「ボタニスト」はなぜヒットしたのか? ネット発からオフライン進出までの戦略をI-neの責任者が語る
ボタニカルライフスタイルブランド「BOTANIST」(ボタニスト)。ネットでの販売を始めたのは2015年。EC発のヒット商品としてわずか数年で話題となり、ドラッグストア、量販店、スーパーなどのシャンプー売り場には所狭しと並ぶ。マーケティング部門はなし、化粧品開発・販売の経験者はほぼ皆無という状況からI-neの新規事業として立ち上がった「BOTANIST」。そんな状況下から急成長を遂げた背景には、ベンチャー企業ゆえのフレキシブルな発想と、徹底的な戦略の共有があった。
I-neの取締役販売本部本部長・伊藤翔哉氏が「BOTANIST」誕生の背景からヒットまでの成功ストーリーを解説する。
未経験からのシャンプー開発、3つのフィジビリティースタディーで可能性を検証
I-neがシャンプーを開発するきっかけとなったのは、代表である大西洋平氏の強い意向によるものだった。「商品を通じて世界中を幸せにする」というミッションを掲げていたI-ne。そんなミッションの実現ははるか先という状況の2013年ごろ、「大きな市場でシェアを取っていかなければ将来的に会社の成長は難しい」という危機感を抱いていた。そこで目を付けたのがシャンプー市場。独自シャンプーの開発へ向け本格的に動き始めたのは2014年だった。
独自にシャンプーを開発するにあたり、まず3つのフィジビリティースタディーを実施した。1つ目はシャンプーの市場規模。調査時点の国内シャンプーの市場規模は約1550億円。次に会社の強みであるECは、シャンプーの販売に適しているのかということ。3つ目は店頭市場におけるシャンプーの販売状況だ。
当時、I-neの売上高は数十億円規模。シャンプー市場で1%でもシェアを取れば15億円、10%なら150億円のシェアを獲得できる魅力的な市場だと感じた。
ECで売れているシャンプーはスカルプ系のシャンプーだけで、女性用ヘアケアブランドはがら空き状態。店頭はノンシリコンシャンプーの話題が落ち着いた時期で、真新しい訴求のシャンプーブランドは出にくい状況だった。しかも店頭に陳列されているシャンプーは、どれもアテンション重視で『買って』と言わんばかりに並んでいた。(伊藤氏)
価格の壁を製品パフォーマンスで乗り越える
事前調査の結果と会社の強みを検討し、新シャンプーを開発するための戦略を練った。まず容器の差別化。社内にはブランディングから制作までインハウスで対応できるクリエイティブ部門がある。インハウスの強みを生かし、既存のシャンプーメーカーのような形ではなく、「ライフスタイルブランドとして展開していこうと僕らは考えた。もっとシンプルに本質的な表現を突き詰めていこう、それがイノベーションにつながるのではないかと考え、デザインに反映させていった」(伊藤氏)。
次に価格だ。価格競争となれば大手メーカーにはかなわない。その代わりに中身に徹底的にこだわり、「たとえ上代が2倍、3倍になっても必ずリピートが来るように、価格優位性の壁を製品パフォーマンスで乗り越えようとした」(伊藤氏)。
さらに、1000円~1500円代のいわゆる中価格帯のプライズゾーンのシャンプーはあまりなく、商機を感じたという。こうした過程を経て完成したのが「BOTANIST」。I-neは自社の強みであるECとデジタルプロモーションを活用し、SNS時代の消費者をターゲットに定めてマーケティングを展開していった。
「楽天市場」での徹底的な実績作り
新商品は開発したものの、マス広告を出稿する予算はなかった。しかも、ベンチャー企業が開発した実績のないシャンプーを、ドラッグストアやバラエティーショップが置いてくれるはずもない。
そこでI-neが考えたのは、まず店頭以外で販売実績を作ること。主戦場は得意のECだ。ECでのローンチに向けて事前に取り組んだのが徹底的なテスト。ランディングページのABテストを何度も繰り返し、勝てるクリエイティブを追求。さらに、ランキングの獲得とレビューの獲得に努めた。
なぜ「楽天市場」に出店したのか聞かれるが、ECでは実績作りを徹底的に進めようと考えた。まずは「楽天市場」のランキングに継続してランクインさせることが、認知拡大につながると信じていたし、バイヤーさまにもインパクトを与えると思った。PVを誘導する場所はまずは「楽天市場」と決めてローンチした。(伊藤氏)
広告費をかけなくても認知が拡大
「楽天市場」でローンチしたのは2015年1月。併せて「BOTANIST」の認知拡大におけるターゲットは、イノベーターやアーリーアダプターに定めた。スマホによるデジタルプロモーションを検討していたためで、その一環として当時、利用者が増加していた「Instagram」に着目してプロモーションを行った。
Facebook、Twitter、キュレーションメディアなど一通り出稿した。出稿判断は、他社があまりやっていないことと、そのメディアを通じて誰に情報を届けたいのかということ。CPAだけで判断はしないようにした。(伊藤氏)
同時並行で、知り合いのスタイリストやモデルに「BOTANIST」を手渡していくという地道な取り組みも行った。この積み重ねによって「Instagram」で自然投稿が増えていき、広告費をかけなくても認知拡大につながっていったという。
デジタルプロモーションのPDCAを回し続けた結果、「BOTANIST」のEC売り上げは毎月2倍の勢いで成長。「楽天市場」への本格ローンチから3か月間でランキングの常連となった。そして、ECでの販売実績を作った「BOTANIST」は本丸となる実店舗への展開を図り、急成長を遂げていった。
店頭展開と同時に売り切れて入荷待ち
ECで販売実績を積み上げていった「BOTANIST」はいよいよ、本丸となる実店舗への展開を図る。
ECでの成功と盛り上がりを機に、各小売店から引き合いが寄せられていた。大手小売店から直接取引の引き合いがあったが、まず自社の販売目標を定め、ブランディングコントロールがしやすい小売店への卸販売(卸業者への卸)を始めた。目先の売り上げや利益を追わず、小売店との深いリレーションを持つ卸先に流通させる戦略だ。
しかし、ここで想定外のハプニングが発生する。小売店は通常、1店舗で10本ほどの在庫を持つが、1日でほとんどの店舗で「BOTANIST」は売り切れ状態になってしまったのだ。
ECサイト、店頭ともに売り切れ状態になってしまい、店頭展開したと同時に生産が追い付かない状況になったしまった。ピーク時は入荷まで2か月待ちの状態となり、消費者と卸先、小売店さまには品切れで本当に迷惑をかけてしまった(伊藤氏)
EC、店頭での販売実績を踏まえ、大手小売りとの商談も進めた。実際にローンチした際には、素晴らしい棚が用意されていたことに驚いたことも。当初から小売店側に取引を直接交渉するのではなく、じわじわと、さまざまなチャネルでチャレンジとテストを繰り返し、実績を積み上げていった成果によるものだ。
「BOTANIST」の開発から販売、実績作りまでの流れを振り返り、「他社と同じ土俵だったら絶対に勝てなかった」と伊藤氏は回顧する。どのような方法が消費者に情報を届ける上で効果的なのか、社内は当然ながら、取引先までもがI-neの戦略を理解してくれたことも今日の成果に影響している。
一般的なマーケティング理論で当社が戦ったら、このような成功にはつながらなかった。規模が小さいゆえに、何かしらイノベーティブなことをやらないと絶対に勝てないという思いがあったので、そこは、社長、幹部、社内が徹底して戦略を共有した(伊藤氏)
「BOTANIST」の大ヒットによって一躍、シャンプー市場を代表する企業にのし上がったI-ne。「BOTANIST」と並ぶ新たなヒットブランドを生み出すことが次の課題となっている。
2018年に世界中にある2000万以上の媒体から消費者の潜在的ニーズを読み取り、消費者インサイトをビックデータから解析するインサイトスコープ「KIYOKO(キヨコ)」を開発。今まで人力で行ってトレンド予測とAIを融合させ、商品開発に生かす取り組みを密かに始めている。「BOTANIST」の次にどんな商品を生み出すのか。I-neの次の一手に注目したい。