小山 健治 2015/4/14 7:00

高齢化によって世帯数が減少に転じる2020年以降、小売業はますます厳しい時代を迎えることになる。そんななか、ビジネスの持続的成長の鍵を握るといわれるのが、顧客の求めるニーズに的確に応える「オムニチャネル」だ。コンビニ、スーパー、百貨店など多彩な業態を擁するセブン&アイ・ホールディングスは、先進的に「オムニチャネル」に取り組む代表的な流通企業の1社。「オムニチャネル」を進める上での課題といわれる「企業間や組織の壁」「スタッフの意識」などをどのように解決したのか。セブン&アイ・ホールディングスが「オムニチャネル」で消費者を呼び寄せる仕組み作りをひもといていく。写真◎Lab

オムニチャネルで結果を出しているのは百貨店や高級志向の専門店

今後、65歳以上が3割という高齢化社会が到来し、遠くに行けない買い物困難者がさらに増加していく。また、働く女性が増えるとともに外食・中食の支出が増え、単身世帯の増加によって健康管理や家事サポートのニーズが高まっていく。顧客は、“いつでも”“どこでも”自分のライフスタイルにあった購買行動をとるようになる。そうしたなかで求められるのが「オムニチャネル戦略」なのだ

日本の流通業界の巨人、セブン&アイ・ホールディングスが今、グループをあげて推進しているのが「オムニチャネル」である。基調講演の第一部に登壇したセブン&アイ・ネットメディアの代表取締役社長・鈴木康弘氏は、「セブン&アイHLDGS.のオムニチャネル戦略」と題する講演でこのように語った。

コンビニエンスストアの「セブン-イレブン」、総合スーパーの「イトーヨーカドー」、百貨店「そごう・西武」をはじめ、100社を超える企業が集まる流通コングロマリットであるセブン&アイ・ホールディングス。現在、総売上高は約10兆円(セブン-イレブン・ジャパンの加盟店の売上高、7-Eleven.INC.のエリアフランチャイジーの売上高を含む)に達し、米国のウォールマート(37.5兆円)に次ぐ世界第2位の規模となった。

セブン&アイ・ホールディングスが抱える企業

そもそも、セブン&アイ・ホールディングスが注力する「オムニチャネル」は、2010年に米国の百貨店「メイシーズ」が発表したもの。顧客情報や在庫を一元化させ、消費者のニーズに応えていくコンセプトだ。これが呼び水となり、ITを駆使した買い物の「楽しさ・ワクワク」を伝える手法として、「オムニチャネル」が瞬く間に多くの小売業に広がっていった。

「オムニチャネル」は広がったものの、「2013年頃から明暗がはっきり分かれてきた」と鈴木氏は指摘する。

せっかく来店しても接客、商品のレベルが追いついていないため、ITを磨くのみの企業は業績が上がっていない。結果を出しているのは、もともと高いサービスを提供してきた百貨店や高級志向の専門店だ

セブン&アイ・ネットメディアの代表取締役社長・鈴木康弘氏
セブン&アイ・ネットメディア
代表取締役社長
鈴木 康弘氏

オムニチャチャネルの本質は「徹底してお客さま中心に考える商品、接客、店作り」

多くの流通企業をグループに持つセブン&アイ・ホールディングスは、小売業の「オムニチャネル化」の流れにどのような対応をとったのだろうか。

「オムニチャネル」はシステム戦略ではなく顧客戦略である。

こう鈴木氏が話すセブン&アイ・ホールディングスの「オムニチャネル」の考えが明確化したのは、各自スケジュールが立て込んでいるセブン&アイ・ホールディングス主要会社の社長・幹部50名超が集まり、10日間にわたって行った米国企業視察のときだ。「オムニチャネル」で先を行く米国企業の取り組みを肌で感じ取り、「オムニチャネルは顧客戦略である」という本質を掴んだという。そして、セブン&アイ・ホールディングス独自の「オムニチャネル」のビジネスモデルの構築をめざした。

視察などを経てたどり着いたのが、コンビニエンス、スーパー、百貨店、専門店、レストランなど複数の業態のリアル店舗とネットを融合させた、世界でも類を見ない、「オムニチャネル」戦略だった。

国内店舗数約1万8500店、世界店舗数約5万5000店を展開している私たちは、すでにそのビジネスインフラを持っている。

グループ企業は業態が異なるが、2万店舗近い店舗というインフラを顧客接点として活用するという、セブン&アイ・ホールディングス独自の“これからのオムニチャネル”の構築をめざした。

これまでの「オムニチャネル」は、単一業態のリアル店舗とネットを融合し、時間と空間の制約を受けないサービスを提供するのに対し、セブン&アイ・ホールディングスは複数の業態のリアル店舗とネットを融合するというビジネスモデルだ

「リアルとネットの融合」の目的は「お客様が喜ぶ新たなサービス」を提供するために、「業態を超えるという発想」は「上質、差別化、オリジナル性」につなげるというのが「オムニチャネル」の本質だと捉える。この「お客さまが喜ぶ新たなサービス」「上質、差別化、オリジナル性」を意識すべきポイントだと鈴木氏は説明。それをもとに、売れている商品のネットへの掲載、ネットの売れ筋をリアルで展開するといった、取り組みにつなげているという。

鈴木氏は、セブン&アイ・ホールディングスのオムニチャチャネルの本質は「徹底してお客さま中心に考える商品、接客、店作り」と説明。それを支える柱として次の3点をあげた。

  • “いつでもどこでも”を体現する「売り場」
  • 新しく上質な「商品」
  • 1人1人にあった「接客」 
セブン&アイ・ホールディングスのオムニチャネルの概念

セブン&アイ・ホールディングスは現在、ネットで注文した商品を近くのグループ店舗で受け取り・返品できる仕組みの実現をめざしている。また、従来のPB商品とは一線を画した品質・価値を徹底追求した「セブンプレミアム」「セブンゴールド」など、オリジナル商品は3兆円近い売上高にまで増加。「接客」という観点では今後、ネットの活用で接客履歴や商品紹介のノウハウをグループで共有し、パーソナル接客、御用聞きによる接客など、さまざまな施策の導入をめざしている。

顧客が感じている“不便”をいかに解消するかがポイント

第二部では、2001年から2012年まで日本経済新聞のアナリストランキング小売り部門において、12年連続でトップにランクされた現Hidden Gems代表パートナーの朝永久見雄氏による「オムニチャネル戦略が進む小売業全体動向とは?」と題する講演が行われた。

朝永氏は『セブン&アイHLDGS.9兆円企業の秘密―世界最強オムニチャネルへの挑戦』(日本経済新聞出版社)を執筆。セブン&アイ・ホールディングスの「オムニチャネル」への取り組みを深く知る1人である。

朝永氏は、現在の小売業を取り巻く状況は非常に厳しくなっていると指摘し、「百貨店、コンビニエンスストア、スーパー、アパレル専門店、ホームセンターなど、あらゆるサブセクターにおいて企業間格差が拡大している」と言及。直接的な要因となっているのは消費税率の引き上げに備え、以前からどういう対応をとってきたかが、大きな差になって表れてきているという。

そして今後、さらに大きな環境変化が起こると朝永氏は予測する。内閣府の調査などをもとに、次のような見通しを示した。

  • 今後一気に自動車の利用率が減少し、特に60歳以上の単身世帯では29%しか運転しなくなる。
  • 郊外ロードサイド広域商圏型のショッピングモールは危機が迫る。
  • 徒歩による外出が増加し、駅前ターミナル立地などの「近い」業態にチャンスが到来する。

特に消費環境が大きく変化していくのは、世帯数がピークを迎え減少に転じる2020年以降と指摘。「モバイルの活用がより重要になる」と朝永氏は指摘した。

インターネット経由で買い物する世帯は23%を超えて増加し、スマートフォンの普及によって2013年以降の伸び率が加速している。ただし、消費金額そのものはまだ2%程度にとどまっている。顧客が感じている“不便”を2020年までの5年間のうちに解消しておくことが、売り上げの増加につながる

一方で、リアル店舗の価値もますます高まっていくと朝永氏は説明し、「リアルとネットの親和性」について次の点を強調した。

  • 自社オンラインの消費シェアは、自社直営店舗の商圏内では5%、商圏外では2%となる
  • 大手通信販売会社でも、直営店舗を構えている商圏内とそれ以外では倍以上のカタログ反応率の差が表れている

こうした例を引き合いに出しつつ、朝永氏は「リアルとネットの親和性は非常に高く、両者は相互補完の関係にあるのは明らかだ」と説明した。

結局のところ、成長持続はイノベーションを起こせる組織作りからしか成しえない。その意味でも、コンビニ業界において1店舗あたりの来店客数を伸ばし続け、圧倒的水準の収益性を示している「セブン-イレブン」のオムニチャネル戦略が注目されるのだろう。

Hidden Gemsの代表パートナー・朝永 久見雄氏
Hidden Gems
代表パートナー
朝永 久見雄氏

強力な経営トップのリーダーシップで「決算書は1つ」の考え方を浸透させた

第三部では、鈴木氏と朝永氏が登壇し、「セブン&アイHLDGS.10兆円企業の秘密―世界最強オムニチャネルへの挑戦―」と題した対談が実現。

「オムニチャネル」を進める上で多くの企業の前に立ちふさがる壁としてあげられる「組織の壁」の解消について、朝永氏が鈴木氏に投げかけた。

朝永氏 「たとえば百貨店で接客を行って気に入ってもらった商品を、顧客がネットで注文し、コンビニ店舗で受け取るとなると、売り場の担当者にはどうしても納得できない思いが生じしてしまう。そこをどのように制御しているのでしょうか

この問いに対し鈴木氏は、壁を乗り越えることができたのは、経営トップの決断と、圧倒的なリーダーシップであることを強調した。

鈴木氏 「最初はリアル店舗の担当者にとって、ネットはまさに敵という感じだった。リアル店舗とネットを融合し、顧客を共通化することですべての事業会社に恩恵がもたらされるというメリットを、トップが直々に説得を行った。この結果として、セブン&アイ・ホールディングスの『決算書は1つ』という考え方が浸透した

「オムニチャネルを進める」。こうした宣言を行うのは簡単だが、組織の壁、教育、システムなど課題は山のようにある。

朝永氏 「これからオムニチャネルの挑戦しようとする小売業に向けて、何から取り組めばよいのか、ぜひアドバイスを」

鈴木氏やるべきことはたった1つ。顧客の立場で考えること。たとえば、セブン-イレブンでは、どうやったら弁当がもっと美味しくなるのか、どうやったら顧客がより気持ちよく買い物ができるか……こんなことをひたすら考え続けてきた。ネットで買った商品を身近な店舗で受け取れるというサービスも、これができれば便利だという単純な発想から始まった。自分が顧客になったときに嬉しいと思うことを実現していく。それを頑張り続けるしかない

おもてなしの心がベースにあり、はじめてオムニチャネルは成功をもたらすのである。そして、それを実現するのは、経営者とスタッフ、企業一丸となって取り組むことだ。鈴木氏と朝永氏はこうした重要性を来場者に訴えた。

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