メーカーとユーザーが“仲間”になってブランドを育成。「突っ張り棒」国内トップシェアの平安伸銅工業の竹内代表が語るファンマーケティングとは
「突っ張り棒」の国内トップシェアを誇る平安伸銅工業。DIYパーツブランド「LABRICO(ラブリコ)」、ライフスタイルブランド「DRAW A LINE(ドローアライン)」を展開し、時代の変化と消費者のニーズに合わせて機能性とデザインを進化させている。そんな平安伸銅工業の扱う商品を、多くの消費者がSNS上にインテリアコーディネート画像として投稿。それを見た他の消費者が共感するというサイクルを生み出すことに成功している。コンテンツの充実化を通じてユーザーとのコミュニケーションを深化、メーカーとユーザーが“仲間”になる場を創出する――。
そんな平安伸銅工業の取り組み、メーカーがダイレクトチャネルやSNSを活用する意義などについて、代表取締役の竹内香予子氏、ワクワク制作グループの舟渡史氏、岡本洋輔氏が語る。
1975年の「突っ張り棒」発売以降、時代のニーズに応えた商品を展開
「突っ張り棒」の国内トップシェアメーカーで、家庭用収納用品やDIYパーツなどを開発・販売する平安伸銅工業は、「アイデアと技術で『私らしい暮らし』を世界へ」をビジョンに掲げ、ユーザーが自分らしい暮らしを実現するためのベースとなる商品を提案している。
「突っ張り棒」国内トップシェアメーカーだからといって現状に安住しない。「アイデアと技術で『私らしい暮らし』を世界へ」を体現するための1つが、多様化する消費ニーズへの対応だ。
さまざまなユーザーの「私らしい暮らし」を叶えるため、①「突っ張り棒」・突っ張り棚のブランド②DIYパーツブランド「LABRICO(ラブリコ)」③ライフスタイルブランド「DRAW A LINE(ドローアライン)」――の3ブランドを展開し、幅広い選択肢を提供している。
「LABRICO」は、ホームセンターなどで市販されている木材にパーツを組み合わせることで、自分好みのインテリアが作れる商品群を取りそろえる。「DRAW A LINE」は “1本の線からはじまる新しい暮らし”をコンセプトに、「突っ張り棒」や土台といったミニマルなインテリアと、それらに対応するアクセサリーパーツなどを販売している。
ねじ・くぎを使わずに部屋がアレンジでき、空間を有効活用できる「突っ張り棒」は、1975年の発売以降、多くの消費者に支持されながら成長の一途を辿ってきた。便利な商品がまだ少なかった80年代。都市化が進み、手狭な住環境のなかで効率よく暮らすためにトイレや廊下、押し入れなどのデッドスペースを新しい収納に変える道具として「突っ張り棒」のニーズがさらに拡大した。
その後、生活に便利な道具がそろう時代になり、消費者の個性や憧れのライフスタイルが多様化、利便性や機能性だけでなく外観も含めたニーズが高まった。特にこの10年はSNSの台頭で、消費者が自宅の様子を公開する機会が増えている。
機能的に便利な道具にも、自分のこだわりを反映できるような見た目が重視されるようになったため、平安伸銅工業は雑貨感覚でDIYパーツを選べる「LABRICO」や、空間をシンプルにアレンジできる「DRAW A LINE」を新たに展開。情緒面にも訴えかけるような商品にも幅を広げるようになった。これが、現状に安住せず、多様化する消費者ニーズ、時代の変化に対応するために進める多ブランド化である。
誰がどんな目的で「突っ張り棒」を買っているのか? エンドユーザーとのコミュニケーションを開始
平安伸銅工業は竹内氏の祖父が創業。父が2代目社長を務め、2015年に竹内氏が代表取締役に就任した。もともと新聞記者として勤めていた竹内氏は当時、家業を継ぐ意思はなかったという。
しかし、父が体調を崩したことで考えが一変、2010年に平安伸銅工業に入社した。竹内氏は当時をこう振り返る。
自分の好きなことをやらせてもらっていたが、求められているところで自分の役割を発揮する生き方も良いかもしれないと思った。ビジネスの知識はまったくなかったが、縁あって家業を継ぐことになった。
竹内氏が入社した2010年頃。「突っ張り棒」の販売個数はピーク時と変わらず、小売店からも「『突っ張り棒』なら平安伸銅」と言われるほど業界のなかでは圧倒的な知名度、信頼を得ていた。
だが、状況は一変する。デフレによって価格競争が激化し、以前と比べて販売価格が半分~3分の1にまで下がっていた。このため、マーケットシェアを維持していても売上高がシュリンクする状況にあったという。
本来であれば、まだ競争の少ない新しいジャンルを開拓して、次の柱となる商品で売り上げを支えるサイクルを作るべきだと思うが、国内経済自体がシュリンクするなかで、当社にとっても新しいことにチャレンジする余力がなかった。「突っ張り棒」をしっかり守っていくという、「選択と集中」の道を選んだ。(竹内氏)
竹内氏は入社当時、「『突っ張り棒』は、一般的な金属加工やプラスチック成型を組み合わせれば作れる商品だから、製造設備さえあればどの会社でも真似ができるのではないか」と、製造技術がコモディティ化していることを危惧していた。そのため、実は「突っ張り棒」を守っていくという「選択と集中」にも不安は大きかったという。
それでも「突っ張り棒」やその派生商品は毎年300万本ほどの販売数を売り続けている。「一体誰が、どういった目的で購入しているのか」。こう疑問を抱いていたが、メーカーであるため、どこのホームセンターに何本卸しているかは把握できても、最終的なエンドユーザーについては社内で把握できていなかった。
「なぜ平安伸銅工業の商品を購入しているのか、エンドユーザーから直接聞きたい」と考えた竹内氏は、整理収納アドバイザーの資格を取得。整理収納が得意な人がブログなどで収納技を披露するコンテンツが人気を集めていたため、自身もその輪に入って愛用者の声を聞こうと考えた。
これがきっかけとなり、以降の平安伸銅工業は、メーカーでありながらもエンドユーザーを積極的に巻き込んでビジネスを盛り立てていくことになる。
何十年にもわたって愛用者がいるような誇るべき商品を持っていることに気付かされた。それならば、メーカーとして商品の良さをしっかり伝えていかなければならないし、エンドユーザーの方々にもっと発信していただければ、ブランドが埋もれることなく「『突っ張り棒』を買うなら平安伸銅」と指名買いしていただける環境が作れるのではないかと考えた。そう感じた2014年頃から、情報発信やエンドユーザーとのコミュニケーションを設計するようになった。(竹内氏)
エンドユーザーを見ていくと、ねじ・くぎを使わず壁を傷つけない使用方法を生かした上で、より雑貨感覚で家のなかをオシャレにアレンジできる商品が求められていると判明した。
この結果を受け、インテリア性の高さを特徴とする「LABRICO」や「DRAW A LINE」は、ブランド開始当初から“エンドユーザーを巻き込んだ情報発信”を事業戦略の重要な施策に置いている。
自社ECは「メーカーから小売店までのトータルで顧客体験を創造」するため
ECサイトの開設はエンドユーザーとのコミュニケーションの一環。「LABRICO」「DRAW A LINE」のECサイト2店舗を2017年3月に立ち上げ、2018年11月には「平安公式ショップ」の1店舗に統合した。その後、2020年11月にシステムを刷新し、「平安伸銅工業オンラインショップ」で、「突っ張り棒」をはじめ、「LABRICO」「DRAW A LINE」の製品を販売している。
卸先との関係を重視するメーカーにとって、自社ECサイトの開設はタブー視されやすい風潮がある。しかし、平安伸銅工業は「メーカーから小売店までがトータルで顧客体験を創造する場」という戦略のもと自社ECによるダイレクト販売のチャネルを運営している。
顧客体験を創造する上で、メーカー自らがエンドユーザーに商品をしっかりと説明できる場所、つまり“情報発信”は重要であり、商品について確認できる場所があるからこそ小売店や他のショッピングサイトでの販売にもつながっていくという考えがある。
ファンマーケティングの活発化を実現した「visumo」活用
平安伸銅工業はここ数年、メーカーからの情報提供に力を入れてきたが、メーカーから発信するコーディネート画像だけではどうしても生活感のリアリティを出し切れていないという課題を抱えていた。
そのとき、販売するDIYパーツを暮らしのなかでさまざまな使い方をして、商品の特性が十分に伝わる魅力的なコンテンツがSNS上に多く投稿されていることに気付いた。それらを伝えることができれば、他の消費者からもより強い共感を引き出せるのではないか――。
こう考えた平安伸銅工業は2022年1月、ユーザーのインスタグラム投稿をオウンドメディアに活用できるツール「visumo」を「LABRICO」の公式ブランドサイトに導入した。
DIYは作ったものを見せたい。「visumo」と商品の親和性の高さを実感
平安伸銅工業は「visumo」を用いて「LABRICO」のブランドサイトにユーザーのインスタグラム画像を掲載。商品のさまざまな使い方を紹介できる効果的なコンテンツとなっているほか、それらの画像が自社ECサイトへの導線となる役割も果たしている。
また、「visumo」の(二次利用の)申請機能によってエンドユーザーとの接点が多く持てるようになり、メーカーである平安伸銅工業にとってユーザーからの貴重な意見が得られるツールとしても大いに貢献しているようだ。
これまではInstagramをうまく活用できていないという課題があったが、「visumo」を導入したことで活用が進んでいる。社内でも、エンドユーザーのコンテンツを探す習慣が以前にも増して身についたと思う。
ブランド公式から直接「画像を使わせてください」と打診すると皆さんからとても喜んでいただけることも実感しており、今後ももっとエンドユーザーとの接点を作り続けていかなければいけない。(ワクワク制作グループ 岡本洋輔氏)
また、竹内氏は「visumo」と「LABRICO」の親和性の高さも評価している。
DIYは「自分で作る」「自分でアレンジする」という工程があるので、「使い方を調べたい」という購入前のユーザーのニーズだけでなく、「作ったものを誰かに見せたい」という購入後のユーザーの思いも強い。そのため、「LABRICO」は多くのユーザーが発信してくれている。そうした発信をブランドが探し、ユーザーとコミュニケーションを取ると喜んでいただけるし、「visumo」を介して紹介したコンテンツを見た他のユーザーが「私も使ってみたい」と思ってくださるので、とても良い循環が創出できていると思う。(竹内氏)
ユーザーと「仲間」になり、一緒にブランドを盛り立てる関係性を築く
SNSの台頭により、ここ数年でファンマーケティングやアンバサダーマーケティングの成功事例が多く見られるようになった。ブランドとユーザー間のコミュニケーションや、ユーザー同士のコミュニケーションを活発化させる上で、竹内氏は「(ユーザーと)仲間になってしっかりとコミュニティを作り、一緒にブランドを盛り立ててくれる関係性を構築することが理想」と語る。
単にインフルエンサーを集めて商品の良さを一方的に発信する手法では、エンドユーザーが信頼を持ちにくい状況になっている。だからこそ、“仲間”になってブランドを応援したくなる状態を作り上げていくことが大事だと言う。
平安伸銅工業は、DIYについて語り合うSNS上のサークルや、「つっぱり棒研究所」というコミュニティを立ち上げるなど、積極的にユーザーを“仲間”にしていくための活動に励んでいる。
「つっぱり棒研究所」では、YouTubeチャンネルやSNSで「突っ張り棒」に関する情報を発信しているほか、「突っ張り棒」の正しい使い方や活用術の認定制度「つっぱり棒マスター」を設置。認定を取得したユーザーと共同で、「突っ張り棒」の使用シーンを紹介する動画を制作し、コンテンツの充実化にもつなげている。
こうした地道な取り組みにより、商品を長く愛用してもらい、他の消費者にも勧めてもらえるような“仲間”関係が築き上げられているようだ。
現在、平安伸銅工業の公式SNSアカウントにはユーザーから日々多くの投稿が寄せられており、双方向のコミュニケーションが活発化したことでファンマーケティングが着実に進展している。
頑張って下さいね。トライアングルやシェルフフレームは比較的簡単なんでDIY初心者さんにおすすめです!こちらのページの下にユーザーさんの使用例がたくさん載ってますので、参考にして下さい (@heianshindo) April 10, 2020
「メーカーとユーザー」という垣根をなくしていきたい
ユーザー発信の情報は、企業側が作ろうと思って簡単に作れるものではない。しかし、商品企画やユーザーへの積極的なアプローチなど、企業側からの働きかけでユーザーが情報を発信したくなるような状況は作り出せると竹内氏は捉えている。
UGC(ユーザー生成コンテンツ)は大きな財産だ。ユーザー自身が商品・サービスを「良かった」と思って発信してくださっているので、他の消費者からすると信頼性の高い情報として受け取られやすく、ポジティブな情報においては特に影響が大きくなる。
ユーザーが積極的に情報を発信してくださって、コンテンツがどんどん蓄積していくようなサイクルを磨き上げていくことが、当社の大事な目標の1つになっている。(竹内氏)
ユーザーをファン化し、ファンとメーカーが1つのコミュニティとなってブランドを育てる状態を作り上げている平安伸銅工業。こうした取り組みが進んでいくと、今後はファン同士がつながれる媒介のような役割がメーカーに求められ、ファン同士の情報交換がますます活発化していくと予測している。
今までのメーカーとユーザーの関係性は、たとえるならメーカーが主でユーザーが従のような縦の関係にあったと思うが、当社は今後、この垣根をなくしていきたいと考えている。良い点も悪い点も含めてフィードバックいただけることでブランドは育っていき、提供価値が高められる。だからこそ、当社のコミュニティは「上下関係がまったくなく、みんながファン」という、意見しやすい状態をめざしている。(ワクワク制作グループ グループリーダー 舟渡史氏)
ユーザーを見れば、やるべきことがおのずと見えてくる
一昔前までは、卸先を持つメーカーがエンドユーザーと直接つながれる機会は少なく、マス広告を打てる大手メーカーでなければブランドが広く認知されることも、指名買いしてもらうことも難しかった。
だが今は、SNSを活用してユーザーの意見を聞いたり、ユーザーとのコミュニティを構築したりと、メーカーでも多くの顧客接点が持てる上、ユーザーの声が他の消費者の購買にも大きく影響する時代になっている。
そのなかで、平安伸銅工業は卸先への営業活動と並行して、エンドユーザーとの関係性づくりにもビジネスの軸を置くようになった。
SNSを活用してメーカーの立場から顧客体験を向上させる取り組みに励み、ファンマーケティングを推し進める竹内氏は、最後にこう締めくくった。
メーカーは立場上、流通の過程でさまざまなステークホルダーがいるため、エンドユーザーのことを忘れがちかもしれない。しかし、実際にエンドユーザーとの接点を持っていくと、これからの時代は「ユーザーを見る」ことがいかに重要か実感する。ユーザーを見れば、おのずとやるべきことも見えてきて、それが結果的には中間流通業者や小売店への貢献にもつながっていくだろう。
エンドユーザーを理解するツールとしても、SNSの活用はとても有効だ。自社の改善点を知る上でも役立つのはもちろん、自分たちが思っている以上の自社の価値を発見することもできるからだ。(竹内氏)
◆「visumo」とは
ブランディングや商品訴求を強化するビジュアルデータを一元管理できるビジュアルマーケティングプラットフォーム。スマートフォンの普及やネットワークインフラの発展により、文字のコンテンツだけでなく画像や動画などの“見る”リッチコンテンツがマーケティングに有効に働くようになったなか、2017年のサービス開始以降、国内で400社超が導入している。
Instagram上に投稿されたコンテンツをサイトに掲載する場合、投稿したユーザーから二次利用の許可を得る必要があるため時間と労力がかかってしまう。その点、「visumo」の申請機能を使えば申請作業がシステム上で管理できるため作業が大幅に軽減できる。また、インスタグラム上の画像とECサイトの商品詳細ページを関連付けてサイトに画像を掲載することも可能となる。
「visumo」が提供する主な4つの機能は以下の通り。
- Instagram上の投稿写真や動画を活用する「visumo social」
Instagram上の写真や動画をECサイト、オウンドメディアに活用できる機能。 - ECサイトの動画コマースを推進する「visumo video」
YouTubeやIGTVなどで活用している動画データを、最適な容量に圧縮、自社サイトやオウンドメディアなどでストリーミング配信できる機能。 - アンバサダーやスタッフが投稿できる専用ツール「visumo snap」
アンバサダーやスタッフが投稿できる機能。アンバサダーやスタッフが撮影したコンテンツをECサイトに投稿できる。 - ノーコードで商品ページを充実させる次世代CMS「visumo comment」
スタッフやアンバサダーの撮影コンテンツ、接客コメントなどがECサイトに掲載できる機能。