オルビスがIoT+パーソナライズ+定額制のスキンケアサービス「cocktail graphy」を開発した理由【サービス開発者に聞いてみた】
オルビス初のパーソナライズ領域参入となった、肌測定IoTを用いたパーソナライズスキンケアサービス「cocktail graphy(カクテルグラフィー)」。独自開発したIoT「skin mirror(スキンミラー)」で肌測定を行い、専用アプリから質問に回答するとパーソナライズスキンケア3本を提案する。事業責任者であるオルビスの田村陽平氏(新規事業開発グループ グループマネジャー)、諸町実希氏(新規事業開発グループ)に開発のきっかけ、サービス設計、今後の展開、パーソナライズ領域参入の狙いなどを聞いた。
IoT×パーソナライズスキンケア「カクテルグラフィー」とは
「カクテルグラフィー」はオルビスが初めて取り組むパースナライズスキンケアサービス。専用のブランドサイトから申し込みをすると、オルビスが独自に開発した肌測定のためのIoT「スキンミラー」が届く。
「カクテルグラフィー」の利用は自宅の洗面所を想定している。専用接着パッドで鏡に取り付けた「スキンミラー」を外すと、その動作が起点となり自動で起動する。
まず頬に「スキンミラー」を当てて水分量を測定し、皮脂量・キメ・毛穴の状態を撮影。このわずか数秒でAIを用いた画像解析が行われる。そして、自動連携する専用アプリから自身の肌画像を確認した後、用意されたアンケートにスマホで回答する。質問内容は、「理想の肌状態は」「乾燥は気になるか」といったスキンケアに直接関係しそうなものから、ストレスや栄養バランス、運動頻度など。「スキンミラー」と顧客のスマホはBluetoothで連携する。
「スキンミラー」によって取得する肌のセンシングデータに加え、アンケートから得る肌悩みや生活習慣データ、GPSを利用した天候データを総合的に解析した結果は、“肌の持つ力”を表す5つの項目(うるおい、なめらかさ、バリア機能、ハリ・弾力、透明度)として、バランススコアで確認できる。
オルビスはこの結果から、利用者1人ひとりの肌状態に合わせて、役割の違う2本の美容液と1本の保湿液、計3本のパーソナライズスキンケアアイテムを選定し、毎月届ける。その組み合わせは数百通りにも及ぶという。
なお「スキンミラー」はスキンケアアイテムの選定だけではなく、肌の変化を観察し、アプリを通じて最適なスキンケア方法を提案するため、日常的な利用も想定して作っている。
「カクテルグラフィー」は3か月単位(1シーズン)で利用でき、価格は月額7,920円。初回のみ「スキンミラー」のレンタル料3,300円がかかる(金額はすべて税込み)。化粧水や乳液など、手持ちのスキンケア商品にプラスした使い方を想定している。
一線を画すオルビスの「パーソナライズ」の解釈
「カクテルグラフィー」が提供する3本のパーソナライズスキンケアは、それぞれ適量を手に取り、混ぜた状態で顔に塗布することが基本の使い方。目元の乾燥が気になれば保湿液の量を多めにするなど、顧客の判断で調整しても構わない。
肌状態に基づき、アプリから毎日届く「今日のおすすめお手入れ情報」のなかで、量の調整を提案することもある。柔軟性を持たせているのは、ユーザーにとってスキンケアが楽しい時間になってほしいという思いがあるからだ。
従来のパーソナライズ商品の多くは、「スキンケアの重要性は理解しているが、そんなに関心がない」「ゆっくり選んでいる暇が惜しい」という消費者を想定して開発されていることが多かった。そのため、「これを使っていればOK」という“正解”を提案する体験が目立つ。
一方、オルビスはこうした体験の提供とは一線を画そうとしている。パーソナライズを基本としながらも、あえてユーザーに選択の余白を持たせた設計にしているのだ。
オルビスは、創業当初から1人ひとりの肌本来の力を引き出すという信念をもっており、パーソナライズされたアイテムにおいても、自分なりの楽しみ方や納得感を感じるスキンケア時間を過ごしていただきたいと思っています。それが、肌の持つ力の可能性を広げることにつながり、結果として「カクテルグラフィー」など、オルビス製品を継続してご使用いただけることになると考えているからです(田村氏)
構想から約1年半でサービススタート
「カクテルグラフィー」というネーミングには、バーでオリジナルのカクテルを楽しむように、3本のパーソナライズスキンケアから顧客にスキンケアを楽しんでほしいという思い、「スキンミラー」を通じて肌データを記録(グラフィー)するという2つの意味を込めた。
「カクテルグラフィー」の構想が動き出したのは2019年夏。約半年の審議期間を経て開発に着手し、そこから約1年を要した。そして、2021年4月にサービススタートを迎えた。
「カクテルグラフィー」の開発着手に際して、その構想を社内でプレゼンしました。自宅の洗面所にデバイスを貼り付け、どういう体験をしてほしいかといった話は、語る方も聞く方も初めて。イメージしてもらうのに苦労しました。「カクテルグラフィー」で実現したいのは、「自分の肌だけに向き合える空間」の提供を通じて、「自分のスキンケアが正しくありたい。好きでもありたい」というお客さまの想いを叶え、そこに向かってとオルビスが一番身近な場所から伴走すること。この構想を伝えてからは、スムーズに開発のステップに進むことができました(田村氏)
「カクテルグラフィー」の利用シーンは、当初から自宅の洗面所に着目。ハード・ソフト両面で構想し、肌測定デバイスが自宅の鏡に付いている絵を描いていたという。
自分の肌をもっと知りたい――。そう願う消費者は多いだろう。とはいえ、毎日スキンケア情報を記録するのは簡単ではない。そこで「スキンミラー」を使って、簡単に情報を取得・記録できるように「カクテルグラフィー」をデザインしているのだ。
「カクテルグラフィー」はオルビス初のIoT。ハードウェアとソフトウェア設計、ブランディングからサービス開発までを一気通貫で手がける富士通グループのRidgelinez社とタッグを組んで開発した。
測定・問診・天候データでパーソナライズ
以下の画像は、解析結果を数値やグラフで表現したもの。自身の肌測定の中央値であり、同年代と比較した偏差値といったデータではない。数値が上振れればスキンケアの効果が出ている、下がれば丁寧にスキンケアをするきっかけになるような、「シンプルに自分の肌だけに向き合える構造」(田村氏)になっているという。
現在肌の測定結果は約3万パターンで、パターンに応じてコメントを用意している。肌測定にはAIを使っているものの、コメントは現状、すべて手作業で作成しているそうだ。
肌のキメや油分量といった各スコアの測定にはAI技術を使っていますが、すべてのスコアを総合的に評価し、測定結果にひも付くコメントは、ビューティアドバイザーの協力の下、1つひとつ手作業で作成しました。「カクテルグラフィー」では、肌の状態に適切なコメントや提案をすることが最重要だと考えているので、今までオルビスが培ってきた知見や技術を生かしながら、お客さま1人ひとりをサポートするコメントを自分たちで作った方がいいと判断したからです。今後はお客さまからいただくフィードバックなどをもとに、より納得性の高いアドバイスができるように改善を進めていく方針です(田村氏)
アプリがユーザーとスキンケアの接点に
オルビスが定期販売モデルのパーソナライズスキンケアアイテムを発売した背景には、次のような課題感があったからだという。
これまでオルビスは、自分に合った色や商品を知ることができる診断サービス、ビューティアドバイザーなどがオンラインツールを活用したカウンセリングで“お買い物”シーンにおける体験価値向上に取り組んできました。しかし、お客さまが商品を購入された後の“使用”シーンにおける接点はありませんでした(田村氏)
商品を買ってもらい、肌の調子がよくなっても、次のステップへの提案は次回購入時になる。タイムリーに適切なアドバイスを届けることができなかったのだ。
しかしユーザーが定期的に利用することになる「カクテルグラフィー」は、「スキンミラー」や専用アプリを通していつでもユーザーとコミュニケーションを取れるようになる。
専用アプリには「カクテルグラフィー」の使い方、肌の毎日のお手入れコンテンツを用意。肌解析結果に合わせたスキンケアメソッドを、朝・夜に配信している。これにより「スキンケア時間に寄り添い、お肌の変化を踏まえた提案を行えるようになる」(諸町氏)。
3か月契約のうち、最後のパーソナライズスキンケアの提供が終わると、専用アプリにシーズンレポートが届く。3か月間における調子が良い時と良くない時の肌の傾向を分析しており、中期的に自身の肌を振り返る契機となる。また季節により必要なスキンケアも変わってくるので、次の3か月に必要な手入れも提案される。
スキンケアは毎日同じルーティンになりがちですが、「スキンミラー」があることによっていろいろな楽しみ方を提案でき、肌のリアルな変化を踏まえて、お客さまに寄り添うことができます。また洗面所というのは、日々肌と向き合える場所でもあります。“自分の肌について知りたい“と思った瞬間に手を伸ばせば知ることができる体験を作りたいと考えました(田村氏)
リテンションのカギを握るスキンケアアドバイス
「カクテルグラフィー」の展開は、オルビスにとっては単なる美容アイテムの販売という意味を超えて、ビジネス的なメリットがある。
多くの化粧品ブランドがSNSを通じた宣伝、ECサイトでの販売を強化しているなか、広告や店頭でオルビスの商品を選択肢に入れてもらうのは年々難しくなっている。これはオルビスに限らず、どのブランドでも同じだ。
こうした状況下、オルビスは肌測定IoT「スキンミラー」を用いたパーソナライズスキンケアサービスを通じて、「洗面所」に、物理的なコミュニケーション接点を創出する。肌の状態を捉えた最適なスキンケア方法を、日々アプリを通してユーザーに提案することになるが、肌測定に対するスキンケアのアドバイスやコメントがユーザーに受け入れられれば、親和性が高いオルビスの化粧品購入も期待できる。
ユーザーが「肌のことを知りたい」と思ったときに、「スキンミラー」とアプリを通じて、どれだけ気持ちに添える内容をリコメンドできるかがリテンションの鍵となる。
商品の拡充など、今後の展開は?
「カクテルグラフィー」のパーソナライズアイテムは、美容液と保湿液からスタートしている。化粧水や乳液など他のスキンケア商品を用意していないので、「カクテルグラフィー」単体で手入れが完結するというよりは、手持ちのスキンケアに「カクテルグラフィー」を足して使うことになるだろう。
これは商品のメインターゲットとしている「美容感度の高い30代の女性」は、すでにある程度自分のスキンケアが定まっているため、まずは美容液が取り入れやすいだろうという考えに基づいている。そのため次は化粧水や乳液などを展開するのかと思いきや、必ずしもそういうわけでもなさそうだ。
美容液以外にも、カテゴリーの幅を広げる可能性はもちろんあります。ただ「スキンミラー」やアプリ上のアンケート回答を通じて得たデータは、スキンケアだけに活きるわけではありません。もしかしたら食やヘアケアの方がお客さまには役立つかもしれないので、いろいろな観点から、どのようにしたらお客さまをサポートできるかを考えていきたいです(田村氏)
スキンケアができるのだから、メークアップの提案もされるのではないかと期待するところだが、今のところ「スキンミラー」を通じたメークアップは計画していないとのこと(ただし田村氏らが所属する新規事業開発グループでは、「カクテルグラフィー」以外の新規事業構想もあるようだ)。
「スキンミラー」は水分量・皮脂量・キメ・毛穴の状態が測定できるため、顔だけでなくたとえば頭皮の状態も測定できる。それならばもしかしたらトリートメントの提案ができるかもしれないし、体の外側だけでなく内側に影響する食の提案ができるかもしれない。洗面所というリアルな空間を通じてなされる提案は、スキンケアに留まらず大きな可能性を秘めていそうだ。