「商品デザイン」「広告コピー」などEC現場で広がる生成AI活用+効果+課題とは【米国EC企業の事例】
米OpenAI(オープン)AI社が開発した「Chat GPT」などの生成AIを、メルマガや文章作成、接客といったシーンで活用するEC事業者が増えています。オンラインでジュエリーを販売する米J'evarは、ジュエリーの新商品をデザインするために独自のAIを開発しています。生成AIの活用はEC事業者の商品デザインにどのような影響を与えるのでしょうか。その可能性を見ていきます。
生成AIが宝飾品のデザイン画像を出力
人工的に作られた合成ダイヤモンドを活用したジュエリーを取り扱うJ'evarは、新商品をデザインするために、独自のAIアプリケーションの開発を決めました。そのAIアプリケーションは、J'evarのジュエリーデザイナーが商品の素材や仕様に関する情報を入力すると、生成AIがその商品の画像を出力します。「このツールによってJ'evarは、商品デザインに関する作業時間を何週間も省くことができる」とJ’evarの創設者兼CEOであるアミッシュ・シャー氏は説明します。
J'evarが商品デザインの作成に生成AIを使用したのは2022年。これまでに、AIのナレッジバンク(金や銀の重さなどの重要な詳細情報を含むテキスト、画像、素材の測定基準などのデータベース)に測定基準と画像を蓄積。シャー氏は冗談交じりに、そのナレッジバンクを「JevarGPT 1.0 」や「AI for Jewelry 1.0」と呼んでいます。
たとえば、留め具のないブレスレットであるバングルを製造したい場合。生成AIにテキストプロンプトを入力し、その作品の金の重さ、薄さや幅、デザインスタイルを指定すると、入力した1つのプロンプトで50の商品イメージを生成します。生成されたイメージのなかからすぐに商品化が可能なデザインが上がってくることもあります。
また、生成AIのデザインによっては、J’evarのデザイナーが商品化できるクオリティーになるまで修正することもあります。
AIが生成するすべてのデザインを生産できない大きな理由の1つは、AIが生成するデザインの形状にダイヤモンドをカットすることができないからです。しかし、この難点さえも、新しい機械によって間もなく克服されるでしょう。(シャー氏)
J'evarの開発者たちはAIに対してここ数年、データ分析だけでなく、文章、画像、動画、音声を生成するよう訓練してきました。
これは「ジェネレーティブAI(生成AI)」と呼ばれており、多くのEC事業者はすでにこの新しい技術を活用。新商品をデザインしたり、既存商品の新しいバリエーションを作り出したりしています。
J’evarは、生成AIの活用による業務の最適化、効率化、スピードアップを検討しました。同時にアウトプットの観点から、精度の向上とより高いレベルの創造性も追求しています。(シャー氏)
生成AIを使えば、小売事業者はわずか数分で複数の商品アイデアを作成し、テストをすることができます。
J'evarや、骨伝導ヘッドフォンを販売するデンマークの事業者Auricle Technologyなどのオンライン通販事業者は、生成AIの活用方法を学び、プロダクトデザイナーを支援することで、商品デザインの工程をより効率化しています。
ただ、生成AI技術はまだ未熟なため、できることには限界があるようです。
J’evarは生成AIで商品デザインをスピードアップ
通常、ジュエリーデザインの製作には、数週間から1か月以上の長い時間がかかります。顧客から依頼されたデザインの場合、J'evarのデザイナーは、まず顧客がどのような商品を望んでいるのかを理解してからデザイン作業に入ります。
バングルをデザインするとき、デザイナーはまず、顧客が「幅の広いカフを望んでいるのか」「重ね付けできるものを望んでいるのか」「軽いものを望んでいるのか」「重いモノを望んでいるのか」「厚いものを望んでいるのか」「薄いものを望んでいるのか」「ダイヤモンドが欲しいのか」「宝石が欲しいのか」などを判断しなければなりません。
その後、デザイナーは顧客の要望を正しく理解するために最初のモックアップ(原寸模型)を作成。この工程は、顧客にデザインを見せ、それに合わせてスケッチをするというもので、通常1週間から3週間かかります。
あるケースでは、顧客から「気に入った」と言われるまで、シャー氏と彼のチームは55のバリエーションを検討したということです。その後、設計で使う業務用ソフトウエアのCADに移行し、そこからレンダリング(完成予想図)に進みます。
AIを使うことで、そのプロセスを数時間、場合によっては数分で終わらせることができます。(シャー氏)
さらに手作業の場合、デザイナーはダイヤモンドを1つ1つ所定の位置に移動させ、正しい位置にあることを確認しなければなりません。
AIはそのプロセスもスピードアップします。生成AIが出力するデザインは、数ミリの単位でダイヤモンドや宝石を移動させたり、金の重さを上下させたり、幅や厚みを変えたりすることができるのです。
これは、1000人のデザイナーと彼らが行った仕事の種類をナレッジバンクに登録し、システムにそれら1000人のデザインを組み合わせて、抽出した結果を出力させているようなものです。(シャー氏)
独自開発した生成AIプラットフォーム
シャー氏は、自社がジュエリービジネスで90年の歴史を持っていることが、パターンを学習して新しいデータを作成する生成AIを自社開発する上で、他社よりも有利に働くと言います。
長年にわたって宝飾ビジネスを営んでおり、宝飾ビジネスに欠かせない知見やノウハウが蓄積されています。これは外注して一朝一夕に調達できるようなものではありません。(シャー氏)
J'evarは生成AIにテキストと画像を入力し、どのようなものを出力してほしいか指示します。プロンプトを入力する際、J'evarのデザイナーは主にテキストを用いて画像を生成するそうです。
情報はナレッジバンクに蓄積されています。あとはそれを整理して、生成AIが分析できるフォーマットでシステムに送り込み、GPU(画像処理装置)を稼働させて、さまざまなものを組み合わせて抽出した結果をAIに送り出してもらうだけです。(シャー氏)
Auricle Technologyは大規模受注を生成AIで省力化
生成AIが生み出すデザインは、人の手による修正が必要ない事例もあります。生成AIツールを使い、さまざまな商品のロゴや色を入れ替えているAuricle Technologyがその一社です。
創業者のウィリアム・クックシー氏が電子機器用アクセサリーのD2Cブランドを立ち上げたのは、耳にフィットするワイヤレスヘッドフォンを開発するため。彼は米AppleのAirPodsを毎日長時間使用しており、しばらくすると硬いプラスチックが耳を痛めるようになったため、より柔らかく、耳にフィットするシリコン製のAirPodsスキンを開発したのです。
メーカーから送られてきた試作品には、Auricleのロゴが印刷されていました。それがきっかけで、クックシー氏はブランディングの重要性に気づき、ライセンス事業も始めました。
2021年に立ち上げたこのDtoCブランドは現在、AirPodスキン、AirPod充電ケーススキン、スマホケース、ワイヤレス充電器、マウスパッドなどのカスタマイズ商品を製造。ライセンス契約を通じて、メジャーリーグベースボール、ナショナルホッケーリーグ、メジャーリーグサッカーの90以上のチームや約130の大学チームのロゴをカスタマイズ商品にプリントしています。
このロゴデザインは、デザイナーがチームごとに手作業で色やロゴを変更するのではなく、「生成AIをデザインプロセスに組み込んでいる」(クックシー氏)。
ただ、J'evarとは異なり、Auricleには新しい生成AIエンジンを開発する予算も社内技術もありませんでした。そこで協力企業を模索し、英国と米国に拠点を持つメディアGoals Media Groupと協業、その生成AIを使用しています。
Goals Media Groupは「Microsoft for Startupsが提供するテクノロジーを利用」(創業者でCEOのオーブリー・フリン氏)しており、Auricleは「Microsoft for Startups」が提供するAIテクノロジーなどにアクセスできるようになっています。
なお、Microsoftは、テキストベースの生成AIである「ChatGPT」と画像ベースの「DALL-E」を開発したOpenAIに100億ドルを投資すると発表しています。
クックシー氏によると、「リードデザイナーとフリン氏は、生成AIが商品をデザインすることは、大きなコストをかけることなく、短期間で何百もの商品を新たにデザインする方法である」と判断。Auricleは、Goals Media Groupと「Microsoft for Startups」が提供する生成AIを使用し、異なるスタジアムで異なるスポーツチームの商品を紹介するソーシャルメディア用の画像など、マーケティング素材を生成AIで開発しています。
生成AIは、Auricleのブランディング、スポーツチームのブランディング、必要なコピーを含む画像を作成することができます。
中小企業は資本金が多くないケースがほとんど。生成AIを活用して、多くの予算を割くことなく、質の高い画像を中小企業に提供できることは、とても有意義です。(クックシー氏)
リーグと取引する場合、顧客は全チームを同時に立ち上げられることを望みますが、Auricleの人的リソースではそれを実現できる余裕はなかったと言います。AIが大きな役割を果たしました。
生成AIがもたらすマーケティング効果、課題、可能性
Goals Media Groupの顧客は約650社で、その半数近くがEC事業者だといいます。
生成AIが制作したソーシャルメディアマーケティングのクリエーティブは、通常のクリエーティブと比較して、広告に対する消費者のインタラクションを35%以上増加させることができます。(フリン氏)
フリン氏が話している「生成AIを制作したクリエーティブ」は、完全にAIのみが生成したクリエーティブや、すでに存在するビジュアルをAIが補強したもの、生成AIがそれらのビジュアルのために開発したコピーなどが含まれています。
フリン氏によると、AIを活用したクリエーティブは、商品のクリック単価を30%~40%下げるほど優れた成果を上げているそうです。
Auricleのようなブランドは、大企業が持つような資本、リソース、インフラなどを備えているわけではないため、生成AIのような最新技術をできるだけ早く取り入れる必要があるでしょう。(フリン氏)
生成AIは一過性のトレンド?
シャー氏、クックシー氏、ウィッチャー氏、フリン氏は4人とも、生成AIの商品開発への応用を期待しています。生成AIは一過性のトレンドに過ぎないと言う人もいるかも知れませんが、ウィッチャー氏は「この技術が他のブームと異なるのは、企業がすでに社員にAIを使わせ、理解させ、実験させていること」だと指摘しています。
生成AIの位置付けはクラウドソーシングのようなものです。生成AIの特筆すべき点は、非常に簡単に活用でき、ほとんど誰にでも使えるということです。(ウィッチャー氏)
AIが生成できるものはまだ限定的で、不完全な場合もあります。しかし、オンライン通販事業者は生成AIによる画像処理を使って、ゼロから新商品をデザインしたり、既存商品をカスタマイズしたり、マーケティングコンテンツを開発したりしています。
一度に複数のパターンを開発したり、AIが生成するデザインを、納得するまで同じ画像を何度も改善し続けることが可能です。その後、人が手作業で微調整を加えます。こうすることで、新商品のデザイン改良に必要な人的リソースを節約することができるのです。
生成AIの課題は「空間理解能力には限界がある」
米国の調査会社Forresterのブレンダン・ウィッチャー氏(バイスプレジデント兼主席アナリスト)によると、生成AIは大量のデータを学習・処理するのに優れているものの、空間理解能力には限界があるそうです。
エンジニアリングや構造要素、物理的な実行可能性については未知数で、生成AIはまだその段階にはありません。しかし、「いずれ可能になる」とウィッチャー氏は付け加えます。
靴をデザインするとしましょう。靴はそれを履いて、走ることができて初めて靴の役割を果たします。現在の大きな課題は、物体が物理的な空間のなかで行う動作を理解させるための膨大な作業を生成AIに投入する必要があるということと、商業的なバランスを保ってそれを実行できるかどうかということです。(ウィッチャー氏)
人間の可能性を広げる
ウィッチャー氏は、生成AIの価値は過去の学習から生まれると指摘します。人間は訓練で得た知識に基づいて仕事をしていますが、ウィッチャー氏は「AIも同じようなもの」だと考えています。
生成AIは今よりも一段上の段階に進み、人間が処理できる以上のデータを取り込み、その後の最適なフローを評価するようになります。また、AIツールができるような情報処理は人間の頭脳ではできないため、人間が思いつかなかった、あるいは思いつかないようなアイデアを生成できます。
膨大なデータを吸収して、そこからアイデアを抽出することは、人間には不可能なことです。今まで考えつかなかったことをイメージできることには、生成AIを活用する人にとって新たな可能性を生み出すでしょう。(ウィッチャー氏)
ウィッチャー氏は、生成AIの価値は生産スピードだけでなく、意表をついた作品を生み出すことにまで及ぶと言います。「多くの人がAIを使ってイメージを生成できることに注目していますが、私にとって最も重要な生成AIのメリットは、気に入ったものができるまで何度も何度もイメージの生成を繰り返すことができる能力です」(ウィッチャー氏)
生成AIはツールとして使われるべき
生成AIは、商品デザインの段階で人間の代わりができるわけではありません。「特に宝飾業界ではそのようなことはあり得ない」とシャー氏は考えています。
人間の知性はAIを凌駕(りょうが)します。少なくともジュエリーに関してはそう断言できます。生成AIはむしろ、人間のデザイナーのアシスタントのようなものです。(シャー氏)
デザインが完成したときに、商品化に向けた最終判断を下すのは人間です。米国ソフトウェア事業者のAdobeやCorelがデザイナーの役に立つグラフィックソフトウエアツールを提供しているのと同じで、生成AIはあくまでもデザインツールであって、人間の代わりではありません。生成AIの活用については「AIから最初のデータ出力が得られたら、それを生産可能なレベルまで人間が修正していくべきです」とシャー氏はアドバイスします。
同様に、Forresterのウィッチャー氏は「AIはクリエーティブな個人の代わりではなく、ツールとして使われるべき」だと考えています。
すべての人が生成AIを使うようになると、生成AIを使う以外のクリエーティブの手法を学ぶ人はいなくなります。時の流れとともにクリエーティブレベルが未熟な人が専門知識を身に着けなくなり、誰も高いレベルに到達できなくなってしまうでしょう。(ウィッチャー氏)
ウィッチャー氏は「AIの活用で大切なのは、AIに頼り切らないこと」だと付け加えています。「AIは『アシストインテリジェンス』の略で、私たちが現在行っている仕事の生産性を高めるために使うもの」(ウィッチャー氏)だと話しています。