中島 郁 2017/8/30 7:00

I-1. はじめに

あなたの上司のEC部長はどんな人ですか? あなたはどんなEC担当者ですか?

上司の顔色をうかがいながら仕事をしてほしいという意味ではないですが、「自分がどうあるべきか」「どう期待されているか」を考えることは悪いことではありません。

また、「ちょっと仕事に自信がついてきたが、担当以外のEC業務はよくわからないし、自分の仕事のやり方が、他社や一般的なレベルに比べるとどうなのか」という方は多いようです。

自身への期待を理解し、ECビジネス全体を把握し、「何のために、どうやってやるか、そしてどうなるか」がわかれば、「やらされている」感がなくなり、仕事の面白みが増え、単なる担当者の枠を超えて、取り組んでいくことができるのです。

EC部長が望むEC担当者とは

EC部長が望むEC担当者とは、簡単にいうと、「普通に仕事ができて、ネット、テクノロジーや新しいことに抵抗のない人」です。普通に仕事ができるとは、ある程度ロジカルで、コミュニケーション能力が高く、業務遂行能力のある人ですが、EC業務以前の話です。EC部長があえて求めるのは、下のような事柄です。

  • 販売、MDなどの既存事業で、3年くらい経験があること
  • 自分の担当のEC業務に精通していること
  • ECビジネス全体のイメージがあり、他の業務を理解し、案件の優先順位がわかること
  • 新しいことに対する受容性があり、自分で考え、手を動かして、推進していけること

各担当共通のスキルでいうと、次のような事柄。

  • Excelを使い慣れていること
  • 担当にかかわらず、できればHTMLを理解または使えること
  • 最終的にWeb上でどう表現されるかをイメージできること

また、将来を見据えると、次のような事柄です。

  • 複数の業務を担当できるようになること
  • 自立的で自律的なこと

趣味的にネットやECに詳しい人、ネットやECにしか興味のない人は向いていません。

本連載の目的

本連載は、筆者がWEB部長やいわゆるEC部長として過ごした約20年の間に、「スタッフに身に着けてほしい」「言わなくてもわかってほしい」と思っていたEC業務の考え方、スキルの解説、トピックスを織り交ぜながら進めていきます。「EC部長が担当者に言う」というシチュエーションに従って、わざと説教臭く書いています。ご了承ください

読者であるEC担当者は、本連載を読むことで、ある程度体系だった知識が身に付き、ご自身の担当業務の考え方の確認や担当以外の業務の概要、ECビジネスの全体のイメージがわかるようになります。結果、視野が広がり、やるべきこと、やったほうがいいこと、指示された業務の優先順位が理解できるようになると期待しています。そして、上記のEC部長の望むEC担当者となることができます。

本連載が想定している読者

読者の想定は、EC専業というよりは、実店舗小売や通販等の既存事業を持ちECを始めた会社の担当者です。また、どちらかというと、楽天などのオンラインモール店というよりも、独自ドメイン店(自社店)の担当者です。経験度からいうとECの何かの担当になって、2~3年からマネジャーの手前までです。

もちろん、EC専業の方にもモール店の方にも役に立つ内容はありますが、表現が独自ドメイン店向けとなっています。また、これからEC担当となる方や日の浅い方にも役に立つ内容にもなってはいます。マネジャーといってもECビジネス全体を見ていない方にも有効です。

連載を読み進めながらも、頭でっかちとならず、目的を踏まえ、まずは目の前の業務をたくさんこなして、現場感を持ちながら、手際が良く、不確定案件、新しいことにも的確に対処できる担当者になることが、EC部長の求めるEC担当者です。

本連載の使い方

まずは、1回1回の連載の全体を読み、考え方を理解してください。上司が自分に言ってくることの意味や「なぜこんなことをやらなくてはならないのか」が見えてくると幸いです。また、自分の担当ではないところもちゃんと読んでください。

ECとは、会社の中の1ファンクションというよりビジネスそのものです。1担当者のときは「その役割をどう回すか」がポイントですが、「ECビジネス全体のために何をどうすればよいか」を考えていくことが、現在の担当業務のレベルを上げ、さらに、役割拡大となっていくはずです。特に、担当の前工程と後工程の業務を知ることは、速やかな運用や成果の向上に大いに役立ちます。

連載の大きな構成としては、次の流れをイメージしています。

  • a: ECを行うにあたっての位置付け、組織、役割分担について
  • b: ECを行うにあたってやらなくてはならないこと
  • c: ECを行うにあたってやったほうがよいこと
  • d: ECを行うにあたって、その先
  • e: その他(分析など)

まずはaからcまでがひと区切りとなります。d以降は、皆さんのニーズ次第です。

通常の教科書や連載は、内容をファンクションごとに分けているものが多いです。今回の構成にした理由は、基本的な運用ができていない(受け皿ができていない)のに、やたらWeb広告、新しいツール導入、SNS、オウンドメディアなどをやりたがる担当者や上司が多く、その結果「オムニチャネルやECはうちではうまくいかない」と誤解している人が多いからです。また、既存事業と絡む「やらなくてはならないこと」の困難さから、関与の少ないWeb独特の施策へ逃げている場合も多々あります

「やるべきこと」が十分でない段階では、「やったほうがよいこと」をやる労力やリソースを「やるべきこと」に注いだほうが、売上も集客も満足度もはるかに上がります。なぜなら、(少なくても初期の段階は)もともと「やるべきこと」で生み出される売上の部分が、「やったほうがよいこと」より圧倒的に大きいからです、その大きい部分である「やるべきこと」の整備、改善を行うほうが結果としてアウトプットも大きくなります。

●最初はやるべきこと(基本運用)を改善した方がよい
新規事業と成熟事業における取り組みの成果の差
新規事業(左)では基本業務が確立されておらず、基本運用(オレンジ)改善の余地が大きく、その成果も大きい。一方、成熟事業(右)では基本業務に改善の余地が少ないので、新しいことに取り組むことで売り上げや成果を上げていく

とはいえ、何らかの新しいことはさまざまな理由で行わざるを得ませんし、将来の展開のためにやった方が良いことも多くあります。その場合は、リソースの5%とか10%と決めて行うことをお勧めします。ただし、これは担当者というよりは、事業責任者であるEC部長が決めることです。

ECに関して、読者がまだよくわかっていない、自信のないことばかりという状態でも、大丈夫です。ECは、まだまだ歴史の浅いビジネスです。一見バリバリやっているような人も、実はそれほどわかっていない場合も多いのです。

ECは、まだ新しい業界です。詳しい人がいない業務を自分の力で楽しんでいきましょう。

I-2. ECの考え方・EC業務の前提

本連載では、経産省の白書でも利用されているOECD(経済協力開発機構)の狭義電子商取引(EC)の定義の中でのB2C部分をECと考えて執筆しています(消費財、サービスが、消費者向けのWEBサイト上などインターネット経由で注文・販売される商取引です。ただし、電話、FAX、従来型のEメールによる受発注は含めていません詳細はこちら(リンクは新しくタブが開きます)

ちなみに、売り上げ100億円以上のECサイトはいくつあるのでしょうか? 実は、まだ60社くらいです。売り上げ上位を見ていると、トップはダントツでアマゾンですが、ほかのネット専業は数社くらいしかありません。その他は、カタログ・テレビなどの通販会社のサイト、量販店などの実店舗を持つ会社のサイトです。

EC、オムニチャネルは小売そのもの

これは何を意味しているかというと、やはりオンラインだけでECを行うより、既存のビジネス、媒体をテコにECをやることの方が売上が大きくなっているということですね。「従来の小売、通販会社のECはうまくいっていない」といわれていますが、ランキングから見ると逆に従来の小売、通販の会社のECの方がうまくいっているといえるかもしれません。

ただ、本業の業績低下をECがカバーできるかは別です。ここしばらく、いくつものEC専業会社が実店舗の会社とイベントを開いたり、協業をしたり、さらに自社で実店舗を持とうとしています。この動きは今後も続くでしょう。昨今「オムニチャネルの失敗」がいわれていますが、筆者は失敗しているとは思っていません。成功までの過渡期にいるだけなのに、しびれを切らして、失敗だと言い放っているだけだと考えています。

そして、小売業にとってオムニチャネルをやめることなどできません。仮に、ある小売チェーンが、現在の品ぞろえと顧客だけをイメージして、ゼロからビジネスを立ち上げ直すとします。実店舗はたぶん作るでしょうし(?)、もちろん紙媒体、Webメディア、ネット販売も準備します。そして在庫の一元管理、顧客情報の一元管理は当然しようと考えるでしょう。

これはオムニチャネルそのものですよね。今まで、店舗や紙媒体のビジネスをしていると、ECや在庫の統合などをつい「後から付け足していく」と考えてしまいます。それを「Click&Mortal」だとか、「O2O」だとか、「オムニチャネル」と言っているのです。現在、小売業は小売そのものであるEC、オムニチャネルは避けて通れないのです。

ECが簡単に急成長する時代ではない

国内のBtoC-EC市場の成長率は、経産省の『電子商取引に関する市場調査』(リンクは新しくタブが開きます)によると約9.9%。公開されている情報から筆者が計算した限り、アマゾンを含むトップ25に入るような企業の平均EC成長率は12%程度です。新規参入がいまだに多く、参入直後の数年は数十%の成長をしている企業があるのに、全体で10%未満ということは、「成長率が10%に満たない企業がいかに多いか」ということです。

いっときの急成長の幻想を捨てて、現実のECビジネスに向き合う段階です。また、新しい施策、ソリューションなどを追加でやれば単純に急成長するということもなくなっています。従って、EC担当者の実力、努力によって、成長を作っていく段階になったと考えられます。業務の精度を上げて、1つひとつの成功させていくことが大切です。そのためには、1人ひとりの担当者の理解を深め、レベルを上げていくことが必要です。こういったベースがあってこそ、新しいソリューションや施策が結果を出せ、また、成長の踊り場で次のステージの成長への方策を実現できるのです。

次回からは、社内におけるECの位置づけ、組織、役割分担について、説明していきます。

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