藤田遥 8:00

電通デジタルが2024年9月から本格的に始動したプロジェクト「Commerce AI Lab.(コマースエーアイラボ)」。AIを活用したEC事業者の業務効率化やサポート、顧客1人ひとりに最適な購買体験の創出と新たな価値創造を目的としている。ECでのAI活用に注目が集まるなか、電通デジタルはどのような取り組みを進めているのか。プロジェクト担当者に施策内容や今後の展望を取材した。(人物写真および部署名・役職名は、2024年9月25日に実施した「コマース支援事業におけるAI活用プロジェクトに関する説明会」時点)

電通デジタルが持つ「企画実装力」「グループシナジー」「多様な経験を持つメンバー」を生かす

電通デジタルでは、実店舗とECを統合した企業のコマース全体の戦略設計、制作、運用や、購買データを活用した顧客体験の向上を支援している。また、AI事業ではクライアント企業のマーケティング戦略において、AIを活用して売り上げや顧客エンゲージメント向上、ロイヤルティ強化を支援するソリューションブランド「∞AI(ムゲンエーアイ)」などを提供する。

「Commerce AI Lab.」はこれらの強みを掛け合わせた複数の取り組みを通じて、EC担当者の業務を効率的かつ迅速なサポート、顧客1人ひとりに沿った最適な購買体験の創出、新たな価値創造の提供を目的とするプロジェクト。電通デジタルの永山悟氏(電通デジタル コマースマーケティング部門 部門長)はこのプロジェクト発足について次のように話す。

AI活用がゴールではない。事業においてAIを活用することで、顧客にどのような体験価値を提供できるか、EC担当者にとってより有益な活用ができているかを電通デジタルのメンバーが考えていく。これによって「社会に新しい価値を実装していく」というスタンスでこのプロジェクトを発足した。(永山氏)

電通デジタル コマースマーケティング部門 部門長の永山悟氏
電通デジタル コマースマーケティング部門 部門長の永山悟氏

プロジェクト実現に向けて、電通デジタルが持つ3つの強みを生かしている。

1つ目は「購買起点のCXの企画実装力」。近年、購買のデジタル化が進み、実店舗、自社EC、モールECそれぞれに関するデータを収集できるようになり、「どのようなユーザーが購買してくれたのか」「なぜ購入してくれたのか」「顧客にとって商品はどのような価値を持っているのか」といったことを可視化できるようになった。

ユーザー像が見えてくることで、「類似するユーザーにとっても、事業者の商品・サービスに価値があるのではないか」と推測することが可能。こうしたデータ活用・分析から生活者考察、施策企画などを行い、購買を起点としたエクスペリエンス向上につなげられるという。

電通デジタルの強み①「購買起点のCXの企画実装力」
電通デジタルの強み①「購買起点のCXの企画実装力」

2つ目が「グループシナジー」。電通デジタルはモールEC活用、リテールメディア活用、D2Cビジネス支援など多くのサービスを提供している。一方で「不足しているサービスもある」(永山氏)。その際、国内だけで約150社ある電通グループ企業が提供するサービスをプロジェクト単位で連結することで、クライアント企業に適したサービス構築につなげていくという。

そして、3つ目が「多様な経験を持つメンバー」の存在だ。電通デジタルには中途入社社員が多く、コマース領域においては前職がプラットフォーマー、リテール、大手メーカーの営業担当など多様な出自、経験を持つ社員が在籍。こうしたさまざまな社員の経験を生かしたサービスを提供しているる

「対話型コマース」「商品DNA作成」「AIペルソナ作成」「対話型レビュー生成」の4サービスを提供

プロジェクトを通じて提供している主なサービスは4つ。それぞれの特長や事例について見ていく。

ユーザーの潜在欲求を引き出し「欲しい」を作り出す「対話型コマース」

「対話型コマース」は、ユーザーの「さまざまなECサイトがあって、自分が本当に欲しい商品を見つけられない」、事業者の「ユーザーサポートを手厚くしたいが、どうしても人員を増やせない」「深夜は対応できない」といったそれぞれの課題解決につながるアクションを提供する。

事例の1つである、アートネイチャーと電通デジタルが共同で運営している男性向けの毛髪のお悩み相談AIボット「HAIRの部屋」では、「AIに相談する」ボタンを押すと、ユーザーのさまざまな悩みにAIが回答する。

電通デジタルがアートネイチャーと共同運営している「HAIRの部屋」
アートネイチャーと共同運営している「HAIRの部屋」(画像はアートネイチャーのサイトからキャプチャ)

AIがアートネイチャーのさまざまな記事やナレッジを学習しており、悩みへの回答だけでなく、お薦めシャンプーの提案、プロによる無料の頭皮診断などによる店舗への誘導も実施している。

「HAIRの部屋」におけるAIへの相談と回答事例
AIへの相談と回答事例

サービスを通じて、ユーザーの潜在欲求を引き出し「欲しい」の創出につなげている。リアルでは相談しにくいような悩みでも、「AIには話しやすい」ところがポイント。(電通デジタル データ&AI部門 プロダクトマネジメント事業部 地元昇太氏)

電通デジタル データ&AI部門 プロダクトマネジメント事業部の地元昇太氏
電通デジタル データ&AI部門 プロダクトマネジメント事業部の地元昇太氏

商品の基本情報、レビュー・クチコミなどからタグづけし、レコメンドに活用する「商品DNA作成」

前述した「対話型コマース」において、ユーザーへの商品レコメンドで機能しているのが「商品DNA作成」。商品の基本情報や画像、ユーザーからのレビュー・クチコミから商品の特長を抽出し、商品DNAのように細分化しタグ付けする。

たとえば、ユーザーが春夏用のゴルフウェアを探している場合。ユーザーから「ブランドロゴが目立ちすぎない」「接待ゴルフで着用する」「すごく汗をかく」という詳細なニーズが得られた際に、従来であれば通常の商品情報だけでは提案が難しかった商品でも、商品DNAがあることで細かいニーズに対応した商品をレコメンドできるという。

「商品DNA作成」を活用することで、ユーザーの細かなニーズに対応した商品をレコメンド可能に
「商品DNA作成」を活用することで、ユーザーの細かなニーズに対応した商品をレコメンド可能に

商品の解像度を高めて、高いレコメンド精度を実現できる点がポイントだ。(地元氏)

戦略策定時に活用できる「AIペルソナ作成」

「AIペルソナ作成」では、電通が年に数回実施している大規模調査のデータをAIに学習させ、それを基にペルソナを作成する。マーケティング戦略における初手の段階で、戦略立案・商品企画時に活用するケースが多いという。

ペルソナ作成だけではなく、ペルソナの情報を反映したAIボットを作成することも可能。作成したAIボットに対して、人間にインタビューするのと同じようにデプスインタビューを実施できる。「大規模な調査データをAIでペルソナ化でき、実調査を実施するよりも短期間かつ低コストでのアイディエーションが可能なことが強みだ」(地元氏)

AIボットとのインタビュー例。電通デジタルがAIボットの回答を大規模調査結果と照らし合わせたところ、調査データの内容が反映されており、データ的なエビデンスも得られている
AIボットとのインタビュー例。電通デジタルがAIボットの回答を大規模調査結果と照らし合わせたところ、調査データの内容が反映されており、データ的なエビデンスも得られている

「AIペルソナ作成」を活用している企業の規模や業態はさまざまだが、「ECでは、たとえばSKUが多い企業だと商品数が多いため、調査にかかる時間や手間、コストが大きくなる。そういった企業の方が有用に活用できるケースが多い」(永山氏)と話す。

AIによるインタビュー形式でレビューを作成する「対話型レビュー生成」

「対話型レビュー生成」はAIがユーザーの代わりにレビューを作成する機能だ。AIが商品購入後のユーザーに「商品の使い心地はどうだったか」などのインタビューを実施。それに対してユーザーが「ここが良かった」「この点はいまいちだった」と回答していくことで、AIが「このユーザーはポジティブな感想をこういった点に持っている。この点がネガティブだった」とポジティブ・ネガティブを判断し、両面からのレビューを生成する。生成したレビューはユーザーが「投稿してOK」という状態になると投稿される仕組みだ。

「対話型レビュー生成」を活用したレビュー作成の流れ
「対話型レビュー生成」を活用したレビュー作成の流れ

ECサイトにとってレビューは非常に重要だが、現状のレビュー投稿について永山氏は「レビュー投稿を購買者側に依存しすぎだと思っている」と言う。

「レビューを書くことが手間」だと感じている人や、文章力含めてさまざまな人がいるので、お願いしているだけではなかなかレビューが集まらないと思う。ポジティブ・ネガティブの両面からユーザーの意見を引き出すので、「絶賛だけ」というモノにはならない。

商品購入時、「本当にこれで良かったのか」と少し思う瞬間があると思う。「これで自分は最適な選択をしたんだろうか」と思った際、「なぜこの商品を選んだのか」を聞いてあげることで、実はユーザーのインサイトを確実に引き出したレビューを書いてくれることにつながるのではないだろうか。(永山氏)

地元氏は、ゴルフダイジェスト・オンラインが以前にPOCで実施したゴルフラウンド後のレビュー収集の取り組みを例にあげた。ゴルフダイジェスト・オンラインのサイトでゴルフ場を予約し、プレーしたユーザーに対してAIが感想を聞き出すという取り組みだ。

会話を続けるにつれてさまざまな感想を引き出すことができた。この結果から、たとえば「スコアが悪かったのは道具のせいだ」と言うユーザーに対しては「では、パターの調子が悪いときはこのパターはいかがでしょうか」といった商品レコメンドやECサイトとの接点作りにもつなげられる。ユーザーが話したくなるモーメントを捉えて、書くような動機づけをさせてあげられるかが大事だと思う。(地元氏)

AI活用でECサイトが「検討する場所」になる

AIを活用したEコマースの支援事業を推進する電通デジタル。今後、AI活用でEコマースはどのように変化していくのか、またどのように活用されていくと考えているのだろうか。これに対し永山氏は「ECの存在自体が変わる」と話す。

今のECは「買う場所」であって「検討する場所」にはなっていない。会話によって「実はこんなものもある」ということは自分から能動的に進めなければ見つからないのが現状。この先対話型のECが進むことでECが「欲しいものを見付ける場所」になるのではないか。(永山氏)

2024年はAIを活用した事例も増えてきており、今後、世の中の人々のAIに対する意識や活用のハードルも下がっていくと思う。そうなると日常におけるさまざまな場面や接点でAIが当たり前に活用されていくような未来も近いのではないだろうか。(地元氏)

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