変わらない、温泉感がない」という点も気になっており、「より温泉感を高めるにはどうしたら良いか」と考えた結果、2016年から「旅館内でやろう」となりました。

旅館の宴会場を貸し切って行う弾き語りライブは全国で行われているのですが、大型旅館を貸し切り、何か所もステージを作って行うフェスはありませんでした。そこで、やっと独自性や温泉郷フェスの形が見え、加賀温泉郷ファンの方が増えてきました

ーーフェス時の写真を拝見すると、観客の方が浴衣姿で楽しんでいるという新鮮な光景でした。

萬谷氏:温泉郷フェスでどういう服装が好ましいか考え、浴衣の貸し出しを始めました。そうしたら参加者の方がとても主旨を理解してくださり、率先して着替えて温泉と音楽を楽しんでいました。アーティストの方も浴衣に着替えてライブを行っていて。そういった光景を見て特にアイドルのファンの方は喜んでいましたね。

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「加賀温泉郷フェス」の様子(画像は「加賀温泉郷フェス」サイトからキャプチャ)

旅館で開催してから気づいたのですが、室内で行うことで小さい子どもを連れた方や年配の方など幅広い層の方が楽しめるようになったな、と。

野外フェスは雨が降った時や日差し、虫の多さなど意外と過酷なのですが、室内ならそういった要因に左右されることがありません。さらに、ライブを見て楽しんで、疲れたら温泉に入って体を休めて、またライブを楽しむという無限に楽しめる空間になり、温泉でフェスを開催する可能性がわかりました

――フェスに参加した方が、加賀温泉郷のリピーターになるなどのつながりは生まれているのでしょうか?

萬谷氏:いらっしゃいますね。2020年はコロナの影響で開催できなかったのですが、「今年はフェスがなくて寂しかったので、泊まりに来ました」「1回来て良かったので家族と来ました」という声をいただき、すごく嬉しかったですね。

体験自体をECサイトで販売していきたい

ーーECサイトの開設や地域活性化などさまざまなことに取り組まれていますが、今後の施策について教えてください。

萬谷氏:ECサイトではオリジナル商品をもっと拡充して販売を増やしていき、「かいねや加賀」の魅力を高めていきたいと考えています。

ーー今販売しているトートバッグなどのオリジナル商品を増やしていく?

萬谷氏:売れる商品も作っていきたいですし、オンラインツアーのような体験自体をECサイトを使って販売していきたいですね。食べ物のお取り寄せは多いかと思いますが、自宅にいながら旅館を再現できるような「旅館のお取り寄せ」を実現したい。浴衣を着て旅館のタオルなどを使って温泉気分を味わえるような、非日常をお届けするということは取り組んでいきたいと思います。

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Tシャツやトートバッグ、てぬぐいなどの「かいねや加賀」オリジナル商品(画像は「かいねや加賀」サイトからキャプチャ)

ーー2020年開催できなかった「加賀温泉郷フェス」などオンラインで実施する施策はありますか?

萬谷氏:旅館では2020年12月にクラウドファンディングを立ち上げて、再始動させていきたいなと。「加賀フェス」の特徴の1つとして、ライブだけでなく映画の上映会やアート、ワークショップなどさまざまな企画を行っています。そういったミニイベントを少しずつ再開して、2021年2~4月にイベントを実施できたらと思っています。

旅行という形態自体がその場所に行って旅をする、というものなので、必ずしもオンラインで行うというのが好ましいとはいえません。しかし、この環境下ですので、オンラインツアーやライブコマース、VTuberなど新しいことに挑戦し、来られない人も楽しめるという主旨で推進していきたいですね。

私の活動の一貫しているテーマは「加賀温泉郷を知り、好きになってもらい、来てほしい」ということ。観光やエンターテイメントは大変な時期ですが、ぜひ応援していただきたいです。

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