日本の先を行く“おもてなし物流”とテクノロジーを活用する中国EC大手JDの新たな戦略
中国の直販EC最大手JD.comが2017年10月に始めた高級ラグジュアリーのECプラットフォーム「TOPLIFE」には、可処分所得が比較的高い中間層から富裕層の「ファン化」、リピート購入を促進させる“JD独自”の仕掛けが施されている。「白い手袋」と呼ばれる“おもてなし配送”、最先端技術を駆使したテクノロジーなど、日本の先を行く“JD独自”のECサービスを取材した。
高い所得の消費者を優良顧客にする仕掛け
JD.comは中国EC市場の直販ビジネスでは1位(リアル店舗を含めて1位)、流通額では2位のEC大手。ネット通販をスタートしたのは2004年、わずか12年で年間流通額は15兆円以上、過去12年間の平均成長率は152%という驚異のスピードで成長している。
JD.comの成長を支えているのが中国の旺盛な消費力。日本総研の調査資料『中国の消費市場と越境EC(電子商取引)-デジタル時代の消費財輸出戦略-』では、次のように中国人の所得状況を説明している。
1世帯の構成人数を3人として計算すると、2015年の都市部上位20%の世帯当たり可処分所得は19万5,246元(約379万3,000円)になる。2015年の都市人口は7億7,116万人であるから、都市人口の上位20%は1億5,000万人を超える。つまり1億5,000万人に相当する世帯の可処分所得が400万円近くまで上昇していることになる。
こうした可処分所得の高い中間層・富裕層をターゲットに始めたのが「TOPLIFE」。高級ラグジュアリーを扱うブランドが参加し、販売する製品の中心価格帯は日本円で5~10万円。JD.comでは自社のECサイトを利用する約3億人の会員の中から、所得の高い富裕層からサービスを案内し、3か月で100万人超が登録したという。
現在、ルイヴィトングループの化粧品「CHA LING」、フランスのレザーブランド「PERRIN PARIS」、米国のファッションブランド「Derek Lam」など24の国際的なブランドが「TOPLIFE」に参加。JD.comによると、今後も取扱ブランド数を増やしていく方針という。
中国では中間層以下の所得増加、中間層の拡大が今後も続くと予測されている。JD.comが「TOPLIFE」のターゲットを所得の高い消費者に絞ったのは、新たなサービス開発による消費拡大、消費力が高いユーザーのリピート購入を増やしていくためだと考えられる。
この、高所得者のLTV(顧客生涯価値)の向上を狙ったJD.comの「TOPLIFE」には、“JD独自”の施策がある。「白い手袋」と呼ぶ配送サービス(配送面)、最先端テクノロジーのEC活用、有名ブランドから信用を勝ち取るための物流だ。
“おもてし”を実現する「白い手袋」と呼ぶ配送サービス
黒いスーツにネクタイを着用し、白い手袋を身につけたJD.comのスタッフが、荷物を直接消費者に届ける――。商品を顧客の手元に届ける「ラストワンマイル」まで高級感を演出し、まるでリアルの高級店で買い物をしたような体験を提供するのが「白い手袋」と呼ぶ配送サービスである。
中国のEC市場規模は、経済産業省の発表資料によると2017年は1兆1153億米ドル。膨大な荷物が日々配送されるため、配送業者による荷物の扱いは丁寧とは言い難い。「軒先に商品を置く」「ダンボールがボロボロになっている」――こうしたケースは少なくないという。
JD.comが行った顧客向け調査では、高額製品や贈答品を購入した場合、41.5%の消費者が「白い手袋」による高品質の配送サービスを望んでいることが判明。「白い手袋」は、消費者に「JD.comで買ってよかった」「『TOPLIFE』は良いサービスだ」といった印象を持ってもらうことにつながっているようだ。
商品を梱包するダンボールは、黒色の「TOPLIFE」専用箱で統一し、ギフト感を醸成。販売から「白い手袋」によるラストワンマイルまで、高級感を崩さない一貫したブランドイメージの演出を行っている。
こうしたJD.comのラストワンマイル戦略を支えているのが、自社で構築した物流・配送ネットワークだ。中国EC市場で流通総額トップのアリババグループは物流会社への出資や、配送会社との提携などで物流網をカバーしているが、JD.comは自前主義を貫いてきた。
JD.comによると、2018年3月時点で主要物流拠点は中国国内14か所で展開、主要な倉庫は合計515棟にのぼる。倉庫の延床面積は1090万平方メートル以上。郵便サイズの荷物から大型荷物、コールドチェーン物流、越境EC物流の体制までを自社で整えている。
商品を顧客に届ける「ラストワンマイル」を担うのは、JD.comが地域ごとに雇用した約6万7000人の社員たち。ほぼ中国全域の配送を自前の配送ネットワークでまかない、「自社配送の人口カバー率は約99%」(JD.com)。
ARを活用したバーチャル試着で新しい買い物体験
商品を売るだけではない。最高の顧客体験を提供する。顧客体験を向上していけば、商品を購入する人は定着していく。オンライン、オフラインでの買い物体験を技術力で上げていく。
こう話すのはJD.comのファッション分野の最高責任者で、「TOPLIFE」の責任者でもある胡勝利氏。
ラストワンマイルで顧客体験を向上させるのが「白い手袋」の役割であり、オンラインとオフラインの買い物体験を向上させるのがAR(拡張現実)といった最先端テクノロジーの活用だ。
JD.cmは2017年、ARを活用したメイクアップ・プラットフォームをリニューアルし、機能追加などで「AR Styling Station(ARスタイリング・ステーション)」をリリースした。消費者がネットで化粧品やアパレルなどを購入するときに、AR(拡張現実)を使って商品をユーザー自身の身体で試すことができる機能を搭載している。
このネット上で商品を試着・試用できる技術は通常のJD.comのECサイトですでに展開しており、「TOPLIFE」にも実装する予定だ。
このVR技術は実店舗でも展開する。JD.comは2017年、本や家電、消費財、化粧品など、「JD.com」で扱う商品を実店舗で販売する「JD Retail xperience Shops」、2018年1月にはスーパーマーケットにも進出した。「JD Retail xperience Shops」は2017年8月時点で92店舗を展開し、現在は数百店規模を構える。
4月13日、上海で開かれた「TOPLIFE」の記者会見では店舗用のVR技術を披露した。カメラを搭載した大型ディスプレイの前に立つと、ユーザー自身が画面に表示される。ディスプレイに表示された各ボタンやアイテムに触れるように手を動かすと、ディスプレイに触れなくても画面操作(アイテム選択など)などができる機能を搭載。
そして、アイテム選択後には、ディスプレイに表示されたユーザーのサイズに見合ったバーチャルアイテムが身体の上に映し出される。ユーザーはその画面を見ながら、試着イメージをつかむことができる仕組みだ。
有名ブランドから信用を勝ち取るための物流サービス
2018年4月現在、「TOPLIFE」専用倉庫は中国内で14拠点。編集部は上海のある地域に構えた「TOPLIFE」用の物流倉庫へ向かった。が、写真撮影はNG。その理由を聞くと、「厳重な取り扱いをしている倉庫だから」「倉庫の所在地が公になることを防ぐため」と言う。
専用倉庫では「顔認識システム」を導入しており、専用の倉庫内に入ることができるスタッフを制限。「TOPLIFE」でさらなる厳重な取り扱いが必要な商品には、認証番号を知っているスタッフしか入室できない部屋を設け、さらに金庫の中で高価なラグジュアリー製品を管理している徹底ぶりだ。
「スタッフによる盗みを防ぐ」といった目的もあるが、ブランド側へのアピールの側面が大きい。「厳重なセキュリティ」の採用を前面に打ち出すことで、商取引を行うブランドとの安心感・信頼感を生み出す狙いがあるという。
倉庫内の棚をロボットが持ち上げて動き回る物流ロボットも完備。「本来であれば25人くらい必要な作業が、ロボットを使えば10人くらいで済む」。JD.comの物流スタッフはこう説明する。
倉庫内の温度は全部屋22度で統一管理。湿度は57%を保っている。
「偽物排除」に徹底的に取り組んでいるJD.comでは、「TOPLIFE」で扱う商品はすべてブランドとの直接契約にこだわっている。卸業者などのディーラーが取引に入れば、品ぞろえが増える。だが、その考えはない。「ディーラー経由だと、偽物が入っている可能性はゼロではない」(JD.com)。「TOPLIFE」の信頼、ブランドイメージの向上には徹底した信念がある。
売れた商品は、「TOPLIFE」と印字された黒ベースの梱包用ダンボールに、スタッフが荷物を梱包。そして、「白い手袋」を身につけた配送スタッフが受け取り、商品が消費者の手元に届いていく。