ロイヤルティ向上につながるAI活用+「TikTok」コミュニティの活用法を米国の大手EC企業の事例に学ぶ
生成AI(人工知能)を積極的に活用するEC事業者が増えています。オンライン書店の米ThriftBooks(スリフトブックス)はその1社で、生成AIと大規模言語モデルを使った新技術を取り入れて売上高を伸ばしています。リフトブックスによるAIや大規模言語モデルの活用方法、ソーシャルメディアを活用した顧客との関係性強化の具体例を解説します。
前年比20%売上アップの理由とは?
大手オンライン書店のスリフトブックスは、AIとLLM(膨大なデータ学習に基づいて単語や文章のつながりを適切に予測し、高精度なテキスト生成などができる機能)を使って1900万冊の書籍の要約を作成し、本の内容を顧客向けにわかりやすく提示しています。
スリフトブックスの販売・マーケティング担当副社長を務めるバーバラ・ハーゲン氏は「2023年のホリデーシーズンは大成功だった」と説明。米国の祝日の1つである「感謝祭」から「サイバー5」(翌週の月曜日に行われるECの大規模セール“サイバーマンデー”までの5日間)の期間、値引きはしませんでしたがホリデーシーズンの売上高は前年比20%増となりました。
売り上げがアップしたのは、スリフトブックスが生成AIなどの新技術を取り入れたことが理由です。(ハーゲン氏)
2024年の注力ポイントは顧客体験価値の向上
生成AIとLLMを活用して、運営するオンライン書店の体験価値を向上させることが2024年の最優先事項だとハーゲン氏は言います。
顧客体験価値の向上には、生成AIの活用は欠かせません。また、LLMの活用によって、潜在顧客と書籍を結び付ける新たな切り口を見い出すことも重要です。(ハーゲン氏)
ハーゲン氏によると、スリフトブックスはAIを使い、顧客1人ひとりに適切な本を推薦しています。たとえば、近年のベストセラーを読んだ顧客は、類似ジャンルの本も購入する傾向にあることを独自の技術で学習し、類似ジャンルの本を顧客に薦めることができます。
スリフトブックスが運営するECサイトで商品を購入する顧客が増えれば増えるほど、より多くのデータを活用できるようになるため、レコメンデーションの精度はより優れたものになります。
レコメンドに基づくアプローチは、より大きな感動につながる顧客体験を生み出すのに役立ちます。ひいては、顧客エンゲージメントと顧客維持率の向上につながります。(ハーゲン氏)
レコメンデーションを助けるLLM
スリフトブックスは1900万タイトルもの膨大な書籍の在庫を持つため、顧客に合わせたレコメンデーションはとても重要です。
人間が処理するには膨大な情報です。しかし、LLMを使えば、システムにコストをかけることなく、データをより簡潔で管理しやすいものにすることができます。(ハーゲン氏)
LLMは商品説明、著者の略歴、レビューに基づいて書籍の要約を作成、消費者にわかりやすいテキスト情報を提供します。「LLMによる要約は、絶版本などあまり人気のない本にも特に役立っています」(ハーゲン氏)
スリフトブックスは2023年初頭から、オープンソースの機械学習ライブラリーを使用し、さまざまなLLMを実験し始めており、2024年もその検証を続ける計画です。
満足度向上につながる会員向けプログラム
スリフトブックスには顧客との結び付きを強くするためのプログラムが他にもいくつかあります。ハーゲン氏は、会員向けプログラム「ReadingRewards」も顧客を引き付けている要素だと説明します。このプログラムは顧客を次の3つのランクに分けて構成しています。
- “読書家”:入会無料の会員ランク
- “本の虫”:年間利用額75ドルの会員ランク
- “文学者”:年間利用額150ドルの会員ランク
無料特典の書籍が果たす2つの役割
会員はオンライン書店「ThriftBooks」で買い物をするとポイントを得ることができ、上位レイヤーの会員にランクアップすると、利用額1ドルにつき、さらに多くのポイントを獲得することができます。
この会員向けプログラムの最も優れている点は、書籍を無料で配布する特典を付けていることです。単純にポイントを値引きに交換するのとは異なります。この特典によってスリフトブックスから無料で贈呈する本をお客さまはとても好んでおり、自宅に本が郵送されてくるのを楽しみにしていただいています。(ハーゲン氏)
無料書籍の贈呈は、こうしたロイヤルティ向上のほか、AIが薦める本が顧客の実際のニーズに合っているかどうかを低リスクで試すための検証にも役立っています。
LLMを使用することのメリットの1つは、顧客がその存在を知らないままでいたかもしれない本に出会う手助けができることです。顧客にとって目新しい本に出会い、それを読んでみて、楽しんでもらえることを願っています。(ハーゲン氏)
「ReadingRewards」の会員は、スリフトブックスのオンライン書店を繰り返し利用する可能性が高いとハーゲン氏は言います。実際2023年、「文学者」ランクの会員数は前年比30%増、「本の虫」ランクの会員数は同20%増となりました。
消費者コンテンツを生かすSNS運用
ハーゲン氏によると、スリフトブックスはソーシャルメディアを積極的に活用することで、年齢の若い消費者とのタッチポイントを増やしています。
TikTokでは近年、さまざまな本を紹介したり、本のレビューをする“BookTok”コンテンツが大きく成長しており、若い世代や若い消費者の共感を生み出すのに大いに役立っています。(ハーゲン氏)
TikTok上で本を紹介したり本のレビューをするコミュニティは“Booktok”と呼ばれており、出版社は2021年、Booktok経由で2000万部の本が売れたそうです。
スリフトブックスはTikTokで書籍を直接販売しなくても、ソーシャルメディアから利益を得ています。(ハーゲン氏)
スリフトブックスは、TikTokのなかで商品を購入・販売できるEC機能「TikTok Shop」での販売は行っていませんし、今後販売する予定もありません。その代わりに、顧客が作成した動画を活用しています。たとえば、顧客による本の開封動画を再投稿しています。
スリフトブックスがインフルエンサーマーケティングにあまりコストをかけない理由は、すでに16万6000人超にのぼるフォロワーがいるからです。エンドユーザーが自分でスリフトブックスに関する動画を作成したり、関連する動画に参加したりすることで、スリフトブックスはコストをかけずとも十分なオーガニックコンテンツを得られています。(ハーゲン氏)
このように、インフルエンサーマーケティングに手間をかけないスリフトブックスですが、例外もあります。2023年の、スリフトブックスの20周年記念では、BookTokのインフルエンサーを招待して物流センターの1つを見学してもらい、その動画をフォロワーと共有してもらいました。ハーゲン氏は「この施策は特に好評でした」と振り返っています。