島田 淳史[執筆] 2023/9/6 8:00

最近は生成AIが大きなトレンドとなり、入れ替わるように各所が向けていたメタバースへの熱視線は、少し落ち着き始めている。ちまたではにわかに「メタバース衰退論」もささやかれており、耳にした読者も多いはずだ。そのメタバースの世界がどうなっているかと言えば、明るいニュースが多くある。大きなインパクトはAppleが発表した「Vision Pro」があげられる。既存のVRデバイスとは趣向が異なるが、「あのAppleがHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に手を伸ばした」という報を機に、バーチャルの世界へ関心を持つユーザーや企業は少なくないだろう。かつて、iPhoneが多くの人の生活を変えたように。メタバースの世界で起きているホットなトピックをいくつかお伝えしていこう。

さまざまな企業の参入が続く「VRChat」

国内から熱視線が注がれているのがソーシャルVR「VRChat」(米国のVRChat Inc.が運営)。メタバースのなかでも高い表現力と自由度から、ユーザーだけでなく企業も注目している。

京セラは「VRChat」に製品展示ブースを設置した(動画は京セラのYouTubeアカウントより)

【京セラ】テーマパーク並みのコンテンツを作り込み

直近で話題を呼んでいる企業進出の事例は京セラだろう。2022年10月に京セラの工具部の製品を、2023年6月にレーザー技術製品を展示するパビリオンを「VRChat」に立ち上げ、現在も一般向けに公開を続けている。

パビリオン内には製品の3Dモデル、サステナビリティへの取り組みを紹介する立体映像、レーザー通信技術が普及した未来を体験できるライドアトラクションといった体感型のコンテンツを用意。特にライドアトラクションの作り込みは、現実のテーマパークにも匹敵するレベルで、来場者からの評判も良いと聞く。

扱うものはほぼtoB領域であり、実際にこのコンテンツは業界向け展示会でも出展し、来場者が体験できるようになっていた。同時に、業界のマニアックな技術を知らない一般層にもこのワールドは解放され、京セラ社員によるツアー企画も実施された。

社会科見学のような展開は、京セラという大企業のプロダクトや取り組みを広く認知してもらために実施したという。

【ホビージャパン】採算度外視の挑戦。触れるコンテンツも

京セラのような“お堅い”企業も挑戦しているのだから、エンタメ企業はさらに進出しやすい。その一例がホビージャパンだ。4月にオープンした特設ワールド「ホビージャパン駅前商店街」は、ノスタルジックな商店街に、ホビージャパンのコンテンツを詰め込んでいる。

「ホビージャパン駅前商店街」のオープン記念イベントで配信された動画(動画はホビージャパンのYouTubeアカウントより)

プラモデルやボードゲーム、さまざまなIPコンテンツなど、ワールド内にあるものはさまざま。ホビー企業ということもあり、「組み立ててデカール(編注:裏にのりのついた紙やプラスチックフィルム)も貼れるプラモデルの店舗」「塗装体験ができる塗装ブース」など、ユーザー自身の手で触って楽しめるコンテンツも豊富だ。ワールド内のボードゲームショップには、実在のボードゲームをVRで遊べるようにしたものも配置し、店舗内で定期的にボードゲームイベントも開催している。

このメタバース事業は社員の発案でスタートし、採算はいったん無視してチャレンジするという形で取り組んでいるそうだ。

こうした「楽しさ」を基軸に置いているかどうかに、ユーザーは意外と鋭い。少しコンテンツに触れただけで、企業側が「本気で、楽しみながら」取り組んでいるか、あっさり見抜くものである。

このほかにも、JT(日本たばこ産業)や東映アニメーションも「VRChat」に進出している。埼玉県も、「ミズベリング」という事業の一環で、VTuberが出演するイベント「VIRTUALミズベリング」を2年連続で展開。「VRChat」はいまなお、活況なメタバースとして盛り上がりを見せている。

市場規模は20億円超、メタバースに芽吹くファッション文化

ユーザー個人の消費動向にも目を向けてみよう。メタバースの世界で、ユーザーにとって最も身近なものが「アバター」だ。バーチャル世界における自らの分身である。

その扱いは、プラットフォームによって異なる。「Roblox」「ZEPETO」のように、プラットフォーム内のストアでアバター本体やスキンを売買できるところもある。一方で、決まりきったアバターが数種類だけあり、変更できないプラットフォームも。このほか、「VRChat」や「cluster」のように、購入したものや、自分で作ったものを自由に持ち込めるプラットフォームもある。

ピクシブが運営するイラストコミュニケーションサービス「pixiv」と連携した創作物の総合マーケット「BOOTH(ブース)」の、3Dモデルカテゴリの取扱高推移(画像はpixivが運営するメディア「pixiv inside」の「BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書」からキャプチャ)
ピクシブが運営するイラストコミュニケーションサービス「pixiv」と連携した創作物の総合マーケット「BOOTH(ブース)」の、3Dモデルカテゴリの取扱高推移(画像はpixivが運営するメディア「pixiv inside」の「BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書」からキャプチャ)
「BOOTH」3Dモデルカテゴリの注文件数推移(画像はピクシブが運営するメディア「pixiv inside」の「BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書」からキャプチャ)
「BOOTH」3Dモデルカテゴリの注文件数推移(画像はピクシブが運営するメディア「pixiv inside」の「BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書」からキャプチャ)

ECサイト「BOOTH」を運営するピクシブは2023年1月、「BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書」にて3Dモデル商品の取引状況を公開した。それによると、2022年には3Dモデルカテゴリの取扱高は24億円、注文件数は148万件に達し、右肩上がりで成長している。

2022年における3Dモデルへの支出額とユーザー数(画像はピクシブ運営するメディア「pixiv inside」の「BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書」からキャプチャ)
2022年における3Dモデルへの支出額とユーザー数(画像はピクシブが運営するメディア「pixiv inside」の「BOOTH 3Dモデルカテゴリ取引白書」からキャプチャ)

支出ごとのユーザー数の推移を見ると、1万円以上の高額支出ユーザーが一定数存在。さらに、「ユーザーの支出額が増えても人が減らない」という傾向も読み取れる。

「BOOTH」で流通する3Dモデル商品の多くは、「VRChat」向けアバターや、アバター向けスキン――すなわち、衣服やアクセサリー類である。つまり、メタバースに出向くための「自分の身なり」へ、多額の出費をもいとわない人が増えているということだ。

アダストリアが展開するメタバースでのオリジナルアバター販売状況
アダストリアが展開するメタバースでのオリジナルアバター販売状況

この領域に、2022年から取り組んでいるのがアダストリアだ。アダストリアでは、「VRChat」向けのオリジナルアバター「枡花 蒼(ますはな あお)」「一色 晴(いっしき ひより)」、現実で販売しているアパレル商品をアバター向け洋服として制作し、「BOOTH」で展開している。

アダストリアのメタバースアイテム第6弾。新ブランド「Anui」のアイテムを アバター向け衣装として展開した
アダストリアのメタバースアイテム第6弾。新ブランド「Anui」のアイテムをアバター向け衣装として展開した

メタバース上で、アバターよりも洋服が売れる時代

オリジナルアバター、アバター向け洋服も売り上げは好調だ。ただし、予想外だったことがある。それは、アバターよりも洋服の販売数の方が多いことだ。アバターという身体そのものよりも、身体に着せる洋服の方が、ユーザーの手に多く渡っているのである。すでにメタバースの世界には、ファッションというカルチャーが根付いていると言える。

ちなみに、アダストリアのアバター向け洋服を購入・着用したユーザーのなかには、まったく同じ「リアルの洋服」も購入した人、実店舗へ訪れる人も少なくない3Dアイテムからブランド認知、購買意欲の促進が成功していると見て良いだろう。こうした動きを受けて、直近のアダストリアでは、アバター向けアイテムを着こなしてもらうファッションモデルやアンバサダーを、ユーザーから起用している。

メタバース参入企業は国内でも増加傾向

日本国内でも、本格的にメタバース事業に乗り出そうという企業が増えている。電通グループは「Roblox」とパートナー契約を締結、博報堂DYホールディングスは「cluster」と資本業務提携を結んでいる。「Roblox」は国内企業の進出や、国内スタジオのプレスリリースも増えている印象だ。

アダストリアが注力する「VRChat」も「公式パートナー企業」が急増している。日産やモスバーガー、京セラなどの「VRChat」進出を手がけた往来、映像制作のイアリンジャパン、不動産業のAny Gold Trust、弁護士事務所の前田拓郎法律事務所、クリエイタープロダクションのメタバースクリエイターズ……など、2023年に入ってVRChat社の公式パートナー企業はコンスタントに増え続けている

「VRChat」を商用利用の場に定めた企業が、2023年から動き始めているということだろう。ほかにも、ユーザー活動が事業化する動きもいくつか見られる。「VRChat」は今後、スマートフォン対応も控えていることもあり、まだまだ参入者は増えるだろう。

メタバースをめぐる明るいトピックの多くは、「ユーザー目線」の施策から生じていることが多い。

メタバースは「金のなる木」ではなく、「なんでもできる広大な島」である。そこにはすでに日常生活を送る“住人”たちが存在。企業が自分たちの利益やビジョンを押し付けるだけでは、ユーザーは真に心を向けてはくれない

ユーザーがほしいもの、やってほしいことを直に聞き取り、愚直に実施する。そして、収益を上げることよりも、事業を通してファンとコミュニティを作り上げることに心血を注げば、自然とブランド認知の拡大、サービス、ブランド、商品を好きになってもらうことにつながるのだ。2023年現在のメタバースとは、そんな「アナログなファンマーケティングの場」の最前線である。

「バーチャル」という言葉には「仮想」という訳がよくあてがわれる。しかし、本来“virtual”という言葉には「実体・事実ではないが『本質』を示すもの」という意味がある。「虚構の世界」ではなく「もう一つの世界」である以上、理解するには自分の足で歩き、現地の様子を知ることがなにより大切だ。又聞きの「衰退論」をうのみにすることなく、日々アップデートが続くメタバースの世界を、自らの足で旅してみてはいかがだろうか。

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