高山 隆司, 佐藤 俊幸 2020/11/11 8:00

「顧客を知ってるつもり」がCXを劣化させる

CX(顧客体験)を最高のものにするためには、「顧客を知る」必要がある。最も重要なことだが“顧客を知ったつもり“になっているだけのケースがとても多い。

「初夏に安い2人用テントを買った東京都在住の30代男性」がいたとしよう。これは注文データにおける購入日時、購入商品名、商品価格、お届け先住所、購入者名、任意入力欄での性別で簡単にわかることだ。

「安いテントだからきっと初心者に近いのだろう」

「友人や恋人とキャンプに行くのではないか」

「そうだとしたら、アウトドアで便利なコンロも紹介した方が良いのではないか」

雑に考えると、このような想像ができる。

しかし、実は「野外音楽フェスティバルに毎年行っていて、キャンプ慣れしているから安いテントで十分。野外音楽フェスティバルでは、現地で売られている屋台で食べることを楽しみにしている」という人だったら、コンロの紹介は的外れだろう。それより軽量のアウトドアチェアを紹介した方が良い。野外音楽フェスでは離れているステージ会場を行き来することが多いため、持ち運びが楽な椅子を持っていくと便利だからだ。

このようなことはそこかしこで起きている。少しでもこういう“望ましくない”顧客体験を減らしていけるかどうかが、EC通販事業者としての腕の見せどころだ。

もちろん、顧客全員を知ることはできない。2010年代まではそれもしかたないという環境だった。だが、様々なツールやAIが整ってきた。成熟してきたEC通販市場において、これからは社内外の人材・ツールをフル活用し、最高の顧客体験を実現できる事業者が大きく成長していく。

グループインタビューで顧客を知る

初めて商品が到着し、使用を始めた顧客が、何に困っているのか、どんな情報を必要としているのか、さらになぜ解約・離脱するのか、あまりにも分かっていないEC通販事業者が多い

自社の顧客の心理が分かっていないので、「この施策をやろう」「こんなメッセージを入れよう」と工夫してみても、本当に必要なものが顧客には届かないまま、読みもしないチラシが溢れ、ゴミ箱に直行しているケースを何度も見てきた。

EC通販を始めてみたものの継続率が上がらない、なかなか利益がでないといった事業者はぜひ、マーケティング調査の基礎から始め、顧客像とその購買心理をしっかりつかんだうえで、施策の改善に取り組んで欲しい。その第一歩となるのが、グループインタビュー(GI)だ。

2000年代、筆者がスクロールのマーケティング課にいた頃、一番多用したマーケティング手法がグループインタビューだった。業績が芳しくなく、売上が低迷しているカタログ媒体のどこが悪いのか、他社とくらべての評価はどうなのか、といったことがてっとり早く解明できた

自社のカタログを愛用しているユーザーを5〜6人集め、インタビュールームでその人たちのプロフィール、購買行動、カタログの評価、他社のカタログの評価等を3グループに分けて聞き、カタログに関する購買心理を深堀りしていったのだ。

ところが、最近のEC事業者は、意外にグループインタビューのやり方を知らないので驚いている。そのため弊社では、グループインタビューの運営代行を始めたくらいだ。

グループインタビューの目的

グループインタビューの目的とやり方は、「何を明らかにするのか?」によって変わるが、ここでは具体的に、乳幼児向けの健康サプリを扱っているリピート通販事業者の事例をもとに解説する。

まず、グループインタビューの目的である。この事業者の場合、次の3つが挙げられる。

第一は、顧客のプロフィールを明らかにすることである。乳幼児向けの健康サプリは、使用するのが乳幼児で、購入するのが親というように、使用者と購入者が分かれている。この両者のプロフィールを把握しなければならず、それをもとにペルソナやカスタマージャーニーを設定していく。

第二は、顧客の購買心理を明らかにすることだ。購入(主に親)だけでなく、使ってみての感想や商品理解度(親子それぞれ)、そして退会の理由などを細かく確認していく。その分析によって、サイトの表現からパッケージのデザインまで、マーケティングの様々な施策を見直していく。

第三は、同梱物への評価を知ることである。これまでも様々なパンフレットやサポートグッズなどを毎月の配送で同梱しているが、実際に顧客が読んだもの、使ったもの、高評価なものはどれで、逆に記憶にないもの、なくてもよいもの、むしろないほうがよいもの、などを明らかにすることだ。

予めこうした目標を明確にしないと、具体的な実施方法や実施後の分析の方向性が定まらない。

グループインタビューの参加者募集

グループインタビューは通常、1グループ数名に2時間くらいかけて質問していく。グループ数はケースによるが、1、2グループでは少なすぎるし、5グループ以上というのも準備や分析の負荷が大きくなる。筆者の個人的な考えだが、EC通販事業では3グループがちょうどいいと思う。3グループなら余裕をもって1日でインタビューを終えられる。

ポイントはグループ分けだ。ランダムに3グループ集めるのではなく、顧客のタイプで分けるのがよい。事例のケースでいえば、継続して1年以上購入している「ロイヤルカスタマー」、新規購入してまだ1か月以内の「新規定期購入者」、定期購入していたものの1か月以内に止めた「退会離脱者」という3グループに分ける。

こうして、募集目標は6名×3グループ=18名となる。ただし、募集をかけるエリアは、開催するインタビュールームにアクセスが可能なエリアであり、東京・銀座でグループインタビューを行う場合は、東京都、神奈川、千葉、埼玉といったエリアからの募集になる。

かつて、募集や参加申し込みの受付はすべて郵送で行っていたが、今ではメールベースでの処理が可能である。ただし、EC通販事業を始めたばかりだと、対象とするターゲットが足りず、人数が集まらないケースがあるので注意が必要だ。

募集人数に対して何人にメールアウトするかは、事業者によって異なる。メールによるコミュニケーションやポイント施策を行っている場合はメールアウトの10%前後の応募があるが、あまりコミュニケーションをとっていない場合は1%未満になることもあり、そのときは多めのメールアウトが必要となる。

次にスケジュールだ。一般的なスケジュールとしては、開催日から2か月さかのぼった時点からの募集となる。

スケジュールの中でポイントは事前アンケートだ。当日は2時間という時間の中で質問できることは限られるため、プロフィール全般に関しては事前にアンケートで確認する。こちらも現在は、ウェブ上で回答画面に打ち込んでもらえば、簡単に回収・集計が可能だ。

図表18 グループインタビューの実施スケジュールの例
1月上旬メールにて募集開始
(グループ毎に文面と申し込みURLを変える)
1月中旬募集から2週間で申し込み締め切り
(人数が足りない場合は追加で募集)
1月下旬当選・落選メールの送信
(当選者には同時に事前アンケートを依頼)
2月下旬開催
(前日にリマインドメール)
3月中旬レポート&CRM強化ポイントまとめ

グループインタビューの実施

グループインタビュー用の時間貸しの施設は都内各所にある。インタビュールームの壁は一般にマジックミラーで仕切られており、調査者は後ろの部屋で発言者の表情まで見ることができる。

グループインタビューでのヒアリング項目は、目的やテーマによって変わるが、この事例では定期購入者の購買心理と同梱物の評価を明らかにすることが目的である。例えば、購入後1か月以内のグループに対するヒアリング項目は、プロフィールの確認の後、商品の購入前と購入後の心理、同梱物の評価、今後の商品開発について、販売方法への意見、というように続く。

これに対し、ロイヤルカスタマーに対するヒアリング項目では、「どこが気に入って1年以上使っているか?」が入り、退会離脱者に対するヒアリング項目では、「どこが気に入らなくて退会したか」「何がトリガーか?」といった点が入る。

インタビューの分析からCRM設計へ

グループインタビューの内容を分析すれば、CRM(Customer Relation Management)のヒントが得られる。この事例の場合では、乳幼児向けサプリの場合の退会理由として、以下の2つが浮かび上がった。

  1. 平日の朝は忙しく飲ませるのを忘れることが多い。そのため、朝夕2回の錠剤が1か月経つと30錠ほど余ってしまい、休会から退会につながってしまう
  2. 乳幼児向けという効能から、子供が小学校に入る頃になると不要になると考え退会する

これらの退会理由を受けて、2つのCRM強化策の方向が決まった。

1つは、朝、飲み忘れても夕飯前後に2回分飲めば大丈夫であることを伝える。そのため、先輩ママからのアドバイを載せたスチラシを初回から3回にかけて同梱することとする。また、小学校入学前後に、小学生になってからのお悩み解決のサプリを開発し、そちらへ切り替えを提案するようにする。実際にはより多くの改善点が発見でき、継続率を高めるための施策が可能になるだろう。

なお、こうしたグループインタビューについては、弊社マーケティング・チームが目的の擦りあわせから、グループのセグメント案、スケジュール設定、事前アンケートとインタビュー項目設計、会場設定から司会担当までサポートしている。

ペルソナの設定とカスタマージャーニーの作成

 CRMの方向性が固まれば、次に行うのは「ペルソナ」の設定と「カスタマージャーニーの」作成だ。

「ペルソナ」とは、自社の商品やサービスの典型的なユーザー像のことだ。いわゆる「ターゲット顧客」よりもっと具体的に、年齢、性別、住所、職業、役職、年収、趣味、特技、価値観、家族構成、住宅の種別、休日の過ごし方、生い立ち、ライフスタイルなど細部まで設定し、具体的な名前をつけることも多い。

「ペルソナ」を設定する目的は、顧客ターゲットのイメージを統一することだ。例えば、サイトデザインにおける色調や文字のフォントなどを統一することを「トーン&マナーの設定」「トーン&マナーのルール化」という。サイトだけでなく、商品を梱包する箱、箱の中の挨拶状、同梱チラシまで、全てが商品であるというのが筆者の考えであり、イメージを統一する必要がある。

顧客のプロフィールが曖昧なまま、こうしたトーン&マナーを決めるとCRMが的外れになりかねない。例えば、グループインタビューでヒアリングした顧客のほとんどが、無印良品系の色合いが好きだと言っているのに、実際の商品のトーン&マナーがフランフラン系だったとしたらどうだろう。また、クリエイティブを作成するセクションが分かれていると、バラバラなクリエイティブになりがちだ。これらの問題を「ペルソナ」の設定と共有によって乗り越えるのである。

「ペルソナ」の次は、「カスタマージャーニーマップ」の作成だ。カスタマージャーニーは「顧客の旅」という意味である。マーケティングにおいては、顧客の中に何らかのニーズ(悩み)が生まれ、それを解消する商品やサービスを探し、候補を比較検討して絞り込み、注文に至る。こうした購買における心理と行動を時系列でたどるのが「カスタマージャーニー」であり、それをまとめた一覧表やシートを「カスタマージャーニーマップ」と呼ぶ

具体的には、「認知・興味」「情報収集」「初回購入」「リピート購入」「共有」など顧客の状態をいくつかのフェース(ステージ)に分け、それぞれにおける行動や思考、感情を想像し、それに対する自社の働きかけ(施策)をプロットしていく。

「カスタマージャーニーマップ」という名称は知っているが、自身で作ったことはないという人も多いのではないだろうか。この機会に作成してみることを強くお勧めする。顧客と自社がどのように出会い、どのように接触し、商品購入に至り、その商品を使ってもらい、また購入したい、知人にも紹介したいと思ってくれるか。マップ(表)における列や行の項目をどんどん増やし、より解像度をあげていってほしい

「カスタマージャーニーマップ」の例
認知・興味情報収集初回購入リピート購入共有
思考子どもの◯◯が心配他の解決方法も探す損をしたくない子どもが喜んで飲んでいる知人もたしか悩んでいた
心理バリア誰に相談すればいいかわからないより良い解決方法を知りたい安く買いたい/安全なものを使いたい手間なく買いたい押し付けになるのは嫌だ
接触オウンドメディアアフィリエイトサイト、比較サイト公式サイト、検索連動型広告メルマガ、SNSLINE
コンテンツ同じ悩みを持つ親の声商品レビュー商品紹介購入ペースの選び方紹介クーポン
施策検索エンジン経由で集客しLINE公式をフォローいただく利用体験談を書いていただく初回割引/お試し購入定期購入の案内/3か月分まとめて購入できるパックLINEで友だちに送れる紹介クーポン

カスタマージャーニーマップはマーケティングだけではなく、商品開発にも、商品価格設定にも、物流にも、すべてに影響するため、事業責任者が作ることが望ましい。

カスタマージャーニーマップがあれば、プロモーションにいくら費用をかけるべきか、決済方法としては何に対応すべきか、物流で重要視するべきことは何か(スピードなのか同梱物なのかなど)をより適切に判断できるようになる。

また、カスタマージャーニーマップは1つではなくて良い。主要な顧客像が複数パターンあることは多い。その場合、一番注力すべき顧客像のカスタマージャーニーマップは事業責任者自身で作り、2つ目以降はチームメンバーに作成を託すことも良いだろう。

カスタマージャーニーマップでやってはいけないこと

一方、やってはいけないのは、1つのカスタマージャーニーマップに複数セグメントの顧客の情報を入れてしまうことだ。例えば、次のような2つの顧客像があるとしよう。

  • 世帯年収が高く、価格よりも品質を気にしている顧客
  • 世帯年収が平均的で価格と品質のバランスを気にしている顧客

前者は、商品比較をする時間も短く、LPに訪れたら即決する。失敗してもまた別の商品を買えば良いという考えがあるからだ。後者は、商品購入で失敗したくないと考えている。比較サイトを見て、レビューを見て、より安く買える割引クーポンを探している。

こう考えると、両者に対する施策はまったく異なるものになることがわかるだろう。

前者はママ友とランチ会をしたときに同じ悩みを持っていることが話題になって、その場で商品名を聞き、スマホにメモする。夫に相談する必要もなく、自宅に帰って子どもを寝かしつけてから、「そういえば」と思い出し、商品名でグーグル検索する。そこから公式サイトを訪れ、ママ友の言うとおり良さそうだなと思って購入する。次回のママ友会での話題にも使えるだろう。

後者はママ向け雑誌のタイアップ企画の誌面掲載で商品を知る。スマホでブラウザを開き、商品名でGoogle検索し、公式サイトを少しだけ見て価格を知る。雑誌に掲載されている価格より、ネットに掲載されている価格が少し安いことに気づくかもしれない。続けて、口コミやブログ記事を見て、本当に良い商品か、悪いレビューがないか調べる。週末、夫にそれとなく話してみて、夫も良さそうだと同意してくれたので、再度公式サイトを訪れて購入する。事前にクーポンも見つけていたので、それも使って10%オフで買って満足する。

カスタマージャーニーマップは、今後のマーケティング施策を実施していく地図になる。似た顧客体験であれば、1つのカスタマージャーニーマップに入れてしまってもよいが、ここまで違うのであれば別で作った方が良いことは明らかだろう。

カスタマージャーニーマップからKPIへ

EC通販のマーケティングでは、達成したい売上、粗利益、営業利益から逆算して、注文件数や平均注文単価をKGI(Key Goal Index)、CPO(Cost per Order)やCVR(Conversion Rate)をKPIとして、日々追いかけるというやり方が一般的だ。ここに顧客体験を最高なものにするための指標を加えよう。カスタマージャーニーマップがあるとそれが見えてくる。

例えば、公式Twitterアカウントの1投稿あたりの反応数(返信コメント数+リツイート数+いいね数)が挙げられる。この指標は売上からの逆算では生まれにくい。しかし、カスタマージャーニーマップを作成することで、ターゲット顧客は「公式Twitterアカウントで情報を得て、商品をリピート購入することが多い(そういう状態にしていきたい)」ということに気づけば、重要指標となるはずだ。

それを各メンバーの目標に落とし込めれば、顧客体験を最高のものにするための道をチームで走り始めることができる。「この商品に関するツイートは反応が良いね、関連商品を開発しようか」「競合のTwitterアカウントよりフォロワー数は多いはずなのに反応が悪い。我々が考える顧客体験と実際に求められている顧客体験がズレてしまっているのではないか」といったように、日々の取り組みに様々な前向きのフィードバックを返すことができる。

なお、顧客体験には一貫性も重要だ。例えば、「最高品質の商品をあなたの手元に」というキャンペーンメルマガを読んだから買ったのに、商品が無造作にダンボールに入って届いたら、信頼を失ってしまう。

カスタマージャーニーマップを社内で作成した後、必要に応じて業務の一部をBPO(Business Process Outsourcing)で外注化することはぜひ検討すべきだが、顧客体験の一貫性を失わないように社内と外注先、あるいは外注先どうしの連携には十分、気をつける必要がある

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