渡部 和章 2018/2/28 7:00

ライフスタイルコスメ大手のロクシタンジャポンは2015年から、100か所以上の実店舗とECの顧客データを統合し、マーケティングの方法や販促施策、社内の組織作りまで、データに基づいてデジタル改革を進めている。ロクシタンがめざすデジタル戦略とは、どのようなものか? また、その狙いは何か? デジタルマーケティング部・吉屋智章部長がデジタル戦略の取り組みやオムニチャネルの展望などを語った。写真◎Lab

3段階で進めたロクシタンのデジタル改革

データに基づいてビジネスの実態を正しく把握する。そして、誰もが「正しいデータ」に基づいて施策を実行できる体制をめざしている

ロクシタンジャポンが2015年から進めているデジタル改革の目的を、吉屋智章部長はこう説明する。

ロクシタンジャポン デジタルマーケティング部・吉屋智章部長
ロクシタンジャポン デジタルマーケティング部・吉屋智章部長

1997年に国内1号店をオープン後、現在は路面店や百貨店のテナントなど100店舗以上の直営店を展開。EC事業は、2006年に開設した公式オンラインショップを中心に、規模を拡大している。

2015年にスタートしたロクシタンジャポンのデジタル戦略は、大きく分けて3つの段階で進んでいるという。

第1段階

実店舗とECの会員IDなどを統合し、デジタルマーケティングの基盤となるデータベースを構築

第2段階

データベースを分析し、CRMの強化や主にEメールのセグメント配信のPDCAを実施

第3段階

ECで取り組んできたデジタルマーケティングを、実店舗を含む全チャネル、全ての顧客タッチポイントに拡大

【第1段階】実店舗とECのデータを統合しDBを構築

ロクシタンが最初に取り組んだのは、実店舗とECのデータを一元化すること。クロスチャネルキャンペーン管理ソリューション「Adobe Campaign」を導入し、実店舗とECの会員IDを統合した。

会員の購買履歴を「Adobe Campaign」に蓄積し、そのデータを分析。ECと実店舗の垣根を超えて、1人の会員が「いつ」「どこで」「何を」「いくらで」「何回」買ったのかを把握できるようにした

さらに、購買データやカスタマーセンターの問い合わせ情報など、社内のさまざまなデータも必要に応じて抽出・分析できる仕組みを構築。その結果、「セグメントの構築や、施策の効果検証などを行う際、必要なデータをすぐに取り出し、迅速に分析できるようになった」(吉屋部長)。

システム移管後のアーキテクチャ ECシステム側を完全に入換え、顧客情報の一元管理を行うWeb解析UI/ UX解析ツール ECシステム POSシステム Adobe campaign DMP
システムを移管し、ECと実店舗のデータを統合した

【第2段階】ECを中心にデジタルマーケティングを本格化

DB構築の次に取り組んだのは、CRMの強化と販促施策のPDCAを回すことだ。

Eメールのセグメント配信を実施し、「いつ」「誰に」「どんな内容」のメールを送れば効果的か」を検証。効果が高かった施策をベースに、ターゲティングメールの成功パターンを模索した。ターゲティングメールのコンバージョン率が、コントロール配信の約5倍に達するなど、高い成果をあげることもあったという。吉屋部長は次のように話す。

データを活用し、お客さまに合った商品を提案することで、購入率が上がった。(吉屋部長)

例えば、製品連動施策が出来る様に No actionのコントロールセグメントと比較して、一定期間内に+499%の購買率を達成! Adobe campaign 検索アリ・購入アリ 検索ナシ・購入ナシ 元々購入アリ 検索アリ・購入ナシ
会員の購買情報や行動情報をベースにターゲティングメールを配信。PDCAを回して成功パターンを見つけた

また、DBから会員が「どのチャネルで」「何を」「いくらで」「何回買い物をしたか」といった導線を分析。新規購入からリピートへと進む導線のなかで、離脱が多いタイミングを特定していった。

そして、会員が離脱しやすいタイミングの直前にクーポンを発行するなど、離脱防止策を実施。それらの施策のPDCAを回し、離脱の原因に対する効果的なアプローチ方法を見出した。

データを分析することで、重要度が高く、効果的な施策を打てるようになった。(吉屋部長)

顧客購入導線の追跡 更に各導線でどこで離脱が起きやすいか? その原因分析を深めていき、その原因へのアプローチをADOBE CAMPAIGNで行う。
会員が離脱しやすいタイミングを特定し、離脱防止策を実施した

会員の購買履歴を販売チャネルごとに分析したところ、アクティブ会員の中で「実店舗だけを利用する顧客」は67.5%、「ECだけを利用する顧客」は23.6%、「実店舗とECの両方を利用している顧客」は8.9%にとどまることがわかった。

それぞれの属性ごとに購買金額などの平均値を調べたところ、実店舗とECの両方を利用する会員の「年間購入金額」「接触頻度」は、実店舗かECのみを利用する会員と比べて大幅に高いことが判明したという。

ECと実店舗の両方を利用する会員(オムニチャネル顧客)を増やすことが、ブランドにとってメリットがあることを、吉屋氏は店長会議などの場で店舗スタッフに説明した。これは、店頭での会員登録などへの協力を仰ぐためだ。

2016年には顧客が自身でQRコードから会員登録できる会員カードを導入。店舗スタッフの意識が高まったこともあり、2016年の会員登録率は前年を上回った。

顧客登録率の推移 リテイルも顧客登録の重要性とオムニ顧客を産み出すことの重要性を理解できる 登録率推移 月推移
2016年の会員登録率は前年を上回った

【第3段階】ECと実店舗を統合したCRMに着手

ECで取り組んできたデジタルマーケティングの取り組みを、2017年4月から実店舗にも拡大した。「デジタルの力をリテールにも活用し、全社的なCRMの見直しと、オムニチャネル化を進めている」(吉屋部長)と言う。

たとえば、店舗リニューアルの告知DMなどを発送する際、会員の居住地を踏まえて発送先リストを作るようにした。

従来は会員の居住地に関わらず、RFM分析に基づき優良顧客を抽出してDM送付先リストを作成していたが、会員のなかには店舗をほとんど利用していない顧客も混じっていることが判明したためだ。

たとえば、池袋店の会員の約20%は、旅行者とみられる遠方の顧客が含まれていたという。「RFM分析では優良顧客とみなされても、日常的にその店舗を利用していない場合もある」(吉屋部長)。

遠方に住む会員をDMの送付先から除外した結果、DMの反響率は従来比約20%改善したという。

地域情報との掛け合わせ +20% ↑ 西武池袋線沿線ゾーン 東武東上線沿線ゾーン JR埼京線沿線ゾーン 池袋店
店舗リニューアルの告知DMの送付条件に会員の居住地を加えた

施策の効果を可視化し、優先順位を明確化

メルマガやDMのセグメント配信を行った際は、ターゲットとコントロールグループのROI(投資対効果)などを検証し効果を可視化する。施策の効果を数字で明示することで、「優先的に取り組むべき施策について、社内で共通認識を作る」(吉屋部長)ためだ。

効果を可視化したことで有効性が認められ、新たに取り入れた施策もある。

たとえば、従来はメルマガのみで送信していた「誕生日キャンペーン」を、紙のDMで送付したところ、誕生日キャンペーンDMのROIは通常のDMの約7倍だった。

また、メルマガをオプトアウト(受取拒否)に設定している顧客に、紙の誕生日DMを送ったところ、誕生日に送ったDMのROIは通常のDMの約6倍だったという。

この結果から、紙媒体はEメールよりも発送コストは高いが、誕生日のDMは実施する価値があると判断できた。(吉屋部長)

E-mail Opt-out顧客へのアプローチ 7倍↑ 6倍↑
PDCAを回し、誕生日DMのROIは通常DMよりも高いことを突き止めた

EC売上高を実店舗の評価に反映

実店舗を持つ企業がオムニチャネルに取り組む場合、「ECが実店舗の売り上げを奪うのではないか」という不安を、店舗スタッフが抱くことがある。

こうした不安を払拭するため、店舗スタッフの評価の仕組みも変えた。ECの売り上げを、店舗の評価にも反映する仕組みを2017年に導入。ある会員がECサイトで商品を購入した場合、その会員の購入頻度が高い店舗の評価にも反映される仕組みだ。

ECと実店舗のデータベースを統合したことで、社内体制の変革も可能になった。

データを活用して「優良顧客の購買パターン」を再現

ロクシタンジャポンは今後、ロイヤルティの高い顧客を増やすためにデータを活用していくという。

ロイヤルティの高い会員に共通する購買行動のパターンを特定し、メルマガやDM、プッシュ通知、ライン、ECサイトのレコメンド機能など全ての顧客タッチポイントを活用して、顧客の属性に応じた最適な購買パターンをお勧めできる体制を構築する計画。既にテストを通じ、いくつかの成功パターンが見えているため、コストが高いメディアに対してもリスクを見積もりながら自信をもって展開をすることが可能になっているという。

トップカスタマーの買い物のパターンを把握し、再現性のあるマーケティング施策と紐づけていく。ロイヤルティの高い会員の購買プロセスを分析する際は、①商品を購入する順番 ②実店舗とECサイトの利用状況 ③キャンペーンへの反応率──を軸にする。(吉屋部長)

そして、吉屋部長はデータをビジネスに活用する際のポイントを、次のように指摘する。

量だけでなく質が大切。そして何より、データをどのように扱うかを考えることが重要になる。データを活用するということは、ビジネスマネジメントそのものだと思う。

吉屋氏がめざすデジタル戦略を実現するには、膨大なデータ連携が必要になる。現在、本社を巻き込んで全社的なデータハブ構築プロジェクトを進めているほか、外部企業が持つデータと連携し、より精度を高めていくことも検討している。

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