花王のEC戦略。共創パートナーとの連携、デジタル販路拡大策と今後の展望
近年、ECを通じた販売施策を強化している花王。ブランド認知が高い商品は大手モールで、これから世に出していく新興ブランドは自社ECサイトでなど、ブランドのステージに応じて戦略的にチャネルを使いわけている。また、商品の需要予測や新たなインサイトの発見、顧客体験の創出の場としてもECを積極活用。花王の生井秀一氏(DX戦略推進センター ECビジネス推進部 部長)が、デジタル化時代に求められるメーカーのEC・DX戦略を解説した。
IT技術やEC市場の拡大とともに多様化するメーカーの販路
国内のEC市場は拡大を続けている。経済産業省の統計によると、2019年のEC化率は約6.8%、市場規模は19兆円を突破。新型コロナウイルス感染症流行の影響もあり、2020年以降も拡大傾向が続き、なかにはEC化率が40%を超えるカテゴリーも出てきている。
ECの利便性を向上させるIT技術の進展や、消費者ごとに異なる買い物ニーズなどの背景から、「メーカーが消費者に商品を届けるルート・販路は多様化している」と生井氏は説明する。
そのルートは大きく3つにわけて整理できる。まずは、大量のテレビCMと小売りが一体になり商品を届ける従来型のマスマーケティングのモデル。さらに、2012年頃から台頭してきたECのモデル。ECではマス商品だけでなくEC限定品の取り扱いもある。直近では、メーカーが直接消費者に商品を届けるいわゆるD2Cモデルが盛んになってきている。SNSの利用も進み、生活者はさまざまな接点から価値提供を受ける時代へと変わってきた。メーカーにとってはどのルート・販路も重要で、3つ全てをビジネスに活用する必要がある。(生井氏)
こうしたなか、花王ではECチャネルの役割を次のように設定している。
- 認知拡大や話題拡散によるランキングや口コミ、使用評価の獲得
- 商品ポテンシャルの見極め、課題の早期発見
- 売れ行きの確認(本体・詰め替え、色、香り、サイズなど)→サプライ・チェーン・マネジメントへの活用→店頭展開への反映
1つ目は、ネット上の口コミや話題形成。マスとの同時発売による相乗効果でネット上で話題を作り、楽天市場などモール内でのランキング上位をめざす。2つ目が、商品ポテンシャルの見極め。発売前にも市場調査を行っているが、市場に送り出して実際の反応を見てから分かることも多いため、オンラインで取得できるデータの活用を進めている。最後が、ECの購買動向に基づく生産やリアル流通への反映だ。色展開の多いヘアカラー商品などで、需要予測の精度向上に活用する狙いがある。(生井氏)
「楽天市場」で商品の先行発売を始めた「ルナソル」の事例
2021年春からは化粧品のプレステージブランド「ルナソル」を、店頭より1~2か月先駆けて、「楽天市場」で先行発売する取り組みを開始した。目的は、売れ筋商品の把握や売れ残り品を減らすことだ。
ルナソルでは、2020年11月から「楽天市場」に旗艦店となる公式ショップを出店している。オープン当日に限定品を発売したこともあり、開店直後から継続的にお客さまに訪問いただけた。同じように限定品を発売する場合、リアル店舗だと行列にお並びいただくこともあるが、ECは人数の制約なくお客さまを受け入れられる利点がある。(生井氏)
またEC先行発売時の目標にしていた、売れ筋商品の把握や売れ残り品の削減も実現できているといい、「社会的意義のある取り組みになってきている」と生井氏は手応えを感じているようだ。
限定品や先行発売の取り組みは、ファンの間で話題となりTwitter上で広く拡散された。エンゲージメントの向上や、プロモーションにも一役買ったという。
オンラインでの話題化は、流通プラットフォームのアルゴリズムと相関性がある。情報が広く拡散したことで、楽天市場の「美容コスメジャンル」ランキングで1位を獲得できた。また、今回獲得した美容コスメジャンルトップの称号は、公式ショップの商品ページに掲載。プロモーションとしても活用できた。(生井氏)
このほかにも生井氏は、EC領域においてブランド価値の発信・伝達をする際に大事な要素として、「商品詳細ページの充実や、クリエイティブを活用したインパクトある訴求」をあげる。
認知からリピート、シェアまで一連のカスタマージャーニーから分かるのは、商品詳細ページの重要性。ECにおいてもリアル店舗の“売り場づくり”と同じように、商品詳細の充実が求められる。加えてECではリピート、シェア獲得のため話題拡散の仕掛けも必要になる。(生井氏)
デジタル広告の比率が高まり、スマートフォン経由の売り上げがEC全体の半数以上を占めるなか、顧客との重要な接点である商品ページの販売力を最大化させるには、クリエイティブが影響するという。
特に、ファーストビューは重要になる。1枚目は商品画像をメインにインパクトあるクリエイティブで目を引き、商品の悩みや機能は2枚目以降とするなど、いくつかのパターンを検証している。画像の順番や組み合わせをアレンジし、ターゲットに合わせて価値伝達の中身を変えられるのも、ECならではの取り組みといえる。(生井氏)
インターネットの口コミからインサイトを発掘した「ピュオーラ」の事例
ECは単なる売り場というだけでなく、新たなインサイト発見するための場にもなる。たとえば、「ピュオーラ泡が出てくるハミガキ」は、ECの口コミをきっかけに、新たなインサイトを導きマーケティング戦略を転換した事例だ。
当初、「ピュオーラ泡ハミガキ」のマス広告では、「口の中に広がって口内環境を整える」ことをメッセージとしていたが、ECの口コミを確認すると「研磨剤が入っていなので、電動歯ブラシにおススメ」といった投稿が複数寄せられた。そこで、商品のバナー広告では「研磨剤無配合で電動歯ブラシにおススメ」とメッセージを変えて訴求。広告ターゲットも電動歯ブラシの購入者と閲覧者に絞った。また、家電量販店の店頭でも電動歯ブラシコーナーに什器を置き、オフラインも連動してプロモーションを行った。(生井氏)
花王では、トリプルメディア(ペイドメディア/アーンドメディア/オウンドメディア)に加え、ECプラットフォームやECサイトを「ショッパーメディア」として第4のメディアに位置づけている。近年はルナソルの事例のように4つのメディアを分断せず、「つないでコミュニケーションをとることが重要になってきている」と生井氏は話す。
また、施策の展開にあたっては、ショッパーメディアを利用している顧客の理解も不可欠になる。
たとえば、主要なショッパーメディアとして楽天市場、Amazon、LOHACOなどがあるが、それぞれ利用傾向が異なるため、メディアや利用特性にあった戦略が求められる。「ピュオーラ」の事例のように、実際に商品を購入した方がどのような広告を見ているか、どのようなサービスを利用しているかといった購買起点でマーケティングを考えることも大切だ。(生井氏)
メーカーに求められるECチャネル戦略とは?
一方、ECプレイヤーの動向もメーカーのビジネスに大きく関わってくる。国内ECプレイヤーの概況をみれば、Amazonと楽天市場という2大プラットフォーマーに加え、携帯キャリアによるモールや、コスメに特化したEC専業者など新興勢力の影響力も増している。
EC市場に数多くのプレイヤーが存在するなか、自社ECサイト、モール出店型、専業EC、さらにリアル流通の掛け合わせとチャネル活用の選択肢は多様にある。その中で、どのブランドをどのような形で展開すれば、最適な売り上げと利益を達成できるのか。各チャネルの特性と、購入回数や客単価などの各種指標も踏まえながら計画を立てている(生井氏)
ブランド別のEC活用にあたっては、認知の有無や平均単価、リピート重視の有無を基準としてチャネル活用の方向性を検討しており、①D2C型②OMO型(Online Merges with Offline、D2C+リアル)③ECモール出店型(出店+リアル)④リアル型(リアル+EC卸)――の4つを主要モデルとしている。
さらに今後は、以下のように目的に応じて販路を分ける方針だという。
- 卸型ECモール(例:Amazon、LOHACO):既存取引の拡大
- D2C:カウンセリングブランドを中心とした新たな顧客体験の創出
- 出店型モール(例:楽天市場、Amazonマーケットプレイス):旗艦店の出店と利益率の改善
- カテゴリー特化専業EC(例:ZOZOコスメ、NOIN):ターゲット層の拡大
生活者がECを通じて知った商品をリアル店舗で探すといったデジタル起点の購買行動が増えるなか、「戦略的にECのシェア率を高める必要がある」とも生井氏は話す。
加速するOMOとボイスコマース
オンラインとオフラインの融合を意味する「OMO」型の購入形態が今後ますます加速することは、統計からも裏付けられている。野村総合研究所の推計によれば、インターネット上の情報を見た上で購入・利用する「オムニチャネル・コマース」は2023年には72兆円に拡大する見込みだといい、企業は、オンラインとオフラインの融合を意識した一層の取り組みが求められる。
お客さまはオンラインとオフラインを行き来して買い物をしており、メーカー側もオンライン、オフラインを連携した取り組みが必要になっている。顧客とコミュニケーションを取るにあたっては、MAツールなどを使うことで自動化、最適化が容易になってきたそのような中で、マーケッターが今後力を発揮すべきは、インサイトの発掘だろう。「ピュオーラ」の事例のように新しいインサイトを見出すことで新しい価値提案ができる。デジタルトランスフォーメーションとは、マーケッターが発見したインサイトをもとに、オンラインとオフラインを融合し、広告から販売まで一気通貫することと言えるのではないか。(生井氏)
また、次の購買行動のトレンドでは音声領域が鍵になると生井氏は語る。
iPhoneの登場でモノからサービスの利用へとECが進展したように、IoTとECは密接な関わりがある。今後、EC市場はスマートスピーカーの普及により音声領域がより影響力を持つようになるだろう。たとえば、Amazonが出しているスマートスピーカーでは「洗剤+おススメ」と問いかけると、Amazonのレコメンド機能から商品をおススメしてもらえる。リアル店舗の棚取り、ECショップのファーストビューの棚取りに加え、今度は音声が棚取りの主戦場になっていくのではないか。(生井氏)
音声領域の他に、家や住宅設備をIoT化するスマートハウスの動向も注視していると生井氏は話す。
スマートハウスは我々のような日用品商材と深く関わってくる。自動運転による無人店舗運営の試みも各社提携を進め新しい価値創造を進めており、新たな産業が生まれるのではないかとみている。買い物行動の変化から生まれる新しいビジネスモデルを先回りした取り組みを進めていきたい。(生井氏)
ECビジネスは社会に新しい価値を与える場に
こうしたデジタル化の進展に伴い、「①購買起点のマーケティング」「②時代や顧客行動の先読み」「③生活者、流通、メーカーが三位一体となった取り組み」が事業者に求められるようになっている。とりわけ、商品だけで顧客満足を得ることが難しい昨今、いかに「私向けの商品」を提案できるかが鍵になる。そのためには、メーカー単独での自前主義ではなく、「流通、生活者と一体となった共創が必要になる」と生井氏は強調する。
コロナ禍で生活者の行動は大きく変化した。リモートワークで自宅時間が増えたことで、家事に対する価値観は、“時短”から”しっかり時間をかける“ものへと変わった。こうした変化に伴い、商品訴求の仕方を見直した商材もある。流通に関してもリアルからEC・通販の利用が増え、さらにリアルと店舗を併用し事業を拡大するD2C型ビジネスも盛んになってきている。過去の成功体験を捨てることは容易ではないが、これまでの発想を180度変えなければならない時に来ている。自社だけでなく、パートナー企業と取り組みを進めていきたい。(生井氏)
直近の状況を見渡せば、SNSコマースやソーシャルコマース、さらに、ライブコマースといったモデルの広がりや、サブスクリプションモデルの利用者も増えている。
こうした買い物行動のトレンドも踏まえながら、「今までやってきた数々の取り組みや事例を基にさらにブラッシュアップしEC戦略に取り組み、リアルとECの両面からお客さまへの価値提案を進めていきたい」(生井氏)と言う。