阪急百貨店のECサイト&実店舗の顧客体験を変えた「Amazon Pay」の導入効果とは
EC専業会社や流通企業がECサイトの売上拡大を目指すうえで重要なことの1つに、満足度の高い「顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)」の提供があげられる。商品戦略や組織作り、システム構築、物流など取り組むべき業務は多岐にわたるが、決済の簡素化も顧客体験においては大きな役割を果たす。
ECサイトと実店舗の融合を推進するエイチ・ツー・オー リテイリング傘下の阪急百貨店は、Amazonの決済サービス「Amazon Pay」の導入により、商圏外である関東圏の顧客増加を実現したうえ、実店舗を利用する消費者の利便性向上なども図ることができたという。「Amazon Pay」というひとつの決済手段の導入がECサイトと実店舗にもたらした効果とは? オムニチャネル推進室の野田雄三シニアマネージャーと西脇裕之マネージャーに話を聞いた。写真◎打田浩一(打田写真事務所)
ECの本格化と同時に浮かび上がった「カゴ落ち」の課題
関西を中心に11店舗を展開する阪急百貨店。2016年に「オムニチャネル推進室」を立ち上げ、以降、店舗と店舗情報サイト、およびECサイト の3チャネルの関係を再構築するとともに、オムニチャネルにも本格的に取り組んでいるという。
阪急百貨店は、店舗の販売力が圧倒的に大きく、ECサイトの売り上げは店舗と比べてまだまだ小さい。そのため、まずはECの規模拡大をめざしています。ECがある程度の規模まで拡大すれば、店舗とのバランスが取れてオムニチャネルが本格的に機能すると考えています。(野田氏)
ECの規模拡大を図るため、2016年3月にECの基盤となるプラットフォームを刷新。商品カテゴリーごとに専門店としてECサイトを順次開設していった。1つのサイトで総合的に商品を扱うのではなく、カテゴリー特化型の専門サイトをいくつも展開していく戦略である。
現在は化粧品を扱う「HANKYU BEAUTY」、女性用ファッションの「HANKYU FASHION」、男性用ファッションの「阪急MEN’S ONLINE STORE」、食料品の「HANKYU FOOD」の計4サイトを運営している。
従来のバラエティー型のECサイトから、カテゴリーごとに商品を絞った専門店型のECサイトに変更し、それらECサイトの集合体として「HANKYU E-STORES」を運営しています。出店ブランドとも連携しながら、ビジュアルやクリエイティブにもこだわっています。(野田氏)
ECサイトの商品戦略や組織作り、システム構築、集客など、EC事業の成長に必要な施策を着実に進めてきた。だが、昨今の消費者がECサイトに多様化したニーズを求める現状を目の当たりし、さまざまな課題が浮かび上がってきた。その1つが、決済手段の多様化への対応である。
ECサイトの利便性を高めるには、決済手段の選択肢を増やすことが欠かせません。同時に、信頼性や安全性を担保するために、クレジットカードの不正利用や不正アクセスといった問題に対処する必要もあります。不正利用を防ぐためにセキュリティコードや3Dセキュアなどを導入すると、会員登録時の入力項目が増え買い物途中での離脱率が高まります。決済の利便性とセキュリティ対策を両立することが課題でした。(野田氏)
阪急百貨店が特にこだわったのは、会員登録画面でユーザーが離脱する「カゴ落ち」への対応だ。「HANKYU E-STORES」の利用者全体でクレジットカード決済の割合は7割を超えている一方で、せっかく商品をカートに入れても会員登録やカード情報の入力画面で離脱するユーザーは少なくなかったという。
「カゴ落ち」は阪急百貨店に限らず、多くのEC事業者が抱える課題。特にスマートフォン(スマホ)ではパソコン以上に「カゴ落ち」が発生しやすいとされ、スマホユーザーが増加するにつれ、「カゴ落ち」の問題はより深刻になる。
決済の利便性とセキュリティ対策を両立するため「Amazon Pay」を導入
こうした課題の解決策の1つとして、阪急百貨店は2017年11月に「Amazon Pay」を導入した。
「Amazon Pay」とは、Amazon.co.jpのアカウントに登録したユーザー情報やクレジットカード情報を使い、Amazon以外のECサイトでログインや決済を行える決済サービス。
決済時にAmazon Payを選択したユーザーは、ECサイトにクレジットカード情報や住所などをあらためて入力する必要がないため、事業者は会員登録時におけるユーザーの離脱を抑制する効果が期待できる。決済の利便性の高さから「Amazon Pay」を選択するユーザーが多いことは以下の調査結果からもうかがえる。
また、EC事業者のECサイトにクレジットカード情報が保存されないため、事業者は情報漏えいのリスクを回避できるというメリットを享受できる。Amazonの堅牢なセキュリティシステムによってカード情報が守られるため、ECサイトを初めて利用する消費者にとって安心感がある。
ちなみに、事業規模の大きい企業ほど自社でシステムを作り上げていく「自前主義」の傾向があり、阪急百貨店も例外ではなかった。だが、「Amazon Pay」の導入はすんなり承認が下りたという。
Amazonは多くの消費者が利用しているECサイト。安全性や信頼度が高く、そして決済しやすい。多くの消費者がAmazonのID・パスワードを持っており、「Amazon Pay」はそれを活用した決済サービスなので、経営陣は導入メリットをすんなり理解できたと感じています。(野田氏)
半年で新規会員7,000人増、EC全体の売上高は1億円の純増
「HANKYU E-STORES」に「Amazon Pay」を導入したことで、新規会員の獲得や売上高の純増といった成果が早々に表れた。
「Amazon Pay」導入後、半年間で約7,000人の新規会員を「Amazon Pay」経由で獲得。注文全体における「Amazon Pay」による決済比率は約16%にまで増え、Amazon Payでの売上高は半年間で1億円近いという。しかも、「クレジットカード決済や代引きなど、他の決済手段による売り上げは、ほとんど落ちなかった」(西脇氏)。
「Amazon Pay」を利用している顧客層は、クレジットカードや代引きなど既存の決済手段のユーザーと重複が少ないと感じます。「Amazon Pay」の導入により、半年で新規会員数が7,000人以上増え、Amazon Payでの1億円近い売り上げが純増となったと評価しています。(西脇氏)
新規顧客と売り上げの増加に伴い、「HANKYU E-STORES」の会員も増えた。また、「Amazon Pay」を使った消費者の情報は、お客さまの同意など一定の条件を満たせば自社ECサイトの顧客情報として活用できるのも特長。つまり、「Amazon Pay」を利用して会員登録や決済をした会員情報および購入情報を、一定の条件の下、自社ECサイトが自ら管理できるわけだ。
「Amazon Pay」を利用した新規顧客はそのままECサイトの会員になるため、「Amazon Pay」の導入前後で比べると15%ほど会員が増えたという。
関東圏の顧客獲得にも成功
「Amazon Pay」を導入したことで、今まで開拓しきれなかった関東圏の顧客も増えている。阪急百貨店は関西に7店舗、福岡に1店舗、都内2店舗、そして神奈川に1店舗を展開。実店舗の利用者は関西圏が最も多く、おおむねそれに比例してECサイトの利用者も関西在住者が多い。
しかし、「Amazon Pay」で買い物をする利用者の所在地は、これとは大きく異なる分布だという。
「Amazon Pay」の利用者で最も多いのは東京在住のお客さまです。2位以下は大阪、兵庫、神奈川、埼玉、千葉となっています。他の決済手段では関東圏の顧客が上位に来ることはありません。「Amazon Pay」を導入したことで、関東のお客さまのシェアが高まりました。(西脇氏)
「HANKYU E-STORES」において「Amazon Pay」経由で購入された商品の内訳は、約7割が化粧品、約3割はファッションだという。化粧品は以前から顧客が全国に点在していたが、「Amazon Pay」を導入したことで顧客基盤がさらに広がったことになる。
阪急百貨店は関西では知名度が高いですが、地域によっては阪急百貨店のことをよくご存じない消費者もいるでしょう。そうした知名度が低い地域において、Amazonのブランド力、信用力によって新規会員登録を促す効果が出ていると思います。決済手段に「Amazon Pay」があると、初めてのECサイトでも安心して買い物ができると感じています。(野田氏)
20~30代の顧客獲得に期待
阪急百貨店のECサイトの主な顧客層の年代は、化粧品やファッションが30~40代、食品は40~50代となっています。「Amazon Pay」の利用者には20代も多いと聞いており、導入したことで従来よりも若い顧客層の開拓につながっていると感じています。また、ECサイトをきっかけに若い世代の顧客が百貨店に来店することにも期待を寄せています。
若い消費者の中には、百貨店は敷居が高いと感じている方もいらっしゃると思います。そういった方が「Amazon Pay」でECを利用してくだされば、その体験が実店舗で買い物をするきっかけになるかもしれません。(西脇氏)
「HANKYU E-STORES」において「Amazon Pay」の利用者が使うデバイスの内訳は、スマホが70%を超えているという。一方、すべての決済手段で見ると、スマホ比率は60%強。つまり、「Amazon Pay」はスマホでより多く使われていることになる。
店舗での買い物体験を向上させた「Amazon Pay」
「Amazon Pay」の導入によって、実店舗での買い物方法にも変化が起きている。
通勤中などの隙間時間に、スマホで購入しているユーザーが多いように感じます。(西脇氏)
Amazonが実施したインターネット調査でも、「Amazon Pay」が移動中やちょっとした隙間時間にスマホで利用されている比率が高いことが判明している。
移動時間や昼休みに「HANKYU E-STORES」で買い物をしたユーザーは、午後1時までの注文で当日夕方5時以降、阪急百貨店の店舗で商品を受け取ることができる。「Amazon Pay」の導入によって、この店舗受取サービスを使うユーザーが増加しているという(一部商品)。
有り難いことに阪急百貨店の化粧品売場は、仕事帰りのOLなどで5時以降は客足が途絶えない状況です。そのため、一方では、店舗での買い物に30分以上待つことが多く、お客さまにとってはとても不便な状況も発生しています。(西脇氏)
「Amazon Pay」の導入によって、隙間時間で買い物をするユーザーが増え、アフター5に店舗受取サービスを活用するOLなどの増加につながっているようだ。
店舗の化粧品売り場などは、夕方の時間帯になると混雑し、待ち時間が30分ほどになることもあります。お客さまが待たずに買い物ができるように、店舗受け取りサービスを開始しました。今後、通勤中や昼休みにスマホで注文し、帰宅途中に店舗で商品を受け取る消費者は増えていくと思います。店舗受取サービスに加え、コンビニ受取など、外部と連携したインフラ整備も急務だと思っています。(野田氏)
野田氏は今後のオムニチャネルの展望を次のように語り、インタビューを締めくくった。
阪急百貨店のオムニチャネル戦略は道半ばです。今後、ウェブルーミングやショールーミングをシームレスに行えるようにしたいですし、ECサイトと実店舗のデータ統合やCRMも強化しなくてはいけません。そういうことを1つ1つ積み上げて、お客さまのお買い物体験の向上を図っていきたいと考えます。