中国EC市場のいま――「モノよりもコト」「量より質」を求める“ニューリテール”時代の最新買い物事情
越境取引などECを通じた消費が話題になっている中国。この20年間でECが小売市場のシェアを徐々に奪っている環境下、中国小売市場では「新消費のアップグレード」というワードが飛び交っています。これは「消費構造のアップグレード」を意味し、消費は「量」から「質」の重視、「モノ商品」から「サービス商品」へ変化している状況を表しているのです。
中国の新たな消費行動を指す「消費のアップグレード」について、その背景、それによって現われた小売企業の「ニューリテール戦略」などについて説明していきます。
中国の「消費のアップグレード」とは?
2016年の中国におけるオンラインリテール取引額は4.97兆元(日本円で79兆5200億円、2016年の平均為替レート1元=16円で算出)で、ECは中国の小売市場の14.95%を占めています。
中国EC業界では大手企業による寡占化が進み、9割のEC企業は依然として苦戦しています。アリババグループと京東商城(JD.com)がEC市場をほぼ独占。アリババグループは2016年度に社員3.6万人を抱える規模にまで成長し、427億元の純利益を計上しています。
中国のEC市場は日本と同様、成熟期に入りました。大手ECプラットフォームは優位性を維持し、主要ECプラットフォームの市場シェアは安定的に推移しています。主要プラットフォーム以外を通じた小売市場への新規参入は、企業にとって大きな挑戦となります。
こうした環境下で話題となっている「消費のアップグレード」。消費行動が大きく変わってきた背景には何があるのでしょうか。4つの側面から見ていきます。
① 中国政府の計画
2016年3月に全人民代で発表された「第13次5か年計画」のこと。サービス消費の規模の拡大に重点を置き、消費構造の最適化を促進。情報やファッション、品質などを重視した消費モデルの普及に注力し、オンラインとオフラインの連携で新型消費モデルの成長を促進するといった計画です。
② 経済の成長
人口が集中する都市化の割合は年々増加しており、2016年の中国の都市化率は57.4%に達しました。1人当たりの可処分所得は、GDP成長率を上回る早さで年々上昇しています。2016年の全国民の1人当たりの可処分所得は前年比8.2%増の23,821元に達し、同年のGDP成長率6.7%を上回りました。
③ 人口構造の変化
上位中産階級と富裕層は拡大し続け、新世代と言われる80後(1980年代生まれ)、90後(1990年代生まれ)、00後(2000年代生まれ)が消費拡大の原動力になっています。
④ テクノロジーの発展
モバイル端末の普及とテクノロジーの進化、消費者ニーズのニッチ化と個性化が進み、ビジネスモデルが従来の「プロダクトアウト」(作ったものをいかに売るか)から、「マーケットイン」(顧客が求めているものを理解し提供する)へと転換しています。
中国の小売市場では、EC事業に携わっている企業は新たな挑戦が必要となってきているのです。「消費のアップグレード」へと消費が変化し、中国の消費者市場は今、前例のない歴史的変革期を迎えているのです。
このような変化に対応するため、アリババグループは2016年、オンラインとオフラインの融合をめざすO2O戦略「ニューリテール戦略」を、アリババ雲栖(ウィンチィ)大会(The Computing Conference)で発表しました。アリババグループの馬 雲(ジャック・マー)会長は、その席で次のようにコメントしました。
オンラインビジネスは今後10年から20年でなくなり、オンラインとオフラインの融合のニューリテールが誕生する。
そして、アリババグループは次々と新しい取り組みを試みています。
ECプラットフォーム、EC企業、筆者が所属するトランスコスモスチャイナのような中国国内のECサービス代行企業も、「ニューリテール」を模索している状況なのです。
「ニューリテール」の実現に踏み出したアリババ
最近、友達の誘いである生鮮スーパーに食事へ行きました。「スーパーで食事?食事はレストランでしょ?」。そう思いませんか? ちょっと驚きませんか? そう、その生鮮スーパーでは、食事もできる場を提供しているんです。
この取り組みをスタートしたのがアリババグループの生鮮スーパー「盒馬鮮生」(ファーマーションシェン)。中国で大きな人気を集めています。それでは、アリババグループが手がける「ニューリテール戦略」の新しい試みを見ていきます。
アリババの「ニューリテール戦略」を実践する「盒馬鮮生」
2017年、アリババグループは生鮮ECスーパー「盒馬鮮生」を立ち上げました。「盒馬鮮生」は単なるスーパーではありません。たくさんの商品を購入できるだけではなく、オフラインで商品を買うと、その場で料理を作り、食べることができる場を提供しています。
決済は「盒馬鮮生」のアプリを利用し、専用の機械(下画像)を用いたセルフレジ形式で会計します。もちろん、現金しか持っていない消費者向けに、「現金による決済」サービスも提供しています。
「盒馬鮮生」の実店舗に出向かなくても、「盒馬鮮生」のアプリを利用すれば、オンラインで注文することもできます。スピード配送が最大の特徴で、半径3キロ以内なら、30分で商品が届きます。
オフラインとオンラインを融合した「盒馬鮮生」は、アリババの「ニューリテール戦略」の中核となっています。
実は、ジャック・マー氏が「ニューリテール」というコンセプトを提言してから、「ニューリテールとは一体どのようなものなのか」「将来どのような方向をめざすのか」と、業界全体で熱い議論が交わされています。
「盒馬鮮生」は「ニューリテール」を実現するための第一歩の取り組みで、今後さらに発展していくと言えるでしょう。
「ニューリテール」がもたらす変化、価値、求められる企業活動
次に、「ニューリテール」とそれがもたらす価値や機会について説明します。
① EC業界の低利益構造を変える戦略が「ニューリテール」
「ニューリテール」はオンラインとオフラインの融合をめざしていますが、その実現にはビッグデータ、OtoO、サービス連動、パーソナル体験などがキーワードとなっていきます。
オンラインで得た消費データ(ビッグデータ)を分析することで、企業は消費者像をより深くイメージすることができます。この地域ではどういった商品が売れているのかといったデータを細かく解析。実店舗のオーナー属性、従業員数、店舗面積、投資可能性などを検討し、店舗で実現できる最適なサービスを提供していきます。
オフライン戦略を進めている企業は、消費者にサービスや商品の体験、アフターサービス、SNSへの投稿サポートなどを提供することで、オンラインでの販売を促進し、オンラインとオフラインの融合による相乗効果を図っています。
② 「価格重視型の購買行動」の時代が間もなく終息
消費者心理には主に4つの変化があります。
- 多くの人が利用するブランドから、自己を表現できる個性的なブランドを求める傾向へ
- 生活の品質向上に焦点が移り、幸福感を追い求めるようになっている
- 利便性を追求し、“時間を買う”ためにお金を費やすようになっている
- 第3者評価システムが継続的に改善され、購買の意思決定が多様化。KOL(キーオピニオンリーダー)の影響力が拡大し続けている(消費者心理と消費動向の変化は、ソーシャルメディアを利用する主要ユーザーがその心理や変化を代表する存在となっています。それがKOLなのです)
- 消費者はカスタマイズされたモノやサービスなど、パーソナライズ化を求めるようになった
消費者心理の変化に伴い、消費者は商品の品質と口コミを重視する傾向が強まり、新しいブランドを試しては受け入れる意欲が高まっています。
③ モノもコトも求められるのは高品質
中国の消費市場は「マーケットイン」に移り変わり、企業が提供するモノやサービスは、顧客消費体験に重点を置き、製品とサービス体系を再構築する取り組みが進んでいます。
企業は消費者心理をきちんと把握し、オンラインとオフラインを融合したマーケティング手法を利用することが重要になります。そして、高品質な商品やサービスを提供し消費者ニーズに応えていかなければならないのです。
【事例】靴老舗ブランド「Belle」が提供する3D計測サービス
中国の靴老舗ブランド「Belle」は3D計測機器を活用し、オフラインにて試着データ(足サイズの3D計測データ)を集め、オンライン販売の参考データとして提供しています。もちろん、売上UPに役立てているんです。
3D計測機器は、裸足のまま台の上に立つと、数十秒で足の3Dスキャンデータを保存し、測定を完了します。足のサイズ、幅、高さ、左右差、土踏まずの高さなど、四方八方から足の特長を映し出します。
【事例】無印良品のニューリテール戦略「MUJI HOTEL」
2018年1月18日、良品計画は中国関東省深セン市に初の「MUJI HOTEL」を開業しました。ホテルには、旅に必要なアイテムはもちろん、大型家具や収納用品、食品、服飾雑貨、化粧品など、暮らしに役立つ道具がそろっています。
顧客は滞在中、商品を体験しながら「MUJI」の商品を理解することができます。ホテル、レストラン、売り場を融合した「ニューリテール戦略」の新しい試みとして、注目を集めています。
なぜ「Belle」や「MUJI」のような企業がオフラインサービスの革新を進めているのでしょうか? オフラインで顧客体験の向上を支援することで、ブランドの好感度アップ、顧客ロイヤリティの向上、オンラインでの販売促進による売上拡大に貢献できると考えているからです。
④ チャネルの統合、パーソナライズ化がもたらす影響
消費者ニーズのニッチ化、パーソナライズ化に伴い、消費者が要求するレベルは上がっています。そのため、インターネット企業は、既存の業務プロセス、サプライチェーン、マーケティング手法、販売チャネル、CRMデータなどを再統合する必要が出てきています。
タオバオは2016年、消費者へ「カスタマイズされた個別画面」というサービスの提供を開始しました。訪問客に対して、パーソナライズ化した画面を表示するもので、新規顧客なのか、リピーターなのかを、検索履歴、購入履歴、クリックの順序と回数、年齢といったデータ分析によって判別しています。このパーソナライズ化施策によって消費者がページを開いたとき、目に入る画面が訪問者ごとに異なる設計となっています。
⑤ 消費シーンのカバレッジ
消費シーンについて、ビッグデータに基づいて多くの分析と最適化を行うことができるようになります。ユーザーの多様なニーズ、オムニチャネル消費の全面的なカバー、データの常時可視化が実現できます。
各業界、各メーカーの間で、「ニューリテール」におけるビッグデータを巡る競争が展開されるでしょう。この動きに先んじたブランドや企業が、市場シェアと消費者のロイヤルティを獲得することになると予想されています。
企業は、「ニューリテールモデル」による消費の変化を意識すると同時にビッグデータ、クラウドコンピューティング、IoTなどのインターネット技術の中核には、モノやサービスがあることを頭の中に入れなければなりません。
中国の小売市場、EC市場は劇的な変化のまっただ中。中国進出、中国向け越境ECに着目する企業は、中国市場の変化を理解・把握しながら、企業活動を行っていく必要があります。
たとえば、トランスコスモスチャイナではサービスの発展や革新に努めることはもちろん。「技術力」をいかした優良な商品・サービスを提供するグローバルECワンストップサービスなどを通じて、サポート先企業が中国の消費環境に対応できるようにしています。
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インプレスは、越境ECや海外向けEC、海外進出に役立つ、世界30の国・地域のECデータをまとめた『海外ECハンドブック2022』(著者はトランスコスモス)を発刊。「世界のEC市場規模予測」「地域別EC市場データ」「越境EC市場規模およびEC利用者の推移」「EC市場データランキング」などを詳しくまとめています。
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[主要30の国・地域のEC市場概況]
- 世界のEC市場規模予測
- 地域別EC市場データ
- 30の国・地域のEC市場ポテンシャル
- 越境EC市場規模およびEC利用者の推移
- 国別EC市場規模ランキング
- 世界8都市のEC利用動向
- EC市場データランキング(TOP10)
- 各国のEC市場環境比較表2021年
などを掲載。アジア太平洋、北米、中南米、欧州、中東・アフリカなど、主要30の国・地域について、各国のEC市場環境比較表などを掲載しています。
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