尺田 怜 2020/7/1 8:00

ここはD2C(Direct to Consumer)やサブスクリプションの事業に進出しようとしているEC事業者のための相談室。菓子製造・卸を手がける企業の木村部長と、化粧品メーカーの石井社長が、ファシリテーターの尺田さん、アドバイザーの吉村さんからレクチャーを受けています。今回のテーマは「ECシステム選定のポイント」です。

尺田 今回はEコマース事業を展開するのに欠かせないEC基幹システムと、連携するマーケティングツール、CRMツールについて話を進めていきましょう。ECシステムの形態は ①ASP型 ②オープンライセンス型 ③パッケージ型または自社開発型 ④クラウド(SaaS)型 の4つに分類できます。

①ASP型

ASP型はASPベンダーが構築・運用管理するサーバーに、複数のEC事業社のECシステム環境が構築される形式。各社のサーバー環境に顧客データ、商品データ、取引履歴データなどが一定期間保存される。EC事業者はブラウザーからシステムの管理・運用を行なう。一般的な初期構費用は数万円〜十数万円。月額費用は数千円〜数万円。

・ASP型のメリット

石井社長 私はASP型で運営していますが、最初にメリットとして感じたのは、導入実績が豊富でECフロントシステムのデザインテンプレートが多く、展開しやすかったことです。実装していない機能については外部提携するサービスを利用できるので、最低限のシステムでECをサービスインし、事業が成長するにつれて機能を追加してきました。

自社のスタッフに専門知識やIT開発スキルがなくても導入可能ということになっていますが、そう簡単でありませんから、サポートデスクに頻繁に電話して相談しながら進めました。

・ASP型のデメリット

石井社長 ASP型のデメリットとしては、マーケティング機能やフルフィルメントバックオフィス運用などが自動連係していないことが多いことです。例えば、広告効果の測定に必要なデータ取得が思うようにできなかったり、機能の追加変更がベンダー任せなので、いつ実現されるのか、そもそも実現できるかどうかがすぐにわからなかったりします。

事業が拡大するにつれて運用方法が変わっていく一方、バックオフィス管理画面に制限があり、データの持ち方などを変更できないので、整合性が取れなくなったり、データが断片化してしまったりすることがあります。特に定期販売やサブスクリプションを実施すると定期マスターと取引データの関連性の持ち方に癖があるので、顧客分析やCRMなどする際には注意が必要です。

②オープンソース型

 オープンソース型とは、無償で公開されている基本プログラムのソースコードを利用すること(ここではオープンソースをベースにパッケージ提供している企業から導入すること)。

EC事業社がよく利用する機能であれば、モジュールやプラグイン形式で提供されおり、Webサイトからダウンロードして機能拡張する。初期費用が数十万円〜、月額費用が十万円。

・オープンソース型のメリット

尺田 オープンソース型のメリットは多くの事業社が利用できるようにECシステム基本機能が充実しており、費用や工数を削減できるように工夫されていることと、ライセンス費用がかからないため比較的コストを抑えられることです。

また、ソースコードが公開されているためカスタマイズの自由度が高く、事業展開や施策に柔軟に対応できます。世界中に多くのユーザーがいるものであれば開発コミュニティが充実しているので、情報交換や相談ができます。特に海外型は顧客視点の機能が充実していることが魅力です。

・オープンソース型のデメリット

尺田 ベンダーからのサポートがありませんので、自社で環境設定構築や保守ができない場合は、経験のあるサードパーティーに業務委託する必要があります。セキュリティや機能のアップデート、不具合対応などは自己責任で対応する必要があります。またソースコードが開示されているため、脆弱性を狙った攻撃によるセキュリティリスクがあります、特に怖いのはクレジットカード情報や個人情報の漏えいです。

サーバー環境はオンプレミス、レンタルサーバー、クラウドいずれでも構築・運用できますが、かつてはデータセンターや自社サーバールームで構築運用するオンプレミスが多かったと思います。インフラ基盤としての自由度は高いのですが、負荷を最大のキャパシティベースで設計するので、導入コスト、保守運用コスト共に比較的高額になりがちです。

ASPサービスでの構築環境としても利用されているレンタルサーバーで構築する場合は、セキュリティに関してサポートしてくれる安心感があります。比較的低コストで構築可能ですが、構築運用の自由度が低いのと、規模拡大時にサーバー環境の移行が必要になる場合があります。クラウドについてはクラウドシステム型の項で説明します。

③パッケージ型または自社開発型

パッケージ型はシステムベンダーが独自に開発したライセンスを購入し、自社で構築したサーバー環境で運用するタイプ。自社開発型については、ゼロからすべてを開発するタイプとパッケージをある程度利用してカスタマイズして運用するタイプとに分かれるが、ここではパッケージ型の1つとする。初期費用は300万円〜1000万円以上(カスタマイズボリュームによる)、月額費用は数十万円。

・パッケージ型のメリット

木村部長 私はこれからEC事業を展開したいと思っている状態ですが、現状の自社業務基幹システムや、製造管理システムなどの経験からお話すると、パッケージ型のメリットは、SIerやシステムベンダーのサポートを受けられるため、安心して運用できることと、セキュリティや不具合などについて、手厚いサポートが期待できることです。

基本的な仕様の修正ポイントである、消費税率の変更、システムのセキュリティアップデートは、基本的には保守費用の中で対応してくれます。導入時のマニュアルやトレーニングといった運用支援が充実していますが、無料ではないので、教育研修費についても念頭に置いておくといいですね。

・パッケージ型のデメリット

木村部長 手厚いサポートがあるとはいえ、やはりそれなりに理解している必要があります。IT部門はユーザー部門からの要望を伝えたり、費用との兼ね合いでカスタマイズの優先順位を決めたりする必要がありますから。また、カスタマイズが入ると、基本機能への影響を確認するのに時間がかかることがあります。また、システムを利用するユーザー数や顧客ID数などで初期費用やライセンス利用料が変動するので、予算のコントロールが大変という面もあります。

これはパッケージ型だけのデメリットではありませんが、各業務部門からの改善要望の取りまとめ方が大変難しいです。「それ聞いていない、使いづらい」「この機能ないの?」といった意見に対応していると開発予算が拡張してしまいます。外部システムとのデータ連携も結構大変なので、連携システムよりパッケージの改変コストの方が高くなってしまう場合もあります。

④クラウド(SaaS)型

ネットワークやサーバー、基本OS、DBなどの基盤環境について、クラウドベンターの責任によって常に最新バージョンを利用できるのがクラウド型。ECシステムや関連するマーケティングなどのシステム、各機能を制作しているのはベンダー自身なので、不具合が生じた場合もベンダーが対応する。

初期費用は300万円〜。月額費用は定額の場合で10万円程度。海外のシステムには初期費用が10万円台、月額費用が数万円で利用可能なものもある。

・クラウド型のメリット

尺田 クラウド型は最初から高度な機能が実装されていることや、APIで外部システムと連携できるように設計されていることが大きなメリットです。パッケージ型や自社開発型と違って機能のアップデートが行われることにより、常に最新のシステムを利用できます。サーバーを自社で用意したり、保守担当をアサインしたりといったことも不要。すべてベンダーに一任できます。

またサーバーリソースのスケールアップ/スケールアウトを行うことで、急なアクセス増などにも柔軟に対応できます。例えば、キャンペーン期間だけ一時的にサーバー台数を増強するなどの対応をタイムリーに行うことも可能です。

・クラウド型のデメリット

尺田 オープンソース型と違ってソースコードの開示は行っていないため、自社で保守やメンテナンスをしたい会社には向いていません。導入費用はパッケージ型や自社開発型より安価になることが多いですが、ASP型と比べると高くなります。構築期間も同様に、パッケージ型や自社開発型よりは短期間で、ASP型よりは長期間になることが多いです。

アドバイザー吉村 ここまでで、ECシステムの種類とそれぞれのメリット、デメリットの大枠をご理解いただけたかと思います。スタートアップであればASP型かクラウド(SaaS)型が選択肢になると思います。まずはこちらの標準機能で顧客対応やバックオフィスのワークフローを固めて、フロントサイドや、CRMコミュニケーションを企画設計してみてください。

そもそもECシステムに何が必要なのか

尺田 木村部長が今回のEコマース事業で、パッケージ型を選定されて迷われている理由は何ですか?

木村部長 弊社の基幹システムはパッケージをカスタマイズして運用していたので、ECシステムもそういう形で導入するものだと思って検討していました。それで、現業の各システムに関わっている複数のSIer社に相談したのですが、ECは得意ではなかったのと、提案してくる費用がそれなりに高額でした。情報システム部と相談して、オープンソース型をクラウド環境で構築することで検討しようかと思っていますが、もっと良い方法がないか悩んでいるんです。

尺田 それではどうあるべきかを機能面から検討するために、ECシステムとして必要な機能や仕様をカテゴリーに分けてみましょう。木村部長、御社の既存業務でご利用のシステムと目的を挙げてみてください。

木村部長 私は営業畑なのでそちらからの視点からになりますが、こんな感じでしょうか。

  • 販売管理システム:商品データや商品・取引先の販売履歴や、商品別の販売条件の管理
  • 顧客管理システム:取引先の基本データや与信情報などの管理
  • 在庫管理システム:商品、原材料、資材ごとの在庫管理(倉庫やパレットや棚番)、発送先情報と発送指示書などの管理
  • 生産管理システム:原材料の所要量管理、生産工程などの管理
  • 会計管理システム:各システムから実績データを連携し、税務会計と管理会計を実施
  • 営業管理システム:顧客管理システムと連携し、営業活動に利用

尺田 EC事業をすでにやっている石井社長はどうですか?

石井社長 弊社は製造部門がなくOEMなので製品のロットを管理するだけで生産管理システムは必要ないですが、利用しているのは下記のツールです。

  • 会計管理システム
  • LPツール
  • 広告配信・管理ツール
  • メール配信ツール
  • Google Analytics
  • モール連携システム
  • 顧客とのコミュニケーションツール(メール/電話)

この他に倉庫管理システムを利用している事業者も多いと思いますが、弊社では3PL会社さんに任せているので自社では利用していません。今後増えてくると思われるSNSのメッセンジャーの対応には、コミュニケーションツールの導入が必要になってくるので、ECシステムのリプレースに合わせて選定中です。

優先すべき機能はビジネスモデルで異なる

アドバイザー吉村 ECシステムに必要な機能は、対顧客の機能やUIと、運用する事業者側の機能とUIに分けて評価選定する必要がありますが、まずは、顧客視点で絞っていきましょう。商品・サービスが顧客と対面する顔になりますので、ECシステムには商品・サービスのプレゼンやデモンストレーションをしながら、実店舗のように展示し、販売員のように接客する機能が必要です。ECシステム=カート機能と思われていますが、実際は要素の1つでしかありません。

石井社長のような単品定期通販をメインとするビジネスモデルであれば、顧客との最初の接点であるLP機能が最優先です。顧客となってからはコンシェルジュ型で、アップセルやクロスセルをするためのコンテンツ配信機能が重要になってきます。

木村部長のような比較的アイテム数が多い総合通販系では、カタログサイト的なデザイン機能、レコメンデーション機能、各商品・サービスに関してのマーケティング要素としてのSEO機能の充実が重要です。アイテムが増えてきたらサイト内の検索などを検討することになります。

石井社長 弊社が導入したシステムでは、スマートフォンでのLPカートフロー設定に制約があったりして、他社と比較してカート離脱率が高く、どうしたものか困っています。

アドバイザー吉村 新規の顧客であれば会員登録をする、しないに関わらず、配送に必要な情報をフォームに入力してもらう必要がありますね。この時のデザインとフォームの入力体験が、利用した人の顧客体験にどのように影響するかは、自身の体験でもおわかりになりますよね。私が重要だと思うポイントは下記のとおりです。

デバイスに応じて表示するフォームを変えられる

PCからのアクセスならフォーム一体型、画面が小さいスマートフォンの場合は対話型のフォームがベストです。他のページに関しても、可能なら商品カテゴリー別にデザインをコントロールできると施策が展開しやすくなります。

購入終了後のオファーができる

都度購入からの定期への変更などをいくつかのパターンで展開したり、顧客の利便性の高い決済方法に誘導するオファーなどを実装できるとLTVの向上に効果的です。

ID連携を実装できる

ソーシャルIDや、決済IDの連携が実装されているとユーザーの利便性が上がります。また、デジタル広告配信のプラットフォームが今後より一層、SNSやプラットフォームのDMPを利用していきますので、親和性の高いID連携は必須になるでしょう。

マイページ機能

マイページ機能は顧客満足が向上するのと、バックオフィス側の負荷が低減されるため重要な機能です。海外のD2Cサイトでは、マイページで解約の意向を対話形式でヒアリングしている企業があります。これにより、解約理由に関するデータを取得でき、顧客のニーズに応じた解約後の再アプローチも可能になります。

受注保留後の操作を細かく設定できる

見落としがちですが、保留状態を解消するための作業や出荷のステータスを一括で変更できることは重要な機能です。例えば、後払いのオーソリ不可の再オーソリ、オーソリ不可の場合の決済方法の自動変更、顧客への通知の自動処理などです。顧客についてのネガティブなステータス管理ができることも重要です。住所や電話番号の重複やIP検知など、特定のデータをもとに不正検知としてアラートを出してくれる機能は必須です。

顧客やマーケティング関連の分析機能

ECシステムで保有している顧客データは、LTV向上のために活用するのが目的なので、各顧客のフェーズ、接触媒体、チャネル、オファーなどのデータを関連付けられる機能は重要です。

石井社長 広告コミュニケーション施策の評価は重要なので、弊社では広告管理ツールデータとECシステムの顧客データを抽出してExcelで管理しています。これにはスタッフの工数もかかり、データが一致しないこともあって結構大変です。

アドバイザー吉村 石井社長の事業はアフリエイトからの集客がメインですから、1件、0.1%違うだけでアフィリエイターへのインセンティブなどが変わりますから神経を使いますよね。ECシステム側に最低限のCRM機能やデータ連携機能は欲しいところです。例えば、顧客セグメントごとの離脱理由が明確になれば、それを解決するために商品・サービスを改良したり、媒体やチャネルごとのコミュニケーションを改善したりできます。

あれば役立つ機能はまだまだたくさん……

木村部長 EC事業を展開しているとさまざまなデータを保有して判断する必要があって、関連するシステム間のデータ連携がとても重要なんですね。

アドバイザー吉村 顧客の様態は、①顧客になるまで ②顧客になってから ③顧客でなくなってからの3つに分けられます。顧客になるまでに重要なのは、媒体や広告へのアクセスログですね。顧客になるまでの過程、つまりどのような媒体やチャネルを体験し、購入に至ったのかを「見える化」することです。ECシステム側としては、タグのマネージメント機能の充実度が精度を左右します。

顧客化してからはペルソナプロフィール別にフォローするタッチポイントの設定、ロイヤルカスタマーに育成するためのコミュニケーション設計とコンテンツ提供、その改善のためストーリーデータの履歴管理と評価が重要です。この顧客体験に、購入履歴や使用後のレビューやアンケートデータを載せていきます。ここで重要なことは、商品ありきではないということ。あくまでも顧客体験が優先です。

顧客体験を向上させる機能は他にもたくさんあります。優先順位を付けて検討し、実装可能かどうかを見極めてください。

D2C/サブスクリプションビジネスの機能
  • 複数商品の購入態様で、定期と単品(季節商品や、限定商品などの提案)の組み合わせレコメンデーションクロスセル機能
  • サブスクリプションのサービス形態として商品SKU内でのセレクト購入(色や、味や、デザインなど)をどう簡易にユーザー視点で選択、変更できるようにするか
  • ギフトでのまとめ買い時の商品とお届け先の複数選択・設定
  • ギフトを受け取った顧客からの返品、交換や、顧客化へのコミュニケーション
受注管理機能
  • 複数温度帯商品(常温、チルド、冷凍)の同時購入
  • 予約販売をどう展開するのか(単なる数量制限なのか、追加予約、キャンセル待ちができるようにしたいのか)
  • 商品到着までの変更やコミュニケーション
  • 法人購入への対応
  • PCでもスマートフォンでもカート情報が反映されること
  • 顧客ランク設定や自社や外部連携ポイントの設定、変更
  • 納品書などのデザインと表記の自由度と変更や設定の難易度。のし対応やギフトカードの対応
  • 受注ステータス/受注データの単位(オーダー注文単位、出荷ベース単位、商品単位)
  • 受注ステータスでの顧客との業務コミュニケーション
  • 注文キャンセル時や返品時の後処理(在庫、決済、ポイント、購買履歴反映など)
  • 出荷後の問い合わせ番号の連携(単なる番号登録だけなのか、配送会社へのリンクや受け取り日時の変更までできるようにするのか)
商品登録/表示機能
  • 商品一覧での在庫の表示法(実在庫、予定在庫、予約受付、入荷通知など)
  • キャンペーンステータスの一覧変更や、アイコン追加
  • 商品ページのABテスト
CRM機能
  • 顧客からの問い合わせへの対応の履歴をどう残しどう活用するのか
  • 電話、メッセンジャー、メールとの連携と活用
  • SNS運用やUGC(User Generated Content/ユーザーが生成したコンテンツ)の扱い
管理・分析機能
  • 売上、受注、決済などをどう表示したいか
  • 商品一覧で在庫の状態をどう見たいか
  • 商品カテゴリーの設定や変更方法
  • タグの運用管理方法

 

この連載の登場人物

●相談者

木村部長 菓子の製造、小売店舗への卸販売企業の新規開発部長。年商は約100億円。売上の伸び悩みからD2Cビジネスへの参入を検討中。

石井社長 女性向けスキンケアコスメの単品通販事業者。年商10億円。次の目標は30億円の壁の突破。

●アドバイザー

アドバイザー吉村「やずや式EC通販基幹CRM」「やずや式顧客診断分析システム(CPM/顧客育成ポートフォリオ)」の考え方を伝える伝道師。

●ファシリテーター

尺田 GMOシステムコンサルティングでオムニチャネル対応のEコマースシステムのエバンジェリストとして活躍している。

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