小山 健治 2015/3/20 8:00

オムニチャネル展開として、多くの企業がネットとリアル店舗間で会員やポイントなどの統合を進めている。しかし、それらが実際にどこまで効果を上げているのかというと、試行錯誤の域から脱していないのが実情だ。オムニチャネル戦略の本質はチャネルを統合することではなく、サービスを統合・創出することで顧客の感動を高めることにある。ecbeingの支援によってオムニチャネル展開で大きな成功を収めた、大手アパレル企業ナノ・ユニバースの事例をecbeingの布田茂幸EC営業本部マーケティングソリューション部長兼執行役員が紹介した。写真◎Lab

株式会社ecbeing
執行役員 EC営業本部マーケティングソリューション部長
布田 茂幸 氏

システムを作ることが目的となっている

現在、多くの企業がオムニチャネルに注目しながらも、思ったように成功を収められないでいる理由を布田氏は次のように語った。

成果を上げられない企業のほとんどがインフラ構築にとどまり、肝心のサービスが強化されていない。システムを作ることが目的化しており、多くのサービスを統合したり、新サービスを創出したりといった本質が置き去りにされている。あるいは、そのサービスがリアル店舗のスタッフに十分に案内されていない。

これでは顧客がWebサイトに会員登録するメリットもなく、使われないインフラだけが残ってしまう

この留意点を踏まえつつ布田氏は、顧客視点に基づいたサービス強化を目的にインフラ構築(サイトリニューアル)を行い、大きな成功を収めた同社ユーザーの事例を紹介した。それは大手アパレルメーカー、ナノ・ユニバースにおけるオムニチャネル戦略への取り組みであり、前年同月比約200%の大幅な売上向上を達成したという。

ECサイトのターゲットはロイヤルカスタマーという軸を徹底

ナノ・ユニバースにおけるオムニチャネル戦略の狙いは、顧客毎の売り上げ(客単価・頻度)を上げるとともに、競合メーカーに対するシェアを高めることにあった。すなわち、その本質はCRM(顧客リレーションシップ管理)そのものだ。

今の時代にこれを実現するためには、売り上げアップや会員拡大に貢献するECの力を最大限に活かすことが必須であり、同時にEC側からも今まで以上にリアル店舗のことを考慮しなければならないと、ナノ・ユニバースでは考えた

この方針のもと、ナノ・ユニバースはECサイトやシステムの改修に先立ち、社長自らが改革の指揮を振るった。こうすることで、ECと実店舗の垣根を越えて、全社的にCRM・マーケティング戦略を柔軟に発想できることとなった。社長がトップダウンで適材適所の人材配置とすることで、リアル店舗のことも顧客のことも十分に理解したうえで戦略を立案することができた。また、リアル店舗とネットが連動してCRMやマーケティングを実践していく組織体制ができたことで、まずはそれぞれの役割を明確にすることができた。

ナノ・ユニバースはECサイトを「ナノ・ユニバースのロイヤルカスタマーのためにある受け皿」として位置づけた。なお、ナノ・ユニバースにとってのロイヤルカスタマーとは、「ナノ・ユニバースのファン」「リアル実店舗の利用者で過去の購入頻度・金額が高い顧客」「これからも購入が見込まれる顧客」である。これらの想定イメージの顧客にとって、ECのなにが好まれるのか。ナノ・ユニバースでは、それだけを日々考えて提供するサービスを具体化していったという。

なお、こうした顧客視点で物事を考えていくナノ・ユニバースの検討プロセスに対して、布田氏は「とても地に足が付いていた」と評する。

ネットビジネスの世界では、カスタマーエクスペリエンス、カスタマージャーニー、カスタマーエクイティ、カスタマーベネフィットといったバズワードが飛び交っています。しかし、ナノ・ユニバースの戦略立案会議では、こうした言葉はほとんど登場しなかった。

逆に頻繁に登場したのは、「購入や商品チェックに際して便利か?」「面白いか?楽しいか?嬉しいか?」「店舗の世界観は表現できているか?」「人に言いたくなるか?」「また来たいと思うか?」といった言葉だった。それほどまでに、ロイヤルカスタマーの期待に素直かつシンプルに応えることだけに集中していた

商品一覧表示を店頭ディスプレイのようにメリハリを利かせる

具体的にナノ・ユニバースは、顧客視点に基づいたいかなる「感動のサービス」によって売り上げアップを達成することができたのだろうか。

まず、サイト内検索では、1文字を入れると予測されるキーワードを表示させたり、画像を表示する(サジェスト機能)だけでなく、レコメンド商品までも表示させている。「キーワード検索はリピーターが使う傾向が強いので、レコメンド表示は効果的だった」と話す。

サイト内検索を行った際の表示イメージ

また、素材や袖丈などの詳細検索をできるようにした。多くのECサイトではサイズやカラーなどで絞り込めることが多いが、ナノ・ユニバースでは「こだわり検索」というボタンを設けて、ここをクリックすると、柄、素材、袖丈、ネックの形などからも絞込みができるようにした。

こだわり条件で検索できる

ロイヤルカスタマー向けのランキングとして、ブランド別のランキングやアイテムごとのランキングを用意。また、これらの条件を組み合わせてランキングを表示することも可能にした。こうした表示をすることで、ランキング経由の売り上げが伸びたという。

アパレルECサイトでは、コーディネート表示を行っているサイトも多いが、コーディネート例の数が少なかったり、更新頻度が低いサイトが多いという。ナノ・ユニバースでは実店舗の店員がファッションコーディネートアプリ「WEAR」にコーディネート例を数多く掲載していることから、「WEAR」と直営サイトを連携させ、「WEAR」にコーディネート例をアップすると、自動的に直営サイトでもコーディネート例がアップされるようにした。

商品一覧の表示の仕方も変更した。これまでは、検索結果などが表示される際、すべての商品が同じ大きさのスペースで整列した形で紹介されていたが、これをよりおすすめする商品のスペースを大きくしたり、並び方もばらばらにするなど、まるで店頭のディスプレイのようにメリハリを利かせるようにしたという。

ファッションブランドとしてはこのような見せ方をしなければいけないことを今までもわかっていたが、ECシステム側にあわせてしまい、メリハリのない一覧になっていた。ナノ・ユニバースがこうした表示をしたことで、今後、多くのファッションサイトで同様の表示に変更してくるのではないか

一覧表示で大きさや並び方をバラバラに
左がリニューアル前、右がリニューアル後

また、商品一覧を閲覧時に商品を比較しながら、気になる商品をチェックできるように、商品にカーソルを合わせると「あとで見る」というボタンを設置した。多くのサイトでは、お気に入りに入れるにはログインを求められることが多いが、ナノ・ユニバースではログインしなくても、商品をまとめて見れるようにして、離脱を防いでいるという。

より多くの情報を登録してくれたユーザーにポイント還元率高める

商品詳細ページでは、ただ写真を掲載するのではなく、この写真のどこがポイントかを文字で表示するように変更した。「実際、店頭の店員が接客する際におすすめポイントを説明するように、写真を見せながら紹介することで、購入率アップにつながった」と話す。

商品画像のわきに説明を付加

自分のサイズにフィットする商品を探しやすいような機能も追加した。ユーザーが自分のサイズを入れると、それに対応した商品を検索できるようにしたほか、目当ての商品が自分に合うかもわかりやすいようにするため、商品詳細ページの下部分で、S、M、Lなどの商品の大きさのイメージを表示し、サイズを入れると、実際どのくらいのフィット感になるかがイメージでわかるようになっている。

こうすることで、ナノ・ユニバース側にもロイヤルカスタマーのサイズ情報が蓄積され、サイズを意識したプロモーション展開が可能となる。また、在庫調整ひいては製造にも役立てることができる。業界内でも、この“サイズマーケティング”が注目されている

大きさをイメージで確認できる

また、ナノ・ユニバースでは靴の販売に力を入れている。そのため、サイト上で修理を受け付け、自宅へ無料で受け取りに行くというサービスも始めた。

購入の有無にかかわらず、登録した情報に応じてポイント還元率アップさせる仕組みも取り入れている。同社では、顔写真を登録するとプラス0.5%、サイズ情報を登録するとプラス0.5%といった具合に、登録した情報に応じてポイント還元率が高まり、登録情報を増やすだけで最大6%のポイント還元を受けられるようになっている。もちろん、ECや店舗での購入に応じても更にポイント還元率は高まるため、より利用するロイヤルカスタマーへのポイント還元を高めているという。

こうした改善ポイントは他にも多数あり、十数項目に及んでいるという。

繰り返すが、「ECはロイヤルユーザーのために特化すべきであり、この層に対するサービス、利便性、在庫、世界観などのメリットを追求する」という軸を、一貫してぶらすことなく強化にあたったことで、ナノ・ユニバースは成功を収めることができたのである。「情報統合はこれらの方針をしっかり描いた後に行うべきもの。決して順番を間違ってはいけない」と布田氏は強調した。

このECを通じて獲得したデータは、リアル店舗での接客や販促にも活かすことができる。ナノ・ユニバースとecbeingの両社は、引き続き最終目標である全社的なCRMの成功に向けて邁進中であるという。

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