公文 紫都 2020/11/2 9:00

ワコールは2022年までに、電子カルテ化による顧客名簿の統合、基幹システム刷新、配送センターの集約による3つのアプローチによるデジタル変革を実現する予定だ。「ワコールのOMO(Online merges with Offline)戦略につながる大きな一歩になるだろう」と話すWEB販売事業部 事業部長・谷正登氏にインタビューした。(取材日:2020年10月14日、聞き手:ネットショップ担当者フォーラム編集部 公文 紫都)

コロナ禍の「巣ごもり消費ニーズ」でEC売上が伸長

――2020年4-6月期(第1四半期)の自社EC売上が前年同期比91%増と好調に推移しました。要因について教えてください。

緊急事態宣言を受けて実店舗が閉まったことに加え、「巣ごもり消費」のニーズを受けて、全体的にEC売上が伸びました。特に「ルームウェア」や「ハーフトップブラ」は前年の2.5倍、就寝時に着用する「ナイトブラ」は、前年4倍の売り上げを記録。またシニアやマタニティなど、感染リスクを気にして外出を控えていらっしゃるお客さま向け商品の売上構成比も、通常時より伸びました。

ワコールの「ナイトブラ」
ワコールの「ナイトブラ」(画像:ワコール提供)

――期間中、EC売上を伸ばすために行った施策はありますか?

実店舗に行きたくても行けないという状況が続きましたので、どうしたらWebでお客さまの不便さを解消できるかに目を向け、大きく4つ展開しました。

1つめは、3月に期間限定でスタートした「ご試着キャンペーン」。どのサイズが合うかわからないというお客さまのご要望にお応えするために始めました。ECで購入時にブラジャーを10枚まで選ぶことができ、自宅で試着をした後にサイズが合った商品だけをお手元に残していただくというものです。返品無料にしたこともあり、SNS上では、「ワコール神!」と書き込んでくださるお客さまもいるなど大変好評でした。

2つめは「送料無料クーポン」。通常ワコールのECサイトでは購入価格にかかわらず、一律495円(税込)の送料をいただいていますが、直営店のお客さまには送料が無料になるクーポンを配布しました。

3つめはコンテンツの拡充。特に巣ごもりニーズに対応するアイテムを強調する見せ方にしました。

4つめはサイズ表の改善です。1つめの施策同様、店頭でサイズ計測ができずに困っているお客さまがご自身でサイズを測っていただきやすいように、イラストを入れるなどの工夫をして見やすくしました。

ワコール 改善後のサイズ表の一部
改善後のサイズ表の一部(画像:ワコールサイトからキャプチャ)

ワコールは取扱ブランドや商品点数がものすごく多いのですが、ブランドごとに表記の違いがあるなど、少し複雑な仕組みになっています。以前のサイズ表は、該当カテゴリをクリックいただくと、ずらりとサイズが表示される仕様。これが非常にわかりにくいという課題がありました。

ワコール 以前のサイズ表
以前のサイズ表(画像:ワコール提供)

そこで、所属する店頭で接客にあたっていた元販売員が、ECで買いやすいようにサイズ表を改善。お客さまがご自身でサイズを計測してから、合う商品を選んでいただきやすいような見せ方に変えました。

ワコール 改善後は、計測結果を基にどれを選んだらいいかが一目で分かるようになった
改善後は、計測結果を基にどれを選んだらいいかが一目で分かるようになった(画像:ワコールサイトからキャプチャ)

――コロナ禍でスタートした施策の中で、今後継続的に行っていくものはありますか?

9月上旬にイベントとして実施した「ZOOM接客」を、12月をめどに本格稼働予定です。イベントは2日間にわたって行い、5名のお得意さまに参加いただきました。1人あたり40分弱の接客を通して新作を紹介したのですが、CVR向上につながっただけでなく、「また是非参加したい」と満足度も高く、良い手応えを得られました。

今後は、外出しにくいマタニティのお客さま向けに常時、ZOOM接客を行っていく予定です。10月からマタニティ専任の販売員をWEB販売事業部に配属し、本格稼働に向けてトレーニングを行っているところです。

「送料無料クーポン」使用顧客の2割が店舗かECで再購入

――現在のEC化率は15%(自社ECの割合は5%)ですが、2025年3月期までにその割合を25%まで伸ばす目標を掲げています。特に自社EC化率を高めていくため、直営店と自社ECのマーケティング連動や相互送客の強化を始めているとのことですが、具体的な取り組み内容を教えてください。

直営店と自社ECは、顧客名簿を連携し、ポイントプログラムを相互で使えるようにしています。

また、2019年10月には試験的に2つの直営店舗で、その日に購入実績のないお客さまも含め、自社ECサイトで利用できる送料無料クーポンを配布しました。これが非常にうまくいき、2020年の春から7店舗に増やして展開しています。

――「うまくいき」についてですが、具体的にいうとどのような成果でしょうか?

クーポンを配布しECで購入いただいたお客さまのうち、約2割の方が店舗またはECサイトで再購入いただきました。しかも2週間以内の利用という方が目立っている状況です。

ワコールの場合、直営店舗における年間平均購入回数は1.8回。実店舗で購入した方が、クーポンを機にECサイトを来訪していただいたというケースも多いので、再購入を促せたことは大きいと感じています。

クーポンを利用されたお客さまは、実店舗で在庫がなかったからECで購入した、実店舗で購入した商品が気に入ったから色違い品をECで買ったなど用途はさまざまです。

もしクーポンを配布していなかったら、お客さまは来店時にサイズの合う商品がなかったからと、退店後に競合ブランドの店舗を訪れていたかもしれません。クーポンを配布することで、退店後に「ワコールのECサイトを訪れる」きっかけを提示できました。

――実店舗からECへ送客を行うと、社内的には「売り上げの取り合い」になる可能性もあると思います。そこについてはどうされたのでしょうか?

クーポンを利用しECで購入が発生した場合、その売り上げも実店舗の成績になるよう、クーポンと実店舗の情報をひも付けました。「取り合い」にはならず、むしろ販売員が積極的にクーポンの利用を促してくれたことが、利用率向上につながりました。反響を受け、クーポン配布店舗数を10月から全国169店舗に拡大したところです。

――クーポンは紙ベースですか?

初めは紙のクーポンを配布していましたが、途中からアプリ内でのクーポン提供に切り替えました。

現在、直営店のアプリとECサイトのアプリ含め4種類を用意しておりますが、ダウンロード数は直営店用が85万ダウンロード、ECサイト用が30万ダウンロードとなっています。

クーポンの提供を始めたことで、直営店アプリの会員獲得にもつながっています。今後は、アプリを統合させていく可能性も視野に入れているところです。

ワコールの直営店向けアプリ「WACOAL CARNET」
ワコールの直営店向けアプリ「WACOAL CARNET」(画像:GooglePlayよりキャプチャ)

47億円の大規模投資で配送センターを集約する狙い

――47億円を投資し、店舗向け商品の配送を行う「守山流通センター」(滋賀県守山市)の倉庫面積を約1.6倍、発送能力を1.3倍に拡張すると発表しました。滋賀県野洲市の運営会社に委託してきたECなどの個人向け商品の物流業務は2022年9月、「守山流通センター」に集約する予定です。配送センターの集約は、貴社のEC事業戦略においてどのような狙いがあるのでしょうか。

いくつかあります。まずは、出荷キャパシティの拡大とリードタイムの短縮です。在庫一元化を含め、流通センターを集約することで出荷効率を上げることができます。

流通センター全体としての出荷キャパシティは1.3倍に拡張される予定ですが、EC向け配送に限定すると、現状の3~5倍程度に増やせるだろうと見ています。これまで、個人向け配送の商品は、店舗向けの「守山流通センター」からEC用の物流業務の委託先である外部企業の倉庫に移動させていました。その工程がなくなること、将来的にはECの注文件数が多い土日のセンター稼働も検討していますので、結果として受注から配送までのリードタイムが短縮され、出荷量が増えるという試算です。

倉庫内には最新のマテハン機器を導入するので、出荷作業効率も大幅に改善される予定です。

ワコール 物流センターの外観
物流センターの外観イメージ写真(画像:ワコール提供)

――売上面への影響も大きそうですね。

出荷量が増えるので、受注量の急激な増加にも対応できます。今は配送センターが2か所あるので、物理的な距離に加え、データ上も商品情報がわかれています。そのためEC用の在庫がないと、別の倉庫に10着分の在庫があっても引き当たらず、販売の機会損失を招くことがあります。

物理的にもデータ上でも商品情報を統合できれば、商品充足率が上がっていくので、その意味でも売り上げへの影響は大きいと見ています。

また物流センターの拡張に併せて、EC基幹システムの刷新も行う予定です。同じ倉庫から店頭用商品とEC用商品を発送できるようになるので、ECで購入した商品の「店頭受け取り」「店頭での返品サービス」などあらゆる機能拡張ができるだろうと考えているところです。

今後の市況次第では、卸売りのビジネスの出荷、ECなど個配ビジネスの出荷構成が変わっていく可能性もあります。どのような状況になっても対応できるようにしたいと思います。

ワコールの谷正登氏
ワコールの谷正登氏(WEB販売事業部 事業部長)

2022年春に顧客名簿を統合、百貨店の顧客名簿も一元管理へ

――その他、今後予定している取り組みがあれば教えてください。

2022年の春をめどに、顧客名簿の統合をしたいと考えています。現状直営店とECの顧客名簿は連携できていますが、百貨店などお取引先様が管理している名簿についてはできていません。

現在ワコールが管理できている顧客名簿はアクティブで300万人程度になるのですが、この中に、ECの顧客名簿と連携できていない百貨店のお客さまも含まれています。

もしかしたらそのお客さまは、自社ECサイトでは年間1万円分の購入実績でも、百貨店では年間5万円分買っている「上顧客」かもしれません。しかし、顧客名簿が統合できていなければ、「ECサイトで年間1万円を購入いただいている」ことしか把握できず、上顧客向けの正確なオファーを提供することができないので、そこをなんとかしたいと思っています。

顧客名簿の統合については、百貨店様からも好意的な意見をいただいているので、2022年の春をめどに電子化された名簿を一元管理していく予定です。この施策が実現できれば、ワコールのOMO戦略が前進する大きなポイントになるだろうと期待しています。

ワコールの公式ECサイト
ワコールの公式ECサイト「WACOAL WEB STORE」(画像:サイトからキャプチャ)

――正確なオファーの提供以外に、会員名簿の統合による貴社ならではのメリットは、どんなことがあるとお考えですか?

ワコールは、「ゆりかごからゆりいすまで」、つまり赤ちゃん用の肌着から、マタニティ、そしてシニア向けの肌着まで、女性の一生に寄り添うすべてのラインナップを用意している国内唯一の下着メーカーです。

実店舗においては、それぞれ店舗ごとに商品MDを組んでいますが、ECサイトはほぼすべてのワコール商品を扱っているので、ワコール全体のLTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)を上げる橋渡しができる場でもあります。

――出産前は他社メーカーの下着を愛用されていた方も、妊娠をきっかけにワコール製品を使うようになり、そのままライフステージの変化に合わせてワコールの別のブランドを使い続けるなど、ブランドスイッチをきっかけに長期的なお客さまになり得るということですね。

そうです。顧客名簿がつながっていれば、●●というブランドを使っているお客さまの状況変化に応じて、「▲▲のブランド下着はいかがでしょうか?」 というご提案が可能になります。

また、日頃はECサイトで購入しているお客さまが実店舗で買ったり、もしくは何か商品や正しい着用方法のアドバイスを求めに実店舗を訪れたりする可能性もあります。会員名簿が統合されていれば、どんなニーズにも対応できます。

これからの実店舗は販売だけを目的にするのではなく、お客さまのからだのメンテナンスや相談、ECで購入した商品の受け取りやフィッティングも含めて、あらゆる役割を持った場所になっていくはずです。

データの一元化により、どのブランドにおいてもチャネル横断でどれだけお客さまの手助けができるかを考え、実現していきたいと考えています。

◇  ◇  ◇

※編集部からお知らせ

ワコールの総合企画室 イノベーション事業推進部長 3Dsmart&try事業担当
執行役員 下山 廣氏が、2020年11月10日(火)17:10〜17:55に「ネットショップ担当者フォーラム2020秋」に登壇します。

タイトルは、「最新テクノロジーで変えるワコールのインナーウェア顧客体験~3Dセルフスキャナー×接客AIで実現する“リアルのデジタル化”~」

ワコールは近年、最新テクノロジー活用による「リアルのデジタル化」に注力しています。その1つが「3D smart&try」。店内に設置した「3Dボディスキャナー」(5秒で全身サイズを測定できるボディスキャナー)と、サイズ情報や嗜好などからAIがオススメ商品をリコメンドする「接客AI」で顧客体験を大きく変えており、開始わずか1年半で計測者は3万人を超えました。

計測データやAIによるリコメンド情報を会員情報と連携させ、体験後日にECサイトで購入することも可能。リアルとウェブの垣根を無くし、よりフラットな購入体験を実現するとともに、お客さまとのリアルな接点を大切にする「リアルのデジタル化」こそが、ワコールの目指すオムニチャネル戦略だといいます。当講演では、下山氏に、最新テクノロジーで変えるインナーウェア顧客体験について紹介いただきます。

詳細は以下よりご覧ください。

ネットショップ担当者フォーラム2020秋 参加申込みページはこちら

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