竹内 謙礼 2018/3/12 7:00

EC企業が売り上げを伸ばすには、人材の確保が急務。採用戦略が整っていない企業の成長は難しいと言える。こうした背景を踏まえ、求人サイトに出稿されているEC企業の求人広告を見てみた。その上で、実践的な採用戦略について考察してみた。

中小ECは人手不足で四苦八苦

どの業種・業態も人手不足と言われるが、EC業界の労働力不足は特に深刻だ。そもそも、「ネット」と「小売り」両方の知識が求められるため、人材そのものが世の中に乏しい。クリエイティブな作業も多いため、1日の労働時間が長い。

一方で、結局は小売りのため“薄利多売”。「営業利益率2ケタ台は当たり前」というIT企業とは異なり、利益率が1ケタ台後半だったら“優良企業”(以下の表を参照。主にEC事業のみを展開している企業を参考にしてみた。北の達人は粗利率の高い美容・健康商材のため高い営業利益率をキープ。仕入れ商材を扱っている他の企業は5%以下の営業利益率)。そのため、いくら優秀な人材でも高給取りにはなりにくい。だから人材の流出も激しい。

表 EC企業の利益率の例(IR資料をもとに編集部で作成)
 営業利益
(百万円)
売上高
(百万円)
営業利益率
北の達人コーポレーション(平成29年2月期)5422,69620.1%
サンワカンパニー(平成29年9月期)1908,7372.2%
白鳩(平成29年8月期)2025,0834.0%
ストリーム(平成29年1月期)18722,0250.8%
デファクトスタンダード(平成29年9月期)43910,5144.2%

加えて、最近では大手EC企業が良い条件で働き手を確保しているため、中小のEC企業は慢性的な人手不足で四苦八苦している状態が続く。では、どうすれば良い人材を採ることができるのか?

EC企業の求人広告、ここがダメ!

①同業他社より労働条件が悪い

求人サイトを閲覧してまず目についたのが「他社の求人広告をチェックしていないんだろうな」と思える広告が多い点である。他のネットショップの求人広告と比べて極端に低い年収を提示していたり、厳しい労働条件を出していたり、明らかに他社と比較された際に負けてしまう条件で求人広告を出稿している企業が多い。

他社と比較せずに求人広告を出稿してしまうと、求職者が求人情報を閲覧した際、簡単に転職候補から外されてしまう

年収を低く抑えるのであれば未経験者を条件にしたり、労働条件で劣るのであれば勤務地や福利厚生で差を付けつけたりして、常に「他の企業と条件を比べられている」という意識で、求職者の立場に立った求人広告を制作していかなければいけない。

②応募条件を欲張り過ぎる

 また、ネットショップにはベンチャー企業が多いせいか、欲張りな条件を提示する企業が多いところも気になった。

一眼レフで写真撮影ができてPhotoshopが使えて、英語が堪能な方

リスティング広告と動画制作の両方の経験がある方歓迎!

など、「そんな条件、誰も満たさないよ……」という求人広告も少なくない。

あれもこれもやってもらいたい気持ちはわかるが、このような場合は条件を「Webデザイナー」だけにして募集をかけ、本人の人柄や興味、能力を見ながら広告運用やマーケティングもやらせていく方向で調整した方が良いだろう。レクチャーするスタッフがしっかりしていれば、SEOやリスティング広告のスキルは1年~3年ぐらいで身に付くはずだ。

不満や悩みを持っている人を振り向かせる言葉 

給与や条件が多少悪くても「この会社で働いてみたい」と思わせた求人広告は、苦痛や悩みからの解放を押し出したキャッチコピーの求人広告だ。

毎月ノルマに追われていたら、良いサイトなんて作れませんよね?

出産後も女性が長く勤められる制度が整っています。

というように、現在の職場の不満に共感し、そこから解放される条件を提示すると、転職後のイメージがつきやすくなり、気持ちが前向きになりやすくなる。

そもそも転職を考えている人は現状に不満があり、不満を解放してくれる職場に行きたいという思いがある。自社の自慢話ばかりをするのではなく、仕事に悩んでいる人に振り向いてもらえるような求人広告にしていかなければ、魅力的な企業として認知してもらうことは難しい。

 些細な労働条件でも魅力的に見える言葉もある。例えば「始業時間が遅い」「新規事業立ち上げ」「服装自由」「中途採用が多いので馴染みやすい」などは、ネットショップ従事者にとって魅力的な条件と言えるだろう。

一方、「家族と一緒の社内イベントあり」「サークルや部活動あり」など、アットホーム感をアピールする企業も多かったが、仕事とプライベートを切り離したいという最近の世相を考えると、果たしてこれが魅力的に映るかどうか、少々疑問である。

ネットショップユーザーか店長経験者か

 求めている人材の条件として「ネットショップのヘビーユーザーの方」というキャッチコピーを提示した企業は秀逸だと思った。ネットショッピングが好きな人の方が、多種多様なページを閲覧しているし、ユーザーサイドで物事を考えられるので、良い人材に育つ可能性は高いと言える。

反対に「楽天市場、Yahoo!ショッピングの店長経験者」を条件として提示している求人広告も多かったが、商材が違えば過去の経験が逆に足かせになることも少なくない。モールでの運営やページ制作、広告運用は決して難しいことではないので、数年かけて人材を育てるつもりで未経験者を採用したほうが、売上に貢献するスタッフが育成されやすいだろう。

求人広告は自社PRの場ではない

求人広告に出す写真にも気を使いたいところである。特にネットショップ運営の場合、社長自身が自由な服装や髪形の人が多いせいか、パッと見て「怪しい会社なんじゃないか?」と疑いたくなるような写真も目にする。社長が色黒・長髪で派手なスーツ、スタッフも派手な服装のギャル系の女性ばかりだったりしたら、躊躇する人もいるだろう。

「いやいや、うちの会社はそういうカラーだからいいんだよ」と思う人もいるかもしれないが、先述したように、今、EC業界は空前の人材不足なのである。優秀なスタッフを1人でも多く採用したいのであれば、「この会社はちょっと嫌だな」と思われるようなリスクは極力排除するべきだろう。

経営者自身は求人広告を「自社をアピールする場」だと思っているかもしれないが、実際には「他社よりも働いてみたいと思わせる場」なのである。経営者の思いを伝えるのではなく、働き手にとって素晴らしい職場であることを伝えなくてはいけないのだ。その点を誤解していると自己満足に溢れかえった求職者にとって魅力のない求人広告になってしまう。

今後、今以上に人手不足が加速するEC業界において、優秀な人材を確保するためには、「この会社で働きたい」と思わせる採用マーケティングを積極的に展開していかなくてはいけないのである。

間口を大きく開けて、多くの人材と出会おう

EC業界は他の業種に比べて労働条件が厳しいところがあるのは事実だ。そこで、「相性」を意識した採用を心掛けると良いだろう。応募者の能力よりも、応募者に「この会社は居心地が良さそうだ」「この社長の人柄は好きだな」と思ってもらえるかどうか。応募者と自社のマッチングに重点を置いた採用戦略を展開した方が良い。

「即戦力」を求めたい気持ちはわかるが、自分たちで育成するつもりで求人していかなければ、今後、中小企業が適正給与で人材を確保していくことは難しい。

条件を厳しくして面談する相手を絞り込むのではなく、応募条件を緩やかにしてできるだけ多くの人材と面談を行い、自社と相性の良い人材と接触するチャンスを増やしていくほうが、良い人材と巡り合える可能性は高いだろう。

【筆者からのお知らせ】

ネット通販、人材教育、企画立案、キャッチコピーのつけ方等、斬新な切り口で「ナマのノウハウ」をメールマガジンでお届けしています!

筆者出版情報

SDGsアイデア大全 ~「利益を増やす」と「社会を良くする」を両立させる~

SDGsアイデア大全 ~「利益を増やす」と「社会を良くする」を両立させる~

竹内 謙礼 著
技術評論社 刊
発売日 2023年4月23日
価格 2,000円+税

この連載の筆者 竹内謙礼氏の著書が技術評論社から発売されました。小さなお店・中小企業でもできる、手間がかからない、人手がかからない、続けられそうな取り組みを考える64の視点と103の事例を集大成。SDGsに取り組むための64の視点と104の事例をまとめています。

この本をAmazonで購入
この記事が役に立ったらシェア!
これは広告です

ネットショップ担当者フォーラムを応援して支えてくださっている企業さま [各サービス/製品の紹介はこちらから]

[ゴールドスポンサー]
ecbeing.
[スポンサー]