瀧川 正実 2021/11/12 9:00

海外向けに菓子のサブスクリプションECを展開する越境ECサイトを運営するICHIGOは、2022年7月期に越境EC売上高が40億円を突破する見通し。創業は2015年。メルマガ購読者を合わせた顧客数は約180万人となり、越境EC専業企業として右肩上がりの成長を続ける。海外ユーザーをどのように獲得し、継続客に育てているのか? 運営会社であるICHIGOの近本あゆみ社長に話を聞いた。

「日本の文化や体験を届ける」ことに商機を見いだす

ICHIGOは「日本の文化や体験を届ける」を理念に、日本のお菓子や雑貨を詰め込んだボックスを、世界150の国と地域へサブスクリプションサービス型で届けている。

創業は2015年で、サブスクリプションサービスが日本では一般的でなかった時期。近本社長は海外で「Netflix(ネットフリックス)」「Spotify」といったサブスクサービスが台頭していることに着目、海外からの訪日外国人が増えていることも踏まえて、海外へ向けてサブスクリプションで商品を販売する事業の立ち上げを決意する。

なぜ海外だったのか? 近本社長が起業した時期はすでに日本国内のEC市場は競争が激化していた。一方の海外向け市場では訪日外国人の増加によるインバウンド市場が拡大。日本の食や文化に興味・関心を持つ外国人が増える状況を踏まえると、「海外向け市場はこれから伸びるだろう」(近本社長)と判断した。

ICHIGOの近本あゆみ社長
ICHIGOの近本あゆみ社長

菓子にフォーカスしたのは、海外ユーザーから見ると日本のスナック菓子といった食文化がユニークで洗練されていると感じたため。中小メーカーなどの協力を得て、「日本のことを知ってもらう」「日本を知ってもるきっかけ」「日本の魅力を伝える」、そして理念に掲げている「日本の文化や体験を届ける」ための商品を開発する。

メインのサブスクリプションサービスは、スナックやジュースを詰め込んだ「TOKYO TREAT」、日本の伝統的な菓子をオリジナルボックスに詰めた「Sakuraco」。

「TOKYO TREAT」について

「ICHIGO」の看板サービスで、月額約3200円から(3か月、6か月、12か月、毎月から選択可能)利用できる。バイヤーチームが1か月以上かけて商品候補の選定を行い、月のテーマに合わせたスナックやジュースを詰め込む。「TOKYO TREAT」のサービスコンセプトに適しているか、希少性があるかといった社内基準をクリアした商品を選んでいるという。

累計140万箱、菓子の数は2400万個以上を世界のユーザーに配送。提携するメーカーは20社を超えている。

「TOKYO TREAT」は菓子やジュースを定期販売する

「Sakuraco」について

日本の伝統的な菓子をオリジナルボックスに詰めて定期便で届けする定期購入サービス。月額約3200円から(1か月、3か月、6か月、12か月から選択可能)ボックスに入れる商品は毎月テーマごとに変える。日本のユニークで洗練された食文化、小さな菓子メーカーの魅力を海外に伝えることをミッションとした商品。日本の地域活性と小規模メーカーの世界進出をめざす海外向け菓子サブスクと位置付けている。毎月の出荷個数は1万個以上。

「Sakuraco」は和菓子やフルーツなどを定期販売する

ECは「日本の文化や体験を届ける」ための1つの手段、ゲームアプリも展開

日本の良さを海外に届けることをミッションにしているため、ECにはこだわっていない。日本の文化、良い商品、そして日本に興味を持ってもらう。そういったサービス、商品を届けるための手段がECだった。

このように話す近本社長の理念を体現するEC以外のサービスもある。クレーンゲームアプリ「TokyoCatch」だ。

クレーンゲームをオンラインで操作し、景品を手に入れるというオンラインゲームアプリで、ICHIGOが自社開発している

日本オンラインクレーンゲーム事業者協会(JOCA)によると、日本で初めてクレーンゲームマシンが製品化されたのは1960年代。現在では、ネットワークを介してリアルなクレーンゲームマシンを操作する新しいエンタテインメントとして“オンラインクレーンゲーム”が日本で生まれたという。

ICHIGOでは、ECの在庫を置き発送業務などを行う物流倉庫に専用のクレーンを設置。海外ユーザーがアプリを通じて操作、獲得した景品はその物流倉庫から配送する。

海外向けECのリソースを、オンラインゲームアプリ事業にも活用しているのだ。

「TokyoCatch」のイメージ動画

人気の“体験を売るサブスク”、それを支えるマーケティングと組織体制

ICHIGOのサブスクECは菓子だけではなく、和菓子の楽しみ方を体験できる皿やグラスといったグッズ、和菓子屋の紹介や取材を冊子にした同梱物も提供商品と合わせて日本文化が楽しめる、いわゆる“体験を売るサブスク”として人気が集まっているという。

新型コロナウィルス感染症拡大によって、事業者側にとってはインバウンド消費の低減、外国人にとっては訪日する機会が減った。一般的には逆風となる状況をICHIGOは追い風にし、行き場を失った菓子メーカーの販路拡大、日本の文化や菓子を楽しみたい外国人ユーザーのニーズを捉えた

売り上げはコロナ禍に入って急拡大。2022年7月期に越境EC売上高が40億円を突破する見通しという。ICHIGOはどのように越境EC売上を拡大したのか。

SNSマーケティングが中心、マーケターは全員外国人

成長のきっかけは、海外のYouTuberにICHIGOを紹介してもらったこと。2015年からYouTubeを活用したプロモーションを積極的に展開。ある海外YouTuberがICHIGOのYouTubeを閲覧し商品を購入し、それを自身のYouTubeで紹介したのだ。

それをきっかけにスペインなど多くの国の顧客が増加。いまでは、顧客数は無料のメルマガと合わせて約180万人にまで成長している。

ICHIGOの「TOKYO TREAT」「Sakuraco」など6サービスのSNSフォロワーは合計120万人以上。YouTube、Twitter、Instagram、Facebookなど駆使して日本の菓子や文化を紹介しているが、SNSは購買につなげるためだけではなく、ユーザーとのコミュニケーションの場としての位置付けという。

たとえばSNSを活用したライブ配信。自社の簡易スタジオから、ライブ配信上でクイズを出題、正解者の中から抽選でボックスをプレゼントする視聴者との双方向のコミュニケーション企画などを行う。人気の配信コンテンツは「雑貨の紹介」。大きさや使い方は写真のみでは伝わりにくいため、リアルな情報を届けることができるSNSのライブ配信はファン形成の一端を担っている。

SNS活用の優先順位はYouTube、Facebook、Instagram、Twitter。ユーザーの9割近くが欧米に居住しているため、朝5時からライブ配信を行うこともあるという。

こうしたコミュニケーションが奏功し、「競合に比べると解約率は低く、継続率が高いサービスとなっている」(近本社長)

こうしたマーケティングを担うスタッフは全員外国人。「日本人が1人も行っていないのが競合や他の日本企業と異なる点」(近本社長)。日本人が好きな写真や動画のスタイルがあるように、住んでいる国や地域などによって好みやスタイルが異なる。「外国人へマーケティングするには、日本人がやるよりも外国人マーケターが行う方がマッチしている」(近本社長)

なお、投稿は時間をスケジューリングし、すべてのブランドで1日2投稿までと決めている。SNSの運用では、「特別なことはやっていない。基本に忠実」(近本社長)と言う。

ICHIGO風「カルチャーマップ」で組織の土台作り

ICHIGOの社員は7割が外国人。顧客に近い味覚や感性を持つ外国人がICHIGOのサービスを支えている。その外国人が「ONE TEAM」となって働くための環境作りには余念がない。

外国人スタッフの出身は約10か国で、それぞれ文化などの背景が異なる。「そのため、事業を円滑に進めるためには、ICHIGOのカルチャー、制度を作り浸透させることが重要」(近本社長)と考えた。

考え方の違いなどを学ぶための「ICHIGOのカルチャーマップ」を作成。世界中でベストセラーとなった『異文化理解力』の著者であるエリン・メイヤー氏が、マネージャーが自覚しておくべき8つの指標において67か国の文化の相対的位置づけを示した分布モデル「カルチャーマップ」を基に、ICHIGO用に仕上げた。

「カルチャーマップ」をベースにスタッフ間の相互理解などを進めた上で、働き方は会社法に則した就業規則、事業の進め方は日本の文化に則するようにしたという。

カルチャーマップについて(ICHIGO提供)
カルチャーマップについて(ICHIGO提供)

また、業務は基本的にはすべて内製で進めている。食品メーカーから商品を仕入れて販売するモデルのため、「薄利多売。アウトソーシングすると人件費がかさんでしまう」(近本社長)

ただ、サブスクリプションというビジネスモデルは、注文や物流業務の増減といった波動が少ないため、安定的に業務を回すことができる。アウトソーシングよりも、梱包(こんぽう)作業などの物流業務などもすべて社内のスタッフが行っているという。

日本人だけで海外に売ろうとすると無理が出てくる

新型コロナウィルス感染症拡大によって、海外市場に目を向ける事業者が増えている。日本貿易振興機構(ジェトロ)が、海外ビジネスに関心の高い日本企業約1万3000社を対象に行った「2020年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」によると、ECの活用実績がある企業のうち、海外販売でECを活用している企業は65.0%、海外販売のうち、日本国内から海外向けの越境ECを活用している企業の割合は45.5%にのぼる。

日本貿易振興機構(ジェトロ)が、海外ビジネスに関心の高い日本企業約1万3000社を対象に行った「2020年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」 ECの利用状況
ECの利用状況(画像は「2020年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」から編集部がキャプチャ)

ただ、EC販売額のうち、海外向けが占める割合(ECによる海外向け販売額/ECによる販売額)は1%未満(48.1%)が最多で、「1~10%未満」は23.1%。まだまだ、海外向け販売で実績のある企業は決して多いとは言えない。

日本貿易振興機構(ジェトロ)が、海外ビジネスに関心の高い日本企業約1万3000社を対象に行った「2020年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」 規模別のEC販売額に占める海外向けの割合
規模別のEC販売額に占める海外向けの割合(画像は「2020年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」から編集部がキャプチャ)

こうした状況を踏まえ、海外向けECで成功するには「組織のグローバル化が重要になる。日本人だけで海外に売ろうとすると無理が出てくる」と近本社長は指摘する。

では、海外向けECで売り上げを伸ばすにはどうすればいいのか。近本社長はこう日本の事業者にアドバイスする。

外資企業が日本でビジネスを展開する際、日本人を雇ったり、外国人がネイティブレベルで日本語を話したり、日本人を理解しようとする。そこまでしないと現地の人の心をつかむことは難しい。私はもともと、英語は得意ではなかった。だが、海外向け専業でビジネスを展開するには、英語でコミュニケーションを取らなければならなかった。最初は翻訳ソフトを駆使し、話したり、メールを書いたりした。海外向けビジネスを行う際、言語の壁、文化の問題などが出てくる。言語であればテクノロジーの活用、文化の問題は外国人を採用したり、まずはそういった壁を少しずつ取り除いていってほしい。

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