ロレアルが競合他社に勝つために実践しているAI活用事例
世界的な化粧品メーカーであるロレアルは、ネット上に投稿された数百万のコメント、画像、動画をAIで分析するシステム「TrendSpotter」を開発しました。ライバルよりもいち早くトレンドを察知し、次の流行に適した商品の開発、消費者が注目しているキーワードや話題をオンラインマーケティングに取り入れることなどが目的です。
ライバル企業よりも早くトレンドを把握するために
ファッションやコスメの新しいトレンドは、必ずしもニュースの見出しやブランドから始まるとは限りません。
たとえば、人気テレビ番組のワンシーンにコメントが殺到したり、人気インフルエンサーのブログがバズるなど、見逃しがちなソーシャルメディア上のサインからスタートすることもあります。
爆発的に流行する頃には、関連商品を販売するブランドがそのトレンドをキャッチし、競合他社は誰も優位に立つことができません。ロレアル(Digital Commerce 360 発行「ヨーロッパEC事業 トップ500社 2021年版」で19位)はこうした消費者の好みに素早く対応するため、ライバル企業よりも早くトレンドを把握することをめざしています。
数年前に予期せず現れたトレンドの一例として、「消費者のカレンデュラオイルへの関心」があげられると、ロレアルグループのグローバルソーシャルインサイト・AIディレクターのシャルル・ベッソン氏は言います。
ロレアルのフェイスクリームブランド「Kiehl's」のマーケティング担当者は、オンライン上の会話のモニタリングを通じて、このトレンドをすぐに発見しました。もしロレアルの全ブランドがこのトレンドに気づいていたら、「大きな付加価値になっていたでしょう」とベッソン氏は振り返ります。
というのも、ロレアルでは商品の構想から開発、店頭に並ぶまでに約1年はかかるからです。ライバル社よりも2-3か月早くトレンドを把握することで、「ロレアルは新商品開発で優位に立てるかもしれない」とベッソン氏は話します。
つまり、次のトレンドを競合他社より早く察知することが大切なのです。
ベッソン氏と、パリにあるロレアルのテクノロジーハブの同僚たちは、将来のトレンドを見極め、そのインサイトを社内に広めることを目的として、2年前に「TrendSpotter」というツールを開発しました。
FacebookやYouTubeなどのソーシャルネットワーク、化粧品に特化したオンライン記事やブログなど、3500のオンラインソースをスキャンし、「今話題のもの、これから流行る兆しがあるもの」など新しいトレンドを探します。ベッソン氏はこう言います。
次のトレンドを競合他社に先駆けて察知できるようにすることが最大の狙いです。
投稿や記事のテキストやハッシュタグ、ネット上の画像や動画に埋め込まれた言葉など、毎年約2500万ビットのデータを拾い上げます。注目すべきは、これらのデータはすべて、消費者や他の人々が自発的にオンラインで共有する投稿で、一般に公開されているという点です。
つまり、EUの一般データ保護規則やカリフォルニア州消費者プライバシー法などの法令、あるいは消費者がオンラインで追跡されないようにするための措置によって、情報へのアクセスが妨げられることはありません。
このシステムは、人間よりもはるかに多くのデータを処理できるAIや機械学習の「完璧なユースケースだ」とECアドバイザリー会社FitForCommerceのシニアコンサルタントであるジョン・コニグリオ氏は言います。
また、Webサイトやソーシャルネットワークなど、一般に公開されているコンテンツを検索するため、このようなWebクローラーを適切に設計すれば、プライバシーに関する規制に抵触することはないはずです。コニグリオ氏は次のように説明します。
このプロセスは、Webサイトをクロールする際に遭遇する可能性のある個人情報をすべて無視し、アルゴリズムに必要な関連データのみを収集するように構築することができます。このようなやり方をすれば、プライバシー問題に遭遇するリスクは低いのです。
化粧品トレンドに影響を与える6つの国
数百万件のデータを人間が効率的に処理することは不可能であるため、入力されたデータは、AIと機械学習を用いてネット上の発言からパターンを抽出するSynthesio社のソーシャルリスニングプラットフォームに取り込みます。
化粧品のトレンドを左右するアメリカ、イギリス、フランス、韓国、日本、ブラジルの6か国に絞り、システムを構築。いずれは他の地域にも拡大する可能性があるとベッソン氏は言います。
AIが検出した数百の化粧品トレンドの可能性
Synthesioが検出したパターンは、ロレアルの商品開発チームやマーケティングチームにとって有用なトレンドであるかどうか人間が評価します。ベッソン氏によると、「TrendSpotter」は現在までに700から800のトレンドを発見しているそうです。
どのようなトレンドがあるのか明らかにしていません。競合他社が気づいていないトレンドを発見することで、競合他社をリードしなくてはならないからです。
ベッソン氏は新型コロナウイルスの流行初期、在宅勤務の消費者の多くがビデオチャットで自分をより魅力的に見せるためにフィルターを使い始めたという一例をあげています。
そのインサイトが、ロレアルにとってプラスに働きました。数年前に日本でそのようなフィルターが出現した後、ロレアルは2018年にカナダのModifaceを買収しました。Modifaceは、拡張現実技術によって、オンラインショッピングの利用者がさまざまなタイプのメイクやヘアスタイルをオンライン上で試せる技術を有しています。
突如、オンライン上で自分の外見を変えるフィルターに関心が集まったため、ロレアルlは傘下の40ブランドで、その技術の利用を拡大することを奨励。たとえば、消費者はさまざまな色の口紅や化粧品をバーチャルで試着したり、自分の顔をスキャンして最適なスキンケア商品のヒントを得たりすることができます。
以前は、そのようなオンライン機能は日本以外ではあまり普及していませんでした。ベッソン氏はこう振り返ります。
コロナ禍によって化粧品ビジネスのゲームのルールが変わったとき、我々は消費者のニーズに応えるために、社内の技術を押し進める準備ができていました。
オンライン通販利用者が実際に使う言葉でマーケティングする
トレンドを素早く発見することは、商品開発に役立つだけではありません。ロレアルのオープンイノベーション デジタルマーケティングチームは、消費者が使っているキーワードをWebサイトの商品ページ、ソーシャルメディアの投稿、オンライン広告に取り入れるのにも役立てています。
「TrendSpotter」を使えば、広く使われているハッシュタグや主要な単語にアクセスすることができます。消費者の声から生まれた適切なコンテンツを使用できるため、デジタル、マーケティング、消費者情報チームにとって、このような新しい情報はすべて価値があるのです。(ベッソン氏)
ベッソン氏によると、全世界のロレアル社員8万8000人のうち、1800人が「TrendSpotter」のインサイトにアクセスしているそうです。ロレアルを単なる化粧品ブランドではなく、「ビューティーテック企業」になるための一環と位置付けられています。
「TrendSpotter」チームは、ロレアルの社員7人と外部委託業者5人で構成。パリにある30人のテクノロジーハブの一部として機能しています。ニューヨークと上海にも同様のイノベーションセンターを運営しており、今まではロレアルにほとんど縁がなかったような、データ解析の専門家を雇用しているといいます。
専門性の大幅な多様化が起きている、新しい時代なのです。多額の投資を伴いますが、最終的に、競合に先んじ、市場投入までの時間の短縮を達成できれば、その価値はあります。(ベッソン氏)