渡部 和章 2017/5/22 10:30

日本最大のフリマアプリ「メルカリ」を運営するメルカリと、「よなよなエール」で知られるクラフトビール最大手のヤッホーブルーイング。

業界は異なるものの、成長を続ける2社に共通するのは、3つの“バリュー”を持ち、それを社員に浸透させることで強い組織を作っていること。

メルカリの小泉文明社長兼COOとヤッホーブルーイングの井手直行社長が、組織作りで重要視している“バリュー”について語り合った。

小泉氏と井手氏の対談「メルカリ×ヤッホーブルーイング ビアトーク~”バリュー”が誰にも真似できない会社をつくる~」は5月11日、東京・六本木ヒルズ内メルカリ本社で開催。登壇者と聴講者にはヤッホーブルーイングのクラフトビールが提供され、和やかな雰囲気の中でトークセッションは始まった。

メルカリとヤッホーブルーイングの社長が語る「強い組織を作る“バリュー”の重要性」 メルカリの小泉文明社長兼COOとヤッホーブルーイングの井手直行社長のトークセッション
メルカリの小泉文明社長兼COOとヤッホーブルーイングの井手直行社長のトークセッション
  • モデレーター
    ● リンクアンドモチベーション執行役員 麻野耕司氏
  • パネラー
    ● メルカリ取締役社長兼COO 小泉文明氏
    ● ヤッホーブルーイング代表取締役社長 井手直行氏

ヤッホーブルーイングのミッションとバリュー

  • ミッション:ビールに味を!人生に幸せを!(画一的な味しかなかった日本のビール市場にバラエティを提供し、新たなビール文化を創出する。そしてビールファンにささやかな幸せをお届けする)
  • バリュー:①革新的行動 ②顔が見える ③個性的な味

メルカリのミッションとバリュー

  • ミッション:Create value in a global marketplace where anyone can buy & sell(新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る)
  • バリュー: ①Go Bold(大胆にやろう)②All for One(すべては成功のために)③Be Professional(プロフェッショナルであれ)

ミッションやバリューを作ったきっかけは?

リンクアンドモチベーション執行役員 麻野耕司氏(以下、麻野):メルカリさんもヤッホーブルーイングさんも、独自の企業文化を持っているということでメディアに取り上げられることも多いですね。両社とも、企業理念が社員に浸透していることが定量的にも証明されている企業。バリューをどのように経営へ生かしているのか聞いていきます。

聴講者から事前に質問をいただいているので、それを順番に聞いていきます。最初の質問は、バリューをいつ、どんな方法で決めたのか。まずはヤッホーブルーイングの井手さんお願いします。

メルカリとヤッホーブルーイングの社長が語る「強い組織を作る“バリュー”の重要性」 リンクアンドモチベーション執行役員 麻野耕司氏
リンクアンドモチベーション執行役員 麻野耕司氏

ヤッホーブルーイング代表取締役社長 井手直行氏(以下、井手):経営が苦しいときは、ミッションやバリューがないと、社員がばらばらになってしまう。こうした、どん底を経験したことがミッションやバリューを作ったきっかけです。

創業した1997年から売り上げは順調に伸びていたんですが、2000年代に入って地ビールブームが去ると、業績がガクンと落ちた。創業メンバーは皆、夢を持って会社を作り、仲も良かったのですが、業績が悪くなってくると会社の雰囲気も険悪になってくる。お互いに「営業が売ってこないから悪い」「醸造がもっと腕を上げないのが悪い」「そもそも日本で地ビールを根付かせようとしたのが悪い」とか、もう皆が好き勝手にいろいろなことを言って、辞めていく人も出てきた。

創業後しばらく、ミッションやバリューを作っていませんでしたが、私が社長になった2008年頃、社員が同じ方向にむかって仕事をするには経営理念が必要だと感じ、ミッションやバリューを順次作っていきました。

最初に上位概念のミッションを決めて、それを達成するためのビジョンを定め、ビジョンを支えるバリューを考えて――という順で作っていきました。

メルカリとヤッホーブルーイングの社長が語る「強い組織を作る“バリュー”の重要性」 ヤッホーブルーイング代表取締役社長 井手直行氏
ヤッホーブルーイング代表取締役社長 井手直行氏。長野県軽井沢発のクラフトビール「よなよなエール」「インドの青鬼」といった個性的な製品をECなどでも販売。縮小するビール業界において12年連続で増収増益を達成し、上場会社の経営者らが視察に訪れるほど高い注目を集めている

麻野:会社にとって大事なことはたくさんあると思いますが、3つのバリューはどのように絞ったのでしょうか。

井手製品や会社に対するお客さまの声を整理し、うちの会社がファンから支持される理由を洗い出しました。また、クラフトビールの先進事例が多いアメリカで、高い人気を誇るクラフトビールの特徴も調べました。つまり、「弊社がお客さまから選ばれる理由」と「成功している他社の取り組み」を調べ、さらに「私自身が大事にしていること」を加味して3つに絞りました

麻野:メルカリさんはいかがですか。

メルカリ取締役社長兼COO 小泉文明氏(以下、小泉):私は創業メンバーではなく、少し遅れて入社したんですが、入社した当時のミッションは「インターネットで世界を変える」みたいな、少し抽象的なものでした。そしてバリューはありませんでした。これではいずれ方向性を見失って、会社がうまくいかなくなると直感的に思いました。なぜなら、私はミクシィの経営メンバーだったときの経験があるからです。

SNSの「mixi」のような強いプロダクトがあると、経営陣がミッション・バリューを言わなくても、ある程度自然に会社のカルチャーが出来上がってしまうんですよ。プロダクトに求心力があるので、社員が勝手にまとまるんです。業績が良いときは、それですごく上手く会社が回る。

でも、プロダクトのライフサイクルでどうしても下がる局面になってしまうと急に求心力が低下し、それこそ皆が自分の「mixi像」を好き勝手に言い出して、まとまらなくなるわけです。

この経験があったので、メルカリに入社したとき、真っ先にミッションやバリューの策定に着手しました。「ミッション」は5年後、10年後の夢をみんなで語りながら将来像を明確にしていきました。また、ミッションを達成するために僕らの会社はどう行動すれば良いのか、アイデアをひたすらポストイットに書いていき、たくさんのアイデアをグルーピングして、最終的に3つに絞り込みました。

僕らが手がけているCtoCのマーケットプレイスは、ものすごく競争が激しい。多くの会社が参入して、しかも1位になった1社しか生き残れない、そういう市場です。つまりリスクを取らないと絶対に勝てないですから、「GoBold(大胆にやろう)」を一番大事にしています

メルカリとヤッホーブルーイングの社長が語る「強い組織を作る“バリュー”の重要性」 メルカリ取締役社長兼COO 小泉文明氏
メルカリ取締役社長兼COO 小泉文明氏。2017年5月に社長就任。2013年7月にリリースしたフリマアプリ「メルカリ」は、2017年4月時点でアプリダウンロード数は日米合計6500万DL、月間流通額は100億円を超えている。従業員は日米英で合計500人以上

麻野:ミクシィの話が出ましたが、私もたくさんの企業を見てきて、事業が伸びているときは企業理念がなくても社員がまとまるものの、事業が伸びなくなったときに人や気持ちが離れていくことは多いと思います。でも、「事業」ではなく「理念」で結束している会社は、業績が悪化しても踏ん張れる印象はありますね。

小泉:ワンプロダクトの会社は、事業と会社の思いがオーバーラップすることが多いですが、その場合、事業が伸びなくなると会社も崩れてしまう。だから弊社は意識的に会社とプロダクトを分けるようにしています。たとえばグーグルも、検索エンジンの「Google」と会社で働く「グーグラー」のイメージをわけていますよね。

麻野:2人の話を聞いていて、バリューがうまく機能している会社というのは、事業とバリューがしっかりリンクしている印象を受けました。自分たちのビジネスを踏まえて、それを成功させるにどのようなバリューが必要かを考えているんですね。

バリューを社員に浸透させるには、どうすべきか

麻野:企業理念を作る会社は多いですが、バリューが社員に浸透していないケースもあると思います。バリューを浸透させるために大切なポイント、うまくいった施策があれば教えてください。

井手:ポイントは1つしかないと思っていて、それは「トップが諦めない」こと。それだけなんですよ。ことあるごとに社員の前でミッションやビジョンを口に出す。徹底できていなかったら、その場で指摘する。壁にも張り出していますし、研修もします。もう、あの手この手を使って徹底させる。

トップが徹底すれば経営理念が浸透しないはずないんですよ。浸透しないということは、僕が言うのもおこがましいですが、トップが本気じゃない。それだけだと思いますね。

麻野:トップのコミットメントが大事だと。非常にわかりやすい。メルカリさんはどうですか

小泉:同感ですね。僕らはバリューをとにかく「見える化」しています。たとえば、会議室の名前を「Bold」などバリューから名付けたりしました。そうすると、社員は自然と口に出しますから。あとは、バリューを印刷したTシャツを作るとか。

麻野:社員が思わず口に出してしまう状態を作るということですね。

井手:小泉さんの話を聞いて思い出したのは、弊社の社員があるとき、「クラフトビールの革命的リーダーになる」とか「自ら考えて行動する」とか、企業理念が書かれた日めくりカレンダーを自発的に作ったことがありました。面白おかしく、ビジュアルも入れたりして。

社員が増えてきたことで、新しく入ってきた人たちに経営理念が浸透してないのではないかと、古参の社員が問題意識を持ったわけです。すごいなと思うのは、僕が何も言わなくても社員が自分で考えて行動してくれたことですね。

メルカリとヤッホーブルーイングの社長が語る「強い組織を作る“バリュー”の重要性」 バリューを浸透させる方法を語る井手社長らの話に聞き入る聴講者
バリューの浸透方法など語る井手社長らの話に聞き入る聴講者

経営陣にバリューを重視してもらう方法

麻野:トップのコミットメントという話も出ましたが、次の質問は「事業に目が向きがちな経営陣にバリューにこだわってもらうには、どうすれば良いか」というものです。いかがですか?

小泉:先ほど麻野さんがおっしゃった通り、大事なことは「事業とバリューが紐づいていること」ですよ。事業で勝つためにバリューを作れば、かならずバリューを浸透させようとするはずですよね。

社長がバリューにコミットメントしない会社は、事業とバリューが離れていると思います。事業とバリューが離れていると、バリューは単なる社長の価値観になってしまうので、それでは浸透しません。

弊社は3つのバリューを、さらにブレークダウンして9つの価値を定め、それらを採用などの判断基準に使うなど、バリューを事業や人事・採用評価と密接に結び付けています。

麻野:事業と行動指針が紐づいていれば、行動指針を浸透させることが業績につながるということですね。井手さんはいかがですか?

井手:小泉さんの意見に同感です。うちの会社は業績がどん底だったとき、社員が同じ方向を向いて働けばきっとすごい力を発揮すると信じて経営理念を作りました。そうしたら実際に結果が出ました。

経営理念を徹底したことで、12年連続増収増益という業績に現れているんですよ。業績を伸ばし続けるには、経営陣の能力に頼るのではなく、経営理念が浸透したチームで勝っていくしかないと思っています。

バリューを徹底したことの具体的な成果

麻野:短期的な勝利は、もしかすると事業とか個人から生まれるかもしれないけど、中長期的に勝ち続けるには理念とか組織が大事だということですね。それに付随して、バリューを起点とした経営の本質的な強さや価値を聞きたいです。バリューを浸透させておいてよかったと感じた具体的な場面があれば教えていただけますか?

小泉:僕らの会社は「Go Bold」が浸透したことで、リスクテイクする意識が強まりました。言葉の魔力みたいなものがあって、迷うんだったらやろう、という文化が醸成されるんですよ。そのことが良い結果を生んでいると思います。積極的にリスクテイクして、勝ってきたから成長できているわけですから。

井手:経営理念がなぜ大事かということですが、社員が経営理念に基いて業務上の判断を行うと、経営陣と社員の判断の差異が減ってくるんですよ。全員のベクトルが合ってくるので、それまで会議を5回やらないと決まらなかったことが、1回で決まるようになる。そうすると当然、生産性が高まって業績も良くなるわけです。

事業の方針に納得していない人は、仕事に「やらされてる感」を持ってしまい、本来の力を発揮してくれません。でも、僕たちの会社は、全員が事業方針に納得しているから、社員の力を足し算すると10人の力が20にも30にもなるんですよ。経営理念が徹底されていると、ただの人の集まりが「チーム」に変わると思っています。

麻野:次は人事に携わっている方からの質問です。「会社にとって必要なスキルを持っているものの、会社のバリューに合わない応募者がいた場合、採用しますか?」 というものですが、いかがでしょう?

小泉:採らないですよ、採るわけないじゃないですか、バリューが大事だってこれだけ言っておいて(笑)

ミッション・バリューはある意味、応募者に対する「踏み絵」だと思っています。会社の考え方に同意しますかを問う踏み絵。僕らはオウンドメディアの「メルカン」などを通じてバリューを発信しています。それは、バリューに合う人だけに応募してきて欲しいからです。

麻野:井手さんはいかがですか?

井手:ここで採りますって言ったら非難轟々でしょうけどね(笑)。うちも絶対採らないですよ。今年の新卒は12人が入社したんですが、応募者は1000人ぐらい。採用面接で僕らが見るのは「優秀であること」「経営理念に合っているか」という2軸です。両方重要ですが、どちらをより重視するかといえば、「経営理念に合っているか」です。

バリューの優先順位は?

麻野:それでは会場から質問を受けたいと思います。

会場の質問者1:3つのバリューに優先順位はありますか?

小泉:あまり意識はしていませんが、あえて言うなら、①Go Bold(大胆にやろう)②All for One(すべては成功のために)③Be Professional(プロフェッショナルであれ)の順番です。メルカリは「ウィナーテイクスオール」(勝者独占)の市場にいるので、とにかくリスクテイクが大事だということで「Go Bold」を最も重視しています。ちなみに、ミッションは変えることはありませんが、バリューは毎年見直します。事業のフェーズによって大事なことは変わりますから。

井手:うちは①革新的行動②顔が見える③個性的な味――という順番です。「革新的行動」っていうのは、社風やビールのコンセプト、味、デザイン、ネーミング、プロモーションなど、全てにおいて革新的であれということ。ビール業界に風穴を開けて、もっとビール業界を新しくして、消費者に新しい楽しみを我々が提供していこうという思いがあるので、「革新的行動」を最も大事にしています

メルカリとヤッホーブルーイングの社長が語る「強い組織を作る“バリュー”の重要性」
聴講者からの質問も受けた

会場の質問者2:メルカリの小泉さんに質問です。バリューを決めるとき、どのぐらいの社員が参加したのでしょうか。

小泉:バリューは役員だけで決めました。会社の方向性はトップダウンで決めるべきことですから。バリューを決める場に社員を加えると、いろんな人の顔が見えてしまうので、バリューの言葉がマイルドでつまらないものになってしまうと思います。

ミッションが決まり、それを浸透させる段階で社員を巻き込んでいきます。ミッションやバリューを決めた翌月、社員合宿を行いました。バリューは決めるだけでは意味がなくて、浸透まで責任を持つことが大事ですからね。

会場の質問者3:井手さんに質問です。約2年半前にキリンビールと業務提携し、生産委託を開始しましたが、製造を外部に委託することでバリューに影響はありましたか?

井手:キリンさんと業務提携した目的は、売り上げの成長速度に製造設備が追いつかなかったからです。委託を決めるとき、弊社のお客あまの声や、海外の事例など、いろいろなことを分析し、大手と提携しても3つのバリューさえしっかり守っていればファンは離れないと判断しました。

社外で製品を造っていてもファンから強烈に支持されている例としてAppleがありますよね。Apple製品はすべて製造を委託していますけど、そんなことはファンには関係ないわけです。

会場の質問者3:キリンビールにネットマーケティングなどのノウハウを提供しているとのことですがバリューをどう扱っているのでしょうか。

井手:キリンさんにはレシピも全部開放しているし、ノウハウも全部教えています。全部オープンなんですよ。参考になることがあれば、どうぞやってくださいと。でも、できないんですよ。カルチャーが違いますから。うちはキリンさんだけでなく、同業他社に対しても全てオープンにしています。毎週のようにいろんな会社の方が見学に来るんですが、すべてオープンにしています。

小泉:全部オープンにするって大事なことだと思っていて、うちも「メルカン」で社内のことを全てさらけ出しています。オープンにした結果、社員が自分の仕事にプライドを持つようになりました。社外から「すごいですね」「こんなことやってるんですか」と言われると、もっと社会を驚かせたい、もっと新しい仕事を作り出して社会に気づいて欲しいという気持ちが湧いてきて、セルフモチベートされていく。アウトプットの質がよくなるんです。

井手さんがおっしゃってたように、オープンにしても真似できません。真似しても意味ないんですよ、会社の状況も事業も違いますから。

麻野:最後に2人から「真似できない、文化が違う」という言葉が出たのは、今日のテーマとしては非常に良かったと思います。

そろそろ終了時間が近づいてきましたので、最後に2人からメッセージをいただいて終えたいと思います。

小泉会社のバリューを末端の社員まで浸透させれば、会社の競争力につながりますし、そういう会社が日本をどんどん元気に強くしていくのだと思います。皆さんの会社も何か強みを見つけていただければいいんじゃないかなと思います。僕からは以上です。

井手:最後に3つ言いたいことがあります。1つ目は、何かしら皆さんの参考になるようなものを提供できたなら嬉しいなということ。2つ目は、お話ししきれなかったことも含めて、うちの会社のことをまとめた書籍を出したので、よかったら買ってください。そして3つ目、これが今日の一番大事なことなんですが、みなさんのテーブルの上にビールあるじゃないですか、これローソンとかで売ってます(笑)。買ってください(笑)。

麻野:ということでセッションは以上です。ありがとうございました。

*5月23日14時に一部の表現などを修正・加筆しました

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