オンワードと資生堂が考えるアフターコロナの「顧客体験」と「顧客理解」。 デジタルを活用した試着予約や情報発信から“感性”によるタグ付け、DNAの活用まで、あの手この手でアプローチ
新型コロナウイルス感染症の影響で世の中が激変し、ECを取り巻く環境も大きく変わってきている。実店舗への客足が遠のくなか、デジタルを活用した新しい顧客体験や顧客理解が求められている。各社は実際にどういった戦略を立てているのだろうか。スマイルエックス合同会社代表の大西理氏が司会・進行を務め、オンワードデジタルラボの山下哲氏と資生堂ジャパンの山本雅文氏が、「ニューノーマル時代に向けた新しい顧客体験」をテーマに自社の取り組みについて語った。
コロナがもたらしたアパレルと化粧品における 消費者の変化
新型コロナウイルス感染症の影響で、人々の生活スタイルや消費動向が大きく変化した。コロナ禍の2年余り、各社はさまざまな対応を迫られた。アパレルを扱うオンワードと化粧品を手がける資生堂にとっても同様で、これまでの戦略を変えざるを得なくなったようだ。
オンワードデジタルラボの山下哲氏(当時は取締役 デジタルマーケティングDiv.部長、現在は代表取締役社長)は「やはり顧客接点の持ち方が大きく変わった」と話す。
オンワード樫山は百貨店やショッピングモールへの出店を中心に展開していた。それと並行してコロナ前からECの規模がどんどん拡大、リアル店舗の来店客であっても事前にECサイトやSNSといったデジタル経由の情報を見てから来店することが増えていた。こうしたデジタルシフトの動きが、コロナをきっかけにさらに広がったという。
ブランドや店舗との接点を今まで以上にデジタルが担うようになってきており、特に店舗の退店がある場合はデジタルの接点がますます重要になるようだ。
一方、資生堂ジャパンの山本雅文氏(EC事業部 ブランド施策推進グループ グループマネージャー)も「コロナの影響を受けて、顧客が情報に接する時の方法が大きく変わった」と話す。
たとえば外出が減ったことで、見る・触るなど五感を使うような状況(化粧品であれば、香りや感触を試す機会)が減った。それと同時に、ふらっと出歩いて気になる商品に偶然出会うといった体験も減ってしまった。言い換えると「情報の接点」が減少したことがコロナによってもたらされた大きな変化だと指摘する。
このように外出して実店舗で買い物をする機会が減っているが、店頭での体験価値について、スマイルエックスの大西理氏は「3つに集約される」とする。それが「Try(試す)」「Discovery(発見する・出会う)」「Learn(学ぶ・理解する)」だ。
アパレル、化粧品ともにこの3つが激減し、代わりにオンラインを強化して店頭での体験を補おうと各社は注力しているようだ。
店頭での体験をデジタルでサポートする試着申し込みサービス
コロナによってもたらされた変化に対して企業はどのように対応しているのか。
オンワードではデジタルを活用して、情報収集から商品の比較検討、そして購入に至るまでの過程における顧客の利便性を高めようと考えた。
きっかけは同社が実施した顧客向けのアンケート。ECサイト「ONWARD CROSSET(オンワード・クローゼット)」のユーザーに向けて、ECサイトで購入せずに店舗で購入している理由を尋ねたところ、「実物を見たい」「試着して購入したい」といった声が多かった。ECサイトのユーザーもいろいろな商品を見て比較検討した上で購入したいという需要があることに気づいた。
そこでオンワードが全国に展開する店舗網を生かし、ECサイトを通じて店舗での試着を申し込める「CLICK&TRY」サービスを始めた。現時点ではオンワード樫山の全店舗の3分の1程度で実施しており、今後は対応店舗を拡大していく予定だ。
「CLICK&TRY」サービスでは、その店舗で扱っていないブランドの商品でも取り寄せて試着することができる。
たとえば、オンワードのブランド「23区」を扱っている店舗に仲のいいスタッフがいるとする。別のブランドの商品であっても、ユーザーが「CLICK&TRY」サービスを使ってその店舗に取り寄せれば顔なじみのスタッフに接客してもらうことができる。このように「CLICK&TRY」サービスによって各ブランドのショップの垣根を越えた購買体験を提供することが可能になる。
パーソナルビューティーパートナーが自分のSNSアカウントを持って発信
コロナ禍で資生堂が最も強化している施策は、パーソナルビューティーパートナー(PBP)によるデジタルでの情報発信だ。その1つが動画を活用したライブコマース。ライブ動画を使って、実際に商品を触っているような疑似体験を提供する。それ以外にはWebセミナーに加え、電話やビデオ通話、チャットを使ったオンラインでの相談も受け付けている。
このほかにSNSを活用したPBPの情報発信も積極的に実施している。従来は店舗で顧客が来店するのを待っていたが、コロナ禍で来店客が激減したことを受けて取り組むようになった。
SNSでの情報発信では、Instagram、Twitter、TikTokで各PBPが自分のアカウントを持ち、自分の目線で商品を紹介する。YouTubeチャンネルでの発信や『おしゃれクリップ』というテレビ番組のなかでも、デジタル経由で相談を受け付ける仕組みを構築している。
こうした試みによって、ユーザーに資生堂に関してより多くの情報に触れてもらうことで、セレンディピティ(偶然の出会い)を生み出すのが狙いだ。
新たに浮かび上がった課題とは?
コロナ禍で実施した「CLICK&TRY」サービスによって、ブランドショップの垣根を越えた顧客体験の提供を行うオンワードだが、課題も浮かび上がってきた。
オンワードでは従来のブランド単一のショップに対して、最近は複数のブランドを扱うブランドミックスの店舗「ONWARD CROSSET SELECT(オンワード・クローゼットセレクト)」を拡充している。ただ、自社ECサイトの「オンワード・クローゼット」と実店舗の「オンワード・クローゼットセレクト」との連動をどのように行うか、あるいは「オンワード・クローゼットセレクト」の位置づけをどうするか。そうした点を突き詰める必要があると感じているようだ。
他方、デジタルを活用したPBPによる情報発信を強化する資生堂も、新たな課題が見えてきたという。
それはデジタル活用を社内に幅広く取り入れる必要があるという点だ。現時点では一部にとどまっている取り組みを全社的に展開し、デジタルとリアルの垣根、ひいては社内のマインドの垣根を取り去って、デジタルの力によってリアルの体験を補完する取り組みを広げていきたい考えだ。
現状もPBPの発信によって情報の拡散など波及効果を感じている資生堂。こうした活動を社内に浸透させるべく模索している。
オンワードと資生堂がめざす「顧客理解」とは?
コロナ禍になって見直されるようになった顧客体験。とはいえ、顧客体験を向上させるには「顧客理解」が欠かせない。大西氏は顧客理解のポイントとして3つのD、つまり「ダイレクト」「デジタル」「データ」をあげる。デジタルを使って、顧客とダイレクトにつながり、データを活用する――その結果として、顧客理解が進むという。
上記を踏まえ、オンワードと資生堂が手がける顧客理解への取り組みを見ていく。
オンワードはCDPを活用してデータを収集
オンワードは以前、リアル店舗の購買データとECサイトの購買データを別々に管理していた。その結果、同じ顧客であっても得られる情報が店舗とECサイトで分断されていた。
そこで2021年にCDP(カスタマーデータプラットフォーム)を構築し、顧客の購買データを収集。現在はそのデータを使って、顧客にアプローチする施策を検討している段階だ。
ECだけを見ていると、たとえば商品をカートに入れたままになっていればレコメンドエンジンが「お買い忘れはございませんか?」といったメッセージを発信するが、実はその商品を店舗で購入したのかもしれない。こうしたミスコミュニケーションを解消するために、ECとリアルを融合してユーザーの購買体験を一気通貫で見ていく必要がある。(オンワードデジタルラボ 取締役 デジタルマーケティングDiv.部長 山下哲氏)
資生堂は顧客のイメージを膨らませアクションにつなげる
資生堂も顧客データの収集には力を入れている。ただ、当然ながらデータは溜めるだけでは意味がなく、それをもとにどのようなアクションを起こすかが問われてくる。資生堂のECサイト「ワタシプラス」では社内でディスカッションをしながら、顧客のイメージを膨らませている。
データはあくまで足跡の1つでしかない。1つの足跡からわかることは少なく、それを組み合わせて前後関係を考えて想像する。イマジネーションを膨らませて、なぜそうなるかを考えることがすごく重要だと感じている。(資生堂ジャパン EC事業部 ブランド施策推進グループ グループマネージャー 山本雅文氏)
「体験検討」としてページごとのコンバージョンレートだけでなく、顧客像ごとに主要な体験を想定して、必要なページやコンテンツを検討するという取り組みを実施している。
資生堂が仕掛ける「感性タグ」と「Beauty DNA Program」
資生堂では、「感性タグ」と呼ぶ新たな顧客理解の取り組みを進めている。
商品のレビューやSNS上の声などを収集し、商品ごとにどういった反応があるかを検証。たとえば「香りでリラックス」「華やか」のような印象を持たれているとすれば、そうした反応をしているユーザーに対して「感性タグ」を付けていく。「香りでリラックス」するのが好きなユーザーの好みを掘り下げて、パーソナライズしたレコメンドを仕掛ける。
この取り組みに対して、山下氏は「ITP(アップル社のブラウザ「Safari」に搭載されている、トラッキングを制限する機能)などで顧客情報が取得しにくくなるなかで、通勤時の服を探しているんだなとか、綺麗めのスタイリングが好きなんだろうということがわかれば、商品マスターに紐づけてさまざまなアプローチができるのだろうと考えていた」と応じた。
資生堂では別の顧客理解の方策として、2022年4月からDNA検査を活用したカウンセリングサービス「Beauty DNA Program」のテスト展開を開始した。
1人ひとりの生まれ持った肌の特徴に対して、PBPのカウンセリング力を生かした、その人の肌に合うスキンケアなどを提案する。これによって顧客データの収集方法、活用法などを検討し、顧客理解を推進していく方針だ。
より良い顧客体験創出のために人材の育成をどう進めるか?
顧客体験をより良いものに進化させていく上で、組織や人材の育成は欠かせない。こうした教育面においてオンワードと資生堂はどのような工夫をしているのか。
山下氏は「10年くらいECに携わってきて思うのは、同じやり方では永続しないということ」と話す。とはいえ、社内で議論していても、マインドを変えて新しい方針で進めるタイミングはなかなかわからない。そこで着目しているのが他社からの刺激だ。
取引先のベンダーさんと通常の保守の話をする際も、どうすればLTVを最大化できるか、今の当社の課題は何か、などについて積極的にコミュニケーションを図る。私自身も部下もそうした外部からの新たな刺激を得て、脳みそに汗をかきながら戦略を突き詰めていくことが大事。(山下氏)
資生堂ジャパンの山本氏は「顧客体験の創出はすごく大事だが、大前提としてそもそもサイトに来てくれないとコミュニケーションができない。それを考えるとサイトの更新性は大切になる」と指摘する。
ユーザーがサイトを訪問した際に、前回訪問時に比べてコンテンツが変わっていなければその後は訪問されなくなってしまう。それを避けるために、頻繁にサイトを更新し新しい情報を発信するようにする。
継続的に顧客体験創出を行うために更新性を維持する。そのためにはチーム内でルールやガイドラインをしっかりと作ることが大切。そうした仕組みを作ることでメンバーをエンパワーし続ける。デジタルの時代にガイドラインやマニュアルは一見すると地味に映るが、運用において土台となる部分なので非常に大事だと思っている。(山本氏)
ウィズコロナ時代に求められるECの姿は?
最後に、今後のウィズコロナ時代に求められることについてオンワードデジタルラボの山下氏と資生堂ジャパンの山本氏がそれぞれ語った。
山下氏は「オムニチャネルという観点では、今までにない新しい施策を打っていくため、それに合わせた新しい指標が必要になる」と話す。その上で、クロスユースやアープ(ARPU、顧客1人あたりの売上金額)といった指標をしっかり押さえて、顧客をより深く理解していくことが重要だとする。
山本氏は「ウィズコロナの時代になって、少しずつお客さまが外に出るようになってくると思う」と言う。実際のリアルな体験に対して、デジタルのコンテンツでどのようにアプローチできるのか、想像力を働かせていろいろな仮説を立てて、チャレンジしていくと意気込んだ。