ZOZOグループがめざすテクノロジーで進化する未来とは? 「204X年」に到達する世界についてファッション領域からのアプローチを探る
ZOZOの100%子会社で、テクノロジーの研究開発およびプロダクト開発を担うZOZO NEXT。同社のMATRIXは「MEDIA」「AI」「TEXTILE」「ROBOTICS」「IoT」「XR」の6領域にファッションをかけ合わせ、ファッションの未来を作っていくのがミッションの部署だ。
この部門を統括する田島康太郎 General Managerが、「204X年」を見据えてファッション分野に対してテクノロジーの側面からどのようなアプローチができるかを紹介。地球規模の課題や、ファッション業界が抱えるさまざまな問題、それに対する他社の先進事例を踏まえつつ、ZOZOグループとして思い描く未来のファッションについて語りつくす。
「204X年」の未来を見据えたコンセプトムービーを作成
日本最大級のファッションEC「ZOZOTOWN」を運営するZOZOグループで、テクノロジーの研究開発およびプロダクト開発を担当するZOZO NEXT。ZOZOの100%子会社として2021年10月に発足された同社は、「Create the Future of Fashion and the NEXT Big Thing」をミッションに掲げる。ファッションに関わる技術開発や研究開発、それに付随した新規事業の創出に特化した会社だ。
そのZOZO NEXTで「MATRIX(マトリックス)本部」のGeneral Manager(本部長)を務めているのが田島康太郎氏。このMATRIXという部門の名称には意味がある。
不確実性は高いものの、ファッションの未来に大きな影響を与えるであろう6つの領域の頭文字をとった部門になる。それは「MEDIA」「AI」「TEXTILE」「ROBOTICS」「IoT」「XR」。この6領域にファッションをかけ合わせ、ファッションの未来を作っていくのがMATRIX部門のミッションだ。(田島氏)
「204X年」の未来にファッションがどうなっているか、そしてZOZO NEXTがどのように主導していくか、環境はどのように変わっていくか。そうした点を踏まえて、同社ではコンセプトムービー「THE FUTURE OF FASHION」を制作した。
ファッション業界が無視できない地球規模の4つの課題
ZOZO NEXTがコンセプトムービー「THE FUTURE OF FASHION」を制作した背景には、ファッション業界にとって無視できない地球規模の課題があるという。それが以下の4つだ。
人口増加による貧困や不平等のまん延
まず、2040年頃までに起きる変化として、人口増加が挙げられる。現在、全世界の人口は78億人とされ、これが2030年に85億人、2040年には92億人、2050年には97億人になると言われている。ZOZO NEXTは、資源不足に対して何も手を打たなければ、人口増加に伴って貧困や不平等な社会がまん延すると指摘している。
気候(平均気温の上昇)
次に気候の問題。全国地球温暖化防止活動推進センターのデータによると、21世紀半ばにCO2の排出量がゼロになるという最善のシナリオを迎えることができたとしても、2021年から2040年に平均気温は約1.5℃上がるという。全世界の平均気温が上昇すると、海岸線の浸食や干ばつ、貧困など多大な影響を与える。そのため脱炭素化は、切迫した問題と言える。
経済(中国とインドの台頭)
その次が経済の変化。2016年から2050年にかけて世界のGDP成長率は、約130%と言われており、2050年までには世界のGDPに占める中国のシェアが約20%。世界経済自体は2050年まで年平均で約3%成長し、中国とインドが台頭していくと予想される。日本はGDPの成長率が低く、2050年頃に世界のなかで8位くらいだと予測されている。
資源(人口増加に伴う水不足)
最後は資源。気候問題と同様に、再生可能エネルギーや二酸化炭素の回収、貯蓄システムなどを開発し脱炭素化社会をめざすことの重要性が高まっている。人口増加に伴って水の供給が不足すると言われており、水不足に苦しむ人口が2050年まで約39億人にのぼると指摘されている。
ファッション業界が取り組むべき課題は「温室効果ガス」「大量廃棄」
上述した地球規模の4つの課題のなかで、ファッション業界にとって具体的に取り組む必要があるのはどのような課題だろうか?
大きな課題の1つが「温室効果ガス」だ。温暖化に対する影響が非常に高いと指摘されている温室効果ガスだが、世界のCO2排出量の約6%が、ファッション産業によるものと言われている。
日本だけで見ると、衣服によるCO2排出量は全体の約8%を占めるとされ、ファッション業界全体としてサステナビリティへの対応を検討する必要がある。
「大量廃棄」も大きな課題だ。特に数年前から流行しているファストファッションを中心に、季節ごとに次々と投下される新商品によって需給ギャップが埋まらず、大量生産・大量廃棄が続いている。
こうした課題を認識し、企業はサステナビリティに向けて現状のビジネスモデルからの転換が急務となっている。
ZOZO NEXTがコンセプトムービーのために選んだ3つのテーマ
ここまで見てきたように、ファッション業界にとって無視できない大きな課題がある。そうした問題にどのように取り組んで改善すべきかをより具体的に考察するためにZOZO NEXTではすでに紹介したコンセプトムービーを制作した。
同社ではコンセプトムービーを作る上で、以下3つのテーマをあげている。
サステナビリティと倫理観
1つ目は「サステナビリティと倫理観」。今、多くの企業でサステナビリティに対する取り組みが加速しており、ZOZOグループとしてもファッション業界をけん引する立場としてアクションが必須となる。
デジタイゼーション
2つ目は「デジタイゼーション」。デジタルシフトの波はファッション業界にも起きている。生産など製造工程におけるデジタル化、あるいはユーザー向けにRFIDタグの導入などデジタイゼーションは今後大きな鍵となる。
パーソナライゼーション
3つ目は「パーソナライゼーション」。昨今、消費者ニーズが多様化し、特にZ世代は環境問題への課題認識が他の世代と比較して大きい。ファッションという自己表現・自己実現の世界でも、パーソナライゼーションの波はさらに高まると予想される。
需要予測やメタバースなど国内外におけるファッション関連の先進事例
ZOZO NEXTは「サステナビリティと倫理観」「デジタイゼーション」「パーソナライゼーション」という3つのテーマをコンセプトムービーに込めた。では、ファッション業界ではこれらのテーマに対してどのような対応を行っているのだろうか。いくつかの事例を見てみよう。
ファーストリテイリングの事例
ファーストリテイリングは全社プロジェクトとして「有明プロジェクト」という需要予測を実施している。2030年までに温室効果ガスの排出を、店舗・オフィス領域で約90%、素材・商品・生産領域で約20%削減することにコミットしている。非常に定量的でかつ具体的な取り組み事例だ。
機械学習や統計的な手法を使い、どのくらいユーザーの需要があるかを予測して受注生産を行う。これによって過剰な生産や販売が削減される。適切な生産販売計画に落とし込まれていくため、過剰生産や過剰在庫の課題の解決にもつながる。
Synflux(シンフラックス)の事例
アパレルの企画・デザインなどを手掛けるSynfluxは、設計の面からサステナビリティにアプローチしている。
従来、衣服の生産・設計段階で廃棄される繊維は、全体の約15%と言われている。Synfluxでは遺伝的アルゴリズムや機械学習、3Dモデリングなどのツールを応用することで、衣服の設計時に廃棄される繊維の割合を約5%まで低減した。田島氏は「このように設計やデザイン段階でのサステナビリティに対する貢献が今後も増えていけば、業界全体としてもすごくいいと思う」と話す。
エアークローゼットの事例
シェアリングエコノミーもサステナビリティに寄与する領域だ。衣料品レンタルのエアークローゼットは20代~40代の女性向けにコーディネートを提案するサービスを展開し、他者と衣服を共有する取り組みを進めている。ファッションにおけるシェアリングエコノミーの市場は今後拡大が予想されている。
ZEPETO(ゼペット)の事例
デジタルファッションの領域では、韓国発のアジア最大のメタバースプラットフォーム「ZEPETO」の注目が高まっている。「ZEPETO」はZ世代を中心に約2億9000万人のユーザーを抱えていると言われている。
メタバースプラットフォームとファッションの業界がつながった事例としては、28歳のカナダ人女性がバーチャルファッションを「ZEPETO」上で販売したところ、数十万ドル以上の売り上げを記録した。
メタバースはユーザーの期待や関心が高く、トランザクションが起きやすい領域と言えるかもしれない。
BALENCIAGA(バレンシアガ)の事例
メタバースの領域はハイブランドも注目している。BALENCIAGAでは人気ゲーム「FORTNITE(フォートナイト)」との多面的なパートナーシップを発表。「FORTNITE」のゲーム上でデジタルファッションの提供をしている。あわせて、リアル店舗での「FORTNITE」の服の販売をBALENCIAGAが手掛けている。
The Fabricant(ザ・ファブリカント)の事例
オランダを拠点とするThe Fabricantはデジタルのファッションアイテムのみを展開している。同社はバーチャルファッションのデザインを行えるツールをブロックチェーン上に構築。ユーザーはその服をメタバース空間で着用できる。
このようにデジタルファッションしか販売しないプラットフォームも今後増えてくる可能性がある。
NIKE(ナイキ)とRTFKT(アーティファクト)の事例
NIKEは2021年12月にファッションやスニーカーのNFTを取り扱うスタートアップのRTFKTを買収。最近では、NIKEとRTFKTが共同でデジタルスニーカーを制作した。NIKEを象徴するバスケットボールのダンクシュートのシルエットをあしらいつつ、デザインはユーザーが自分でカスタマイズできるというもの。SNS上で話題になった。
テキスタイル・計測・バーチャル――ZOZOが取り組む3つの領域
ここまで見てきたさまざまな社会課題を踏まえて、ZOZOグループが取り組むテクノロジーに関する3つのテーマについて見ていこう。
具体的には「テキスタイル」「計測」「バーチャル」だ。それぞれの開発内容を紹介する。
テキスタイルの美しさや表現を技術で拡張
ZOZO NEXTが取り組んでいるテキスタイルの開発は他社と明確に戦略を変えている。
温める機能や防水機能などさまざまな機能の向上が進んでいるが、これには数量はもちろんのこと、生産設備など莫大な投資が必要になる。そこで少し観点を変えて、布自身の美しさや布の表現を豊かにすることで、ユーザーの自己表現の幅を広げられないかという観点で開発を進めている。(田島氏)
布にファッションならではの美しさを持たせつつ、新しい機能を拡張するような方向性で開発に取り組んでいる。
たとえば、温度によって色が変わる色素を活用した布や、有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス。電子発光のこと)を活用して時間によって模様が変化するような素材などを研究開発している。
服から靴までパーソナライズされた計測技術の確立へ
続いて、計測技術。服のサイズを従来のS/M/Lだけでなく、1人ひとりの体形に合ったサイズの提供をめざしている。
一例が採寸用ボディースーツ「ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)」だ。個人の身体のサイズを読み取って、ジャストフィットする服を提案するというコンセプトから生まれた。すでに累積で約200万以上のサイズデータを蓄積しているという。※「ZOZOSUIT」は2022年6月23日にサービスを終了
2021年3月にはフェイスカラー計測ツール「ZOZOGLASS(ゾゾグラス)」をスタート。パーツ別のフェイスカラーに加え、メラニンやヘモグロビンの量を画像から推定することも可能だ。すでに110万件の測定データがたまっているという。
このほか、足の3D計測用マットとして「ZOZOMAT(ゾゾマット)」がある。マット全体に施されたドットをスマホのカメラで360度撮影することで、簡単かつ高精度に足の3D計測が可能となる。ユーザーは靴を履かなくても、自宅で最適なサイズの靴を購入できる。これも200万の計測データを蓄積している。
これらの計測ツールを使って膨大なサイズデータを蓄積することで、より正確な計測技術の確立につながっていく。(田島氏)
自撮り写真から自分そっくりの3Dアバターを生成
3つ目のテーマがバーチャル。この領域では米国のPinscreen(ピンスクリーン)社と共同で、AIを活用したバーチャルヒューマンの生成に取り組んでいる。
一例をあげると、自撮り写真からリアルな3Dモデルを生成すること。つまり、自分そっくりのアバターを簡単に作ることができる。
別の事例としては、バーチャルワードローブがある。これはデジタル衣料の領域において、より進化をもたらし、「数クリックでコレクション全体をデジタル化できるような世界をめざしている」(田島氏)という。
さらにはアバターの顔の表情でも開発を行っている。田島氏は「自己表現が重要になっており、人間性をオンラインで表現するには、顔というのは衣服と同じぐらい重要だと思っている」と述べる。バーチャルの世界で、アバターが着ている服だけでなく、表情においても表現の可能性を探っている。
新しい時代に向けて、ファッション業界は変化しつつある。コンセプトムービー「THE FUTURE OF FASHION」のように、204X年の未来を見据えて新しいイノベーションを起こせるよう、今後も全力で研究開発を進めていく。(田島氏)
※記事内の数値は2022年5月時点