この先の小売・ECに求められるユニファイドコマース戦略とは? 2020年の振り返りから2021年以降のEC業界をecbeing林社長に聞く
新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、小売り、ECを取り巻く環境は激変、消費者と事業者側のデジタル化が一気に進んだ。「店舗とECが一体となり顧客に最適な買い物体験を提供するユニファイドコマースの時代が来る」。こう語るのは、ECサイトの構築実績が1300サイトを超えるecbeingの林雅也代表取締役社長だ。2020年のEC業界を振り返りながら、2021年以降のマーケティングで重要視すべきトレンド「ユニファイドコマース」など、「ecbeing」が注力する施策や今後の展望に迫る。写真◎吉田 浩章
EC事業の課題が「企業全体」の課題に変化
2020年は最新テクノロジーが使われるようになった年といえるだろう。(林社長)
コロナの影響でこれまであまり日の目を見てこなかったテクノロジーが広く使われ始めた年となった2020年。たとえば、チャットの活用、オンライン接客、ライブコマースなど、長らく利活用の検討を進めていた企業で一気に導入が進んだという印象が林社長にはある。
2020年のもう1つのトレンドは、ECビジネスが「全社的な課題や重要販路になった」ということ。たとえば投資面。従来はEコマース事業単独への投資だったのが、企業全体の成長をにらんだ上でのデジタル・ECへの投資に変化してきた。
有店舗企業であれば、実店舗とECの両チャネルを踏まえた投資に変わってきており、ECが全社的な課題になってきているのだ。
実際、企業における売上構成比でもECが占める割合は上昇している。実店舗の来店客に対してもECへの誘導接客が加速。店頭で買わなくてもECサイトで購入、逆にECサイトで購入せずに店舗で商品を受け取る――。多様化する消費行動の中にはECが組み込まれており、こうした環境の変化に企業側が対応を急いでいる。つまり、ECが全社的に重要なポジションに変化したことを意味するのだ。
従来はEC事業部の業績が悪くても、全社的には10%程度の影響ですんでいた。それが今ではその様相が大きく変化した。EC事業部が失敗すると、全社的なインパクトがあり、全社売上に影響を与えてしまう。そういう意味では、ECが「企業全体」の課題として取り組まれるようになった。(林社長)
ECの存在感が増す中、ecbeingでも2020年は案件が拡大。多くの企業と取引を進めるなかで、ある傾向が顕在化したという。
どの企業もEC売り上げは伸びているが、以前から取り組んでいたところとそうでないところで明暗がわかれたと感じる。アメリカの場合、2020年はこれまでにオムニチャネルに投資をしていたところとそうでない企業では結果がはっきり出た年と言われている。ウォルマートのように地道にオムニチャネルへの投資を実行していた企業と、そうでない企業との間で明暗がわかれた。それは日本も同じ状況。(林社長)
具体的には、日本ではコロナ以前からスマホアプリやLINEなどデジタルツールを活用していた企業は、コロナ禍でも顧客と接点を持つことができている。そのため、店舗の来店客が大幅に減るなかでも、ECサイトへの顧客誘導が比較的スムーズに進んだ。一方、デジタルでの顧客接点を持たない企業は、厳しい状況に直面しているようだ。
2021年、小売り・EC事業者は「ユニファイドコマース」を押さえるべき
そうしたなかで、林社長が2021年のトレンドとして注目するのが「ユニファイドコマース」だ。
「ユニファイドコマース」とは、オムニチャネルで実現した統合プラットフォームをベースに、リアルタイムに顧客を理解し、顧客ごとにパーソナライズした情報や買い物体験を提供することで、ブランド価値を向上させるというもの。アメリカではオムニチャネルに次ぐ新たなマーケティング手法として、数年前から重要視されている。
ECと店舗を掛け合わせた「ユニファイドコマース」が注目され始めた背景には、オーバーストア(店舗過剰)や人口減少、購買行動の変化といったことがあげられる。以前のようにどんどん路面に店を出せば儲かるという時代は終わった。これはコロナ以前からあった現象と言える。
人口が増えて商圏が広がっていくのであれば、店舗数を増やすという戦略は有効だ。しかし、人口が減少し消費行動が変化している今、「顧客1人ひとりを大事にすること」が求められる。顧客ごとに深掘りして丁寧に接客しなければ、これからは生き残れない。その傾向がこのコロナ禍でより顕著になったというわけだ。
その証拠に、TSIが展開しているアパレルブランド「ナノ・ユニバース」などのようにコロナ禍でもデジタル投資を他社に先がけて進め、ファンとの接点を構築している企業の業績は好調に推移している。
以前であれば、デジタル化を推し進める企業に対して「先に進み過ぎている」という指摘もあったが、今ではコロナ禍で幅広い世代がデジタルを使うようになっている。その意味で「ユニファイドコマース」の土台は作られてきていると言える。(林社長)
TSIが進める「ユニファイドコマース」は「店舗とECが一体化したブランド体験の提供」
「ナノ・ユニバース」「マーガレットハウエル」などのアパレルブランドを展開するTSIでは、「店舗とECが一体化したブランド体験の提供」を目的に、「ユニファイドコマース」による事業構造改革を進めています。
TSIが掲げる「ユニファイドコマース」は、「店舗とECを横断して、顧客の趣味嗜好を統合し、それらのデータを統合して、お客さま1人ひとりに合ったOne To Oneサービスを提供すること」。
新型コロナウイルス感染症拡大の影響で消費行動や消費への価値観が大きく変わりました。デジタル化の加速、不要不急の消費控え、エシカル消費の台頭――。こうした環境の変化に対応するためにTSIが2020年に立ち上げたのが「ユニファイドコマースプロジェクト」です。新型コロナ収束後の世界を見据え、「ユニファイドコマース」の実現に向けた構造改革を進めています。
さまざまなブランドを抱えるTSI全社で一気に構造改革を進めるのではなく、「ナノ・ユニバース」で「ユニファイドコマース」を先行開発。2022年以降に他ブランドへの横展開を予定しています。
「ナノ・ユニバース」で進めている主なサービス開発は、「ECから店舗へとつながる新たな顧客導線の創出」「店頭スタッフのデジタルサービス活用」です。
店頭スタッフのデジタルサービス活用
「ナノ・ユニバース」ではECプラットフォームに「ecbeing」を採用しており、標準連携している「STAFF START」を2021年1月に導入。店頭スタッフによる自社ECサイトやSNS上でのデジタル接客を通じたコーディネート販売を強化しています。
さまざまなコーディネートに触れてもらうことを目的に、TSIではグループのECモール「MIX.Tokyo」をリニューアルし、コーディネート投稿からコーデやアイテムを探せるモールへと移行しました。
ECから店舗へとつながる新たな顧客導線の創出
「ナノ・ユニバース」では、ECで「カートで商品を購入するか」「店頭で商品を試着してから購入するか」を選べる取り組みを始めました。もちろん、「店頭で商品を試着してから購入」については在庫を引き当てて、店頭で試着できるようにしています。ECの課題の1つに、コーディネート商材の選びにくさがありますので、それを解決する目的があります。
3月からは来店時の接客にスタッフを指名予約できる「接客予約」もスタート。「美容院のようにスタッフを指名できる」。こんな取り組みも始めました。
「ナノ・ユニバース」のアプリには、店舗でチェックインすると、来店スタンプがたまる機能があります。チェックイン機能だけではなく、来店者に店舗での売れ筋商品、スタッフお薦め商品をレコメンドできるようにする取り組みも始めています。
上記の取り組みはごく一部。チャネルレスなOne to Oneサービス、TSIの強みであるリアル販売員をデジタルサービスに活用した体験の融合で、「ユニファイドコマース」を実現したいと考えています。
「ユニファイドコマース」で重視されることは「人間味」
今後、「ユニファイドコマース」がEC業界に浸透していくと考える林社長。コロナ以前から取り組んでいた企業と、後発企業との間で二極化が進むことが予想される。先んじて投資していたところと、今から着手する企業とで差が出るのは当然だろう。
とはいえ、後発企業の中にも全社的な意識が変わり、巻き返しするところが出てくる可能性がある。
従来に比べて、ECの施策が行いやすくなっている。以前はEC担当者だけが運営していたのが、コロナ禍で店舗側もデジタル施策に相当取り組んだ。その結果、デジタルに対する土壌ができた。今後は企業が持っている人材力や総合力が発揮されるのではないか。(林社長)
アフターコロナを見据えた動きはすでに始まっている。そして、この「人材力」「総合力」が、「ユニファイドコマース」を推進する上でカギになりそうだという。
というのも、「ユニファイドコマース」ではデータを集めて、1人ひとりの趣味嗜好に合わせてパーソナライズするマーケティングも重要になる。ただ、そのためにはユーザーに届けるコンテンツがなければ成立しない。そのコンテンツを制作して、顧客ごとに1to1でひも付けるという作業は、ECビジネスだけではデータが不足するため、全社的な総合力がどうしても必要になる。店舗や企業の総合力を発揮しコンテンツを作成し、それを顧客にひも付ける。それができなければ、そもそもパーソナライズは実現できない。
「ユニファイドコマース」でもう1つ重要な要素となるのが、「人間味」や「ぬくもり」といった要素だ。
消費者の中には、顧客データをもとに機械的にパーソナライズされることに抵抗感を抱く人もいる。自動配信のメッセージよりも、訪れたことがある店舗から届く案内に親近感を持つ人も少なくないだろう。
そのように店舗などリアルの部分でフォローすることで、顧客に安心感を持ってもらう。システムですべてを遂行するのではなく、企業が持つ総合力を使い、ECと店舗を掛け合わせることで、「ユニファイドコマース」の課題である「人間味」を打ち出すことも有効になる。
そうした点を強化する狙いから、ecbeingは店舗スタッフのデジタル接客や販売促進への貢献度の可視化をサポートするツール「STAFF START(スタッフスタート)」の標準連携を2021年1月から開始。「ecbeing」を利用する企業はテンプレートを活用すれば、最短1か月で「STAFF START」を導入できる。
マイクロサービスの拡充に注力
企業が「ユニファイドコマース」に舵を切る上で課題となるのが、テクノロジーの進化、多様化する消費行動への対応だ。そのため、消費体験の向上、買い物しやすい仕組み作りなど、システム面での環境整備が重要になる。
ecbeingではこうした点をシステム面からサポートするためのマイクロサービスに注力している。マイクロサービスは、すべての機能を1か所のシステムにまとめる従来型のシステム設計に対して、各サービスをそれぞれ独立して構成するもの。世の中の時流に合わせて常に新しい最適なサービスが利用できるようになるのがメリットだ。
ecbeingが提供するマイクロサービス群の1つ、デジタルマーケティング活動を視覚的にサポートする「Sechstant(ゼクスタント)」。「Sechstant」はECに特化したマーケティング分析ツールで、「ecbeing」を導入する多くの企業で「Sechstant」が使われている。林社長は「Sechstant」が広く使われる理由として以下の2点をあげる。
- データの統合が手軽に行えること(データを整備してまとめあげるために手間と時間がかかるが、「Sechstant」であればそこをショートカットできる)
- 分析結果をビジュアライズして表示する(データを可視化してわかりやすく見せることで理解しやすくなる)
「Sechstant」には「ユニファイドコマース」を行う上で必要な機能を多く実装している。たとえば、Web広告の実店舗でのコンバージョン分析や、EC・店舗の購買データ統合分析、流入チャネルごとのF2転換分析などを簡単に行うことができる。店舗単位やエリア単位で顧客データを分析できるため、ある店舗で新規客が獲得できていなかったり、新規獲得ができていても離脱が多かったりといったことを把握することも可能だ。
Googleアナリティクスと連携した分析もできる。Webサイトのイベントページや特集ページ、あるいはメルマガ経由で、実店舗の売り上げにつながるにはタイムラグがある。ユーザーがあるページを見てから1週間くらい、店舗の該当商品の売り上げを追うことで「特集ページを公開したことで、店舗の売り上げがアップした」などの分析も可能になる。(林社長)
「Sechstant」の効果を生かすためには、店舗とECをつなぐ手段(ツール)が必要になる。今までは、その役割をスマホアプリが担ってきたが、昨今ではLINEでもスマホアプリと同様のことが実現できる。
一定規模の人にダウンロードしてもらわないと費用対効果が合わないスマホアプリに比べて、LINEは多くの人に使われている。加えて、登録も簡単で、会員証に使えたり、プッシュ通知が打てたり、ECと連携できたりと、多くのメリットがある。アプリの開発はコストや時間がかかるが、LINEミニアプリは手軽に導入ができ、ユーザーにとっても利便性が高い。
このLINEミニアプリを簡単に導入するために、ecbeingではLINEアプリ上で使えるEC事業者向けのマイクロサービス「ecbeing LINEミニアプリ オプション」も提供。このマイクロサービスを利用することで、EC事業者は簡単にLINEミニアプリを導入することができるようになる。
LINE公式アカウントでの友だち登録や会員登録機能、ECサイト購入、ECキャンペーン、店舗クーポン配布機能などを、このマイクロサービスは備えている。クーポンの配布やイベントの招待などのメッセージをLINE経由で配信できるほか、メールを開封していないユーザーをセグメントしてLINEでメッセージを送る機能も備えている。
システムは「魔法の道具」じゃない、導入後の使い方が重要
2021年のトレンドになると予想される「ユニファイドコマース」。その新たな時代に求められるシステム作りとはどのようなものだろうか。
林社長は「そもそもシステムというのは『導入後が大事』という側面が強い。その意味では、システムは決して『魔法の道具』ではない。ただ導入しただけではうまくいかない。勝負を決めるのは、導入後にどのように使うかが重要」と強調する。
導入後、その企業の戦略に合わせて、どうシステムを使いこなすかが問われる。ecbeingでは、導入後のサポート体制も強みだ。
EC業界は、技術やトレンドの進化が速い。企業が施策を行う際に、自社ですべてをこなすのは難しい。そこでecbeingのマーケティング部隊と共同でチームを作り、導入したツールを使いこなす。これにより、一層の効果が見込まれる。
開発エンジニアもツールを企業ごとに最適な形でブラッシュアップ。「ecbeing」自体も、企業の要求に合わせてカスタマイズする――。この結果、「ecbeing」導入企業のオリジナリティやサービスが向上するといった正のサイクルが生まれていくのだ。