10か月で約20億円を売り上げた海外ECサイト。強者に勝つ逆バリマーケティングの事例
マットレスという製品はなかなか店頭で選びにくいものだ。店に並べられたベッドに寝転がったり、手で押して固さを図って「これだ」と決めてもいざ家で使ってみると思っていたより柔らかくて失敗した……という経験をしたことがあり、いまだに僕は「マットレス選びのコツ」を掴めないままでいる。
そういう経験をしたことのある人は僕だけではないらしい。良いマットレスはなかなか見つからないことに着目したサイトもいくつかある。たとえば、以前当ブログで取り上げた「Tuft&Needle」はマットの価格帯、品質、カスタマーサポートを充実させた良サイトだった。
今回紹介する「Casper」も、「より良質で安価なマットレスの販売を」という趣旨で始まったECサイトだ。
同サイトでは米国ではあまり使われない素材を使用したり、敢えてラインナップを狭めたり、ベッドの梱包を極限まで小さくしたり……ちょっとした工夫を積み重ねることで多くの利用者から支持されるようになった。一体どのようにして顧客の心を掴んでいったのか、詳しく見てみよう。
低反発素材とラテックスの良いとこ取り
【この記事のポイント】
- 競合よりも単価は高いけど「大勝ち」している
- 「業界のやり方とは正反対のことをする」というコンセプトで行われた数々のマーケティングが奏功
- ラインナップを少なくして選択肢を絞り、サプライズを提供する
- 100日間のトライアルで期間内の返品を可能に
- 一部地域では当日の無料配送も実施
「Casper」のマットレスのラインナップは現在の点。それぞれの違いはサイズのみ。
- 最も小さくて安いツインサイズ39×75インチ(約1×2m)が500ドル(約6万円)
- 最も大きくて高いキングサイズ76×80インチ(約2×2m)が950ドル(約12万円)
実は米国とヨーロッパではベッドに使われる素材が微妙に異なっている。米国では低反発素材が人気だが、ヨーロッパでは弾性と柔らかさを両立し、理想的な体圧分散ができるラテックスがよく使われるのだそうだ。
そこで「Casper」は、低反発素材とラテックスの両方を使った「良いとこ取り」の商品を展開している。「IDEO」や「NASA」に勤めた経験を持つ製品エンジニアチームが研究し、「マットレスの一番下は安めのフォーム、中間に低反発素材、表層にラテックスフォーム」を用いることで、安さと上質な質感、ほど良い固さのマットレスを実現させたという。
こうして作られたマットレスの固さ、寝心地に対する顧客からの評価はおおむね高いが、それでも利用者にとっては合わないこともある。
また、オンラインの販売に特化しているために、消費者が事前に試すこともできない。そのため「Casper」は100日間のトライアル期間を提供し、使用後の返品にも応じることで、利用者が商品に合わないときにも対応できるようにしているという。
マットレスを梱包する際、圧縮してかなり小さく梱包していることも同サイトの特長の1つ。製品は41×21×20インチ(約100×53×50cm)のボックスに詰め込んで届けている。マンハッタンではその小ささを生かし、自転車に乗せた無料の即日配送サービスも提供しているそうだ。
お客が迷わないように選択肢を減らし、ちょっとしたサプライズを用意
「Casper」はテキサス大学オースティン校時代から父親の運営するECサイトでマットレスを販売していたという経験を持つPhilip Krim(以下クリム)氏らによって創設された。
クリム氏はこの経験があったため、質が高く、しかも安い製品を生産するという自信を持てたのだと語る。
クリム氏らは製品だけでなく、マットレス業界そのものに疑問を感じていた。そのため、これまでとは一線を画すブランドイメージを構築しようと、ブランディングやデザインのコンサルティングを提供する「Red Antler」と提携。ブランディングやサイト、パッケージなどにおいて従来のマットレスと正反対の施策を行ってきたという。
その1つが商品のラインナップを意図的に少なくすることだ。マットレスを販売する多くの店舗は顧客の手助けをするよりも、フロアスペースをたくさんのマットレスで埋め尽くすことを考えている。
しかし、顧客が店舗で時間をかけて試したところで、本当に自分に合っているかどうかはわからない。ベッドのほど良い固さは実際に家で使ってみなくては感じることができないのに、「店内のラインナップの広さが逆に選びにくくしてしまっている」と考えたのだ。
そこで、「Casper」では固さを1種類に統一。顧客が選択する項目はサイズのみと、利用者が迷うことなく商品を選べるようにした。その一方で、100日間のトライアルという仕組みも設け、利用者の求めるモノと違って失敗しても、返却可能なようにし、気軽に買いやすく、返しやすいシステムを整えた。
商品をできるだけ小さく圧縮し、持ち運びやすい箱にしたことも戦略の1つだったという。「Casper」のマットレスは多くの顧客にとって想像以上に小さかった。そのため、このことを報告しようと思った利用者が写真を撮影してソーシャルメディア上に掲載する、という試みが盛んに行われたのだ。
その結果、ソーシャルメディアでのフィードバックはかなり好意的なものとなった。やがて、梱包の大きさのみでなく、ユーザーがベッドの写真を投稿し、友人たちに報告するところまで広がっていったという。
Casperを成功させた「買いやすくする」ための施策
現在、マットレス業界に進出するサイトは数多いが、「Casper」は他社と比べて価格面での優位性は決して高くはない。たとえば、「Tuft&Needle」はAmazonでも高い評価を得ている上、「Casper」より安めの料金を実現しているのだ。
しかし「Tuft & Needle」の2014年度の売上は900万ドルだったのに対し、「Casper」はビジネスを始めてから10か月で2000万ドルと、善戦どころかむしろ「大勝ち」の情勢だ。
その成功の背景にあるのは「これまでの業界のやり方とは正反対のことをする」というコンセプトで行われた数々のマーケティングだったようだ。
たとえば「マットレスの品質の差」をオンラインで説明し、顧客に実感してもらうのは難しい。しかし、「梱包サイズが小さい」ということであれば分かりやすい。
このことは顧客に驚きを提供するのみでなく、「オンラインで買ってもかさばらない」という利点として認知されたのだろう。
利用者にとってサプライズな要素を1つ入れ、敢えて選択肢を減らすといったやり方は一見すると奇手のようにも見えるが、どちらも利用者を「喜ばせる」「買いやすくする」ための施策だ。こうした施策を採ったCasperが多くの利用者に受け入れられたのも当然だったのかも知れない。
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