DXに舵を切るホームセンターのカインズ。サイト内検索精度の向上がアプリの利用に寄与し業務効率を大幅に改善
ホームセンターのカインズがデジタルトランスフォーメーション(DX)に舵を切っている。「ホームセンターからIT小売企業へ」という方針のもと、デジタルとリアルの融合を積極的に進めることで、顧客にとって最も便利な方法でカインズとのつながりを構築してもらうという意図がある。DXを通じたユーザー体験向上施策の一環として着手したのが、アプリによる商品検索。店舗内でアプリを使って目的の商品にたどり着く比率を約40%向上させて、買いやすい売場作りを実現した。また、店舗における従業員の接客時間を約半分に削減し、生まれた時間をお客さまとのより深いコミュニケーションや売場作りに生かす、残業時間の削減につなげるなど業務効率が大幅に改善している。
カインズがDXへシフトする理由、サイト内検索導入によるメリットをカインズの水野圭基氏(マーケティング本部副本部長兼オムニ戦略統括部長)に聞いた。
消費環境の変化、国内の人口減からデジタル化にシフト
創業以来、地方をメインにホームセンターを運営し、店舗数を増やすことで業容を拡大、売り上げを伸ばしてきたカインズ。
2000年代に入るとオリジナル商品を開発、安くて品質が良い商品の品ぞろえを拡充することで成長軌道を維持してきた。しかし、実店舗数は増えつつあるものの、国内の人口減少により他社との出店場所の取り合いが起こり始めた。
ホームセンター自体の市場規模も4兆円前後で推移しており、頭打ち状態が続いている。また、ホームセンターだけではなく異業種を含めた競合企業、ネット専業のEC事業者が台頭してきたことで、顧客の選択肢も大きく広がってきている。従来のように「地域で一番近い便利なところ、品ぞろえが多いところで買う」という時代から、消費者の意識は変化しつつあるのだ。
地方を中心に店舗数を拡大してきた時期を第一創業期、オリジナル商品の開発によって品ぞろえの拡充をすることで成長してきた時期を第二創業期としています。
第三創業期を迎え、人口が減少している日本国内で、現状のままではさらに売り上げを伸ばすことは難しいと考えています。お客さまにとってより便利でくらしを豊かにするサポートができるようになろうと、デジタル化を大きく進めている状況です。(マーケティング本部副本部長兼オムニ戦略統括部長 水野圭基氏)
顧客のライフスタイルに沿った選択肢を用意する
カインズには、「ECでお客さまに商品を買ってもらう」というよりも、「お客さまが最も便利な方法でカインズとつながってもらいたい」という考えが強くある。
来店して広い店内を楽しんでもらう、忙しくなかなか時間が取れない人、働いている人、夕方しか買い物に行けない人はECを活用してもらい、お客さまのライフスタイルに沿った選択肢を用意する。そうした取り組みがお客さまに支持されるのではないかというのがDX化の大きな目的だ。
日本国内の人口減少に伴って労働人口も縮小することが予想されるなかで、業務や作業をできるかぎり削減し効率化を図っていくためには、デジタル化を進めていかなければならないと判断した。
それならば、自社で対応できるチームを構築して、企業としてIT化を掲げようという経緯があります。(水野氏)
当初、店舗アプリはメンバー(従業員)の業務改善用に開発
カインズアプリの位置づけは「お客さまに最も近い顧客接点」だ。PCとスマホを比較すると、スマホの利用率は7~8割となっており、特にアプリはユーザーとの接点を作りやすいツールだと考えていた。
ただ、当初の目的はメンバー(従業員)用の店舗アプリを作ることだった。店舗メンバーの業務の約8割が商品の場所を聞かれることで、その業務改善を目的として開発はスタートした。
アプリ導入当初は「場所を覚えているから使わない」と言われていたが、「担当外の商品を聞かれたときに便利」といった面からメンバーの活用が自然と広がっていった。
実際に店内でアプリを活用するなかで、メンバーから「お客さまがお買い物をもっと快適にしやすくなるような機能を充実した方がいい」という声が寄せられた。
それまでのカインズアプリは会員カードのような立ち位置で、目立ったサービスなどを提供していなかったが、こうしたメンバーの声を受け、2020年に「カインズアプリ」に商品検索機能を実装した。当初は改善点も多く、一筋縄ではいかない状態が続いた。
カインズは、2020年2月に売り場表示、在庫数表示などの機能を導入し、アプリを刷新した。アプリで商品名を検索すると、マイストア(お気に入りした店舗)の店頭在庫を1個単位で表示。商品が店内のどの位置にある棚に陳列されているか案内、店内マップを拡大すると棚番号まで確認できるようにした。
コロナ感染予防により、非接触・非対面で買い物をしたいユーザーや、パーソナライズされた情報が届くなどアプリの便利さを体感したユーザーが増加し、2021年4月にアプリ会員数は200万人を突破している。
ECで15万SKU、1店舗あたり7万~8万点の商品数
アプリは、「使いやすさ」と「探しやすさ」に重点を置いた。UIを常にブラッシュアップし続け、顧客の利便性に合わせていくことを意識。アプリを使った際の商品の見つけやすさ、つまり求めている商品の検索性を重視した。
しかし、カインズの場合、ECサイトで15万SKU、1店舗あたり約7万~8万点の商品がある。リアル店舗での取り扱い商品数が多く、カテゴリーの幅も広いため、商品を見つけにくいことが課題になっていた。
商品1つとってもさまざまな表現や言葉があり、使用する人や場面によっても異なります。そうした状況で、できるだけ素早く商品が探せて、アプリで売場を提示することに機能をつなげられるかということには非常に苦労しました。
アプリをリリースした当初は、お客さまからさまざまなご意見をいただきました。店舗のメンバーからも「検索しても求めている商品が出てこない」と指摘を受けました。膨大な商品数というのが一番の課題となっていました。(水野氏)
課題は、専門的な商品名、類語への自動対応、膨大なデータ量への対応
商品を探す際、1つの商品でも検索キーワードは顧客によって異なる。職人からは業界独自の名称で呼ばれているものもある。
たとえば、ドアを開けた際に取っ手が壁に当たってへこまないように保護する「クッションシート」という丸くて透明なシールがある。店頭では「クッションシート」という商品名で置いているが、一部の職人は「クッションシート」を「涙」と呼んでいる。顧客から「涙はあるか」と聞かれて、従業員がどんなに検索しても「涙」では登録していないため、商品が見つけられない。こうした専門的な商品名や類語への対応が非常に困難となっていた。
それまでは、「表記ゆれ」に加え、新しい表記があると人力で対応してきたが、取扱商品のなかにはロングテールとなっている商品もあるため対応しきれず、ECチームが疲弊する状態に追い込まれていた。こうした状況をふまえ、さまざまな企業に問い合わせを行い、話を聞いて回ったという。
まず重視した点は、ロングテールまで含めたワードの表記ゆれに対応できるかでした。加えて、今後はもっと取り扱い商品数が増えていくと想定していたので、膨大な商品点数に対応できるかどうかも判断基準となりました。システムが重くなったり、スピードが落ちてユーザビリティが悪くなったりなど、あってはならないことに将来的にも対応できるかという点も重視しました。
他にも比較検討しましたが、我々の実現したい機能と費用のバランスが一番良かったのでNTTレゾナント(現在はNTTドコモ)さまの「goo Search Solution」を選びました。(水野氏)
◆カインズが導入した「goo Search Solution」
「goo Search Solution」は、膨大な単語の「表記ゆれ」のパターンを蓄積したデータベースを持つ。25年以上に渡って運営しているポータルサイト「goo」で収集した検索履歴から、膨大な量の「表記ゆれ」のパターンを蓄積し、いわゆる“表記ゆれの辞書”をEC事業者に提供している。
手間をかけずに、効率的に「表記ゆれ」に対応し改善できるECサイトの検索サービスとして評価されており、コープデリ生活協同組合連合会、トイザらス、アスクル、ふるさとチョイス、SHIPS、オンワード・マルシェなどが導入。コンバージョン率アップ、業務効率化につなげている。
また、「goo Search Solution」の大きな特徴の1つとして、人工知能(AI)が検索ログから学習して検索結果を自動で最適化する機能がある。ユーザーが入力した検索クエリやクリックした項目、購入まで至っているか否かといった情報をベースに、検索エンジンが最適な検索結果をキーワードごとに学習し、表示順位を毎日最適化。手間をかけずに、最適な検索結果をユーザーへ表示する。またこのAI技術は“表記ゆれ辞書”の自動生成にも活用されており、ログ情報から自動で辞書生成も行っている。
EC事業者は検索エンジンの表示結果をメンテナンスしなくても、ユーザーが最も購買に結びつきやすい検索結果を自動で生成するため、運用負荷が軽減される。
商品検索における商品到達率は40%向上
「goo Search Solution」導入以前は、メンバーが本業と兼務しながら類語辞書のようなものを手作りしていた。人手による対応だったため、年間で2000語~3000語ほどしか対応できていなかった。
平仮名と片仮名の併記、PCを「パソコン」に修正するなど、さまざまな「表記ゆれ」を手作業で対応していたが、「goo Search Solution」の導入ですべて開放された。現在は、一部自動化が難しいものだけ手動で入力している状況だ。
店舗メンバーからは「検索精度がとても向上した」という声が寄せられている。その結果は数字上にも表れており、アプリ内で商品を検索した時の商品単品への到達率が40%ほど向上した。「goo Search Solution」導入前は、検索結果でヒットする商品数がゼロということが多く、アプリによる商品検索はあまり利用されていないのが実情だった。
検索精度の向上により、お客さまから「あの商品はどこにありますか?」と聞かれるケースが減少し、店舗メンバーの業務改善につながりました。
従来の負担が減少したことによって来店されたお客さまとのより深いコミュニケーションや売場作りなどにより時間を割くことができるようになり、残業時間の削減にもつながっていいます。(水野氏)
アプリによる商品検索精度の向上に伴い、メンバーからの評価も高くなった。「これができなかったよ」「この言葉が出てこなかった」といった意見も寄せられているが、それを日々改善しているため、改善スピードの速さが目に見えて向上している。
このほか「アプリにこんな機能があるといい」といった前向きな意見も寄せられるようになった。アプリ導入から3年間の成果が、良い方向に動き始めている。
店舗ならではの棚割は究極のレコメンドエンジン、ロングテールの重要性を認識
サイト内検索の重要性について、カインズは店舗運営ならではの見解を示している。店舗内に陳列している商品は棚に並んでいるが、その棚には1つひとつ「棚割」という仕組みが入っているという。
「この商品は一緒に並べる」「用途の違いで分ける」「似たような商品で価格違いのもの」など、棚割の位置によって商品を見つけやすくなるよう工夫している。
塗料売場を例にあげると、青の塗料はブルー、スカイブルー、ダークブルーなど、複数の色が綺麗にグラデーションで並んでいたりします。しかし、ウェブ上で「ブルー」と検索すると青1色しか出てきません。ブルーのちょっとした違いを、パッと見てすぐに選べる店舗の検索は便利で、「棚割」というのは究極のレコメンドエンジンでもあります。
検索とは「売場が見つけやすい、探しやすい」ということ。ECサイトやデジタルでも「棚割」をしっかり表現していきたい、引き継いでいきたいという考えから、検索精度の向上を重要な取り組みとして位置づけて進めています。(水野氏)
商品マスターを整備、細かいパーツも検索できるよう精度を高めていく
商品の検索精度向上に伴い、プロ職人向けの商品を徐々に増やし、取り扱いを強化している。店舗には置いていない商品でも取り寄せ機能を活用することで、職人などのプロの顧客が「別々の店で購入するのは手間がかかる」と思い、カインズでまとめ買いをすることが少しずつ増えているという。
カインズは店舗で取り寄せ商品の注文を受け付けている。たとえば「水筒のなかのパッキンを1つください」と言われた場合、水筒の型番を聞き、それをメーカーに確認し、該当のパッキンを1つ取り寄せて数百円で販売するといったことも行っている。
こうした取り寄せ注文のニーズは高く、今後もカバーしていく必要があります。お客さまのニーズで取り寄せた商品をまとめたマスターを作成し、整備していかないと、検索にも最適な形で生かすことができないと考えています。(水野氏)
現在、ECサイトで販売するために必要な情報の入力は人力で行っているが、マスターへの登録は通常商品だけでも膨大な数になる。そこにキャッチコピーなどの情報を加味し始めると、さらに膨大なデータ量になる。こうした状況に対応するためソリューション企業の支援を受け、協議しながら進めているという。
お客さまご自身が持っている水筒を探すと、対応する替えのパッキンも一緒に表示するような見せ方にしたいと考えています。商品には大体パーツリストが付いているので、そのパーツの分解図・構成図などをしっかりとマスター化して、検索にヒットするようにデータもきちんと整備し、パーツも品ぞろえとして増やしていく予定です。(水野氏)
実店舗と同じようにストレスなく商品が探せるようにしたい
今後注力したい取り組みについて、水野氏は「すべてのハブとなるような検索エンジンをめざしたい」と話す。
カインズをご利用されるお客さまの目的はさまざまですが、必要な商品を探したいときに検索に時間がかかってしまうと、購買意欲の低下につながってしまうと感じています。
煩わしさを解消することでストレスフリーな買い物をして、生活がより豊かになるような発見をしていただきたいと思っています。そのためには日々機能を改善し、もっとカインズを便利に楽しんでいただけるように検索精度を向上していきます。(水野氏)