「ECの人材教育」「組織論」「キャリアステップ」などEコマース先生・川添氏がEC従事者へ伝えたいメッセージとは
グループとしてメガネスーパーなどを展開するビジョナリーホールディングスでデジタル・EC領域、IT、新規事業を統括し、個人として複数企業へのアドバイザーやECエバンジェリストに従事する川添隆氏に、いま改めてEC従事者に伝えたいことを語ってもらいました。
ECは総合力が不可欠
EC事業について改めて思うことが3つあります。ひとつ目は、EC事業はまだ浸透しきれていない、実情を知られていないということ。ふたつ目はキャリアステップの話で、最後はやはり”熱量が大事”という話で締めたいと思います。
EC事業の部門が着手するべき範囲は非常に広く、ECはまさに総合力が必要です。EC責任者は子会社の社長のようなものだと思っています。ただし、これはEC事業全体を理解している人にしか分からないことで、経営者も含めて一般的にはまったく伝わっていません。
EC事業の内容は経営層、投資家にほとんど伝わっていない
なぜそう感じたかというと、私がアドバイザーをしている会社で、ECを中心にデジタルを使ってビジネス拡大を求めるCDO(最高デジタル責任者)のポジションを採用するお手伝いをしたことがキッカケです。
職務経歴書に「EC事業」と書かれているのを見ると、人材紹介会社の人などは「この人はECのことが分かっているのだな」と思いがちです。しかし、EC責任者を務めた前後のキャリアまで見ると、「この人はMD中心のキャリアで集客施策やシステムの記載がないから恐らくそこは分からないな」とか、「ブランドマーケティング中心の人だと集客によりすぎていて運用やシステムまでは関わっていない」とか、そういうことが前後関係から読み解けます。
本来、EC事業の責任者になるには、集客施策やMD・仕入れ、マーケティング、ささげ業務、店づくり、ピープル・事業マネジメント、物流、社内のブランド事業部との交渉、PR、システムなど完結型の事業すべての知見が必要です。
こうしたことが投資家や経営層、他部門の人にはほとんど伝わっていません。そういう意味でEC事業はまだまだブラックボックス化しています。すでに物販ECの市場規模はファッション業界よりも大きく、損保、製薬、携帯電話に匹敵する規模にもかかわらず、メジャーになり切れていないと思っています。
とくに実店舗主体の企業の場合、店舗では一連のモノ・カネ・ヒトの流れが実際に目に見える上に、経営者も店頭業務や根幹となるモノづくりのことをよく分かっているはずですが、ECの場合は通販サイトという店の外観しか見えていません。自社の通販サイトで買い物をしたことある経営者は稀でしょう。
店舗視察をする経営者は多いですが、せめて商品撮影・画像加工の工程や、店舗向け配送とは異なる個配のEC物流だけでも知ってもらいたいですね。物流部門の責任者も同様のことを感じていると聞きます。サイトの裏側では割と労働集約の業務が多く、限られた人数で対応している実情の理解につながるといいと思います。
ECやデジタルに強く、人材を育てた企業が勝つ
EC事業の運営には人が少し多いくらいがいいと考えていますが、普通の会社はEC事業を最小人数でやろうとします。一方でECやデジタルに強い企業ほど事業全体の成長性が感じられます。
例えば、ベイクルーズなどはEC売上高全体や自社EC売上高の規模が大きいのもさることながら、エンジニアやデータサイエンティストも抱えていて、社内にベンチャー企業があるような感じになっています。アダストリアやユニクロもエンジニアやデジタル人材の採用を強化しているようです。
コストというよりも投資と捉え、知見と経験のある人を外部採用に夢を見ず、ECの運営周りに関しては社内から興味がある人をベースに頭数をそろえることが必要です。当たるか当たらないか分からない集客施策にお金をかけるよりも、人をそろえる方が時間はかかっても投資効率はいいと思います。EC事業の人数が足りないという問題は本当によく聞きますが、結局は抜擢も含めてEC人材を育てた企業が勝つでしょう。
EC出身者が社長になる時代に
キャリアステップの話をします。EC専業でも実店舗が主力の企業でECを担当している場合でも、キャリアステップへの関心はあるでしょうが、どこまで登り詰めることができるかは不明瞭です。
そんな中、最近の象徴的な話題としてデザインTシャツを扱うグラニフの代表取締役に村田昭彦さんが就任されましたよね。村田さんと言えばベイクルーズなどのEC事業や企業のデジタル推進で結果を出されてきたEC業界の著名人です。
私がアパレルブランドでECの責任者をしていた2012年頃は、アパレルなど実店舗中心の企業にEC出身の役員はほとんどいませんでしたが、いまはEC経験者から執行役員以上の役職に就かれている方が増えていて、さらに村田さんのように社長に就任される方が出てきたというのは夢があります。
従来は営業畑の人や管理部門系の人が社長に就任するケースが多いと思います。いまはマーケティング系の人が社長になる会社もありますが、それでもEC経験者が企業のトップになる例は稀です。村田さんの件は良いニュースですし応援したいですね。
「自分が育つ環境」かどうかを考える
キャリアで考えないといけないのは、ひとりで見渡せる範囲です。私がアパレルにいた2010~13年くらいまでは担当者・責任者としても、すべての領域にタッチせざるを得ない環境でEC運営に当たっていました。
しかし、今のEC事業の環境はほとんどの企業で分業制になっていて、同じ部門内でも他の担当業務のことを知らないということがあります。ある程度の規模であれば、部内でのジョブローテーションがありますが、人数が限られていると業務が滞ることを恐れて担当を固定化してしまう傾向があります。
そうなると、事業全体を良くするための俯瞰した視点を持つ人材を輩出しづらくなると感じます。自分の業務を追求すればするほど専門性は高くなりますが、EC化率10%のさらに小さい点の話しか分からなくなります。これはどんな仕事もそうですが、もっと高い目線で業務を見ていく必要があります。
私も転職の相談を受けることがありますが、「やりたいこと」を見るよりも「自分が育つ環境か」という観点を重視した方がいいと考えています。例えば、経営者がビッグピクチャーを描いていてチャンスをくれそうとか、部分的な仕事を行うEC大手よりも、ハチャメチャだけど関わる領域が多い環境の方がいいと思います。
重要なのは実績、経験、知識、結果までのプロセスを蓄積することです。新型コロナによってECやDX(デジタルトランスフォーメーション)のニーズが高まっている時期だからこそ、変化の大きな企業に飛び込んだ方が、経験が積めると思ってしまいます。
ただし、小売をやったことがない企業が「新規事業としてECを立ち上げます」という案件は危険です(笑)。半年~1年後にはなくなっている場合もあります。実店舗やメーカーで、すでにブランドを持つ企業がもっとECを頑張るために強固な体制にしたいという方が身になる経験ができると思います。
ECの刷新時は意思決定を明確に
私はECこそ熱量が大事だといつも言っていますが、最後にその重要性をもう一度伝えます。ある仕事で基幹システムのリプレイスに関わっていますが、関係する範囲が多く、社内のすべての部門や複数のベンダーがいて、プロジェクトをまとめるのが一苦労です。
これまでEC側の立場で複数ベンダーと関わることがありましたが、その比ではないと感じます。そのときに大事なのは、自分たちのスタンスを明確に伝え、リーダーシップをとることです。
例えば、私がECやアプリなどで仕切る時は、会社としての方向性や何のためにやるのか、どんな構想があるか、事業の目標数値、機能・デザインで大切にしていること、パートナーとして大切にしていることなどを、熱を入れて話すようにしています。
とくに、「我々が言ったことを是として進めるのではなく、プロとしてどうすればよくなるかを忌憚なく言って欲しい」「当社やベンダー同士で滞りがあるなら、担当かどうかに関わらず越境して指摘して欲しい。お見合いは許さない」と伝えます。そうしないと、指示がないと動かない、聞かれない限り譲り合うということが生じてしまうからです。
さらに、現行業務を行いながらの場合はスケジュール管理がおざなりになる場合が多いので「遅れていたら何度でもメールや電話でもアラートを出してください」と伝えます。
DXやOMOという新たなワードが登場してきましたが、会社としての意思決定でデジタル推進を進める企業が増え、基幹システムやECのリプレイスは増えているのではないでしょうか。しかし、会社の上の方から「システムを変えよ」と言われてスタートするのは悲劇です(笑)。
仮に「やって」と言われても、受けた責任者はその意味合いや将来性を理解したり、道筋を作った上で、主体的に社内外を巻き込む必要があります。プロジェクトマネージャーは全社に関係することは上の承認をとり、それ以外は自分たちで意思決定をする必要があります。決定範囲が多いからこそ軸が必要です。軸を持たずにやらされている案件は必ずと言っていいほど成功には向かいません。
ECの仕事に誇りを持って
10年前と比べ、今ははるかにECの事例が増えていて、OMOやDXなど新しいキーワードに対するキーワードを求められ、常に何かを追い続ける必要があります。結果を求められ、その道筋を知りたいからこそ、その手段を求めがちだと感じます。しかし、あなたに合う答えは外にはなく、自分で見つけるしかないのです。
一方で、当たり前にECを使ってきた20代の若い人たちには強い思いや自由なアイデアを持っている人が結構います。例えば、20代中盤でサカゼンのEC責任者をしている村上進平さんのように、私が歩んできた道を高速で歩んでいる若い世代が出てきていて、頼もしくもありとても嬉しく思います。
私は色々な方に支えられ、光を当てて頂きました。そう、ECは事業規模のみで評価されるのではなく、先見性やユニークさで評価される領域です。私はその道を歩んできました。今はさらに、オフラインとの連携やD2Cを含めると活躍の手段がさらに広がっています。
物販EC市場は10兆円を超えましたが、まだ未開拓地がたくさんあります。今あなたが取り組んでいることが他の人に役立つことかもしれません。このチャンスにワクワクしながら、ぜひECの仕事を楽しみ、そこに誇りを持って頂ければ嬉しいです。
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