「ナノ・ユニバース」「高島屋」がAIチャット接客で実現した新たな顧客体験とは
チャットを利用したデジタル接客を数多くの企業に提供している空色。同社の中嶋洋巳代表取締役社長が、多様な業種への導入実績から得た知見と事例を元に、チャット接客の現状とこれからを語る。
若年層を中心に変化する消費者行動
サイトを横断し、比較検討してから購入
近年、チャット接客がB2Cサービスの中で急速に普及しているが、その要因は、エンドユーザー側の環境変化にある。
特に若年層を中心に、ECでも実店舗でも、買い物時に「デジタル利用」が欠かせなくなってきているのだ。
たとえばネットサーフィン中にお気に入りの服を見つけ、ECサイトで購入しようとする。ユーザーの多くはまず、ZOZOTOWN、Amazon、楽天などのプラットフォーマーやメーカー直営のECサイトで価格を比較しつつ、口コミやレビューで評価を確認することだろう。場合によっては、メルカリなどのC2Cサービスでもっと安く買えないか調べたり、生地の質感やサイズを確認するため、実店舗に足を運んだりする人もいるかもしれない。
利用デバイスもここ数年で変化し、実に7~8割がスマートフォンからサイトにアクセスすると言われている。スマートフォン向けECサイトのユーザー滞在時間は、1ページあたり平均1~2分とされる。一般的に読むのが速い人で約800文字、遅い人だと400文字以下が処理できる情報量だとされており、PCからのアクセスを基準に作られたコンテンツは内容の良し悪しにかかわらず、ユーザーがすべてのコンテンツを処理しきれないケースが多い。
注目されるチャット接客とは?
EC売上の約10%を占めるナノ・ユニバースのチャット活用事例
空色が支援する、ファッション大手「nano・universe(ナノ・ユニバース)」は、ECサイト経由の売り上げが全体の約40%を占め、そのうち約10%はチャット経由となっている。チャットを経由した販売が伸びた理由を中嶋氏は、「ユーザーインターフェイスの工夫によるもの」と明かす。
上図、一番左の画像はナノ・ユニバースの公式アプリトップ画面から一つ進んだ商品画面。赤で囲われている部分にある「お問い合わせボタン」をタップすると、チャット画面が開く(一番右の写真)。こちらは商品画像の直下に置かれているため、特定の商品に関するサイズ感やコーディネートに関する問い合わせが多く、約7割を占めているという。
中央の画像は、ブラウザベースで見た場合のイメージ。赤で囲われたヘッダ部分に「お問い合わせボタン」が配置されている。この位置にボタンがあると、「特定の商品についてではなく、メールフォームやコールセンターと同様に全般的な問い合わせが届く」(中嶋氏)。
つまり「お問い合わせボタン」の配置を工夫することで、それぞれ異なる目的を持ったユーザーをチャットに誘導することができるのだ。一度チャットを利用したユーザーは、その利便性から約3割が継続利用するため、ユーザー全体のチャット利用頻度を上げる効果が見込める。後述するが、チャットの利用頻度が上がれば売上アップにも業務改善にもつながる。
ナノ・ユニバースのチャット接客の始まりは、商品に関する相談を行う時間限定の有人チャットだった。その後、AIチャットボットも導入。有人チャットで得た多くのチャットログを学習させ、購買サポートだけでなく、お問い合わせ全般で自動対応が可能になった。
その結果、「エンドユーザーの購買行動も変化した」と中嶋氏はいう。
実店舗に来店したユーザーが、たとえ店舗スタッフが隣にいても、事前に会話をしているチャットスタイリストに相談するようになったのだ。実店舗での購買に関しても、チャット接客を通じて顧客の意思決定を支援できるようになった。
現在同社のサポート体制は、「チャット+メール+電話」を統合したデジタルコンタクトセンターへとさらにステップアップしており、購買面だけでなくカスタマーサポートの業務効率も飛躍的に改善しているという。返品希望商品の不具合の説明など、電話には向いていない問い合わせに対し、チャットで商品写真を送付してもらうなどの対応が可能になったからだ。音声では平均20~30分ほどかかっていた対応が、数分で解決することもあるという。
これまでコールセンターで行なっていた応対を、意図的にチャットセンターにシフトすることでデータの蓄積速度は高まり、AIを活用することでさらに対応効率を高めている。
訪日外国人向け施策を展開する高島屋
高島屋京都店において行われているのは、訪日外国人向けの施策だ。店内の様々な所に設置されたQRコードを個人のスマートフォンで読み込むと、言語ごとのAIチャットボットが立ち上がり、コンシェルジュやフロアガイド、ディスプレイの役割を果たしてくれる。
現在はまだ店舗案内などシンプルなもののみだが、テナントごとのキャンペーンやおすすめ商品の紹介など、テナント側の様々な意見を取り入れたシナリオ展開ができる体制は整っているという。
現在対応している言語は、日本語・英語・中国語。導入による効果は大きいものの、多言語チャット接客ならではの新たな課題も浮かび上がってきている。
それは会話設計の「チューニング」である。インバウンドのユーザーは知りたい情報が多いため、入力に時間がかかることがある。気軽に質問ができるよう自然入力から選択式で聞きたいメッセージを選べる仕様変更など、今後もユーザー目線でのサービス向上を模索している。
チャット接客の成果と課題
脅威の「チャットセンター離職率0%」を支えるチャット接客
上図は、中嶋氏が代表取締役を務める空色の過去の導入実績をまとめたものだ。チャット接客を導入した企業の、アプリ経由の購入率は最大30%、店舗送客率は最大40%となっている。また、リピート率は最大30%、購入単価は最大250%アップと、売上への直接的な影響も大きい。コンタクトセンターの対応コスト削減率は43%と、業務改善にも貢献している。
特筆すべきは、チャットセンターの離職率だ。一般的に30%を超え、高いといわれるコールセンターの離職率(年間ベース)だが、空色のチャットセンターの離職率は0%(2019年1月~12月で集計)である。
チャットで接客する場合は、担当オペレーターが応対しているチャットを、リアルタイムにスーパーバイザー始め複数のスタッフが共有することで、サポート体制を強化できる。スピード感を持って顧客対応できれば、顧客、コールセンタースタッフ双方のストレス軽減にもつながる。また分からないことがあっても応対時に検索しながら進めることができ、かつ口頭での瞬時の応答が求められるコールセンタースタッフと違い、覚えることが少ないのも利点だ。
旧来のコールセンターとは異なり、チャットはテキストベースで行うため、音声での応対経験が少ない若年層にとってもストレスが少ないことも、離職率の低さを支える一因となっている。
カスタマーサポートはコストセンターからプロフィットセンターへ
最後に中嶋氏は、チャット接客導入によるカスタマーサポートの変化について紹介した。
業務効率化に加え購入に繋がるような会話も数多く発生しており、今まではコストセンターだったカスタマーサポートが、チャットセンターとAIチャットボット導入により「プロフィットセンター」として売上を計上できるようになった。(中嶋氏)
また今後について、「AIチャットボットやチャットセンターの取り組みを進めて行く上で、それぞれの企業でカスタマーサポートを行う部門と、店舗やWebでセールスを行う部門の壁が薄くなるだろう」(中嶋氏)と、近い将来、部門間の連携が強化されることを示唆し講演を締めくくった。