瀧川 正実 2020/6/8 9:00

今後、デジタル化が加速度的に進むと予想されるビジネスの現場では、デジタルに精通した人材の不足を嘆く声があがっている。マーケティングからバックオフィスまで、デジタル変革はまったなしの状況下、人材をどう育て、業務のデジタル化を実現すればいいのだろうか。企業のデジタルシフトに知見の深いビービット・宮坂祐執行役員、元EC責任者で現在は人材育成に関する事業を手がけるECマーケティング人財育成・石田麻琴代表取締役の対談から、そのヒントを探る。

大企業、中小規模も共通課題「デジタル人材の育成」

宮坂AI時代は「デジタル人材の育成が鍵」と言われており、多くの企業からデジタル人材の育成について相談されます。「どうやったらデジタル人材を採用できるのか?」という問いには、暗黙の前提としてデータサイエンティストやエンジニアの育成というニュアンスを強く含んでいますが、僕はこうした単純な視点には注意が必要だと思っています。

企業として生き残るには「良い戦略」とそれを「実行する力」の2つが必要になりますが、戦略は合理的に追求をすると均質化する傾向にあります。そうすると差がつくのは実行力の部分になります。

その実行力も、「仕組/オペレーション」と「人材の能力」にわけることができますが、前者は自動化や汎用化が進んできています。そうすると本当に差を分けるのは「人材の能力」になってくるわけですが、これも「機械的な能力」と「人間的な能力」に分別でき、機械的能力はAIによって代替化が進むでしょう。差が大きくつくのは人間的な能力。クリエイティビティ(アイデア)、コミュニケーション(推進力)が本当の差になる。ビービットではこの能力を『UX企画力』とか『UXインテリジェンス』と呼んでいます。企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に最も必要なのは、デジタルに精通した人材ではなく、人間的な能力が高い“アフターデジタル人材”だと思います

宮坂 祐 株式会社ビービット 執行役員/エバンジェリスト
宮坂 祐 株式会社ビービット 執行役員/エバンジェリスト
一橋大学法学部卒業後、2002年にビービット入社。
コンサルタントとしてメディア、金融、通信、メーカー等のデジタル戦略立案・ウェブサイト成果向上プロジェクトを数多く実施。2016年に金融財政事情研究会より「顧客を観よ~金融デジタルマーケティングの新標準」を刊行。グロービスマネジメントスクールでクリティカルシンキングなど思考系クラスの講師を務める

石田:宮坂さんの所属するビービットは主に大企業がターゲットですが、そうした企業がデジタル化を進める上で抱える人材への課題はどうでしょうか?

宮坂大企業の主な課題としては、「ジョブローテーション」と「代理店に丸投げ」でしょうか。そのため結局、デジタル化が進まない。デジタルに関する知識がない人がいきなり部署に入ってきて……。中小企業でもデジタル化に関する人材不足の声がありますが、大企業も同じような課題を抱えていると思います。

石田:課題は中小企業も大企業も一緒なのですね。

石田 麻琴 株式会社ECマーケティング人財育成 代表取締役
石田 麻琴 株式会社ECマーケティング人財育成 代表取締役
早稲田大学第一文学部卒業後、ネット通販ベンチャー企業に6年間勤務。マーケティング統括として「Yahoo!ショッピング」月間ベストストア8回受賞。全国第1位獲得。2011年株式会社ECマーケティング人財育成を設立。デジタルマーケティングの運用体制・運用サイクル構築を支援。BPIA常務理事/DX研究会ナビゲータ。JDMCマーケティングシステム活用研究会リーダ。中小機構販路開拓支援アドバイザー。著書「ECMJ流!原理原則」シリーズ

宮坂:大企業で言えば確実にDXへの需要が高まっている一方で、デジタル化の遅れを多くの企業が課題にあげています。DXには2つの側面があります。1つは、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などが代表例にあげられる業務効率化。もう1つが新しい顧客体験の創出で、デジタルマーケティングはその先兵にあたります。デジタルを活用した取り組みがうまく回っているところ、回っていないところの差はどこにあるのか? ポイントは5つあり、

  1. 適切なKPI設計
  2. 業務オペレーションへの無理のない組み込み
  3. 現場が使える武器と道具の整備
  4. 成功体験の積み重ねによる自信と喜びの現場への提供
  5. 成果とUXを追求するマインドセットの組織定着

ができているか否かだと感じています。

アフターデジタル時代の競争優位の源泉は「人」
アフターデジタル時代の競争優位の源泉は「人」

デジタル時代の適切なKPI設計とは

石田:ツールの「利用」がデジタルマーケティングの促進における比重で大きな部分を占めると思っています。しかし、そもそも、自社できちんとしたPDCAを回す運用体制の構築という土壌が育たなければ人材も組織も育たない。なによりデジタルマーケティングが会社の「文化」にならない

宮坂:そうですよね、よくあるのが「気合い」「根性」で回す。けれどもこれでは何も変わりません。重要なのは枠組みと仕組み。できなければその枠組みと仕組みを提供するサポート企業を使うべき。自分たちが手がけていることの成果が出てくれば、やる気もアップし、離職率が減ったりすることもある。仕組みと枠組みがきちんとしていれば、PDCAは必ず回ると思うんです。

石田:大手企業では丸ごとアウトソーシングするケースもありますよね。ECビジネスで言えば、丸ごとアウトソーシングをしてしまうと、自社製品の良さ、自分たちでなければ伝えたいことが、消費者にきちんと伝わらないケースが出てきます。一方、自社でPDCAを回していても、デジタルマーケティングに精通した人がガンガン回すとデジタルに関する業務が属人化したり、自己流になったり……。こうしたことからの脱却も必要ですよね。

宮坂:デジタルマーケティング界隈ではそういったケースが多いですよね。ある人の才能に頼り切ってしまうケース。

宮坂 祐 株式会社ビービット 執行役員/エバンジェリスト

石田:結局、デジタルに強い人材を作るのは良いチーム作りができるかどうか。デジタルに対する会社としての取り組み方、これが重要だと思います。チーム作り、組織を作らなければデジタル人材の継続的な社内育成はできないと感じています。

宮坂:属人化からの脱却はそう簡単ではないですよね。どうやって業務を平準化していくか。これは課題ですね。

石田現場のメンバーはプラスオンの仕事になるので、必ずしも歓迎しないですからね。そもそも多くの日本企業は、デジタルを使いこなすことを前提に設立された会社ではない。本業があって、デジタルを活用して、顧客のフォローや販路を拡大するといったケースが圧倒的。そのため、本業がある会社のEC部署は多くの場合、メインストリームの部署ではありません。現場のメンバーのモチベーションを「見返そうぜ!」といった前向きなものにすることから始めることが重要になるんです

宮坂:石田さんはそうした企業のデジタル化、ECの促進を人材育成の切り口でサポートしていますよね。どのようにデジタル化を進めているのですか?

石田1つは適切なKPI設計をすることですね。これまでの業務経験を掘り起こしてKPIを設定し、日々の業務で運用していきます。特に重要視しているのが現場のメンバーとの“対話”。まずは現状のビジネスに関する全体像をスタッフ全員で見返します。そうすると、メンバー各々が心の中に持っていたいろんな考えが出てくる。あがった意見をかみ砕いて、過去の業務の成功体験なども踏まえながら、それをデジタル化していったらどうだろう? といった方向に話を持っていきます。自分自身で抱えていた意見や成功体験に基づいた話から進めていくと、モチベーションが高くなるんですよね。

宮坂:スタッフの中に眠っている知見を見つけていくのは良いアプローチですね。担当者はやった方がいいと思っていること、放置されていること、以前やって良かったことなどを、組織的に可視化する……そこにビジネスの宝が眠っていますからね。EC企業の場合、KGIは売り上げで設定できますが、KPIはどこに起きますか? その設計が難しいですよね?

石田:売り上げ、アクセス人数、注文件数、コンバージョン、客単価……。こうしたシンプルな数値でもっとも経営や運用にインパクトが大きいものを見ます。僕はまずシンプルなこれらの数値が良いと思っています。運用を続ける中で変化が出たときが重要。その時に、既存顧客と新規顧客の割合を深堀したり、参照元とキーワードの変化を深堀したり。変化があったときにどんな事象が起きているのかを把握し、KPIはアクションに応じて設計するのが良いと思っています。たくさんの数値や細かい数値を見過ぎない。割り切りが重要。新たなアクションごとにKPIを設計し、積み上げていくイメージです

宮坂:KPIを細かく立てると、間違った誘導をしてしまうこともありますよね? たとえば、商品ページの離脱率。高額商品を売っている場合、当該商品ページを踏んだ人のコンバージョン率はセッションベースで見ると低いがこれが悪いかというと……。高額商品だから1日に何度も見ていて購入意欲が高まっているユーザー行動と推測することもできます。だから、離脱率が低いことは決して悪いことではないことがある。取り扱いの難易度はありますよね。

石田:そうなんです。だから、僕が代表を務めるECMJは割り算に関する数値は基本的にあまり参考しない。受注数もアクセス数も積み上げの数字。分母と分子が関係する転換率はアクセス数が高くなると一気に悪くなります。離脱率もそう。以前NHKのテレビ番組で見たのですが、元プロ野球選手のイチローさんは打席に入るとき、打率を気にしていないらしいんです。“今日は5回打席に入る”と想定した場合、今日は2本打とう、3本打とう、と考えているそうなんです。つまり、打率ではなく安打数をKPIにしているのだと思うんですね。打率は犠打やフォアボールなども影響してきますしね。ECMJは割り算に関する数値はスッと頭に入ってこないと思っているんです。それに積み重ねの目標の方が分解もしやすいですしね。

宮坂:確かに、積み重ねの数字の方がわかりやすく、コントロールもしやすい。そして自身の成果が見えやすいのでモチベーションアップにつながる。

石田 麻琴 株式会社ECマーケティング人財育成 代表取締役

業務に無理なくデジタル化のアクションを組み込む方法は?

宮坂大手企業のWebに関する部門の方は、Web業務以外との兼務をしているケースが多い。だからデジタル化へのアクションが進みにくいのが実情だと思うのですが、石田さんはどのようにデジタル化へのアクションを業務に組み込んでいますか?

石田:最初に説くのは時間の話。「ミーティングだけをして結果につながることはない。取り組まないと結果につながらない。だから、皆さんにまずやってほしいのはアクションのための時間を確保することです」とクライアント企業には必ず伝えます。たとえば、金曜日の午後1時~5時はデジタルマーケティングに取り組む時間として必ず確保してもらったりしますね。時間を確保しなければ既存の業務が優先され、どんどん優先順位が下がっていくだけですから

宮坂:所定の時間を確保して、そこでデジタルマーケティングのことを議論する時間を作るということですね。

石田:そして、ECMJがデジタルマーケティング運用のミーティングを行う場合、必ず次回のミーティングまでの宿題を出します。進める課題を明確にし、ミーティングの場で提示することで、実行の強制力を働かせます。「期限と担当を決めて着実に進める」というのはデジタルマーケティングだけに関わらない「仕事の基礎」ですよね。

宮坂:他に動かすことができない形で業務に組み込むということですね。

石田運用のミーティングを定期的に組み込むと業務にリズムが生まれますから。このリズムこそ運用サイクルだと思うんですね。ここまで至らずにデジタルマーケティングの取り組みがあやふやになってしまう会社が多い。ECMJは上長にどれくらい時間を用意してもらえるのか議論します。ある程度のコンセンサスをとり、それを現場に落としていくというアプローチです。

宮坂:週40時間が勤務時間の場合、デジタルマーケティングに関する業務にかける時間の割合はどのように設定しますか?

石田最初は2割くらい割ければ理想です。1割だとデジタルマーケティングへの取り組みがまったく会社の習慣にならない可能性があります。ある程度時間をかけないと成果も出にくくなりますしね。

宮坂:月曜日から金曜日に毎日1時間を確保するのと、特定の曜日にがっつりデジタルに時間を割く……分散化かまとめるのか?

石田理想は、毎日1時間を確保する方ですね。現実的に3時間を一度に確保するのが難しい場合もある。うまくデジタルマーケティングの仕事を工程化して、仕事を分散した方が着実に進められます。細かく工程化した方が、チェックをする上長もズレを修正しやすいですね。「できました!」って言われてチェックしたら「そもそもズレてるから最初からやり直し」って厳しいじゃないですか。

石田 麻琴 株式会社ECマーケティング人財育成 代表取締役 宮坂 祐 株式会社ビービット 執行役員/エバンジェリスト

宮坂:当社の解析ツール「USERGRAM(ユーザグラム)」を導入しているある企業の部長や担当者と以前対談したのですが、1年前まではPDCAを回せていなかったそうなんです。その状況を改善するために、まずは月2回、隔週でPDCAを回すための打ち合わせの時間を確保。毎日、Google アナリティクスで定常値と異常値を定常的に確認し、異常値が出た場合に、「USERGRAM」を見るような業務フローを構築していきました。異常値が発生したとき、ユーザーごとの動きを見て、月2回の打ち合わせでアウトプット。無理なく業務に落とし込む設計を作り出した良い例だと思います。習慣に落とし込むことが、業務をうまく回すコツですね

それと、デジタル化のアクションを行うためのオペレーションは、実作業をする人と上司の納得が重要になります。つまり、部長、課長、自分の合意形成ですね。本人の気合いだけではどうにもならないですから。センターラインの合意が大事です。

石田:組織としてデジタルマーケティングの可能性への理解は重要ですよね。こんなご時世ですので、あまり理解していない人の中にはデジタル化に過度な期待をしている人が多いように感じます。会社にものすごい変革が起きるんじゃないか、と。ECMJはデジタル化の運用体制・運用サイクル構築支援の際、過度な期待をしている会社や、「すべてあなたにお任せします」というスタンスの会社からの引き合いは受けないことにしています。結局、業務を回すのは現場メンバーであり、判断をするのはその上司や経営者であり、自社のサービスや商品について最も知っているのはクライアント自身。

宮坂:当事者意識がないと、デジタル化を進めるのは難しいですよね。6/15公開の後編はこちら

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