スニーカー販売「atmos」が支持される理由。デジタル施策、不正注文対策、今後の戦略などを聞く【EC部長を直撃取材】
「atmos」などスニーカーを中心としたセレクトショップ約30店舗を展開するテクストトレーディングカンパニー。「NIKE」とのコラボ商品の開発・販売といった圧倒的な商品力で、スニーカーマニアやコレクターから支持を集める。そんなテクストトレーディングカンパニーが現在、最も力を入れているのがデジタル対応。全売上高に占めるEC売上の割合は5割を超える。スマートフォン向けアプリなど買い物体験の向上につなげるためのデジタル施策、その間に急増したチャージバックという課題解決に向けた取り組みなどを取材した。写真◎吉田 浩章
EC化率は5割超「atmos」のデジタル施策
テクストトレーディングカンパニーは「atmos」のほか、女性向け「atmos pink」、バスケットボールシューズをセレクトした「TOKYO23」など、テーマごとにセレクトショップを展開。全社売上高は2020年8月期で約180億円、EC化率は5割を超える。
「デジタル分野は社内でもどんどん伸ばしていく方針で、今後も大きな伸びしろがある」。テクストトレーディングカンパニーの方針をこう話すのはECビジネス事業部の岡山暢祐部長。まず、岡山部長の話から「atmos」を中心としたテクストトレーディングカンパニーのデジタルへの取り組みを振り返る。
中心顧客はマニアやスニーカーコレクター。そんなユーザーに向けた新しい買い物体験を目的に提供しているのがスマホアプリ「atmos アプリ」だ。
限定販売商品や先行販売商品などアプリでしか買えない商品の展開。さらには、「atmos」に関するアプリ限定ニュース、最新情報をスムーズに入手できるアプリ通知機能、実店舗を確認できるMAP機能、ECサイトと実店舗で「atmosコイン」(1コイン=1円)をためる・使うための会員証などの機能を搭載している。
そもそも、「atmos」のECサイトで展開している「LAUNCH LIST」(新商品の発売日が記載されているコンテンツ)やブログでの新商品情報などは、スニーカーマニアやスニーカーコレクターにとって貴重な情報。それを定期的にチェックし、発売時に店舗へ足を運ぶ顧客が多く、プレミア商品の発売時には、事前に情報をチェックした千人規模のマニアやコレクターが行列をなすことがある。
店舗スタッフの負荷が大きくなるといった課題もあり、アプリには事前に予備抽選を行う機能なども実装。「atmos」が指定したスニーカーの着用を本抽選の条件とするドレスコードの採用など、デジタルの活用と店舗運用の両面で業務改善にもつなげている。
スニーカーマニアやスニーカーコレクターにとって貴重な情報源となっているアプリには、ユーザーがコメントを投稿できる機能も搭載。コアなユーザーが集まる“場”にコミュニティ機能を搭載することで、デジタルを通じた付加価値の提供に務めている。
スニーカーブーム、デジタル化で浮き彫りになった「不正注文」が喫緊の課題に
昨今のスニーカーブームは大きな追い風となっているが、デジタル化の推進で課題が表面化した。転売目的による不正注文の増加だ。
希少価値の高い限定商品などは「転売ヤー」にとって大きな収入源。「atmos」に集まるスニーカーマニアやスニーカーコレクターに向けアプリなどで貴重な新発売情報を発信しているが、こうした新商品を「転売目的」で購入する「転売ヤー」も一部、いる。
従来は代引き決済のみだったプレミア商品のEC抽選会をクレジットカード決済へ変更(プレミア商品発売後に商品が届くので、高額な値がつかないと判断された場合などは代引き決済による受け取りを拒否する当選者もいた)、不正検知サービスによる不正判断の基準を高めるといった手は打っているものの、「転売ヤー」を含めた不正注文によるチャージバックは後を絶たない。
「3Dセキュア」の導入も検討した。ただ、カード決済時に認証コードを新たな入力必須項目にすると、カゴ落ち率の増加に直結してしまう。不正注文は減るものの、顧客体験としてはマイナスになりかねない。
EC事業のKPI(重要業績評価指標)は売り上げの増加と新規顧客の獲得で、不正注文の減少と売り上げの拡大を両立する必要がある。「3Dセキュア」の導入はできれば避けたい――。そこで活路を見いだしたのが、大手IT企業やEC企業が提供するID決済サービスの導入だった。
「数千もの『atmos』アカウントを作成し、プレミア商品の抽選に申し込むといった悪意のある第三者もいる」(岡山部長)。大手ITサービスやECサイトのIDは、1人1アカウントが前提となる。決済手段にとしてID決済を導入し、ID決済の比率が高まれば不正利用によるチャージバックも減少すると考えた。
「Amazon Pay」利用率が15%を超え、新規顧客の増加効果も
そこで導入したのは、Amazonが提供するID決済サービス「Amazon Pay」だ。
「Amazon Pay」はAmazonアカウントに登録された配送先住所と支払い情報を使うことで、Amazon以外のECサイトでも簡単にログイン・決済ができるID決済サービス。
「atmos」では、「Amazon Pay」と同時にID決済サービスをもう1つ導入したところ、「Amazon Pay」の利用が大幅に多かったという。
ポイント付与キャンペーンを実施していたID決済よりも「Amazon Pay」の方が多く利用されたことには驚いた。「Amazon Pay」を導入したことにより、Amazonアカウントでも「atmos」にログインできるようになった。その機能がより支持されたという側面もあるだろう。(岡山部長)
「Amazon Pay」導入によって、顧客は購入しようとしていたECサイトから離れることなく決済まで完了できるため、事業者はログインから購入までの一貫した顧客体験の提供が行える。こうした利便性の高い機能が「Amazon Pay」の利用増につながったと考えられる。
「Amazon Pay」導入前の各決済方法の利用割合
- クレジットカード……76%
- 代引き決済……14%
- 後払い決済……5%
- その他……5%
「Amazon Pay」導入後の各決済方法の利用割合
- クレジットカード……70%
- 代引き決済……11%
- 後払い決済……3%
- Amazon Pay……16%
不正利用の防止目的で導入した「Amazon Pay」だったが、導入後のECサイトには思わぬ効果があった。導入後5か月間で、EC売上と新規顧客数が前年同期比で25%程度増加。年末商戦時などの外部要因はあるものの、「Amazon Pay」が売上増に一定の影響を与えたと岡山部長は分析する。
さて、懸念していたチャージバックへの影響はどうだったのか? 2021年2月時点(取材実施時点)のチャージバック請求金額(2020年10月分)は、「導入間もない時期であり、かつ年末商戦に入った時期」(岡山部長)という要因もあり、「Amazon Pay」導入前から変わりがなかったという。
ただ、導入後の売上増加、「Amazon Pay」による決済割合が上昇していることを踏まえると、チャージバックの発生防止に「Amazon Pay」が一定程度、寄与していると考えられる。
岡山部長によると、「『Amazon Pay』でのチャージバックはゼロ」。「Amazon Pay」の導入によってチャージバックの発生件数を一定程度、抑えることができたという見方もできる。
ちなみに、Amazonでは、クレジットカードでの決済に関する独自の不正検出ルールに加え、Amazonアカウントやカードの不正利用を24時間365日監視する世界水準の不正検知システムを採用。「Amazon Pay」によってチャージバックによる損失の軽減が期待できるとされている。
「Amazon Pay」実装に要した期間は1.5か月
2019年のアプリのリリース、ECサイトの刷新、2020年のID決済の実装、アプリの刷新など、ここ数年でECプラットフォームに関わるデジタル施策を矢継ぎ早に行ってきた「atmos」。
「変化の激しい消費者ニーズ、そしてテクノロジー」(岡山部長)に対応するため、ECシステムは2019年に大手ベンダーのECパッケージから、小回りの利くベンダーによるスクラッチ開発に変更。各種施策をスピーディーに実行できるようにし、デジタルやテクノロジーへの対応力を高めた。
そのため、一般的には大型ECサイトでは3か月が必要と言われる「Amazon Pay」の実装に費やした期間は1.5か月。「スピード開発にもこだわった」(岡山部長)と言う。
「Amazon Pay」は他の決済サービスよりもサポートがしっかりしている。都度購入、既存会員も利用できる機能、マイページログイン/会員連携、オプトイン形式による新規会員登録など、さまざまな機能を問題なく実装できた。(岡山部長)
2021年の開発案件では、実店舗の販売員がECサイトを通じてお客さまにリアルタイムで接客できるオンライン接客ツール「HERO」を2月に導入した。
これは、ナイキなどのスポーツブランド、バーバリー、ラルフローレン、フェンディ、クロエといったファッションブランドなどが利用するオンライン接客ソリューションで、日本企業の導入も進み始めている。
PC・スマホから接客ボタンをクリックもしくはタップすると、オンライン接客対応ができる近距離のショップスタッフをアプリ経由で呼び出す。最寄りの店舗にいるスタッフと顧客をオンラインでつなぎ、来店を促すことができるという。
オンライン接客経由の来店客には、新着商品、リンクが付いている商品画像、店舗内で撮影した商品画像や映像などをショップスタッフが送信して知らせることが可能。それらを使ったチャットや店頭接客さながらのライブ通話でオンライン対面接客を行うこともできる。
ユニークユーザー(UU)の約4%にあたるユーザーが、オンライン接客を通じて商品などの問い合わせをしてくれている。まずは都内5店舗でオンライン接客を行っており、1店舗あたり2名のショップスタッフが対応している。来店促進などの効果をみながら、全店舗への展開を進めていきたい。(岡山部長)
新規顧客の獲得、パーソナライズといったマーケティング活動でも「Amazon Pay」の活用を視野に
スニーカーマニアやスニーカーコレクターが積極的に集まる場となっている「atmos」では、これまで「新規顧客獲得のための広告を打ったことがない」(岡山部長)。新商品情報などスニーカーマニアやスニーカーコレクターが求める情報の適切な配信や新店舗のオープンなどで新規顧客を増やしてきた経緯がある。
高い注目を集めるスニーカーを動画でスタッフが紹介する「atmos TV」、商品のスタッフレビューやコーディネート提案など、店舗スタッフを巻き込んだ情報発信を強化しているが、危機感もある。スニーカーブームが続いているうちに、「幅広いユーザー、シューズを求めているライトなユーザーへの認知を促進していきたい」(岡山部長)
「Amazon Pay」の導入で新規顧客が増加したことを踏まえ、「Amazon Pay」を使った新規顧客獲得策も検討している。たとえば、「Amazon Pay」によるログイン機能を使い新規登録した顧客に対し、ギフト券をプレゼントするキャンペーン企画などが検討にあがっている。
スニーカーマニアやスニーカーコレクターといったコアユーザー以外の顧客層にも買いやすいサイト作りをめざすテクストトレーディングカンパニーは、「何を選んでいいかわからないユーザーに対してもスニーカー屋としてちゃんと商品を提供していきたい」(岡山部長)と考える。オンライン接客などの導入、MAツールの活用もその一環。ECサイトと実店舗のデータは、1人ひとりに適した接客を行うために重要な情報となる。
ただ、アプリやECサイトの会員登録はメールアドレスとパスワードのみで、その後の属性情報は商品購入後でなければ入手できない。たとえば、「Amazon Pay」を使ったログインキャンペーンなどで、属性情報までを手軽に入力してもらう環境を整えるといった施策の実行も考えている。
決済手段と認識されがちな「Amazon Pay」だが、新規顧客の獲得、パーソナライズといった観点での活用を、「atmos」では模索している。