瀧川 正実 2019/7/24 10:00

「Yahoo!ショッピング」出店者、「LOHACO(ロハコ)」に出店する事業者などEC業界が動向を見守っているヤフーとアスクルの対立が、日増しに激しくなっている。ロハコ事業の譲渡に端を発した対立が表面化してから、プレスリリースや記者会見で両社が意見を表明する展開に。両社の溝は埋まらず開く一方となっている。アスクルが実施した記者会見、報道陣とのやり取り、公表資料から、対立の背景やこれまでの経緯などをまとめた。

対立の火種「LOHACO」事業、「価値なし」と判断の第2位株主の意向

7月18日、アスクルが行った記者会見。その席でアスクルの岩田彰一郎社長は、ヤフーからの「LOHACO」事業の譲渡要請に関するやり取りなどを説明した。だが、ヤフーはその同日夕方、プレスリリースで岩田社長とは譲渡要請を否定する。

LOHACO事業の赤字がアスクルの業績の低迷に影響を与えているため、LOHACO事業をやめるか、譲渡を考えるべきではないか、とアスクル取締役会において社外取締役の今泉公二氏(アスクルの第2位株主のプラス社長)から再三指摘がありました。当社は、アスクルとしてそもそも譲渡をする考えがあるのかの意向をうかがったに過ぎません。アスクルからその意向はないと回答を受けたため、当社としては今後も譲渡を申し入れる方針はありません。(プレスリリース「アスクル株式会社の本日(2019年7月18日)開催の記者会見について」から)

だが、岩田社長は記者会見で譲渡要請に関する一連のやり取りを説明した。それによると、アスクル第2位株主のプラス社長・今泉公二氏の意向があったという。なお、アスクルはプラスのアスクル事業部としてオフィス用品通販サービスをスタート、1997年にアスクルとして独立した。

アスクルとヤフーの対立に関する経緯について
これまでの経緯について(アスクル公表資料から編集部がキャプチャ)

――プラスがヤフーサイドについている。岩田社長もプラス出身。プラスとのコミュニケーションはできていなかったのか?

岩田社長(以下岩田):プラスの今泉社長はアスクル社外取締役のため、取締役会にも参加しており、信頼できる方。今泉さんの考えが変わった原因は「LOHACO」の赤字。宅配クライシスによる送料値上げ、倉庫の火災などで90億円くらいの営業赤字になる見通しになったときに今泉さんは心配されたが、BtoB事業の利益だけになればアスクルの株価が値上がりするのではないかと考えた。だが、BtoB事業だけになると投資家への魅力がなくなり、(BtoBとBtoCの)シナジーもなくなる。たとえ利益が伸びても株価は上がりにくい。

アスクルの売上高推移
アスクルの売上高推移(アスクルのHPから編集部がキャプチャ)
アスクルの営業利益推移
アスクルの営業利益推移(アスクルのHPから編集部がキャプチャ)

――今泉さんの意見は。

岩田:12月の議論で90億円の営業赤字はいまのアスクルの体力では厳しいと。だが、アスクルにとって「LOHACO」事業は将来成長するための宝。その後、今泉さんとヤフーがディスカッションするなかで、ヤフーが「LOHACO」事業を譲り受けるという話になり、今泉さんは恩義を感じた。アスクルの株価が大きく跳ね上がると……。

――プラスからの説明は。

岩田:今泉さんは赤字にナーバス。何とか(赤字を)なくしたいというのは、経営者として当たり前の考え。だが、「LOHACO」はさまざまな企業にデータを開放し、それを商品開発に活用したり、マーケティングに使うオープンイノベーションの場。数字上の赤字よりも、次の時代の価値、ECビジネスにおけるビッグデータの価値が「LOHACO」にはある。だが、それを価値として見られず、数字上の赤字がクローズアップされた。私たちは「LOHACO」の将来の価値を、重要性を認識している。

会見を行うアスクルの経営陣
会見を行うアスクルの経営陣。写真中央がアスクルの岩田彰一郎社長

良好な関係から一転、対立へ。アスクルとヤフーの間に何が起きた?

ヤフーとアスクルは2012年4月、業務・資本提携を締結。「LOHACO」の共同運営で協力関係を築いてきた。2015年に業務・資本提携契約を更改。ヤフーは45.13%のアスクル株を保有する筆頭株主となった。

「LOHACO」においては、ヤフーは主に集客と決済面、アスクルはフルフィルメントやMDといった役割分担で運営。2012年10月の立ち上げからわずか7年足らずで売上高513億円(2019年5月期)のECサイトに成長した。

ヤフーとアスクルの業務・資本提携を締結し、「LOHACO」共同運営の道筋を作ったヤフー側のトップは宮坂学代表取締役社長兼CEO(当時)。岩田社長によると「2018年まではヤフーと良好な関係だった」と言う。

ヤフーでは2018年、「Yahoo!ショッピング」「ヤフオク!」といったEC関連事業を管轄するコマースグループ長だった川邊健太郎氏が代表取締役社長CEOに就き、宮坂氏は経営から退いた。

岩田社長はヤフーの体制変更などの営業が今回の関係悪化に影響した可能性について言及。そして、ヤフーに対して業務・資本提携関係の解消を申し入れを実施している。だが、ヤフーは業務・資本提携関係を継続した上で、アスクル岩田社長の退任を6月27日に要求した。

なお、岩田社長が第2位株主プラスの今泉社長と面談した際、「ヤフーからプラスに対し、LOHACO事業をアスクルから切り離すためには岩田社長に退任いただく必要があり、LOHACO事業の切り離しの時期は年内という話があった」といった説明を受けたという。

――(ヤフーとアスクルの間で)一体何があったのか? ヤフーからの一方的な申し出だったのか?

岩田:ヤフーの社長交代(宮坂氏から川邊氏への交代)、新しい体制への移行(ヤフーの親会社がソフトバンクグループからソフトバンクへ移った)が、直接の原因か考えるところ。2019年1月に「LOHACO」事業の譲渡を自主的に考えてほしい」と川邊社長から話があった。「LOHACO」はアスクルの重要な事業。BtoB、BtoC、物流の3つがセットでアスクルは伸びている。そもそも「LOHACO」だけ切り離せるのか? 少数株主の利益になるのか? 指名・報酬委員会からもリテンションをいただいた(5月の指名・報酬委員会で現経営陣が再構築プランを実行することが最良と判断)。2018年12月の取締役会で「LOHACO」の新しい戦略を決めた直後の1月に、譲渡の話を持ってきた。そして、6月27日に私の退陣要求を突きつけてきた。突然のお話だと思っている。1月になってから関係性が変わったと思う。

――いまの心境は? 社長解任要求にどのように思われたのか。

岩田:(ヤフーとプラスを合わせた)6割の株主が退任を要求している。それはあらがえない。だが、上場企業の職は公職であり、会社は公器。先方からも静かに去ったほうがいい、晩節を汚さない方がいいのではないかとも言われたが、それは違う。(この話を)黙って受け入れて、闇の中で話が進んでいくのは健全じゃない。(支配株主のヤフーが、ガバナンスプロセス、少数株主やステークホルダーの利益を無視していることなどについて)恥をさらして、公にさらすことが公職としての役割。それが責務。

支配株主の横暴によって、独立社外取締役を入れて真面目にコーポレートガバナンスへ取り組んでも全く機能しない。コーポレートガバナンスの実効性、意味をなさなくなってしまう。だからこそ問題提起をした。日本の市場はどうあるべきか? 考えていただき、この問題を訴えていきたいと思っている。

「LOHACO」事業の今後はどうなる?

アスクルはヤフーに対し、提携解消協議の申し入れを実施。ヤフーは業務・資本提携関係を継続した上で、「アスクル社が新たな経営陣のもとで新たな経営戦略を推し進めることが、アスクル社の中長期的な企業価値の向上および株主共同の利益の最大化のために最善と考えている」としている。

――「LOHACO」事業が譲渡されるとした場合、具体的な計画はあるのか。

吉岡晃取締役兼BtoCカンパニーCOO(以下吉岡):現実的に離れることになった時、ヤフーが具体的にどうするか予測がつかない。「LOHACO」はたくさんのお客が使っている。どんなことが起きてもあらゆる手段を模索して、「LOHACO」を継続し、進化させていくために最良な方法を考えていきたい。

岩田:アスクルはお客さまのために進化していくことをミッションとしている。「LOHACO」のお客さまは、ヤフーにとっても大事なお客さま。ご一緒できるところは一緒に、お客さまに迷惑をかけないようにやっていきたい。

――ヤフーによる「LOHACO」の乗っ取りとおっしゃった。その理由はどう考えているのか。

岩田:ソフトバンクグループはアリババグループのすごさを理解している。Alipay(アリペイ)とコマースが大きなビックビジネスとなっており、それを日本でも実現するビジョンを叶えようとしているのがヤフーの立場。だが、ヤフーが持っているネット技術だけではECビジネスはできない。アスクルの物流力、オペレーション力、お客さまへのサービス、仕入れ先との良好な関係性――。これらはビジョンを叶えるためには必要なパーツではあるが、物流力がなければECサイトだけ譲り受けても意味がない。ベンダーとのつながりもなくなる。現実的ではない。すべては三位一体。BtoB、BtoCの切り離しも難しい。

――「LOHACO」事業の切り離しに反対する理由をもうちょっと聞きたい。

岩田:少数株主にとって「LOHACO」は将来、成長する宝である。(譲り受けた方が)ヤフーにとってはいいかもしれないが少数株主にとっては損失。独自価値を持ったECビジネスに転換しなければ成長はしない。いまの段階で、売り渡すことは少数派株主の利益にならない。

――ヤフーとのシナジーは定通り出ているのか。認識は。

吉岡:いままでは出てきている。短期間で売上500億円規模のECサイトとなった。ヤフーの集客力、アスクルの物流力のかけ算で、実績を積み上げてきた。他に例はない成長率だ。

「LOHACO」の運営に関し、アスクルとヤフーの役割分担
「LOHACO」の運営に関するアスクルとヤフーの役割

ヤフー、アスクルにとってのLOHACO事業の重要性

ヤフーの2019年3月期連結決算によると、「ショッピング事業」の取扱高は前期比22.6%増の7692億円だった(「ショッピング事業」は「Yahoo!ショッピング」とアスクルの日用品通販「LOHACO」、ペット用品ECを手がけるアスクル子会社チャームの取扱高を合計したもの)。

アスクルの2019年5月期連結決算における「BtoC事業」の売上高は、前期比28.7%増の652億円。「LOHACO」の売上高と「LOHACOマーケットプレイス」経由の取扱高、チャームの売上高を合算した「BtoC流通総額」は同29%増の668億円。

ヤフー、アスクルの決算期はそれぞれ異なるため単純比較はできないが、ヤフーの「ショッピング事業」取扱高のうち、アスクルのBtoC流通総額は1割程度を占める計算になる。

この数値からは見えないが、「ショッピング事業」と「LOHACO」の相乗効果は高いものと推測される。消費者が頻繁に購入する商材は日用品。「LOHACO」はヤフーと連動したポイント施策などを実施しており、「LOHACO」利用者が増えれば、たまったポイントの場所として「Yahoo!ショッピング」の利用増につながる可能性が高まる。

また、2018年に「LOHACO」は「Yahoo!ショッピング」に出店。「Yahoo!ショッピング」内の「LOHACO」店利用者が増えれば、「Yahoo!ショッピング」のリピート顧客の増加にも寄与する。

日用品を軸にECモールへの集客を強化しているのが楽天。爽快ドラッグ、ケンコーコムを買収し、現在はRakuten Directが日用品のネット通販を手がける。

ヤフーにとって、ポイントを軸に消費者の利用頻度が高めやすい日用品はECモールを拡大するには必須のジャンル。一方、「LOHACO」はポータルサイトの集客効果などで、急成長を遂げた。さらなる規模拡大にはヤフーの集客力は欠かせないという声は多い。

◇◇◇

アスクルの株主総会は8月2日。その席で、ヤフーとプラスはアスクル岩田社長の再任に反対票を投じる方針だ。アスクルは7月18日の会見で、資本・業務提携契約に違反があった際はアスクルがヤフーに対して株式の売り渡しを請求できる条項があると説明しており、岩田社長は「検討する」とした。

また、アスクルの社外取締役・社外監査役で構成する任意機関「独立役員会」は7月23日、記者会見を実施。アスクルとヤフーが対立している件について見解を示した。

アスクルの社外取締役・社外監査役で構成する任意機関「独立役員会」は7月23日、記者会見を実施
記者会見には多くの報道陣が出席した

「(LOHACO事業)再構築プランを立案した現経営陣の続投が適切」「再構築プランの施策の効果が出てきており、現時点で再構築プランの方向性を変更する必要はない」「アスクル経営陣の責務は、対外公表して市場に約束した再構築プランの施策を着実に実行し、お客様への約束や少数株主などステークホルダーに対しての責任を全うすることであり、LOHACO譲渡を検討するタイミングではない」などと指摘。関係修復が困難な状況にあることを示唆する次のようなメッセージも発している。

LOHACO譲渡要求、ガバナンスプロセスを無視した水面下での社長退陣要求、その間のアスクル経営陣とY社のやりとりから、お互いにかなりの不信感が出ており、もはや関係を修復して建設的に意見交換・協力していくことは困難な状況と考えざるを得ない。

このような状況はLOHACO事業、アスクルの企業価値向上のために大きなマイナスであり、早急に提携関係の見直しを検討し、Y社と交渉すべきであるとの意見を申し上げた。

アスクルの独立役員会より意見書を提出した理由
独立役員会が意見書を提出した理由の一部(アスクル公表資料から編集部がキャプチャ)
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