島田 淳史[執筆] 2023/6/26 7:00

ビジネスシーンで当たり前のように使われるようになった「メタバース」。企業による利活用例も増えてきた。メタバースの取り組みを加速しているアダストリアでメタバース部門の責任者を務める筆者(広告宣伝部 メタバースプロジェクトマネージャー 島田淳史)が、基礎知識、代表的なサービス、活用事例を解説する。

「メタバース」とは

「メタバース」は、「超越した」という意味の「メタ」、宇宙を意味する「ユニバース」を合わせた造語。米国のSF作家ニール・スティーヴンスン氏の小説「スノウ・クラッシュ」で使用され、世に広まった。

月日は流れ、2021年にフェイスブックが「メタ」に社名を変更。「3DCGで作られた、複数の人がアクセスできるオンライン空間」というイメージとともに、「メタバース」というワードの知名度は一気に拡大した。勘違いする人が多いが、メタ社が提供するサービス名(=固有名詞)ではない。

メタバースの利便性について話すメタのマーク・ザッカーバーグ会長兼CEO(動画はメタの公式YouTubeアカウントより)

加えて、「メタバース」には明確な定義はない。個人や事業者が「3DCGで作られた、複数の人がアクセスできるオンライン空間」の実現をめざしている試行錯誤を続けているのが現状だ。

そんな「メタバース」の一例としては、次のようなものがあげられる。

  • Webブラウザ上で閲覧できる、簡素なCG空間
  • ハイスペックなPCがないとアクセスできない、ハイクオリティなCG空間
  • VR(仮想現実)機器の使用を前提として設計されたバーチャル空間
  • 「ファイナルファンタジー14」や「あつまれ どうぶつの森」のようなオンライン対応ゲーム

本人の顔や姿を出さずにCGのキャラクターでダンス、ゲーム、ライブ配信などを行う「VTuber(バーチャルYouTuber)」と似た要素はいくつかあるが、基本的には別物とされている。

メタバースユーザーの多くは「VTuber」のような「デジタルアバターを身にまとう人」だが、必ずしも「VTuber」ではないので注意したい。

代表的なサービスで学ぶ「メタバース」

ここで「メタバース」の代表サービスを紹介したい。

米国のRobloxが運営する「Roblox(ロブロックス)」

「Roblox」のイメージ(画像は「Roblox」の公式サイトからキャプチャ)
「Roblox」のイメージ(画像は「Roblox」の公式サイトからキャプチャ)

「Roblox」は世界的な人気を誇るオンラインゲームプラットフォーム。2022年時点で、全世界のデイリーユーザー数は5600万人に達しているとのことで、いわゆる「Z世代」と呼ばれる10代ユーザーが多いプラットフォーム

「Roblox」のプレイイメージ(動画はRobloxの公式YouTubeアカウントから引用)

ユーザーが自由にコンテンツを制作・公開できるのが特徴で、ゲームや居心地のよい空間まで、さまざまなコンテンツを体験できる。このうち、訪問数が10億回超のコンテンツが70件を超えている

着用できるアバターも多種多様。クリエイターが創り出したアバター用のファッションアイテムもプラットフォーム内ストアで購入することが可能だ。

クリエイターはこうしたアイテムやコンテンツを制作することでゲーム内通貨「RoBux」を蓄積。「RoBux」を現金に換金し、新たな収益源にしている。

こうした世界最大級のユーザーアクセスと、プラットフォーム内経済の存在から、NIKE(ナイキ)、GUCCI(グッチ)、Spotify、Walmart (ウォルマート)など世界中の名だたる企業が「Roblox」へ進出し、コンテンツ公開やイベントを開催している。

日本でも、セガが公認の「ソニック」のゲームを公開したり、本田技研工業が製品体験のできる公式コンテンツを公開している。

韓国ネイバーの子会社NAVER Zが提供する「ZEPETO(ゼペット)」

「ZEPETO」のイメージ(画像は「ZEPETO」のダウンロードサイトからキャプチャ)
「ZEPETO」のイメージ(画像は「ZEPETO」のダウンロードサイトからキャプチャ)

世界的に人気なスマートフォンアプリの1つ。3Dアバターの着せ替えを楽しめるアプリだったが、その後バーチャル空間へアクセスできるメタバースアプリへ発展した。

アジア圏を中心に人気を集めており、2023年1月時点で全世界4億人のユーザーが存在するという。アバターファッションに強く、さまざまなアイテムを購入してアバターに着用できるシステムが備わっている。

Z世代のユーザーが多く集まる(画像はNAVER Z Corporationのリリース資料からキャプチャ)
Z世代のユーザーが多く集まる(画像はNAVER Z Corporationのリリース資料からキャプチャ)

「Z世代」の集まるプラットフォームとして企業が注目しており、ラルフローレン、ブルガリ、ソフトバンクなどが進出。特にソフトバンクは、公式ワールドにてチャットボットとショップクルーによる接客も展開している。

米国のVRChat Inc.が運営するソーシャルVR「VRChat(VRチャット)」

「VRChat」(画像は「VRChat」の公式サイト)
「VRChat」(画像は「VRChat」の公式サイト)

VRに対応したメタバースのなかで特に著名なサービス。名称に“VR”とあるが、PCでもアクセスできる。また、VRヘッドセット「Meta Quest 2」からもアクセス可能だ(一部の体験コンテンツに差異はある)。2023年秋にはスマートフォンへの対応も予定している。

「VRChat」のプレイイメージ(動画は「VRChat」の公式YouTubeアカウントから引用)

ユーザーが「ワールド(仮想空間)」やアバターを自由に制作・アップロードできるのが特徴。VR機器を併用すると、高い表現力と自由度を世界を体験できる。そのため、ハイレベルなクリエイターやパフォーマーが多く集まり、熱狂的なユーザーコミュニティも醸成されている。

日本国内でも「VTuber」文化と合わせて人気の出てきたプラットフォームで、海外ユーザーをしのぐほどのクリエイターやパフォーマーを多く輩出している。

そんな熱量の高さに引かれて、日産自動車やモスバーガー、ホビージャパンといった企業がぞくぞくと進出している。

日本企業のクラスターが運営する「cluster(クラスター)」

日本発の「cluster」(画像は「cluster」を運営するクラスターのリリース資料からキャプチャ)
日本発の「cluster」(画像は「cluster」を運営するクラスターのリリース資料からキャプチャ)

数少ない日本産のメタバースプラットフォーム。VRイベントプラットフォームから出発したため「イベント機能」が存在、バーチャルイベントの開催地としてさまざまなユーザーや組織が利用している。

「cluster」のサービス紹介ムービー(動画はクラスターの公式YouTubeアカウントから引用)

「VRChat」と同様にユーザーが「ワールド(仮想空間)」やアバターを自由にアップロードできる。大きな特徴は「ハードルの低さ」。ワールドもアバターも、プラットフォーム内でパーツを組み上げるようにその場で作り出すことができる。有名どころは大阪府が「バーチャル大阪」を展開している。

直近では、アバター向けアクセサリーのストア機能も実装され、プラットフォーム内の経済圏が生まれつつある

国内企業による運営であること、イベントの開催機能など、企業によるメタバース活用の場として採択しやすい条件がそろっているメタバースと言える。

また、PCやVRヘッドセットに加え、スマートフォンにも対応しているため、利用しやすいサービスと言える。

先進企業の事例に学ぶメタバース活用

コマース業界においてメタバースはどのように活用できるのだろうか? すでに先行してメタバース事業を展開している2社の事例から、メタバース活用の効果から期待できることを解説していく。

事例① アパレルとアバターを両軸とするアダストリア

アパレルECサイト「.st(ドットエスティ)」を運営するアダストリアは2022年10月から、「VRChat」での事業展開をスタートした。

主な展開内容は、ユーザーが利用できるアバター向け3Dモデル「枡花 蒼(ますはな あお)」「一色 晴(いっしき ひより)」の制作・販売。この3Dモデルは、アダストリアが展開する実在のアパレルブランドの衣服を身につけているのが特徴となっている。

また、3Dモデルが着ている衣装データは単品でも販売され、既存の販売3Dモデルにユーザーが“着せる”こともできる。

3Dモデル「枡花 蒼」(右)と「一色 晴」
3Dモデル「枡花 蒼」(右)と「一色 晴」

アダストリアが有する「アパレル」商材を、アバターが着用できる「メタバースファッション」に転換させたケースと言える。

さらに、衣服にマッチするアバターも同時展開することで、「VRChat」のアバター市場にも参入することに成功。「.st」でリアルで販売している洋服を、メタバースの世界でもアバターに着させることができるため、“自分のアバターとリアルな自分がおそろいのコーディネートをする”というユーザー体験を提供できている。

リアルの自分(左)と同じコーディネートをメタバース上でもできる
リアルの自分(左)と同じコーディネートをメタバース上でもできる

制作にあたっては人気のクリエイターを起用しているのも特徴。アダストリアではその後も、一般応募可能な衣装コンテストやフォトコンテスト、ユーザーイベントへの参加などを実施し、「VRChat」ユーザーへの訴求にも注力している。

「VRChat」などのメタバースは、ユーザー間で形成されているコミュニティの熱量が強く、ユーザーの信頼を得ることは極めて重要と言える。

事例②「自由な空間」を生かした日産自動車のメタバース展開

国内でいち早くメタバースに進出し、現在も継続している企業の代表格として日産自動車があげられる

2021年に「VRChat」上に公式の仮想空間をオープン。環境問題を学ぶツアー、新車発表会、社内デザイナーのトークショー、電気自動車について学べるゲームなどを展開している。

日産がメタバースで展開するバーチャルギャラリー(画像は日産自動車の公式サイトからキャプチャ)
日産がメタバースで展開するバーチャルギャラリー(画像は日産自動車の公式サイトからキャプチャ)

日産自動車の「メタバース」展開の特徴は、「物理的制約のない空間」というメタバースの特性をうまく活用していること。

たとえば、環境ツアーでは「北極の氷が溶けるとどうなるか」を目の前で“実演”し、口頭説明だけでは理解しにくいことを効果的に伝えている。こうした体験型コンテンツは、とりわけVRとセットで高い訴求力を発揮する

日産自動車による新型軽電気自動車の「VRお披露目会」中継(動画は日産自動車の公式YouTubeアカウントから引用)

また、新型EV「日産サクラ」の発表時には、運転体験ができる空間をオープンし、ユーザーが自由に試乗できる機会を作った。全世界どこからでも、車の運転イメージや内装のチェックができる「オンライン試乗体験」となり、これをきっかけに「日産サクラ」を購入した人も現れたという。

こうした数々の施策を、日産自動車は「VRChat」のユーザーコミュニティやクリエイターと密に連携して展開している。

いまや日産自動車は国内「VRChat」コミュニティとして認知されており、メタバース進出のモデルケースの1つとして注目すべきだろう。

このほか、日産自動車は独自プラットフォームを開発し、「メタバース空間上での車両販売」の実証実験も進めている

メタバース市場参入で企業が得られるメリットとは?

メタバースでは、従来のインターネットにプラスして「空間の提供」と「身体性を伴ったコミュニケーション」が可能となる。

Webページと異なり、三次元的な空間はスケール感や奥行きを表現しやすく、そこを探索する体験は、ただ「見る」だけよりも体験の質は濃密になる。そして、その空間でアバターを介して、身振り手振りを交えながら行う会話は、現実のコミュニケーションと同等の情報量を持つ。

EC業界においては、顧客との対話は顧客獲得とブランドの育成に大きく寄与するはず。必要以上の情報が伝わらないテキストコミュニケーションと比較して、メタバース空間での対話コミュニケーションは、顧客側にとっても質の良い体験をもたらす。こうした「良質な体験」は、ブランドイメージの強化につながるだろう

メタバースは、多くのプラットフォームにおいてマネタイズの仕組みが未熟なこともあり、企業のメタバース進出には金銭的リターンを期待しにくいのが現状だ。

しかし、質の良い体験提供と高いアクセス性などにより、新たな顧客層の発掘と、良質なブランドイメージの醸成が期待できる。さらに、クリエイターやインフルエンサーと協働することで、企業主導では実現できないような驚くべき施策も、速度感をもって生み出すことが可能だ。

なお、こうした施策を実現するには、プラットフォームやコミュニティへの理解が不可欠となる。“そこにいる人々”の存在を無視した事業展開は支持を得られないばかりか、企業イメージに悪評がつく可能性もあるからだ。

メタバース進出にあたっては、まずは担当者自らがメタバースの“住人”になる勢いでメタバースを体験し、場と人をよく理解することが肝要と言える。

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