「Magento」から「Adobe Commerce」へ。アドビが取り組むコマース事業の最新情報&Cookieレス対応&事業者事例
アドビが「Magento Commerce」を買収したのは2018年。それから3年後の2021年。アドビは「Adobe Commerce Cloud」とライセンス版「Magento Commerce」のコマースブランドを「Adobe Commerce」に統合した。アドビは今後、どのような戦略でコマース事業を展開するのか。2021年4月に行われた「Adobe Summit 2021」から、今後の取り組み、顧客事例を見ていく。
デジタル基盤「Adobe Experience Platform」で稼働する「Adobe Commerce」
オンラインイベント「Adobe Summit 2021」の基調講演で語られたのは、「Adobe Commerce」などが属するサービス群「Adobe Experience Cloud」のアップデート。
「Adobe Experience Cloud」に属するアプリケーション製品を「Content & Commerce」「Data Insights & Audiences」「Customer Journey」「Marketing Workflow」の4カテゴリーとして再定義。各アプリケーション製品がデジタル基盤「Adobe Experience Platform」で稼働するものとして設計した。
アドビといえば、クリエイティブやデザインツールから出発し、ここ数年はMarketoなどのBtoBマーケティング、データアナリティクスやAIにも注力し、エンタープライズ領域を拡大。アドビの強みである、ユーザーエクスペリエンスやクリエイティブは、BtoBのマーケティングやEC事業との親和性が高い。
Experienceは文字通り「経験/体験」で、デジタル産業の中で語られる顧客中心とは、「顧客データ」を起点にすると捉えられる。そういった意味では、アドビが展開しているマーケティング、データアナリティクス、ECなどの領域は、「Customer Experience」という価値を増大させるという目的に集約される。今回のアプリケーション製品が「Adobe Experience Platform」という共通プラットフォームで稼働するものとしての再定義は大きな転換と言える。
「Adobe Commerce」のアップデートとは
存在感を増した事業領域が、アドビが「デジタルコマース」と位置づけている「Adobe Commerce」だ。「Adobe Summit 2021」ではB2B領域へのレコメンデーション機能の搭載、検索機能の強化など、Eコマース体験を拡充するアップデートを発表した。
「Adobe Commerce」に搭載されている「Product Recommendation」についてアドビは、2021年中にB2Bの購買シナリオにも商品レコメンデーションを設定できるようにする。
「Product Recommendation」はアドビが開発した人工知能(AI)「Adobe Sensei」を活用したレコメンデーション機能で、消費者データやインサイトを活用し関連性が高くパーソナライズされた顧客体験をリアルタイムに実現できるようにするもの。「Product Recommendation」を導入したECサイトでは、顧客はこれまでにない新しい方法で製品を発見できるようになったという。
そして、新たに追加された検索機能の「Live Search」は、マーチャントのサイト上で非常に関連性が高い検索結果を迅速に表示する機能。検索ワードの入力中から検索結果を表示し始め、顧客ごとにパーソナライズした検索結果を素早く表示する。AIによる継続的な学習・分析によって、検索表示の精度は利用時間が経過するほど高くなる。
さらに、米国ではFedExとの新たな取り組みにより、「Adobe Commerce」のマーチャントは、自社のストアフロントをFedExの「ShopRunner」(年会費を払うと参加店舗の商品を送料無料などで配送するサービス。FecExが2020年に買収した)と統合させることが可能になる。2日以内の無料配送、シームレスなチェックアウト、簡単な返品プロセス、FedExの購入後のロジスティクスインテリジェンスへのアクセスといった数々の顧客メリットを提供できるようになるという。
Cookieレス次代に向けたアドビの対応
今回の「Adobe Summit」で注目したいのが、EC業界も含むマーケターが直面している「Cookieレス」への対応だ。
欧州のGDPR、米カリフォルニア州のCCPAといったプライバシー規制強化の流れの影響は大きい。Googleはトラッキング用サードパーティCookieのサポートを打ち切る計画を発表、Appleは端末識別のためのIDFAのポリシーを変更し、iOS14.5以降でユーザーの個人情報の取得とトラッキングへのユーザーの同意を義務付けた。
アドビもこうしたサードパーティデータの制限の流れにいち早く対応し、ファーストパーティー指向を打ち出している。リアルタイム顧客データプラットフォーム「Adobe Real-Time Customer Data Platform」(Real-Time CDP)や、他社のファーストパーティーデータを用いて自社のファーストパーティーデータを拡充することがでる「セグメントマッチ」、既知の顧客と似た属性を持つ顧客を特定し、その顧客グループに追加することができる「類似(look-alike)セグメント」を追加。
アドビは「Real-Time CDP」をハブとして企業のファーストパーティーデータ資産を一元的に管理することで、パーソナライズなど一貫した顧客体験提供していく戦略を掲げる。CDP製品は、今回の「Adobe Experience Platform」の中でも需要な位置付けになるという。
オンワードUSAなどのEC事例
「Adobe Summit 2021」では「Magento」時代からECプラットフォームを利用している企業の事例が紹介された。いくつかのセッションを取りあげる。
日本発グローバル展開のオンワードUSAの「アパレルDX」
「オンワード樫山」などのオンワードグループのオンワードUSA。2018年からアメリカ市場への展開を開始し、現在はニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、ワシントンDC、ダラスに拠点を置く。米国でCOVID-19による全国の店舗が閉鎖に伴いオンラインを強化。オンワードUSAのBJ McCahill副社長は、デジタルコマース戦略の成功要因を通じて以下のように整理した。
- ブランド価値の拡大には、拡張性、柔軟性、堅牢性に優れたプラットフォームが鍵となる
- 実店舗での体験をオンラインで再現するには、テクノロジーパートナーの活用が不可欠
- 戦略的なエージェンシーパートナーを持つことで、ビジネスのコマース体験を確立し、最適化することができる
パーソナルオーダースーツなどの受注販売を行うECサイトでは数百万通りの組み合わせのカスタマイズを可能にし、注文・在庫管理システム、カートから配送プラットフォームへの接続までを「Magento」で実現。現在は米国、日本、中国をつなぐグローバルなシステム・アーキテクチャとして機能しているという。
それぞれの市場での文化の違いや国民性を配慮したローカライズを重視している。たとえば、中国でのWeChatのためのフロント構築、UI、言語への対応などだ。それぞれの市場に対応しながらもデータを共有するためにはデータ管理に強力なガバナンスが必要となる。(BJ McCahill氏)
今後はカスタムジュエリーやカスタムフットウェア、カジュアルなど展開していき、ボディスキャンのサービスも視野に入れているという。そうした将来構想の中で、データ分析、AIなどのテクノロジーの相乗効果が戦略的に重要になると語った。
薬局チェーン「ライト・エイド」のオムニチャネル戦略
米国の薬局・小売チェーン会社「ライト・エイド」(Rite Aid )は、小売ドラッグストアチェーンを19の州で運営し約2500の小売薬局を展開。医薬品、ジェネリック処方薬、その他の多様な薬局サービスのほか、健康および美容補助器具、パーソナルケア製品など実店舗とオンラインの両面で販売している。
ライト・エイドは「RxEvolution」と呼ばれる大規模な戦略改革を進めてきた。薬剤師を医療提供者や医療計画と一緒に活動させ、患者や会員の健康維持やケアチームとの連携を支援するというものだ。
「RxEvolution」では、伝統的な健康法と先端医療の融合に重点をおき、薬剤師の持つ知識や経験をデジタルでも生かすためにアドビを活用している。(Joseph Tertel氏)
ライト・エイドの取り組みの中での事例として、顧客セグメントの例が紹介された。以前は、65歳のインドア派といった中高年女性が薬品を購入するターゲット顧客だったが、新たに25歳から54歳までの若い女性層を中核的なセグメントとして設定した。
両親の世話をはじめ、夫や子供、ペットなども含めた「ケアをする人」をセグメントターゲットに設定したのだ。Adobe IDとライト・エイドのロイヤルティプログラムの会員を結びつけるそうしたターゲットユーザーを発掘。オンライン上の行動を分析し、パーソナライズされたジャーニーとして設定したという。
また新ブランドのキャンペーンではSNSなどを活用し、ファネルの認知段階を重点とし、行動分析、実店舗の売上高や来店者数への影響を測定。最近の取り組みでは、顧客のCOVID-19のワクチンの接種のスケジュール、予約状況、2回目以上の接種の状況なども把握し、コミュニケーション戦略に取り入れているという。
パンデミックの中、美容スタッフの強化に取り組んだSalonCentric
米国フロリダ州に本社を置き、48州で美容サロン事業を展開するサロンセントリック(SalonCentric)は、全米に広がる271店舗の地元密着型のネットワーク「State|RDA」を持ち、サロンやスパ業界のライセンスを持つプロフェッショナルにフルサービスの流通を提供している。
フランスの化粧品メーカーであるロレアルなど米国の有力代理店であり、プロ向けの美容サロン製品のディストリビューターでもある。
Covid-19のパンデミック期間中は、閉鎖に追い込まれた美容サロンの美容関係者やスタイリスト、セールスコンサルタントの知見をEコマースサイトに生かし成果をあげた。サロンに関係するプロフェッショナルのためのオンライン講習、資格取得のための教育研修、イベントをオンライン上で展開したのだ。
スタッフはiPadで顧客のアカウントにアクセスし、顧客の注文状況を把握。顧客のジャーニーを知ることで、ショッピングカートからの脱落の原因を把握し、購入にいたるプロセスの改善を続けてきた。ロイヤリティ会員のポイントプログラムと実店舗の顧客を結びつけ、事業規模を成長させている。(Gabby Helms氏)