瀧川 正実 2017/1/17 7:00

今のままの料金では難しいので配送料を値上げさせてください」「繁忙期なので御社の荷物は1日〇〇〇個までとさせていただきます」。

近い将来、配送キャリアからEC企業へこんな要請があるかもしれません。

物流の現場、特に輸送現場は危機的な状況に陥っています。2016年末に佐川急便の配送遅延などが起こり、通販・ECの重要インフラである物流はパンク寸前に。このような状況がこの先も続けば、荷主である通販・EC事業者も少なからず影響を受けることになるでしょう。

物流問題は通販・EC業界も一体となって考えなければならない時期に差し掛かっています。

なぜ今、物流問題を考えなければならないのか

ここ数年、通販・EC市場の拡大などにともなう物流関連の慢性的な労働力不足が、業界内で問題にあがっていました。2016年末に起きた佐川急便さんの配送遅延や荷物の取り扱い問題などによって、物流業界でいま起きていることが少しずつ広まってきたのではないでしょうか。

この物流問題は数年前から話題になっていましたが、EC業界に浸透していたかと言えば、「していなかった」と言えるでしょう。

販売の現場は「売り上げを伸ばす=受注を増やす」ために力を注ぐため、物流の現場がどうなっているのか、さほど気にはとめていないのが実情ではないでしょうか。

物流は現在、通販・ECビジネスを支える大きなインフラとなり、日々の生活に欠かせないものとなっています。この物流が機能不全に陥ったら通販・EC事業者はどのような影響を受けるのでしょうか?

記憶に新しいのが佐川急便の宅配遅延。年末の荷物量増加にともない、東京や埼玉、愛知、大阪など7都府県で配達に遅れが発生し、他のキャリアの利用を促すアナウンスも出ていました。

米国ではこうした問題が数年前から起きています。戦略物流専門家であるイー・ロジットの角井亮一社長によると、「2013年に、取り扱い荷物の増加によって米宅配最大手ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)で17%、フェデックスで10%もの遅配が発生し、クリスマス当日までに商品が届かない事態が起きた。他にもそのような事態が起こっている」と言います。

今後、物量は右肩上がりで増えると予想されます。

  • 荷物が消費者の希望した日時に届かなくなる
  • 配送業者からの取り扱い数量の制限
  • 配送料金の引き上げ

将来、こういったことが起きる可能性はゼロではありません。

さかのぼると、2015年までにヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の大手配送キャリア各社が宅配便の値上げに踏み切りました。

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2014年、ヤマト運輸と佐川急便が値上げに踏み切った理由としては、次のように解説されています。

ヤマト運輸はEC市場の拡大や、Amazonからの大口受託と順調に取扱件数を伸ばしてきたが、2013年10月にクール便の温度管理の不備がニュースになり、その対策として、これまでの「全国一律○○○円」といった受託をやめ、サイズ別・地帯別の料金をしっかり徴収する方向で、全国的に料金見直しが開始されている。

B2Bが主戦場だった佐川急便が1998年からB2Cの宅配事業に参入し、価格攻勢でシェアを拡大してきたが、配達店のカバーエリアが大きいため、再配達で採算割れということになり、2013年から大口顧客への値上げを開始した。その際に、最大の大口客だったAmazonが佐川急便からヤマト運輸・日本郵便に主力を移すことになった。

大手配送キャリアの課題は値上げによっても解消されず、「労働力不足」などはより深刻な状況になっているのではないでしょうか。

コスト増のダメージは経営に直結します。現実味は薄いですが、繁忙期での慢性的な遅配の発生、配送キャリアによる取り扱い個数制限などが起きる可能性があることを、頭の片隅に置いておいた方がいいかもしれません。

今、物流業界で起きていることとは?

経済産業省の調査によると、2015年の日本のBtoC-EC市場規模は13.8兆円となり、2014年から約1兆円増加しています(物販系分野の市場規模は7兆2398億円)。伸び率は対前年比7.6%。

野村総合研究所(NRI)の予想によると、日本の2015年度のBtoC EC市場規模は7年後、2015年度比約1.7倍の26兆円市場になるとしています。

経済産業省の調査によると、2015年の日本のBtoC-EC市場規模は13.8兆円となり、2014年から約1兆円増加
日本の BtoC-EC 市場規模の推移(経済産業省「平成27年度我が国情報経済社会における基盤整備」をもとに編集部が作成)

物販系分野がどの程度占めるのかは不明ですが、市場が拡大するのは間違いありません。市場拡大は喜ばしいことですが、物流業界に目を向けると決して素直に喜べる状況ではありません。

通販・EC市場の拡大に伴い、宅配便の取り扱い個数は増加。2002年比で約10億個も増え、2015年度は37億個の宅配便が各家庭などに送られています。

国交省の調査資料をもとに作成した宅配便の取扱個数の推移
宅配便の取扱個数の推移(国交省が調査した資料をもとに編集部が表を作成)

数字だけを見るととても景気の良いお話ですよね。しかし、このまま市場が拡大するとどうなるのでしょうか? 不在配達削減アプリ「ウケトル」を運営するウケトルは、最長で2034年には宅配便の数は60億個に拡大すると予想しています。

人工知能が進化しトラックの自動運転が始まっても、最終的に人が介在しなければ荷物は消費者の手元へ届けられません。人口減少社会に本格的に突入(平成27年国勢調査の確定値で日本の総人口は調査開始以来初の人口減となりました)したことも加わり、人手不足がより深刻化している物流業界。増える荷物をこの先、安定的に運ぶことはできるのでしょうか?

ここで物流の人手不足について調べてみました。

「自動車運転の職業」の有効求人倍率の推移
「自動車運転の職業」の有効求人倍率の推移 *貨物自動車以外にバスやタクシーも含まれています(編集部が日通総合研究所のサイトからキャプチャ)

この表を作成した日通総合研究所の調査によると、調査対象のすべての地域で有効求人倍率は1.0倍(2016年2月時点)を超え、ドライバーを集めたくても集まらない状況に陥っています。

これまで輸送量に比べて労働力の供給過多が続いていましたが、近年の物量増加と高齢ドライバーの引退、新たな担い手不足によって供給不足へ逆転。日通総合研究所は、ドライバー不足は社会変化に伴う構造的な問題であり、トラック輸送がリスクに直面していると説明します。

厳しい輸送現場の実態も追い打ちをかけているようです。

特に都市部での輸送現場では、配送先に駐車できる場所がなく、仕方なくトラックを路上に停めて配送するケースも相当にみられる。しかし、近年、路上駐車の取り締まりが厳しさを増しており、ドライバーが駐停車違反で取り締まられる実態がある。この場合、会社から指示された仕事を違反を前提で行わなくてはならず、その上、ドライバー個人の資格である運転免許にキズがつくことになる。違反を重ね免許停止ともなれば、業務はもとより、通勤やプライベートで運転することができなくなることもありうる。

このように、他産業と比べて厳しい労働条件であることが、ドライバー不足の大きな要因になっていると考えられる。

-ロジスティクスレポート No.21(日通総合研究所)から引用

日通総合研究所はドライバー不足を招く厳しい経営環境も指摘します。ネット通販市場の拡大により宅配便の物量がさらに増え、またドライバー不足も今後一層深刻化していくことでしょう。日通総合研究所はこう警鐘を鳴らします。

トラック運送業界からは、このままの労働条件では「ドライバーが確保できない」「安全・安心な輸送サービスを提供できない」危険性が高いことを、荷主企業や多くの中小事業者の荷主である元請事業者に対して、これまで以上に主張すべき時期にきている

一方、メーカーや卸売業、小売業などいわゆる荷主企業では、ドライバー不足により、思うように商品や原材料等の貨物を運べない事態が起きつつある現実を注視する必要がある

-ロジスティクスレポート No.21(日通総合研究所)から引用

人手不足については、業界最大手のヤマトホールディングスも2016年4~9月期(中間期)決算などで言及しています。

売上高にあたる営業収益は前年同期比229億円の増収。通販市場の成長、「宅急便コンパクト」「ネコポス」の拡販が進んだことなどが後押しした一方、コストの増加も止まりません。

営業収益は3.3%増でしたが、営業費用も3.0%増えました。その1つの要因が下払経費の増加(前年同期比で141億円の増加)です。なかでも宅配便配達を委託する「委託費」が前年同期と比べると93億円も増加(宅急便などのデリバリー事業だけで79億円も増加している)。ヤマトホールディングスは次のように説明します。

宅急便の増加に加え、労働需給逼迫の影響により宅急便配達委託が増加。特に第2四半期においては採用の遅れ等により委託の使用が増加

-ヤマトホールディングスの決算説明会資料から引用

行政の対策も実は徐々に始まっている

こうした物流の状況に関して、政府も対策に乗り出しています。政府が2013年に閣議決定した「総合物流施策大綱(2013-2017)」。これは物流施策や物流行政の指針を示し、関係省庁が連携して総合的・一体的な物流施策の推進を図るためのものです。

そこでは「物流の効率低下につながる取引慣行を含めた物流の現状把握と課題解決」を掲げ、「インターネット通販市場の拡大に伴う宅配便の再配達増加への対応」を検討してきました。

これまで、再配達削減に向けた方策の検討会を実施し、2015年に報告書を取りまとめました。宅配事業者3社によるサンプル調査では、宅配便の約2割が再配達となっている現状が判明。2015年の宅配便個数から算出すると、なんと7.4億個分にものぼる計算になることがわかりました。

宅配便の再配達の割合
宅配便の再配達の割合(出典は国交省資料)

また、報告書では次のような宅配再配達による社会的損失も指摘しています。

  • 営業用トラックの年間排出量の1%に相当する年約42万トンのCO2が発生(山手線の内側の2.5倍の面積のスギ林の年間の吸収量に相当)
  • 間約1.8億時間・年約9万人分の労働力に相当する

そこで、国土交通省は2016年、経済成長の実現をめざし社会資本や観光、物流などの施策を総合的に推進することを目的にした生産性革命本部を省内に設置。「生産性革命プロジェクト」として物流問題の改善といったプロジェクトを進めています

国土交通省の生産性革命プロジェクト
国土交通省の生産性革命プロジェクトの資料表紙

物流に関するプロジェクトを進めるのが「オールジャパンで取り組む『物流生産性革命』の推進」です。2020年度までに物流事業の労働生産性を2割程度向上させることを目標に設定。2割に達している宅配便の再配達の改善など、物流分野のさまざまな非効率業務を改善し、生産性向上による将来の労働力不足の克服をめざしています。

物流関連は「暮らし向上物流」をテーマに、受け取りやすい宅配便などを推進することがプロジェクトの概要に盛り込まれ、2016年までに次のような取り組みが行われました。

  • 国交省本省でオープン型宅配ロッカーの実証実験を実施
  • 物流用ドローンポートシステムの研究開発のための「物流用ドローンポート連絡会」を立ち上げ
  • 手ぶら観光カウンターを新たに29件認定(2016年8月25日現在)
  • ヤマト運輸が多摩ニュータウンにおける宅配便の地域内共同配送を開始

宅配ロッカーについては熱い議論が交わされました。今後設置する宅配ロッカーは、全ての宅配便事業者が利用可能なオープン型ロッカーとすることを目標とするとされ、日本郵便は受取ロッカー「はこぽす」サービスを、ヤマト運輸は「オープン型宅配ロッカー」の導入を加速。駅構内やスーパーなどへの設置も進んでいます。

ただ、設置された全ての宅配ロッカーは現在のところ、全ての宅配事業者が利用できるオープン型ロッカーにはなっていないのが現状です。

たとえば、ヤマト運輸の「オープン型宅配ロッカー」は、2022年までに約5000か所以上への導入をめざしています。再配達の削減効果に期待が寄せられていますが、その前提となるのは他の宅配業者が呼応して足並みをそろえること

「オープン型宅配ロッカー」は順豊エクスプレス、佐川急便が利用できるようになっていますが、それは一部地域のみ。配送の効率化などに向けて、大手配送業者が手を結ぶことはできのか――業界が一体となった取り組みが実現できるのか、注視していきたいところです。

一方、EC事業者自身による一部地域の自社配送、店頭受取といった宅配業者を介さない新たな受け取り方法も徐々に普及しています。

また、ECやカタログやTVなどの通販企業など、年間1億3700万個を出荷する荷主グループが集まった「宅配研究会」が2014年に設立。「宅配が、安定的供給と安定的価格が続けられるよう、健全な宅配事業者間の競争下で、事業者と荷主の健全なパートナーシップを築くために活動する」ことを目的とし、宅配事業者と連携して、物流の安定供給・安定価格をめざすプロジェクトを進めています

この宅配研究会のプロジェクトとして誕生したのが、再配達問題を解決するアプリ「ウケトル」。通販サイトとの連携を進めており、導入した店舗を利用した購入者は「荷物の自動追跡」「通知」「ワンクリック再配達」機能などを活用し、荷物を確実に1回で受け取ることができる環境作りをめざしています。

こうした業界に向けた新規サービスの参入、浸透も再配達削減、物流業界の問題解決につながっていく可能性があります。

ちなみに、国土交通省は今後に向けた取り組みとして、次のようなことを予定しています。

  • 2017年2月頃に物流用ドローンポートの機能確認のための検証実験を実施予定
  • 2017年度予算としてオープン型宅配ボックスの導入支援に係る予算(環境省連携)、手ぶら観光カウンターの導入支援・サービスの高度化に係る予算等を要求中

というわけで、再配達の削減に向けた取り組みは国土交通省や環境省、配送キャリアを中心に徐々にではありますが進み出しているのです。

やっぱり業界全体で物流問題を考えていかなければならない

物流がなくては国内の荷物、商品は動かない。なくてはならない大切なもの。それに気づいている人が少なすぎる。

巷では『輸送費無料』といった文句が幅を利かせており、当社にも『輸送費にカネがかかるのですが』といった驚きのクレームも来る。中には数百円の輸送費を『まけてくれ』という人も。モノを動かすには費用がかかるということを、もっと世間に浸透させなくてはいけない

-物流Weeklyから引用

物流系の総合専門紙「物流Weekly」ではこのような物流現場の声を掲載。また、2015年4月に開かれた参議院の「地方・消費者に関する特別委員会」では、江崎孝参議院議員と消費者庁担当者の間で、次のような要請・答弁が行われました。

江崎孝参議院議員の要請

無料の表示では物流に対するコストがない、と消費者が考えてしまい、ついつい再配達にしてしまうのではないか。

消費者教育の面からも「送料当社負担」「送料込み」と表示することをはじめ、消費者庁を中心に、経産省や国交省が一緒になって再配達の削減に効果的な配送方法や消費者行動の誘導方策を検討していただきたい。

山口俊一消費者及び食品安全担当大臣

私もネットで買物するが、指摘のとおり送料無料と表示されていても配達には都度コストあるいは環境負荷が発生する。関係業界や所管官庁が、配達のコストの低減に関して消費者への対応を検討する際には、消費者庁も連携してまいりたい。

-全日本運輸産業労働組合連合会から引用

送料無料のお話はここでは横に置いておきますが、「送料無料」が当たり前になったことによる消費者の「物流軽視」が再配達の増加を招いた側面は否定できません。「荷物が来る時間だけど、再配達してもらえればいいや」。こんな考えを持つ消費者は決して少なくないでしょう。

たとえば、自社配送便の採用(資本が大きい企業しか難しそうですが)、再配達を減らすための仕組みの採用(たとえば「ウケトル」といった新規参入企業のサービスの導入など)、消費者への啓発など、個別企業が意識を持って再配達削減に向けた取り組みを進めていくことが今後、求められていくはずです。

業界全体で「再配達削減月間」「再配達ゼロデー」を設定し、配達員の労働負担軽減のため、地球温暖化防止のために動くことは決して不可能ではないはずです。

たとえば、宅配ロッカーが全配送キャリア利用可能なオープン型になれば、消費者にとっても有り難いことですし、再配達削減にもつながります。

再配達削減を含めた物流改善は、国交省、環境省が中心となって進めています。賛否はあるかもしれませんが、行政主導による消費者への再配達問題の啓発業界の取りまとめなども必要なことでしょう。業界としてこの問題に対して何ができるのか。2017年はこんなことを考える1年にしたいですね。

◇◇◇

ネッ担は今年、再配達など物流問題を継続的に取り上げていきます。通販・EC事業者、関連する事業に携わる皆さん含め、業界全体で物流問題を考える機会を作っていきたいと考えています。

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