自社ECの「竹虎」が有名店になった裏側――「竹虎」が実践してきたこと&レジェンド岸本社長との出会い
「ECサイトの開設から3年間で売り上げは300円だった」――。メディア露出450回以上、ユニクロとの商品共同企画、「イーコマース事業協会エビス大賞」(一般社団法人イーコマース事業協会主催)などのアワードを多数受賞。さまざまな実績を残している有力ECサイト「竹虎」(運営は竹虎株式会社山岸竹材店)も、苦難に直面していた時期があった。本社を置くのは自然豊かな高知県須崎市。創業1894年の地方竹材店がいかに有名店舗に上り詰めたのか。山岸義浩社長に成功の要因、そのきっかけを作ってくれたEC業界のレジェンドと言われる岸本栄司氏との出会い、自社ECサイトを伸ばす秘訣などを取材した。
テクニックよりも重要なこと、それは良いサイトを参考にすること
竹虎株式会社山岸竹材店の創業は明治27年。高知県須崎市安和だけに分布する茶褐色の虎のような斑紋が入った竹「虎斑竹」(とらふたけ)を使い、「竹のある生活」を提案する老舗竹材店である。
高知県須崎市安和にしか生育せず、日本で唯一、この地域だけでしか採ることができない 「虎斑竹」。今では竹虎株式会社山岸竹材店に所属する職人の手で、文具、キッチン道具、小物、インテリアなどさまざまな商品を製作している。
ECを始めたのは4代目の山岸社長。希少価値が高いという「虎斑竹」製品を全国に広めるため、EC事業をスタートした。
ユニクロとの商品共同企画を2008年に実施、数々のアワードを受賞するなど、「竹虎」は全国的に知られる有名なEC実施企業だが、「苦難の時期もあった」(山岸社長)という。
1997年のECサイト開設から2000年までの3年間で売り上げたのは、竹の和紙でつくったレターセットの1商品(300円)のみ。当時、常務として1人でEC事業に挑戦していた山岸社長は、閑古鳥が鳴いていたのは「虎斑竹」の“価値”を上手に伝えることができなかったことが原因と振り返る。
ECの黎明(れいめい)期であり、高知県須崎市安和という地方。周囲には相談できる相手は誰もいない。今では当たり前だが、「セミナーのために都会に行くなんてとんでもない話だった」(山岸社長)。試行錯誤を繰り返した3年間。だがその後、転換期を迎えた。
1995年にECをスタートし、EC業界の“レジェント”とも言われるTシャツ通販のイージー・岸本栄司社長との出会いだ。高知県で開かれたECの勉強会に講師として招かれた岸本社長に、山岸社長はこう問いただされたという。
あなたはネットで買い物をしますか?
山岸社長は答えに窮した。それはなぜか? 山岸社長は自社ECサイトを伸ばすためのテクニックばかりに目を奪われ、他のECサイトで商品を買ったことがなかったのだ。
売り上げを伸ばしてファンをつかんでいくためには、検索順位を上げるためのSEO対策などに代表される“テクニック論”よりも大切なことがあることに気付いた。(山岸社長)
こう振り返る山岸社長が最重要視して実践することに決めたのが、他のECサイトで自ら買い物をしてみて良かった面を取り入れるということ。その中で、特に心がけて実践してきたのが、「シンプルなサイト作り」「尊敬する人などに勧められたものは使ってみる」「情報発信」だ。
ECサイトはシンプルなUIにして買い物のしやすさを追求
スマホ向けECで電話番号を案内
たとえば「竹虎」のスマホ向けECサイト。PC向けECサイトのヘッダー部分は「虎斑竹」「創業124年」「竹材専業メーカー」といった店舗の特色を前面に打ち出しているが、スマホ向けECサイトは大きく異なる。
スマホ向けECサイトにアクセスすると、ヘッダー部分に掲載されているのは「電話はこちら」という案内文。この文をタップすると、アコーディオンメニューが開いて電話番号が表示される。こうしたUI設計を施した理由を尋ねると、「迷ったらすぐ電話できるようにした。電話は転換率が高い」と山岸社長は言う。
「竹虎」で扱っている虎斑竹製品は、高品質に見合った価格帯の製品が少なくない。たとえば、虎竹ペンは10万円(税別)、45万円(税別)もする虎竹テーブルなどもある。高価格帯になればなるほど、製品の細かいところまで気になるのがユーザーの買い物心理。スマホでアクセスしてきたユーザーが手軽に問い合わせできるようにしているのだ。
電話による注文が増えたことで想定外の効果も。「お客さまと話をする機会が増えたことで、社員が喜ぶことが増えた。社内が賑やかにもなった」(山岸社長)。
ちなみに、フリーダイヤルにしていないのは、「お金を負担してでも、実際に手に取ってみてわかるような情報がほしいと思う人に電話をかけてきてほしいから」と山岸社長は言う。
「Amazon Pay」で決済の使いやすさを拡充
ユーザーが買い物しやすい仕組みを作るため、決済手段を拡充したのは2016年。Amazonアカウントを利用して、購入時の配送先・クレジットカード情報の入力をすることなくAmazon以外のECサイトでログインや決済を行える決済サービス「Amazon Pay」を導入した。
山岸社長が「Amazon Pay」を導入した経緯は面白い。
「Amazon Pay」を導入する多くの企業は、
- 個人情報(名前、配送先、クレジットカード情報)は入力不要、最短2クリックで買い物が完了できる
- 会員登録しなくても、Amazonアカウントを利用して決済が可能。自社ECサイトごとに必要だったIDやパスワードの管理が不要
- Amazonのセキュリティシステムでカード情報が管理されるため、安心・安全な決済環境が提供できる
といったユーザーメリットを消費者に提供することで、自社ECサイトの「カゴ落ち改善」「新規会員の獲得」「売上アップ」などへの効果を期待している。
だが、山岸社長は違った。尊敬するEC業界のレジェントである岸本社長から「自社ECサイトを運営しているなら、『Amazon Pay』は導入した方がいい」と提案されたから。山岸社長はこう振り返る。「岸本社長がオススメするので、それは導入すべき、なんだろうと」。
レジェンド岸本「自社ECサイトを運営しているならAmazon Pay導入は必須」
ここで、山岸社長に「Amazon Pay」を勧めたイージー・岸本社長について触れてみたい。山岸社長が師匠とあがめる岸本社長が運営するTシャツのECサイト「京都EASY」は1995年にオープン。モールに出店することなく23年間、独自ドメインのみで展開している。
そのため、岸本社長は独自ドメインのECサイトの限界も感じていた。それは、コンバージョンに直結する「安心感の不足」「個人情報やクレジットカード情報の入力の手間」などだ。
僕が「Amazon Pay」を導入したのは2015年9月。特に新規アクセスからカートに商品を入れた後のお買い上げに至るまでのプロセスで、「Amazon Pay」は“水戸黄門の印籠”のような安心感をお客さまに与えることができコンバージョン率のアップに必ずつながると、得た事前情報から確信しました。いち早く導入すべきサービスだと思ったので、「Amazon Pay」の提供が始まるというリリースを見て、早々に実装の準備を進めました。そして、2015年9月に新しい決済手段として消費者に「Amazon Pay」を公開しました。(岸本社長)
岸本社長は「Amazon Pay」の「安心感」をこう強調し、次のような導入メリットもあげた。
- 4%の決済手数料以外、コストがかからない
※ECプラットフォームによっては別途月額利用料が発生
※デジタルコンテンツの販売は4.5%の決済手数料 - Amazonアカウントを利用して、購入時の配送先・クレジットカード情報の入力をすることなくAmazon以外のECサイト等でログインや決済を行うことができる
- お客様の抱える個人情報の入力への心理的負担が軽減されることで、コンバージョン率アップが期待される
- 入金サイクルが自由に設定できる
※初期設定では14日、最短1日から自由に設定可能 - クレジットカード決済で利用している決済代行よりも早期入金が可能なので、中小企業にとって資金繰りがしやすい
※ECプラットフォームによっては入金サイクルが異なる場合がある
「Amazon Pay」導入後、「京都EASY」の決済の利用率(件数ベース)に大きな変化が起きた。導入以前は「クレジットカード」「銀行振込」「代引き」を決済手段として提供しており、2015年8月度のクレジットカード決済利用比率は43%、代引きが56%だった。それが3年超で大きく変わる。
2018年6月度の決済利用率
- Amazon Pay :33.8%
- クレジットカード :25.4%
- 代引き :39.5%
- その他:1.3%
「京都EASY」では代引き手数料を自社で負担しているため、ユーザーから見ると実質0円で利用できる。そのため、他社よりも利用率が多いものの、全体に占める代引きの割合は大きく減り、一方で「Amazon Pay」が約3割も占めている。岸本社長はこう説明する。
決済全体に占める各決済手段の割合は、月次平均で、クレジットカードが25%、Amazon Payが34%、代引きが40%といった状況。これは、「Amazon Pay」のお客さまからの信頼度を反映しているような結果ですよね。「Amazon Pay」の導入は、自社ECサイトの利便性が高くなるとかいったレベルでない。安心感、資金繰りなどさまざまな効果がある。自社ECサイトを運営しているなら導入は必須。導入しない理由はなにもないですよ。(岸本社長)
だからこそ、岸本社長は自社ECサイトで独自の世界観を持つ「竹虎」を運営する山岸社長に、「(Amazon Payの導入を)やらなアカンで! 絶対にすぐやるべき! 今すぐやりなはれ!」と声をかけたのだという。
実は不安があった「Amazon Pay」の導入、だがその効果に驚き
「竹虎」という自社ECサイトの有名店でも知らなかった「Amazon Pay」の効果や仕組み。実は、「田舎の人間は、都会の人を信用しない。たとえば、詐欺に遭うとか。警戒してしまう。実は……『Amazon Pay』も、Amazonが購入情報などを取得するのではないかと警戒していた」(山岸社長)と、地方でビジネスを展開する身として新サービス導入への不安があったと打ち明ける。
だが、前述した岸本社長の実体験に基づいたアドバイス、信頼を寄せる人からの提案があり「Amazon Pay」を導入。そして、その効果は山岸社長の心象をガラリと変えた。
「Amazon Pay」はとても使いやすい。特にスマホで商品を買いたいときには、(個人情報やクレジットカード情報を入力する手間が不要なので)とても便利。受注担当からも処理が楽になったという声があがっている。やはり、キーマン(山岸社長のケースでは、イージーの岸本社長)に言われなければ、情報に乏しい田舎者の僕にはその良さが伝わらなかった。岸本社長にはホント感謝です。(山岸社長)
12年続くほぼ毎日のブログ更新、メディア露出は450回以上
「竹虎」が大きく変わった取り組みの1つにあげられるのが「情報発信」。生まれた頃から「虎斑竹」を見て育ち、その価値に気付いていなかった山岸社長やスタッフさん。売れていない頃のECサイトのページには「虎竹」と記載するだけで、「竹の詳しい説明」「ここでしか育たない」といった詳細な説明ができていなかった。
岸本社長からは「絶対、売れるよ」という励ましの言葉をもらいながら、商品ページでの詳細説明、ブログでの情報発信などを積極化していく。
山岸社長が運営するブログ「竹虎四代目がゆく!」はほぼ毎日記事を更新。竹のこと、製品のこと、出先での出来事などテーマはさまざまだ。
こうした情報発信が功を奏してか、2008年には夏限定でユニクロとコラボ商品の企画が実現。「ユニクロのような大企業からお声をかけていただいて、竹虎のやってきたことが世間に認められた」(山岸社長)ことを実感した。
ネットの登場によって、田舎にも光が当たるようになった。ネットがなければ今頃、倒産していた。「竹虎」の商品を直接買いに行こうと思っても交通の便が悪い。紙媒体で通信販売をやろうとしたら、印刷やデザインにお金がかかる。でも、ネットは商品の公開が簡単。いろんな情報を発信できる。ECは、田舎の情報を自由に素早く発信できる素晴らしいツール。こんな良いことだらけのツールは、使い倒さないと損でしょ?(山岸社長)
情報発信によって雑誌や新聞、テレビ局などの取材がひっきりなしに。これまで450回(2018年7月時点)もマスコミに掲載され、そのパブリシティ効果は計り知れない。その一例を紹介しよう。
2016年には商品の原材料である竹の良さ、可能性を知ってもらうため大がかりなプロジェクトを敢行した。クラウドファンディングを活用し約350万円という資金を集め、「虎斑竹」を使った電気自動車を開発。高知県から横浜までを11日間かけて走行するというプロジェクトだった。
山岸社長は「虎竹の自動車の製作プロジェクトは虎竹の里、竹職人だけでなく、日本のモノ作りに携わる全ての人々への応援につながるプロジェクト」とECサイトに綴り、メーカーとしての思いを伝えた。
走行距離1000キロメートルのこのツアーは一躍話題に。ブログなどで通過するルートを公表しているため、行く先々でメディアが取材に訪れ、「竹虎」のユニークな挑戦を報道した。
自分が良いと思った物を作る、良さが伝わらないから
周囲の誰もが「虎斑竹」に価値を感じていない中、山岸社長はネットで商機を見出した。「お金に困っていた頃、土下座してまで売っていたときがあった。それ程、つらいものはない」という時期を山岸社長は振り返り、自身が考えるビジネス感を教えてくれた。
山岸社長の商品開発にかける思い
- 自分が良いと思った物を作る
- 自分が使いたい物を作る。
- 自分がほしいと思った物だけを作る。
- お客さまに迎合しない。それは、自分が使う物でなければその良さが伝えられないから
製品化した物は、ECサイト、ブログ、Twitter、Facebook、インスタグラムなどさまざまなチャネルを通して伝えていく。
自分たちの価値を伝えるということは、(相手の)知らないことを伝えて、知ってもらうということ。それほど嬉しいことはないよね。(山岸社長)
ちなみに、山岸社長の活動は世界的な評価を受け、2018年8月メキシコにて開催された、3年に1度開かれる世界竹会議(WBC、WORLD BAMBOO CONGRESS)にて登壇し、自社の取り組みを世界で発信した。